お気に入り

最近のトラックバック

2019年10月 8日 (火)

夢のシネマパラダイス322番シアター:とある家族の物語

海よりもまだ深く

6599ea60

出演:阿部寛、真木よう子、小林聡美、リリー・フランキー、池松壮亮、橋爪功、樹木希林

監督・脚本:是枝裕和

(2016年・日本・117分)WOWOW

内容:篠田良多は作家として15年前に新人賞を受賞したものの、その後は鳴かず飛ばずで今は探偵事務所勤務。しかもギャンブル好きで、老母・淑子や姉・千奈津に金をせびる日々。当然妻の響子からは愛想を尽かされ、とうの昔に離婚していた。そんな良多にとって唯一の楽しみは月に一度、息子・真悟と会えること。そして巡ってきた面会の日、淑子の家で真悟と過ごしていたが、台風が接近していた・・・。

評価★★★★/80点

誰もが知る役者さんが顔をそろえているから“演じている”と認識できるけど、そうでなければどこかの団地の家族をモニタリングしているような感覚に陥っていたのではなかろうか。それくらい生活感の生々しさが尋常ではない濃さで描写されていて、何が起きるわけではないのに見ていられる不思議な映画。

しかも説明セリフ一切なしの日常会話だけで映画が進行していくにもかかわらず、ひとつひとつのセリフが登場人物に血を通わせるのに機能しているところがスゴイ。

フィクションとしての違和感が全くないし、会話の中に時折り空気穴からプスプスと漏れ出てくるようなシニカルな毒気が散りばめられていて、まさに寝かせて寝かせて味がしみ込んだ苦味と渋味と旨味が一緒くたになったような梅干しみたいな映画だった。

まぁ、妻子に愛想を尽かされた博打好き主人公のダメ男ぶりを延々眺めているだけなんだけどねw

歩く後ろ姿からしてうだつの上がらなさが一目瞭然な阿部寛は絶妙だったし、何といっても樹木希林!すべてがアドリブじゃないのかと思ってしまうほどに自然体で毎度のことながら釘付けになってしまった。

幸せとは何かをあきらめないと手に入らないもの、、かぁ。うーん、深すぎる。。

P.S.宝くじはギャンブルじゃない。夢なんだ!

そこだけは主人公に100%共感しますw

 ----------------------

家族ゲーム(1983年・日本・106分)NHK-BS

 監督・脚本:森田芳光

 出演:松田優作、伊丹十三、由紀さおり、宮川一朗太、辻田順一、戸川純、阿木燿子

 内容:大都市近郊の団地に住む4人家族の沼田家。高校受験を控えた中3の茂之は、出来の良い兄とは対照的に成績もいまひとつで口数の少ない問題児だった。持て余した父親は、家庭教師の吉本を雇うが、彼は三流大学の7年生で植物図鑑を持ち歩く風変わりな男だった。しかし、成績が上がれば特別ボーナスを払うと約束された吉本は、アメとムチを使い分けながら茂之を教育していく・・・。

評価★★★☆/70点

公開から30年経った今見ても斬新極まりないつくりになっていると思うけど、ネット社会、格差社会、モンスターペアレントetc..30年前にはなかった様々な社会問題が折り重なっている現代では、この映画で描かれた家族像はもはや真新しくもなんともないのかもしれない。

今はもっとパーソナル化が進んでいるので核家族という形態すら危うくなっているし、この映画を最も象徴するシーンであるカウンター方式で横一列に座る食卓風景だって、他方では専業主婦の母親がちゃんと手作りで食事の支度して皆で一緒に食べてるじゃんともいえるわけで。今ならレトルトや冷凍食品で済ますってこともざらでしょ。

ただ、冒頭で述べたように、家族内のディスコミュニケーションと上っ面だけの事なかれ主義をデフォルメして描いた作劇は白眉。

例えば、食事の席で家庭教師(松田優作)ってイケメンだよねっていう話の流れから彼の髪型を見た伊丹十三が「その頭って手入れするの?」と訊くと、松田優作が手ぐしで髪を整え始め、それを見た由紀さおりが「髪の毛いじらないで下さい。フケ落ちますよ」と怒ると、松田優作が「僕は家庭教師ですから」と答えるような脈絡のない会話や、伊丹十三が目玉焼きの黄身だけをチューチュー吸うのが好きなことを妻の由紀さおりが今まで知らなかったりと、繋がっているようで繋がっていない一方通行の距離感が奇妙な気持ち悪さを生んでいて思わず見入ってしまう。

あと、後で気付いたんだけど、この映画って音楽がないんだね。なんか食べる音とかヘリの音とかずっと騒々しい印象があったけど、そういう日常音がシュールな生々しさをより強調する効果を持っていたのかも。

ちなみに自分が一番笑ったセリフのやり取りは、伊丹十三に「君は酒は好きなんだな」と言われたのに対し、松田優作が「好きじゃありません。酔っ払いませんから」と答えるところw

 ----------------------

普通の人々

Dsop2出演:ドナルド・サザーランド、ティモシー・ハットン、メアリー・タイラー・ムーア

監督:ロバート・レッドフォード

(1980年・アメリカ・124分)NHK-BS

評価★★★★/80点

 

内容:シカゴ郊外に住む典型的な中流家庭のジャレット家では、優秀なスポーツ選手で秀才だった長男のバックを事故で失ったことを境に家族関係が冷え切っていく。長男を溺愛していた妻べスはふさぎ込んで、次男のコンラッドにつらく当たるようになり、一緒のボートに乗っていて自分だけ助かったコンラッドは兄の死に責任を感じ、母のヒステリーをまともに受け止め精神が不安定になり、自殺未遂まで引き起こしてしまう。弁護士の父親カルビンは家族の絆を取り戻すという空しい夢にすがるのだが・・・。アカデミー賞では作品・監督など4部門で受賞。

“不器用かつ無関心で冷ややかな母親べス。しかし、それ以上に不器用かつ無関心で冷ややかな監督レッドフォード。”

まずこの映画は、お堅く平凡なプロットに拠っているというよりは、役者たちの醸し出す雰囲気や情感を拠りどころとしている映画だといえると思う。

しかし、そういう役者陣の奮闘だけで登場人物を内面までしっかり描けるほど映画というものは甘くはない。そのことをいみじくも実証している映画でもある。

そう、この映画、登場人物がしっかり描かれているようにみえて実は底が浅い。

しかも問題がひとつ。映画を見ていくと感じること。

それは監督レッドフォードの立ち位置だ。

いったいどこまでクールなんだコイツはというくらいレッドフォード自身が映画の中に立ち入ってこない。もちろん監督としてという意味だが、モニターの後ろからただジーーッと見つめているだけ。まるで自分は何も関係ないという第3者のような視線で。

レッドフォードの中でおそらく意識的に引いたと思われる映画の世界との間の一線レッドラインを、彼は決して踏み越えてはいかない。もし越えてしまった時、それは彼にとってこの映画への侵害以外の何ものでもなくなるのだろう。

そしてこの彼の突き放したような立ち位置が先ほど述べた弊害を招いてしまっているともいえるのだが、しかしその立ち位置は決して弱気な逃げの態度から起因しているのではない。明らかに意図してあえてそういう立ち位置を選んだのだと思う。オープニングの入り方なんかはまさにその意思の表れだろうし。

マイナス要素もあるが、それ以上にプラス要素が大きな意味をもったということなのだろう。

あるファミリーの空しい崩壊を淡々とかつどこまでも第3者的な目線で、テンポを変えず(=ドラマ性を押し殺し)に描いていくこと。それが普遍的な時代の空気感、普通の人々のデリケートな問題をつぶさに見つめていくことにつながり、リアルで確実な作品に仕上がったのだと思う。

なかなか見ている側の主観が立ち入ることを許さないことを差し引いても非常に見応えのある映画であることには違いない。

 ----------------------

幸福な食卓(2006年・松竹・108分)NHK-BS

 監督:小松隆志

 出演:北乃きい、勝地涼、平岡祐太、さくら、羽場裕一、石田ゆり子

 内容:中学3年生の佐和子は4人家族だが、3年前の父親の自殺未遂をきっかけに家族の歯車は狂い始めていた。母親は近所に別居、秀才の兄は大学進学を拒否して農業に精を出す日々を送っていた。それでも家族は朝の食卓には集まり、家族としての体裁を保っていた。が、そんなある日、父親が朝食の席で突然、「今日で父さんを辞めようと思う」と宣言する・・・。

評価★★★/65点

“ミスチルの「くるみ」がすべて持ってっちゃったような・・・。”

主婦という肩書き、お父さんという役割、そういう当たり前の立場をいっさいがっさい捨て去って見えてくるものとは・・・?

いまいち分からなかった(笑)。

浪人生になればご飯に味噌汁かけてぶっ込むことができるし、サバは塩焼きと決まってるしってことは分かったけど・・・。

でも、唯一よぉく分かったのは、気付かないところで誰かにいろいろ守られてるんだってこと。そういう温かいぬくもりはすごくよく伝わってくる映画ではあったかな。

勉学くんも牛乳瓶の底のようなメガネをかけてる奴かと思いきや、純粋な好青年でよかったし。

でも、あの消え去り方はないよなぁ。。

 ----------------------

ほえる犬は噛まない(2000年・韓国・110分)NHK-BS

 監督・脚本:ポン・ジュノ

 出演:ぺ・ドゥナ、イ・ソンジェ、コ・スヒ、キム・ホジョン、キム・ジング

 内容:中流家庭の住む閑静な団地。教授を目指しているものの、なかなか昇進できないでいる大学非常勤講師のユンジュは、彼を養っている身重の妻に顎で使われる肩身の狭い日々を送っていた。しかも、飼うことを禁止されているはずの犬の鳴き声が鳴り止まず、彼の苛立ちは募るばかり・・。そしてある時、犬を見つけた彼はマンションの地下室に監禁するのだが・・・。

評価★★★☆/70点

ポン・ジュノ監督の作品は「殺人の追憶」(2003)、「グエムル漢江の怪物」(2006)ときて、今回の監督デビュー作は初めて見たんだけど、これ見て分かった!

ポン・ジュノは韓国の山下敦弘なのだと。。

なんか、作風が似てるよねっていう、ただそれだけなんだけどw。奇しくも「リンダリンダリンダ」(2005)でぺ・ドゥナを起用してるし、通じるところがあるのかもなんて。

ダラダラとした中の躍動、退屈な中の緊張、殺伐な中のユーモア、写実の中の漫画。

これら日常の中の非日常を切り取った絶妙なバランス加減は秀逸で、まさにナンセンスなリアリズムとでもいうべき境地に達しているのは見事というほかない。

決してパンチのきいた味ではないのだけれど、まるで韓国の甘辛い唐辛子味噌のごとくジワジワと効いてくる作品というのは、今の刺激を求めすぎる映画界においては貴重ではなかろうか。

ポン・ジュノ、、、これからも要注目の監督です。

2019年9月22日 (日)

夢のシネマパラダイス254番シアター:新世紀エヴァンゲリオン

新世紀エヴァンゲリオン劇場版 DEATH(TRUE)2/Air/まごころを、君に

Eva28 声の出演:緒方恵美、三石琴乃、山口由里子、林原めぐみ、宮村優子

総監督・原作・脚本:庵野秀明

監督:摩砂雪、鶴巻和哉

(1998年・東映・160分)DVD

評価★★/45点

内容:21世紀の第3新東京市を舞台に、人類と謎の生命体“使徒”との壮絶な戦いと、使徒を倒すべく造られた汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオンを操る少年少女の苦悩を描いた長編アニメーション。1995年からテレビ放映されて話題を呼んだ連続アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」の劇場版で、全26話のうち第24話までの総集編に新作カットを加えた「DEATH」編と、第25話と最終話を新たにリメイクした「REBIRTH」編の2部から成る『シト新生』が1997年に製作されたが、製作作業の遅れから「REBIRTH」編は未完成のまま公開された。そこで4ヵ月後にその完全版として、「第25話・Air」「最終話・まごころを、君に」で構成された劇場版のパート2となる『Air/まごころを、君に』が公開。さらに、1998年に『シト新生』の「DEATH」編を修正した「DEATH(TRUE)2」と、「Air/まごころを、君に」を併せた劇場版の本来の形というべき作品が公開されるに至った。

“タイタニックにはフィーバーしたが、エヴァにはフィーバーしなかった。そういうごくごくフツーの日本人です自分は(笑)。”

エヴァのアニメ放送の時は盛岡で高校生をやっており、エヴァブームなど露知らず。やっとのことでエヴァブームが飛び火してきたのが97年、大学2年のことだ。

レンタル屋でビデオを借りまくって見たのだが、最初の頃はイジイジしてヘタレな主人公シンジのキャラが逆に新鮮だったのと、“死海文書”“ロンギヌスの槍”“使徒”といった聖書に関連させた謎めいた用語の氾濫に象徴される壮大に広げた大風呂敷の魅力にひきこまれて見入ってしまっていた。

特に、シンジがエヴァ乗務を放棄し家出をして電車にあてもなく乗り続けるエピソード(第四話「雨、逃げ出した後」)など、全く正義のヒーロー然としていないばかりか、世界を救うエヴァに乗ることで逆に悩み苦しむ姿をさらけ出してしまう悲劇のヒーロー像というのは目から鱗ものだった。またそんな中で、突発的にキレてしまうような過激で残酷な暴力性があらわになる戦闘シーンもまた非常に印象的だった。

が、しかしである・・・。

だんだん回が進むにつれて、一向に成長していかずに幼児的ともいえる内的引きこもりに陥っていくシンジにイラッとしてきて、あげくの果てに風呂敷たたむ前に逃亡してしまうような収め方に愕然。

、、、と、ここで自分の中のエヴァブームは一気に冷めて、エヴァ劇場版には目もくれず長蛇の列に恋人と並んで「タイタニック」を2回も見てしまったのだった。

あれから10年、完全に忘却の彼方へ消えてしまっていたエヴァだったが、突如降って湧いたように「ヱヴァンゲリオン新劇場版」が公開されると聞いて10年ぶりにレンタルして再見してみることにした。

さて、10年ぶりに見た感想は、学生気分のぬるま湯にドップリ浸かっていた10年前と、社会に出て幾度となく挫折を経験するうちに下流層の最果ての地でジタバタしている今とでは、、、大した違いはなかった(笑)。。。

“気だるい平和”“途方もない日常”といった、モノがあふれかえり豊かすぎる社会が陥る目的意識を失った閉塞感が自らの実感としてなんとなく分かるようになってきた今日この頃だけど、そういう社会的バックボーンの時代的要請とエヴァがシンクロしているとまでは理解できず・・・。

ようするに今見てもよう分からんってこと。

“世界の命運”をたった14歳の肩に託し背負わせるにはあまりにもその肩はか弱すぎるという視点は面白いのだが、守らなければならない肝心の“世界”が描かれていない、またそこから派生する社会や大人の内面に対する想像力が決定的に欠如していると言わざるを得ないってことは今回見てより強く再確認したというかんじ。

その点で好対照をなすといえるのが、全然さえない高校生ピーター・パーカーが主人公のハリウッド映画「スパイダーマン」シリーズだと思うんだけど、これほど人間臭い主人公キャラもいないというくらい等身大のヒーロー像を提示してくれた。

一方、エヴァはサブキャラに至るまで全員何らかのトラウマやコンプレックスを抱え、三人称の世界とつながろうとせずに自己の存在理由をただただ自問自答しつづけ、決定的に自分自身が嫌いという病的なまでのナルシスティックなヒーロー像を描いてしまった。

しかも、ピーター・パーカーが苦悩と葛藤を経てヒーローとしての孤独を受け入れそこから自立・解放へと向かっていくのに対し、シンジの方は逆に苦悩から絶望へと足を踏み入れてしまい、あげくの果てにTVアニメ版では自閉症の極致で終わるという空しさだけが残る結末となってしまった。

一方、劇場版ではラストで、「やっぱり自分の殻に閉じこもって逃げていてはダメで他者としっかりと向き合うしかない」と、アスカの首を絞めながらとってつけたように言う。

それ自体、薄気味の悪いものだったが、そこに至るTVアニメ前半のあっけらかんとしたスタイルから監督の青くさいマスターベーションへと変容していくプロセスもまさに「気持ち悪い!」としか言いようのないものだった。

終わってみれば、生理的にダメの一言。。。

なんだろ、美味そうなお菓子だなと思って口に入れたら、ミルクリキュールの洋酒が入っていてお口に合わないといったかんじだろうか。

とかなんとかいって「ヱヴァンゲリオン新劇場版」も怖いもの見たさで見ちゃうんだろうけど・・・。

 ----------------------

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序

Gam0810060714000p1 声の出演:緒方恵美、三石琴乃、山口由里子、林原めぐみ、立木文彦

総監督・脚本:庵野秀明

監督:摩砂雪、鶴巻和哉

(2007年・日本・98分)CS

 

内容:2015年、第3新東京市。内向的な14歳の少年・碇シンジは、3年ぶりに父・碇ゲンドウと再会する。彼はそこで、極秘裏に開発された汎用人型決戦兵器“人造人間ヱヴァンゲリオン”初号機を見せられ、謎の敵“使徒”との戦いを強要される。最初は反発するシンジだったが、代わりに乗務することになった少女・綾波レイの重傷を目の当たりにして、自ら出撃を決意する・・・。

評価★★★/65点

エヴァにそんな思い入れもない自分からすると、これで何回目の劇場版やねん!よう飽きないなぁ、というかキモイよこのオッサンww、、と思っちゃって、またREBUILDだとかわけの分からん看板をつけやがって、、、、

、、と見る前からバカにしてた本作だったけど、いざフタを開けてみたら、キモイ臭は消えてて、あれっ?意外にイケちゃうくち?と感じてしまうほど見やすいというか、とっつきやすい作品になっていて個人的には好印象。

まぁ、TV版の一話~六話までを誰が見ても分かるようにスタンダードに手堅くまとめたといえばそれまでだけど、TV版の映像を丹念に精査修正し、強化したというだけあって、かなりクオリティの高い映像になっていて、いやでも見入ってしまうほどの見応え感はあったように思う。

人物については、TV版でキモチ悪いくらいの内面描写をさんざん見せつけられてきたので、はっきりいってどうでもいいんだけど(笑)、古臭さや懐かしさよりも全体的に新鮮なかんじで見れたのは、これもまた意外だったかも。

ここらへんは、やはりエヴァや使徒のデザインなど細かな部分がリファインされ、メカ重視というロボットアニメ本来の立ち位置に戻って足を着いているのが大きいのだと思うけど、これが中編“破”、後編“急”“?”でどうブレブレに揺れて壊されていくのか気がかりではあるわな。

怖いもの見たさで行くっきゃない!?ゲロ吐くかもしれないけど・・・(笑)。。

 ----------------------

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破

Img_0声の出演:緒方恵美、林原めぐみ、宮村優子、坂本真綾、三石琴乃、山寺宏一

総監督・脚本:庵野秀明

監督:摩砂雪、鶴巻和哉

(2009年・日本・108分)DVD

 

内容:第3使徒が北極に出現。海外のパイロット、マリ・イラストリアスのエヴァ5号機が迎え撃つ。一方、日本では第7使徒が出現するも、ヨーロッパから帰還したアスカのエヴァ2号機が鮮やかに殲滅。そしてアスカはシンジの中学校に転入し、ミサトのマンションの新たな同居人になる。その後何かとギクシャクするシンジ、レイ、アスカだったが、第8使徒との戦いや学園生活を通して打ち解けていき、チームワーク育成のために骨を折っていたミサトも安堵するのだが・・・。

評価★★★★/75点

前作「序」が旧テレビアニメシリーズをほぼ踏襲した総集編みたいな作りになっていたので、今作もそのように見始めたらオープニングから新キャラが出てきて目が点。その後も旧シリーズとは真逆のベクトルのほとんど別物といっていい内容になっていて嬉しい驚きだった。

その真逆のベクトルとは、鬱々な旧シリーズとは正反対のポカポカ陽気な良い意味でポジティブな手触りのする作品になっていたことで、嫌悪感のない垢抜けた作風がかなり新鮮に目に映った。

つまり“拒絶”と“孤独”が新機軸だった旧シリーズと比べると、今作は“肯定”と“絆”というベクトルになっていて、まぁごくごく普通のアニメになったがゆえの見やすさということもできるけど、ナヨナヨしていない能動的で健康的なシンジも、シンジの差し出した味噌汁を飲むほど社交的になった綾波レイも、色気づくアスカも、旧シリーズの病的な気持ち悪さが印象にある自分としては、あ~なんだか君たち仲良く元気になって良かったねぇと嬉しくなってしまったし。

それゆえ、旧シリーズで使徒に侵食され暴走するエヴァ3号機をパイロットの鈴原トウジもろともシンジの初号機が打ち砕くプロットで、3号機パイロットがアスカに変更されているのも感情移入度が強い分かなり衝撃的で、そこらへんも上手く作ってるなぁと感心した。

あとは、使徒やメカの造形、エヴァの機動性など絵のクオリティがとにかく高くて、2号機の登場シーンなんて垂涎ものだったし、総じて全面的にアグリー(肯定)できる作品になっていたと思う。

ま、旧シリーズあってこその今作という点はかなり大きいと思うけども。良い意味で裏切られたな。やれば出来るんじゃん庵野さんww

 -----------------------

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q(2012年・日本・95分)DVD

 総監督・脚本:庵野秀明

 監督:摩砂雪、前田真宏、鶴巻和哉

 声の出演:緒方恵美、林原めぐみ、宮村優子、坂本真綾、三石琴乃、石田彰

 内容:第10使徒に取り込まれた綾波レイを初号機で救出してから14年後。ミサトらが結成した反ネルフ組織“ヴィレ”の艦艇で目覚めたシンジだったが、ニア・サードインパクトを引き起こした張本人として危険人物扱いされ、エヴァに乗ることも禁止される。そんな中、ネルフのエヴァMark09がシンジを連れ戻そうと急襲。シンジはそのエヴァに導かれるようにネルフ本部へ向かう。そして父ゲンドウの紹介で出会った謎の少年・渚カヲルと親しくなるが・・・。

評価★★☆/50点

「序」でヌクヌクし「破」でポカポカし「Q」でグツグツしと思いきや、カッチコチってなんでやねん!

どこまでいっても分かり合えない、やっぱりエヴァはエヴァだった(笑)。

生きてるアスカ?葛城艦長?あれから14年?反ネルフ組織ヴィレ?シンジの母親の名前が碇ユイじゃなくて綾波ユイ?カシウスの槍?ニアサードインパクト?アダムス?L結界密度?

一切説明無し!

なんだろ、ニンゲン観察モニタリングで全く想定していない別ものバージョンを見せて、お口ポカンな観客をあざ笑う企画みたいな、、って誰が得するんだコレ。。見る側をほったらかして突っ走る。こんな映画見たことないという意味では金字塔だわ。

庵野にこそ暴走しないように首輪爆弾着けるべきじゃないのかw

P.S.「巨神兵東京に現る」は良かった。CG無しであそこまで細密かつド迫力の映像を見せられてかなりテンション上がった。それゆえに本編のQには文字通りお口ポカン状態になってしまったが・・。

2019年9月15日 (日)

夢のシネマパラダイス20番シアター:ディズニーアニメ第2倉庫

ズートピア

30000000004983

声の出演(吹き替え版):上戸彩、三宅健太、高橋茂雄、玄田哲章、竹内順子、Dream Ami

監督:バイロン・ハワード、リッチ・ムーア

(2016年・アメリカ・108分)WOWOW

内容:肉食動物も草食動物も関係なく共生している動物たちの楽園ズートピアで史上初のウサギの警察官となったジュディ。しかし、周りからは半人前扱いされ、任されるのは駐車違反の取り締まりばかり。そんな中、巷では連続行方不明事件が多発し、ジュディにも捜査へ参加するチャンスが巡ってくる。そして偶然知り合った詐欺師のキツネ・ニックとともに捜査をするのだが・・・。

評価★★★★/75点

アニメが本来持つ伝える力の純度の高さというものをこれほど感じられる作品はないのではなかろうか。

様々な個性を持ったアニマルキャラが共存する自由の地ズートピアをユーモアたっぷりに描きながらも現実の人間社会とリンクさせ、肉食動物と草食動物、大型動物と小型動物、オスとメス、マジョリティとマイノリティなど様々な要素にメタファーを織り込み、見ているこちら側にまで先入観や偏見をさりげなく植え付ける仕掛けになっているところがこの映画のミソ。

また、アイスショップでキツネにはアイスは売らないと言われてすったもんだするシーンなんかも、キツネは少々差別を受けても仕方ないよなとスルーしちゃったし、事件のキーワードとなる“夜の遠吠え”=オオカミの仕業と推理するくだりもオオカミが犯人ならとどこかで納得してしまうし、正義感が強く警察学校を首席で卒業した優秀なジュディなら間違うはずがないと思ってしまう。

ここら辺の先入観を逆手に取ったミスリードの仕方が実に上手くて、お手柄を立てたジュディが「狂暴化したのは肉食動物だけだから、生来持つDNAのせいなのかも」「けどニック、もちろんあなたは別よ」と発言してしまうところで、理性がもたらす“悪意なき差別”に我々もハッと気付かされることになる。

その気付きを学んで、ジュディとニックは悪意ある差別をまき散らそうとする真の黒幕を一刀両断するわけで、一筋縄ではいかない差別・偏見のはびこる人間社会を分かりやすい縮図として表し、お互いの違いを認め合うことの大切さという子供から大人まで理解できるメッセージ性を有した作品に仕上げてしまうのだから恐れ入る。

そして、ここまで高いクオリティを保った作品を提示できるのは、たぶん今ディズニーしかないということも実感してしまうジブリファンなのだったw

P.S. 日本アニメは宮崎駿、押井守、大友克洋、新海誠など作家性が前面に出るのが常なので、今作みたいにディズニー印のもとに共同監督+脚本家7人なんていうアベンジャーズばりのチーム体制で作り上げていく手法は日本ではあまり出来ないのかもね。。

 ----------------------

ベイマックス

45110声の出演(吹き替え版):川島得愛、本城雄太郎、菅野美穂、小泉孝太郎

監督:ドン・ホール、クリス・ウィリアムズ

(2014年・アメリカ・102分)WOWOW

内容:近未来の最先端都市サンフランソウキョウ。幼い頃に両親を亡くした14歳の少年ヒロは、兄のタダシとともに叔母キャスのもとで暮らしていた。飛び級で高校を卒業してしまった天才のヒロは、タダシが通う大学に入ることを夢見ていた。そして入試を兼ねた研究発表も無事終わるが、その会場で爆発事故が起こってタダシが命を落とし、ヒロはメンタルをすっかりやられてしまう。そんな彼の前に現われたのは、タダシが残した形見のケアロボット“ベイマックス”だった・・・。

評価★★★/60点

主人公の少年がトトロとゴーストバスターズのマシュマロマンを掛け合わせたようなツルツルロボのベイマックスに包み込まれるように抱き寄せられる予告編のワンシーンくらいしか予備知識がない中で見たんだけど、予告編のイメージとしてはピクサーのウォーリーと未来少年ヒロの友情癒やし系物語かと思っていた。

しかし、見始めていくと次第にMr.インクレディブル的ヒーローアクションものの様相を呈してきて、最後はマーベルのロゴがでん!と出た後にスタン・リーまで出てきて。

そっか、、原題のビッグヒーロー6ってそういうことだったのか・・・。

うまいこと予告編に刷り込まれたかんじだけど、マーベルヒーローという前情報だけでも知ってればもっと面白く見れたはず、と思ったのは自分だけw?

でも、そうはいっても今回の作品はウォーリーの擬人化されたキャラの豊かな感情表現にも、Mr.インクレディブルの魅力的なキャラクター造形のアンサンブルにも遠く及ばないけどね

やっぱりピクサーに比べるとディズニーはひとかけの隠し味の工夫と、もうひとかけの毒気が足りないんだよなぁ。。

せめてビッグヒーロー6のチームメンバーになるヒロのオタク同級生たちをもっと前面に出してほしかったな。

 ----------------------

アナと雪の女王

T0018069p声の出演(吹き替え版):神田沙也加、松たか子、原慎一郎、ピエール瀧、津田英佑、多田野曜平

監督:クリス・バック、ジェニファー・リー

(2013年・アメリカ・102分)WOWOW

内容:アレンデール王国の幼いプリンセス姉妹エルサとアナ。姉エルサには触れたものを凍らせてしまう魔法の能力があったが、ある時、不注意で妹アナに怪我を負わせてしまう。それ以来、責任を感じたエルサは部屋に引きこもってしまう。それから時は流れ、国王夫妻が事故で亡くなり、エルサは王位を継ぐことに。しかし、戴冠式の最中に力を制御できなくなり、真夏の王国を厳冬に変えてしまったエルサは、王宮から逃亡し、今度は雪山に築いた氷の城に引きこもってしまう。アナは、なんとか姉と王国の危機を救おうと雪山へ向かうのだが・・・。

評価★★★★/75点

2014年記録づくめの特大ヒットとなった今作をリアルタイムで見ていない自分は世の中のフィーバーをいくぶん冷めた視線というか半信半疑で見ていたところがあった。

それはディズニーアニメは大人の鑑賞に耐えうるものではないという先入観がいまだに拭いきれていなかったからだ。いまだにというのは「塔の上のラプンツェル」(2010)が目を見張るような良作だったのに対し、その流れがアナ雪にも受け継がれているのかまだ十分信用できなかったということで

しかし、満を持して見てみたら、その流れはちゃんと踏襲されていて水準以上の作品になっていたと思う。

その流れとは具体的には3DCGの作画技術が生み出す魅力的なキャラクタリゼーションにあるといっていいと思うけど、特に顔の造形力と表情筋の豊かさは特筆もので、実写の質感に寄せていくリアル志向なベクトルではなく、あくまでアニメーションであることを意識したデフォルメとクレイアニメに近い柔らかく暖かみのある質感が親近感のわくキャラクターにつながっていて、そのポイントがアナ雪ではより強調されて描かれていたと思う。

それにより複雑な感情表現も登場人物に違和感なく反映されていて、それが自然と個性に昇華されているのが最大の強みだと思う。

これはジョン・ラセターをはじめとするピクサーの血が入り込んでいることが大きいと思うけど、反面ストーリーラインの方がオーソドックスで平板にすぎて、歴史的なメガヒットに足る魅力があったかといえばやや疑問。

姉妹に愛憎劇が絡むと「何がジェーンに起ったか」(1962)のようなおぞましいほどのスリラーに変貌を遂げちゃうけど、ディズニーの王道プリンセス物語に沿った予定調和なソフトタッチがやや物足りなかったかな。

さっき複雑な感情表現と書いたけど、その点ではまだまだ足りなかったし、例えばエルサの苦悩はもっと掘り下げてもよかった。エルサの感情が爆発するレット・イット・ゴーもう歌っちゃうの!?と正直意表をつかれちゃったし。エルサにしろアナにしろ、あるいは両親の死など、それぞれの要素がこちらの感情を強く喚起するまでの奥行きと広がりに乏しかったのはかなり惜しかった。

しかし、それを補ってあまりあるミュージカルの魅力は満載で、さすがミュージカルの本場アメリカだと思わせてくれる素晴らしさだった♪

考えてみればディズニーアニメで1番の傑作「美女と野獣」も音楽と作劇が見事に融合していたけど、それを彷彿とさせるかんじだったし。

で、結局メガヒットの最大の功労者は、音楽の力、そして神田沙也加と松たか子の吹き替えに尽きるってことなのかなと(笑)。

 ----------------------

プレーンズ

Poster2声の出演(吹き替え版):瑛太、石田太郎、井上芳雄、山口智充、小林沙苗、天田益男

監督:クレイ・ホール

(2013年・アメリカ・92分)WOWOW

内容:田舎の農場で働く農薬散布機のダスティは、世界一周レースに出てチャンピオンになることを夢見ていた。レース用飛行機ではない彼の夢を誰もまともに取り合ってくれない中、親友の燃料トラック・チャグとフォークリフト・ドッティだけは応援していた。その甲斐もあり、ダスティは奇跡的に本選出場を決めるが、高所恐怖症という最大の弱点をどうにも克服できずにいた・・・。

評価★★★/60点

ピクサー製作「カーズ」のスピンオフ企画だけど、ピクサーではなくディズニーが製作している変わり種。

話の構成や画作りも「カーズ」をほぼ踏襲しているんだけど、なぜいまいち面白くないんだろう・・

なんかピクサーとディズニーのレベルの差が如実に表れちゃったかんじだけど、その差はシナリオの精度といってよく、絵は同じでもシナリオに魅力がないと全体として歴然としたレベルの差になってしまうという、これほど分かりやすい対照実験もないよな

特に挫折と成長というキーワードを欠いた主人公のキャラクターが映画を一本調子なものにして奥行きを狭めてしまっているんだよね。

その点ピクサーはそこに時間と手間ひまをかけて上手く作っているわけで。

まぁ、正直今回のはテレビ映画向きのレベルだよね。と思ったらもともとそういう企画だったのかい。納得。。

P.S. 2作目も似たようなもんでした・・・w

2017年12月31日 (日)

夢のシネマパラダイス561番シアター:カンヌに好かれる女、河瀬直美

萌の朱雀

Moeno_2 出演:國村隼、尾野真千子、和泉幸子、柴田浩太郎、神村泰代

監督・脚本:河瀬直美

(1997年・日本・95分)DVD

評価★★★/65点

内容:ふるさとを愛する気持ちとは裏腹に、離ればなれになって暮らすことを余儀なくされる一家の様子を綴ったドラマ。河瀬直美監督の故郷である奈良県の山間部を舞台に、出演者の大半に地元の素人を起用して、セリフを極端に排した即興風の演出により、日本の風土や人間性を浮き彫りにしていく。カンヌ国際映画祭で、カメラ・ドール(新人監督賞)を史上最年少で受賞した。

“関西人って、、こんな寡黙だったっけ。。”

光と影の淡い存在感、風に揺らめく風鈴、森のざわめき、染み込んでくるような生活音、それら日常にひそむ何気ないものの存在感が、土地の力や空気感となって静かだが確かな呼吸としてフィルムにとらえられていく。

感覚がいやでも研ぎ澄まされていく映像にただただ身を任せてみるのも一興ではある。

ただ、自分にとって映画は、やはり1スジ2ヌケ3ドウサ=シナリオ→映像→キャスト・演技・演出という優先順位で見ていきたいタイプなので、省略に省略を重ねたある意味不親切なストーリー描写には正直途中でついて行くのをやめたくなってしまうくらいにどうでもよくなってくる。

きっちりと作り込まれたシナリオじゃないとダメという自分の勝手なスタンスがこの映画とキョリを置かせちゃうんだよね。

それにしたって何しゃべってるのか分からないのよね、これ。耳に残るはヒグラシの鳴き声のみ。。

 ---------------------

殯の森(2007年・日本・97分)盛岡フォーラム

 監督・脚本:河瀬直美

 出演:うだしげき、尾野真千子、渡辺真起子、ますだかなこ、斉藤陽一郎

 内容:我が子を幼くして亡くし、夫とも別れた過去を背負っていた真千子は、奈良の山間部にあるグループホームに介護福祉士として赴任する。彼女はそこで33年前に亡くした妻との思い出の中に浸るひとりの老人と出会う。そんなある日、真千子は、老人を妻のお墓参りに連れて行くのだが・・・。カンヌ国際映画祭でグランプリ(審査員特別大賞)を受賞。

評価★★★/65点

“彷徨と迷子の違い”

死や老いというものに対してまだ真剣に向き合うことがない年代の自分にとって、それをまともに感じられるのは映画を観たときくらいのものだ。

しかし、それでも自分にとってどういう映画が好きかといわれれば、ワラにもすがる思いでとにかく必死に生きようとする者を描いた映画が好きだと答えるだろう。死という絶対的に抗えない存在に対し、しゃにむに対峙する光り輝く生をこそ見たいのだ。

その中でこの映画は、妻を亡くした夫、子供を亡くした母親という身近な人の死という逃れられない喪失の中で、生きる意味を見出せずに漂いつづける2つの魂を描いている。

そして亡くした妻の墓がある原初の森深くの聖域で癒しの光により浄化され、生の実感を取り戻すという、そういう意味では極めて幻視的な映画だといえるだろう。

いわば必死な生というよりは闇に彷徨う生を描いているといった方がいいかもしれないが、その彷徨う生が、森という闇と彷徨そして生と死の境界にはもってこいの舞台装置の中で、再生への一歩を見出す姿を描いている。

しかし、そうはいっても映画という、監督が対峙する世界に対し監督自らが自覚的に再構築するという点でかなり無自覚かつ説明不足な作品であることは間違いなく、緑が目に迫ってくる映像世界だけでもっていた映画といえなくもないし、かと思えば情感の喚起を促すにあたっての監督のエゴが徹底されているわけでも決してないという、観る側にとっては立ち位置に非常に苦心してしまう映画だといえると思う。

そこらへんはセルフドキュメンタリーとフィクションの区別がつけづらいという河瀬直美の作風も少なからず影響しているのだと思われるが、個人的にはちょっととっつきにくいな、と。

まぁ、人が彷徨う映画というのは実は好きで、例えば北野武の「ドールズ」(2002)なんかはけっこうお気に入りなのだけど、ただやはりそこで死あるいは生が絶えずそこにあって透けて見えてくる情景だとか心象というものを描いてくれないと文字通りただの迷子としか見えなくなっちゃうんで、映画としては味も素っ気もないものになってしまうんだよね。

そこらへんもうちょっと今回の映画は詰めていって描いてもらいたかったな、と。

なんかまだ粗い素描というか下絵を見せられただけのような感が強く、決して満足のいく作品ではなかったことはたしかだ。

ただ、映像面に関しては感性豊かな繊細さが感じられて思わず見入ってしまったところもあり、一応最後まで見られるプラマイゼロの映画だったというかんじかなぁ。。

 ---------------------

あん

An_main2385x580出演:樹木希林、永瀬正敏、内田伽羅、市原悦子、太賀、浅田美代子、水野美紀

監督・脚本:河瀬直美

(2015年・日/仏/独・113分)WOWOW

内容:町の公園前にある小さなどら焼き屋で雇われ店長をしているワケあり男、千太郎。常連の女子中学生くらいしか寄り付かないような中、ある日求人募集の張り紙を見てバイトしたいと老女、徳江が訪れる。当初は渋っていた千太郎だったが、徳江さん手作りの粒あんの絶品的美味さに雇うことに。するとたちまち評判となり大繁盛していくが・・・。

評価★★★★☆/85点

“神ってる樹木希林に5万点!”

春の風に優しく揺れる満開のソメイヨシノの桜並木の花びらを一身に愛でながら、どら焼き屋を訪ねてくる徳江さん(樹木希林)の姿、、そのお店で働けると分かって喜ぶ姿、、客足がパッタリ途絶えて店を早仕舞いした時に店長にあいさつして退出していく姿、そのどれもに思わず涙がこみ上げてきてしまった。

樹木希林を見ただけでパブロフの犬のようになってしまうなんて涙もろくなるにも程があるんだけどw、所さんの笑ってコラえてのダーツの旅に出てくるおばあちゃん村人を見てウルっときてしまうのに似ていて、アドリブとも演技ともつかない自然体な存在感に吸い込まれていったかんじ。

これが例えば同じハンセン病患者役の市原悦子だと、やはり演じてる感がより強く出ちゃってて、逆に若干の違和感を感じちゃうんだよね。それくらい樹木希林の凄さが際立つんだけど、考えてみれば出演してきたどの映画でもボソボソっと呟いてただそこに居るだけなのに圧倒的な存在感を醸し出してきた女優さんだと気付かされる。

おばあちゃんの笑顔の裏に隠された本音爆弾をブスリブスリと突き刺していく「歩いても歩いても」とか、「借りぐらしのアリエッティ」の家政婦役なんて声だけなのにジブリ史上最も醜悪なキャラに仕上がっちゃってたし・・(笑)。

以前、女友達が1番好きな女優は樹木希林だと言ってて一瞬引いちゃったことがあったけどw、ようやっとその意味するところが理解できた気がする。

また、風景を主役としてきた河瀬直美監督が大都会東京をどう撮るのかというのも興味深かったけど、桜の季節からひと巡りする四季の移ろいを陽射しと風と木々の色づきで優しく映し取っていて印象的だったし、商業映画ベースのフォーマットで作られていたのもあって今までで1番見やすい作品だった。

癩(らい)病という烙印を押された途端に社会の目が単色化し、一切の個性がはぎ取られていく中でも光を求め人間であることを求め続けた徳江さんの「何かになれなくても自分たちには生きる意味がある」という言葉は本当に心に響いたなぁ。

ハンセン病については、「もののけ姫」でチラッと扱われていて知る程度だったんだけど、まさか1996年まで公益の名の下に強制隔離政策がとられていたなんて驚きを超えて唖然とするばかり。

って、そういう自分も無自覚な悪意と無理解の一人だったんだなぁと思う。自戒を込めて・・。

2017年12月30日 (土)

夢のシネマパラダイス504番シアター:忘れられない人

思い出のマーニー

Mig声の出演:高月彩良、有村架純、松嶋菜々子、寺島進、杉咲花、吉行和子、黒木瞳

監督:米林宏昌

(2014年・東宝・103分)盛岡フォーラム

内容:中1の杏奈は幼い頃に両親を相次いで亡くし、里子に出されて育ったが、心を閉ざし気味で周りから浮いた存在だった。そんな中、ぜんそくの療養を兼ねて養母の親戚が住む海辺の田舎町で夏休みを過ごすことに。そこで彼女は、入江に建つ古い洋館を目にしてなぜか懐かしさを覚える。そして夏祭りの夜、小舟で洋館へやって来た杏奈は、マーニーという金髪の少女と出会う・・・。

評価★★★/65点

主人公アンナの活気と生気のない病んだ魚の目をした顔を見て、ジブリ最大の迷作「ゲド戦記」の主人公アレンを想起してしまい、背中に何かザワザワしたものを感じながら見てしまったのだけど、それは要するにアンナが闇に取り込まれて彼岸からこちらの世界に戻ってこられない危険性を感じ取ったからだ。

つまりマーニーはあちらの世界の住人で、アンナはそれに憑りつかれて引きずり込まれてしまう、となるとそれは完全にホラーだ。

まぁいくら何でもジブリに限ってそれはないとはいえ、そう思わせる不穏さが今のジブリにはあるのかも(笑)。

それは千と千尋なんかと比べると顕著で、親に見捨てられたのかもという不安感や育ての親になじめないなど他人を受け入れることができない主人公のキャラクター設定は、常に親不在の運命をウジウジせず事もなげに受け入れるジブリキャラクターを見慣れている者にとってはやはり違和感を感じてしまったし、いやそこが見たいんじゃないんだけどっていう不満感はずっとくすぶっていたかも。。

しかし、親の愛を受けられずに悩むのって「ゲド戦記」といい今作といい、ジブリの偉大な父・宮崎駿の存在を後進はいまだに払拭できていないってことなのかもね。

そういう点では東京から洋館に引っ越してきた彩香ちゃんの方がよっぽどジブリらしかったと思うけど、生きる意味を探すのに四苦八苦する時代だからこその作劇なのかな。

けど、ジブリに自分探しの旅なんて似合わないよね・・・。

 ----------------------

マイ・ガール

R080610209l 出演:アンナ・クラムスキー、マコーレー・カルキン、ダン・エイクロイド、ジェイミー・リー・カーティス

監督:ハワード・ジフ

(1991年・アメリカ・102分)NHK-BS

評価★★★★/80点

内容:1972年、ペンシルベニア州。葬儀屋を営む父親と祖母の3人暮らしをしている11歳の少女ベーダは、大好きな父にガールフレンドができたことから悩み始める。そして相談相手の幼なじみトーマスとの間に淡い恋が・・・。

“なかなかにシビアな題材を扱っているが、映画のバランスの取り方が絶妙で心に残る作品に仕上がっている。”

ベーダは11歳という設定だったけど、自分自身も8,9歳くらいの時かな。死という恐怖に対して異常ともいえるほど悩み抜いたことを鮮明に覚えているのだけども、自分の抱えていた死のイメージというのが、死とは永遠の孤独という黒沢清の「回路」で描かれたイメージに近いものがあって。

死そのものというよりも家族や友達に永遠に会うことができないという恐怖に打ち震えていたといった方が正しいかも。

だから、11歳の少女ベーダが死について割り切れない複雑な感情を抱いているというのも自分自身の体験と感情に見事にリンクして、ベーダの日常世界に容易に入っていくことができた。

それゆえ、ラストの方で息子トーマス(M・カルキン)の死に打ちひしがれる彼の母親に対して「私の母親が天国でトーマスを見守って一緒にいるから大丈夫よ。」と慰めるベーダの言葉は胸に響いたし、彼女なりにしっかりと死というものを受け止め、成長した姿を見せてくれてうれしかった。

また、一方では、妻と死に別れ男手ひとつでベーダを育ててきた父親(D・エイクロイド)の心情というものもよく描かれていて、父娘の葛藤が繊細に見る者に伝わってくる。

こういう流れでいくと、ともすれば重くなりそうなものだが、それをコメディのベクトルにうまく舵取りしたJ・リー・カーティスの存在も素晴らしい。

この映画における描写は、あくまでも子供の日常世界を軸としながらも、まるで水平線から朝日が昇るかのように確実に大人の世界が広がってくる。そして次第に少女の頃の世界は太陽が出ている青空にうっすらと浮かぶ真昼の月のごとく淡い思い出となっていくのだろう。

そういう微妙なバランスが絶妙なサジ加減でとれているのが、この映画が心にいつまでも残る所以なのだろう。

名作です。

 ----------------------

マイ・フレンド・フォーエバー(1995年・アメリカ・100分)CS

 監督:ピーター・ホルトン

 出演:ブラッド・レンフロ、ジョゼフ・マゼロ、アナベラ・シオラ、ダイアナ・スカーウィッド

 内容:母子家庭の孤独な12歳のエリックの隣に住むのは、輸血が原因でエイズ感染した11歳のデクスター。2人は打ち解け合うようになり、エイズ治療の特効薬発見の記事を頼りに旅に出るが・・・。

評価★★★★☆/85点

“我が映画人生で1番泣いた映画”

エリック(ブラッド・レンフロ)とデクスター(ジョゼフ・マゼロ)のひと夏のかけがえのない思い出を、ありふれた演出で描いていくプロットには別段感傷にひたることもなく見ていたのだけど、ラストの“スニーカー”には思わずヤラレてしまった。

全ての思い出と友情の証の象徴としてスニーカー、しかも片方のスニーカーというアイテムを持ち出してくるとは全くの予想の範囲外で、完全に無防備だったマイハートはめちゃくちゃに揺れまくり、後はもうゲリラ豪雨のごとく泣き崩れてしまいますた。。

声をあげて泣いた初めての映画だな。でも、先日、久方ぶりに泣く気マンマンで見たっけ、もう泣けないのね(笑)。

そっかぁ、やっぱ不意打ちというのが1番効果があるんだなぁ。不意打ち以外で泣けるのは「火垂るの墓」だけだな。

しかし、、その泣かせてくれたブラッド・レンフロも25歳という若さで逝っちゃうんだから、、現実の方がツライね・・。

 ----------------------

きみに読む物語

20051003_36049 出演:ライアン・ゴズリング、レイチェル・マクアダムス、ジーナ・ローランズ、ジェームズ・ガーナー

監督:ニック・カサヴェテス

(2004年・アメリカ・123分)MOVIX仙台

評価★★★★/75点

内容:療養施設で暮らす老婦人を初老の男が訪ね、物語を読み聞かせる・・・。現代からの回想形式で、1940年のアメリカ南部、裕福な少女アリーと地元の青年ノアの恋物語が綴られていく。

“終わり良ければ全てよし、、、もとい始め良ければ全てよし。”

珠玉のラブストーリーとまでは言えないかもしれないが、心に響く純粋な愛の物語だったとは確実に言える、そんな映画だったと思う。

特に真っ赤な夕映えの湖をゆっくりボートが進んでいくオープニングはピカイチだった。

映画としては、先の展開が読めるというありがちなストーリーでありながら、オープニングから滞ることのないしかも透明度の高い流れをしっかり作り出していて、変なつっかかりや邪推などに陥る前に純粋にその流れに乗れてしまう。

美しい映像と音楽にただただ身を任せながら物語の中に入っていくことができた。

この映画には“流れ”がある。この映画はそれに尽きると思う。それがなければただの平凡な映画に終わっていたことだろう。

 ----------------------

マイ・ルーム(1996年・アメリカ・99分)NHK-BS

 監督:ジェリー・ザックス

 出演:レオナルド・ディカプリオ、ダイアン・キートン、メリル・ストリープ、ロバート・デ・ニーロ

 内容:20年間連絡を取っていなかった姉ベッシーから電話を受けたリー。姉は白血病で、親類からの骨髄移植以外に助かる望みはなかったが・・・。

評価★★★★/80点

絆を縛り付ける負の連鎖を優しい眼差しと素直な心が解きほぐしていく。家族にとって1番の良薬は皆の笑顔なんだね。納得!

 ----------------------

トニー滝谷

Tony 出演:イッセー尾形、宮沢りえ、篠原孝文、四方堂亘

監督・脚本:市川準

(2004年・日本・75分)仙台フォーラム

内容:トニー滝谷の名前は、本当にトニー滝谷だった・・・。太平洋戦争時、上海のナイトクラブでトロンボーン吹きをしていた父親にトニーと名付けられたトニー滝谷。生まれて3日で母親が死に、孤独な幼少期を送ったトニーは、やがて美大に進みデザイン会社に就職。その後独立してイラストレーターになったトニーは、彼の家に出入りする編集者の一人、小沼英子に恋をし結婚する。しかし、幸せな日々は長くは続かなかった・・・。村上春樹の短編集「レキシントンの幽霊」に収められた同名小説を映画化した切ない愛の物語。

評価★★★★☆/85点

「トニー滝谷の名前は、本当にトニー滝谷だった。」で始まるストーリーテリング。微細な音まで丁寧に拾い上げ収めている映像。孤独を背負う男トニー滝谷と、恐いくらい幸せな在りし日々の思い出が影として残るほどの残り香を漂わせる妻を見事に体現しきったイッセー尾形と宮沢りえ。

それら3つの要素が全くぶつかり合うこともなく本当に自然に融けあっている。

こういう映画を見たのはもしかして初めてかもしれない。

ほとんどの映画は3つの要素のうちどれかひとつが突出していて他をカバーしているか、あるいはそれぞれの要素がぶつかり合って互いに強め合ったり弱め合ったりする中から映画という眼差しや面白さを抽出しようとするか、またはそうせざるを得ない映画が大半だと思う。

しかし、この「トニー滝谷」という映画には、それが恐いくらいに無いのだ。よどみと衝突と干渉というものが一切ない。

だから恐いくらいに心地良い。

それでいて世界観は恐いくらいにしっかりと確立されているという。。これが完璧ということなのだろうか。

市川準は村上春樹という透明な地肌に静かで柔らかなタッチで映画の香りを浸透させていき、スクリーンという鏡に見事に投影させたといえるのではないだろうか。

これほどの技量をもったメイクアップアーティストを自分は他に知らない。

 ----------------------

ぼくの伯父さん(1958年・フランス・120分)NHK-BS

 監督・脚本:ジャック・タチ

 出演:ジャック・タチ、ジャン=ピエール・ゾラ

 内容:ユニークな詩情と文明批評、アバンギャルド風の構成などをない交ぜにし、場面の動きと音楽によって進行していく独特の喜劇映画で、ジャック・タチ監督によるユロ氏を主人公とした一連のシリーズの代表作。プラスチック工場の社長の息子はモダン住宅の自宅が大嫌いで、ユロ伯父さんと彼が住む庶民街を好んでいた。社長夫妻にはそれが面白くなく、就職やお嫁さんを世話してなんとかユロ氏を一人前の人物にしようとするが・・・。

評価★★★/65点

“映画を見るというよりは上質の4コマ漫画をパラパラめくって読むかんじに似ている。”

ひとつひとつのエピソードの中には面白くないエピソードもあるのだけども、全体を通して1つの作品としてみれば面白かったといえる、そんなちょっと不思議な魅力に彩られたクスッと笑える映画。

ユロ伯父さんがアパートの部屋の窓ガラスに反射した太陽光を向かいの日陰の鳥小屋に当ててあげるところなど、どこか優しいタッチがいいね。

世の中には、ビリー・ワイルダーの「情婦」(1957)で、自分のメガネに太陽光を反射させてわざと他人の目に向けるクソジジイもいるからな(笑)。いや、もとい、法曹界の大御所ウィルフレッド卿(チャールズ・ロートン)でございますた。。

夢のシネマパラダイス563番シアター:アントマン

アントマン

167635_01出演:ポール・ラッド、マイケル・ダグラス、エヴァンジェリン・リリー、コリー・ストール、アンソニー・マッキー

監督:ペイトン・リード

(2015年・アメリカ・117分)WOWOW

内容:バツイチ無職のスコット・ラングは、最愛の娘の養育費も払えず、まさに人生の崖っぷちに。そんな中、彼のもとに天才科学者ハンク・ピム博士からある仕事が舞い込んでくる。博士が開発した特殊なスーツを着て、身長1.5cmの“アントマン”になるというものだった・・・。

評価★★★/65点

子供時分「ミクロキッズ」(1989)を見た時に小さくなった悪ガキ共の大冒険にワクワクドキドキしたものだけど、と同時にその冒険の範囲が家の庭という狭さに物足りなさを覚えたのも確かだった。

しかし、その物足りなさを満たしてくれたのがアニメ映画のトイ・ストーリーとジブリ映画のアリエッティだったわけで、今回初めて実写映画で蟻サイズの人間があらゆる場所を縦横無尽に駆け回るミクロ世界をスケール感たっぷりに見せてくれて、映像面では文句の付けようがない出来。

正直ストーリー面は二の次なあっさり感は否めず、見所は映像しかなかったかんじだけど、シリーズ化のイントロダクションとしては十分及第点をあげられる作品だったと思う。

個人的にはもっとコミカルでも良かったかなと感じたけど、マーヴェルのアベンジャーズに組み込まれることを考えるとあんまり毛色に違いを出しすぎるのもあれだったのかな。

アベンジャーズを意識せずに作られた単発での次回作に期待したいけど、エンドロール後のエピローグからするとどうやら夢物語みたい・・。

しかし、マイケル・ダグラス久しぶりに見たなw

 ---------------------

借りぐらしのアリエッティ

N0021318_l 声の出演:志田未来、神木隆之介、大竹しのぶ、竹下景子、藤原竜也、三浦友和、樹木希林

監督:米林宏昌

(2010年・東宝・94分)盛岡フォーラム

内容:14歳の小人族の少女アリエッティはとある古い屋敷の床下で両親と3人で静かな暮らしを営んでいる。彼らには人間には見られてはいけないという掟があった。そんなある日、病気療養のため12歳の少年・翔がこの屋敷を訪れる。。

評価★★★★/75点

個人的にジブリアニメを純粋に楽しめたのは小6の時に見た「魔女の宅急便」までで、それ以降の作品はグダグダだと思っている。それどころか宮崎駿のお仕事は漫画版ナウシカの連載が終了した1994年でその役目は終えたと思っているくらいでw

破綻と混沌のインフレ三部作(もののけ、千と千尋、ハウル)を経てあっちの世界へ逝っちゃったポニョときて、、宮崎駿はもはや枯れ果てた。

一方ゲド戦記の惨敗をみるまでもなく後進はまるで育たず、このままではジブリは消滅への道をまっしぐら

とまぁ、はっきりいって宮崎御大は10年前に製作総指揮とかに退いてジブリの後進を育て上げることに心血を注ぐべきだったと思うのだけど、今回ようやっとジブリの次代を担うべき才能にバトンを渡したわけだ。

NHKで今回の映画製作に密着したドキュメンタリーをやってて、米林宏昌監督にいろいろ口を出したくてウズウズしている御大の姿からはストレス溜まってるのがありありと見てとれたんだけど(笑)。

と、そんなこんなで出来上がったアリエッティ。

天敵カマドウマがぴょんぴょん飛び跳ねてる冒頭からヒョエ~~ッとのけぞってしまったんだけど、全体としては久々に純粋な気持ちになって見られたジブリ映画になっていたと思う。

ジブリアニメの真髄である濃密で柔らかな絵のタッチと、ケルト音楽を思わせるセシル・コルベルの透明感あふれる音楽が、床下の小人の世界観と雰囲気をものの見事に醸成していてそれだけで十分楽しめてしまう。

いや、実際この雰囲気と世界観だけで8割方できている作品といっていいと思うんだけど、一粒の角砂糖、一滴の水、一枚の葉っぱ、一枚のティッシュetc.のリアルでカワイイ質量感、また洗濯バサミの髪留めや待ち針の剣、両面テープを手足に引っ付けてのクライミングなどの細かいディテールの描写力・発想力はハンパなく、小道具好きな自分の快感神経をビビビッと震わせてくれる。

個人的には台所が断崖絶壁のグランドキャニオンのように見えるシーンが好き。

ただ、さっき雰囲気と世界観だけで8割方できてる作品と言ったように、子供に読んで聞かせる絵本のような体裁をとっていて、それはそれでいいんだけど、シナリオにやや締まりがないのがひっかかる。

特に、少年・翔のすでに彼岸へ渡ってしまったかのような落ち着きぶりと、家政婦ハルの恐ろしいまでの小人への執着心は見ていて薄気味悪くなってくる。彼らの心理や行動原理がイマイチ伝わってこないのだ。

「君たちは滅び行く種族なんだ」とにべもなく言ってしまう翔の透き通るような目が怖くて怖くて・・

この言葉を相手に面と向かって言えちゃう残酷さ、、宮崎御大の悪い作家性が突拍子もなく出ちゃったかんじだね(笑)。

人間世界の日常の価値観を時には反転させ時には優しく見つめ直した細かなディテール描写が特筆ものだっただけに、人物描写の粗さが気になってしまいどうもスッキリしないというか・・・。

そいえば、子供が病持ちというのはジブリアニメではほとんど初めてといってもいいのではなかろうか。五体満足な少年少女の躍動がジブリアニメを引っ張ってきたとするならば、心臓を患い、ちょっと走っただけでへばってしまう少年はどうしても奇異に映ってしまう。

そうなんだよ、翔が悪い意味でこの映画を引っ張っちゃってるんだよ!ということを今ここで実感。。

でも、アリエッティ一家の微笑ましい日常とこの物語をずっと見ていたいという気持ちになったのが心の8割を占めたというのが本音であり、新監督の船出としては十分及第点を付けられるのではないかな。〆。

Posted at 2010/07/30

2017年1月 3日 (火)

夢のシネマパラダイス330番シアター:インターステラー

インターステラー

Poster2_2出演:マシュー・マコノヒー、アン・ハサウェイ、ジェシカ・チャステイン、エレン・バースティン、マイケル・ケイン、ジョン・リスゴー、ケイシー・アフレック、マット・デイモン

監督・脚本:クリストファー・ノーラン

(2014年・アメリカ・169分)盛岡フォーラム

内容:近未来。地球環境の加速度的悪化による食糧難で人類は滅亡の時を迎えようとしていた。そんな中、最悪の事態を回避するための重大ミッションクルーのひとりにシングルファーザーで元エンジニアのクーパーが抜擢される。そのミッションとは、未開の惑星に行き人類が居住可能かどうか調査するというものだった。地球に家族を残して行かなければならない不安と葛藤するクーパーだったが、泣きじゃくる幼い娘に帰還を約束し、宇宙へと旅立つ・・・。

評価★★★★★/100点

「メメント」「インセプション」と趣向を凝らした作劇で時間軸のズレを印象的に描いたクリストファー・ノーランは、同じく「インセプション」で虚無(夢)の世界で50年間たった2人だけで過ごす夫婦の純粋すぎて怖いくらいの愛の深さを描いた。

ちなみにあの映画では夢の階層によって時間の流れにズレが生じるという設定があり、夢の階層を下るごとに現実世界の時間より12倍引き延ばされていく。つまり現実世界で1時間夢を見ると、夢の第1階層では12時間、第2階層では144時間=6日間、第3階層では72日間、そして第4階層=虚無では2年4カ月の時が流れる。だから第4層で50年だと現実世界では大体20時間しか経っていないことになる。

そう考えると、宇宙で主人公クーパーが体験した2~3年の異次元旅行の間に地球では約80年経っていたという今回の映画は、人間の内へ内へ潜っていく「インセプション」と地球の外へ外へ飛び出していく本作の対照的な違いはあるにせよ、時間軸のズレがもたらすウラシマ効果と、愛は時空を超えるという壮大かつ純粋な愛の物語のモチーフは共通している。

そういう意味で今作はノーランの集大成といっていい作品だったと思う。

なにより実質数年しか年を取っていない父親が90歳くらいの寝たきりのおばあちゃんになった娘を看取るというSF映画史上でも屈指の名シーンにお目にかかれたのは涙が出そうなほどに感動した。

お涙頂戴の“愛は地球を救う”安っぽい映画wは数多くあれど、論理とか説得力を超越した愛の力に打ちのめされたのはこれが初めてだったかもしれない。

あとは何といってもクーパーがブラックホールに吸い込まれた後の4次元立方体の驚愕映像に尽きるだろう。これはつまり、点を動かすと線分ができる(1次元)→線分を動かすと平面ができる(2次元)→平面を動かすと立方体ができる(3次元空間)→立方体を動かすと超立方体ができる(4次元空間)ってことなんだけど、映画では幼少の頃のマーフの部屋がアーカイブのように幾層にも積み重なっていて、まるで複数のwebサイトをひとつのウィンドウ内に開くことができるタブ機能のごとくあらゆる時間のマーフの部屋につながることができるようだ。

さらにこれを作ったのは5次元の存在だと言及している。要は、3次元空間に時間軸の1次元を付け加えた4次元時空の住人である我々を超えた存在で、5次元では空間も時間も自在に操ることができる。そしてここがキーポイントなのだけど、本棚から本が落ちてきたり床に砂が流れ落ちてきたりと別次元のマーフには重力を介してメッセージを伝えることができる。

つまり、重力だけが別次元同士に干渉することができるということで、その根拠となっている仮説が、我々の住む3次元空間を1つのブレーン(膜)とみなし、その上でブレーンの外には行き来することのできない第5の次元が広がっているとするブレーンワールド仮説だ。

そしてその中では重力子だけがブレーンを離れて第5の次元を移動できるとする。これにより物理学における大きな謎である重力が極端に弱すぎる問題(例えば膨大な質量をもつ地球に比べて磁石の質量は無視できるほど小さいにもかかわらず、地球の作る重力は磁石の作る磁力に打ち負かされてしまう。電磁気力の強さを1とすると、重力は10のマイナス40乗しかない謎)が解決できる。

つまり、重力が他の力に比べて弱いのは、重力が異なる次元に漏れ出ている=重力は時間を含む次元を超えることができるからと説明できるのだ。

そういう最新の宇宙論に裏打ちされた映像の数々は、門外漢の自分の肌感覚にまで迫り来るような、ただの絵空事とは異なる説得力をもったリアリティがあったと思う。

とはいえ、理解度50%で見た気120%になっているというのが実際のところ(笑)。

でも、これだと普通だったら見た気にならないはずなのに、見た気満々にさせるのがこの映画のスゴイところなんだよね。「インセプション」もそんなかんじだったし、クリストファー・ノーランの醍醐味ってそこにあるのかも。

音楽も印象的だったし、自分の人生観をもビリビリ震わせるような大傑作だった。

 ----------------------

惑星ソラリス

Flyersolaris 出演:ドナータス・バニオーニス、ナターリヤ・ボンダルチュク、ユーリー・ヤルヴェト

監督:アンドレイ・タルコフスキー

(1972年・ソ連・165分)DVD

内容:21世紀、世界の科学者たちは表面をプラズマ状の海に覆われた惑星ソラリスに注目していた。心理学者のクリスは、原因不明の混乱状態に陥ったソラリスの軌道ステーションに真相究明のため派遣される。ステーションの混乱を目の当たりにしたクリスもまた不安にかられるようになり、さらに自殺したはずの妻ハリーが目の前に現れ・・・。

評価★★★☆/70点

キューブリックの「2001年宇宙の旅」(1968)と並び称されるSF映画の金字塔と聞かされ続けて十数年、レンタル屋にも置いておらず、BSでも放送してくれず、なかなか見る機会を得られなかったのだけど、ついにその時が来た!

とはいっても、難解な映画とも聞いていたので、かっなり身構えて見たのだけども、フタを開けてみれば、未来都市に見立てられて映し出される東京の首都高が千駄ヶ谷から赤坂見附あたりだとはっきり認識できるくらいの理解の範疇を超えないレベルで見られたのはちょっと拍子抜けだったかんじ。

といっても、外ヅラを理解できた程度だけど、まぁダレることなく見れたからよかったかな。

あ、そっか、、ソダーバーグの「ソラリス」(2002)を以前見てたのがよかったのかw。つってもあれ半分くらい寝てたけど・・・

それはさておき、キューブリックの「2001年宇宙の旅」における人工知能をもったコンピュータHAL9000を、ソラリスという惑星自体に置き換えたような中、そこに行った人間の心が抱えている罪の意識や後悔といった悩みを読み取り、それを実物大にして作り出してしまうというトンでもな海を持つ惑星ソラリスと人間との遭遇を描いたこの映画。

ソラリスによって送り込まれた“客”によって物理学者ギバリャンは自殺し、電子工学のスナウト博士は怯え、生物学者サルトリウスは部屋に閉じこもったまま出てこない。

そして、心理学者クリスの前に現れたのは、毒を打って自殺したはずの妻ハリー。

クリスが抱える最も忌まわしい記憶が、どんなに消そうともがいても再生して甦ってくるハリーによって眼前に突きつけられるさまは、血にまみれながらドアをブチ破るハリーの姿を見てもかなり怖い。

しかし、その“客”は、自分自身の良心の呵責によって生み出されたものだった。

そして、良心の呵責に逆らっても研究対象としてソラリスの真実を追い求めようとする科学者魂にあふれたサルトリウス、一方ギバリャンは良心に耐え切れず自殺するわけだけど、「ヒロシマのように不道徳でも目的が達せられてしまう」科学の恐さ、そして恥も外聞もかなぐり捨てて風車に突撃するドン・キホーテのごとく外へ外へ文明を突き進んできた現代において人類愛なんてものは存在しないんだというメッセージはかなり痛烈だ。

それをこの映画は、時間と空間を超越し、宇宙には他にも生命体がいるんだという夢と希望あふれるSF世界において、そのSFが本来持つ外へ外へではなく、人間の内面世界という内へ内へと向かっていくことで露わにしていくのだから恐れ入る。

時間と空間を超えることができる夢を具現化したのがSFなわけだけど、同じ夢は夢でも人間の潜在意識の奥に眠る内省と願望=夢として、それを具現化するソラリスというのがなんとも面白い。

そういう点では「2001年宇宙の旅」とは全く逆の構図ともいえると思う。

そんな中クリスは、一度は妻ハリーをロケットで放逐したものの、その後は自分の良心と真摯に向き合うことで妻との愛を取り戻していくわけだが、ここにクリスと母親との間にあるビミョーな関係が影を落としているらしいことが差し挟まれることで、なかなか小難しい内容になっているのはたしかだし、ラストのオチも思わずビックリ。。

でも、難しくてダラダラしてるからもう見たくないという気にはならず、もう1回じっくり見たいなという気に駆られたのは自分でも意外だった。

クリスの故郷である水と緑にあふれる自然風景と、一面灰色に覆われた東京の首都高の対照的な風景なども印象的だったし、「2001年宇宙の旅」を初めて見たときは、もう二度と見たくないと思ったものだが(笑)、今回はその点でも対照的だった。

ラスト、茫洋たるソラリスの海に囲まれた島として漂うクリスの緑の故郷、それはクリスの思考の範囲の限界―科学の発達とともにある種の免罪符として唱えられる人類皆兄弟という人類愛の限界―を示しているともいえ、どんなに科学が発達しようとも人間はどこまでも私的な苦悩に苛まれる存在なのだということを表わしているといえる。

「人間の内なるものを省みずして、すなわち恥を知ることなくして人類は救われない」、、、思わず考える人のポーズになってしまう自分(笑)。

この映画が作られた70年代前半は東西冷戦が厳然としてあったわけだけど、あれから約40年、ITの発達で情報は瞬時に世界を駆け巡り、ヨーロッパはEUのもと統合の深化が図られ、オバマ大統領就任に世界が熱狂し、、、しかし世界の人々の距離が縮まったかといえばそういうわけでもなく・・・。便利な世の中にはなったが、人々は孤独の中を彷徨いつづけているように思える。

ソラリスの海から脱却できる日がいつか訪れるのだろうか。

なんかこの映画を5年ごとに見続けていったら、その時々で感じることが違ってくるのかもしれないななんてことを思ったけど、5年後、自分はこれ見てどう感じるのだろう。。

Posted at 2009.09.10

 ----------------------

ソラリス(2002年・アメリカ・99分)MOVIX仙台

 監督・脚本:スティーブン・ソダーバーグ

 出演:ジョージ・クルーニー、ナターシャ・マケルホーン、ジェレミー・デイヴィス

 内容:「惑星ソラリス」(1972)を生んだスタニスワス・レムの名作小説をS・ソダーバーグが新たな解釈で映画化。惑星ソラリスを探査中の宇宙ステーションで異変が発生し、心理学者が調査に向かうが・・・。未知の知的生命体と出会った人間が自己の内面と対峙させられるという深遠な物語を、今回は主人公と彼の妻の夫婦愛に焦点を絞って描いている。

評価★/15点

“見ている途中で不覚にも眠ってしまったからといって、この映画にかぎっては他人にとやかく言われる筋合いはないw!”

夢のシネマパラダイス604番シアター:女性という世界で1番ミステリアスな生き物について

この国の空

Poster2出演:二階堂ふみ、長谷川博己、工藤夕貴、富田靖子、石橋蓮司、奥田瑛二

監督・脚本:荒井晴彦

(2015年・日本・130分)WOWOW

内容:昭和20年の東京・杉並。戦争末期で若者は戦場へ送られ、子供は地方へ疎開し、女と老人しかいない街で母と2人暮らしの19歳里子。空襲で焼け出された伯母が転がり込んできて生活がますます苦しくなる中、妻子を疎開させ隣家で一人住まいをしている38歳の市毛は何かと頼りになる存在だった。しかし、いつしか里子は市毛を異性の男として意識するようになっていき・・・。

評価★★★☆/70点

昭和20年の平均寿命は男性24歳、女性38歳と聞いて愕然としたことがあるけど、そっか、銃後の街とは戦場に駆り出されていく男たちと集団疎開で田舎へ移っていく子供たちが不在の老人と女性しかいない街なんだ・・・。

考えてみれば当たり前の戦争が市井にもたらす常識に今回初めてハッと気付かされた。

また、国同士が殺し合いをし、いつ焼夷弾に焼き殺されるかもしれず、いつ敵方が上陸してきて蹂躙してくるかも分からないまさにこの世の終わりを目前とする中でも、このまま男の愛を知らないまま死ぬのは嫌だと悶々とする年頃の娘の心情もかなり新鮮に感じられた。

そしてラストの「これから私の戦争が始まる」という衝撃の一言には、女の怖さと生命力の強さに圧倒されてしまった

いつの世も恋は人を狂わせるのだねぇ

でも1番衝撃的だったのは、不倫相手の男の寝床の生々しさだったかもw

しかし、主人公の母親と伯母を工藤夕貴と富田靖子が演っていたことに最後まで気付かなかった自分って・・

 ----------------------

イニエーション・ラブ

Poster3出演:松田翔太、前田敦子、木村文乃、森田甘路、三浦貴大、前野朋哉、木梨憲武、手塚理美、片岡鶴太郎

監督:堤幸彦

(2015年・東宝・110分)WOWOW

内容:バブル真っ只中の1980年代後半、静岡。就活中の大学生・鈴木は、気乗りしないまま参加した合コンで、歯科助手のマユに一目ぼれ!少しでも彼女に釣り合う男になりたいと身なり格好に気を使い、次第に距離を縮めていく。やがて就職した鈴木は東京へ転勤となり、マユとは遠距離恋愛になってしまうが・・・。

評価★★★/65点

サイドAとサイドBでこれ見よがしに日付がいちいち出てくることからサイドAとサイドBって同時進行の話!?と途中で気付いちゃって、となると必然的にたっくんは2人いるというオチはなんとなく読めたんだけど、マユちゃんの二股事実があらためて示されると見てる方はやっぱりショックが大きくて・・・

なんか明石家さんまが好きそうな典型的小悪魔キャラのマユちゃんに前田敦子がドハマりで、女って怖ぇーという戦慄が倍加して襲ってきたかんじ

でも、これ冒頭でこの映画にはある秘密がありますってテロップが出なければたぶん最後まで気付かなかったと思うんだよね(笑)。普通にラストに秘密をばらさないで下さいってすればよかったのに、と思ったのは自分だけ?

まぁ、それもあって「あなたは必ず2回見る」というキャッチコピーは自分には通用しなかったけど、心身ともに1番大きな傷を負ってるのはマユちゃんでもあるわけで、そう考えるとマユちゃん視点のサイドCを見たかった気も。。

P.S. ラブホの前で躊躇しているたっくんに向かって「女に恥かかせないでよ。行くよ!」と引っ張っていく美弥子(木村文乃)のような女性と出会いたいですww

 ----------------------

私の男

Watasi出演:浅野忠信、二階堂ふみ、モロ師岡、河井青葉、三浦貴大、安藤玉恵、竹原ピストル、高良健吾、藤竜也

監督:熊切和嘉

(2013年・日活・129分)WOWOW

内容:北海道奥尻島を襲った津波で孤児となった10歳の少女・花。そんな彼女を遠縁だという男・淳悟が引き取り、二人は雪と流氷に閉ざされた紋別の田舎町で寄り添うように暮らしていた。しかし6年後、地元の名士の大塩は二人のゆがんだ関係に気付き、淳悟から離れるよう花を説得する。ところがその後、厳寒の海で大塩の遺体が発見される・・・。

評価★★★/60点

毎年、京都の清水寺で発表される「今年の漢字」。

東日本大震災に見舞われた2011年は“絆”だった。震災により人と人、家族の絆がクローズアップされ、復興支援においても震災で受けた傷を絆で癒やそうなんていうスローガンも掲げられたりした。

しかし、ここに福島の原発事故が絡んでくると“絆”はどこへやら。

震災のがれき処理を受け入れようとする他県の自治体は市民の袋叩きにあい、原発避難者はいじめや差別にあう・・・。

結局、絆絆と呪文のように唱えているのはマスコミと被災地に住んでいない人々の自己満足にすぎないのではないか、という違和感を岩手県民のひとりとして少なからず感じていたのだけど、“絆”とはそんな安っぽい偽善めいた言葉ではないのだという今回の映画のドロドロとした“血の絆”はかなり衝撃的。

ほぼほぼ悪意しかないインモラルな近親相姦ものなので共感度はゼロだったけど、二人の心象風景を写し取ったかのような北海道の鈍色の景色と淫靡なカメラアングル、そして浅野忠信&二階堂ふみの怪演に最後まで見入ってしまった。

ただ、家族を津波で一瞬にして失った少女がそのショックから背徳のモンスターに変貌を遂げていく(母親の遺体を蹴り上げるシーンがあることからもともと親に対する憎悪があった?)のは百歩譲って分かるとしても、家族が欲しいと少女を引き取った遠縁の男(実は父親)の内面心理がどうにも理解できず、やはり決定的に相容れない映画だったなと。。

まぁ、時々こういう映画もあっていいけどね(笑)。

しかし、シチューをぶっかけて刺殺するシーンが今になっても頭から離れないんですけど

 ----------------------

白河夜船(2015年・日本・91分)WOWOW

 監督・脚本:若木信吾

 出演:安藤サクラ、谷村美月、井浦新、高橋義明、伊沢磨紀、竹厚綾

 内容:仕事もせず部屋で惰眠をむさぼり、恋人の岩永からの電話を待つだけの日々を送る寺子。岩永には妻がいるが、交通事故に遭って以来ずっと眠り続けていた。そんなある日、お客の隣でただ添い寝をする仕事をしていた親友のしおりが自殺してしまう・・・。

評価★★★/60点

人は人生の3分の1を睡眠にあてているのと同様、映画の3分の1が睡眠シーンみたいなかんじ。

ただ、主人公の寺子(安藤サクラ)のは睡眠というより惰眠であり、現実逃避のために眠る行為があるのが、常に睡眠不足の自分には決定的に理解不能(笑)。。

安藤サクラの脱ぎっぷりは評価に値するけど、ある意味その女優魂だけでもっているような映画だった。

もっと夢と現実の境目があいまいになるような奇っ怪な夢うつつの世界の危うい恐怖感=死のメタファーみたいなものが前面に出てきてもよかったかなぁと思ったけど、安藤サクラの生命力と存在感が強すぎてそれも難しいんだよね。

そういう意味では企画倒れだと思うけど、パンツが食い込んでいる安藤サクラのどーでもいい日常風景だけで元が取れるってのもスゴイと思うw

要するに、安藤サクラはスゴイ女優さんだ!ってことでした。

2016年8月28日 (日)

夢のシネマパラダイス567番シアター:アイアムアヒーロー

アイアムアヒーロー

Poster2出演:大泉洋、有村架純、長澤まさみ、吉沢悠、岡田義徳、片瀬那奈、マキタスポーツ、塚地武雅、風間トオル、徳井優

監督:佐藤信介

(2015年・東宝・127分)盛岡フォーラム

内容:漫画家アシスタントをする35歳の鈴木英雄は、同棲している彼女にもあきれ果てられるほど肩身の狭い日々を送っている。そんなある日、徹夜仕事から帰宅した英雄は、なにやら様子がおかしい彼女に突然襲われる。なんとか逃げ出した英雄だったが、街中で目の当たりにしたのは新型ウイルスに感染し、異形の姿に変貌を遂げた者たち(ZQN・ゾキュン)が次々と人々を襲う光景だった・・・。

評価★★★☆/70点

正直期待はあまりしていなかった。

グロくて生々しく生理的不快指数の高いキワドい描写が多い原作マンガにあって、大泉洋&長澤まさみのNHK大河ドラマ組と清純派筆頭の有村架純というキャスティングは突き抜けた冒険はしづらいだろうなと思ったし、そう考えると「ワールド・ウォーZ」のような血しぶきの少ない俯瞰的なパンデミック路線に舵を切るのだろうと予想していた。

ところがフタを開けてみたら、あらビックリ。

ZQNのリアルで気持ち悪い造形は完璧だったし、売れない漫画家・鈴木英雄(大泉洋)のさえない日常風景が恋人てっこ(片瀬那奈)のZQN変貌により崩壊していく序盤は、原作ファンとしては100点満点の出来。さらにそれに続く職場事務所でのドランクドラゴン塚地が金属バットで頭をベッコンバッコンするモラルや葛藤無視の暴走っぷりは、ゾンビより人間の方がはるかに恐ろしいことをショッキングな映像でつづる海外ドラマ「ウォーキング・デッド」を凌駕するものだったと思う。

終盤アウトレットモールでの大スプラッタ祭りも邦画でここまでやるかっていうくらい過激だったし、全体的なインパクトは絶大で、えっ?ここでもう終わっちゃうの!?と思ってしまうくらいあっという間の2時間だった。

あとは何といっても大泉洋のハマり具合が笑っちゃうくらいハンパなかったことだね。初めて発砲する時の「はーい」という掛け声はあまりにもマンガのイメージ通りで背中に電流が走ったくらいww

あと、序盤にチョイ役で出てくる中田コロリ役のラーメンズ片桐もまんまで(笑)、というか原作者の花沢健吾が芸能人を当て書きしてるふしがあるのであれだけど、見終わってみればキャスティングも満点。

こうなると否が応にも続編に期待しちゃいたいところだけど、ズッコケ臭がプンプンするのでやらない方がいっかな

 -----------------------

ワールド・ウォーZ

O0480071112654808260 出演:ブラッド・ピット、ミレイユ・イーノス、ジェームズ・バッジ・デール、ダニエラ・ケルテス、デヴィッド・モース

監督:マーク・フォースター

(2013年・アメリカ・116分)DVD

内容:フィラデルフィアで妻と2人の娘と平穏な日々を送っていたジェリー・レイン。ある日、家族を乗せた車で渋滞中にビル群の爆発や相次ぐ玉突き事故などの異様な光景を目の当たりにする。さらに人の群れが手当たり次第に人に咬みつき、被害者は突如として凶暴化するのだった。なんとか現場を逃れた彼のもとにかつて勤務していた国連から、謎のウイルスが全世界的に感染拡大しているという連絡を受け、調査隊への参加を要請される・・・。

評価★★★★/75点

“Around The World In Seven Days”

アメリカの大都会フィラデルフィアとNY、韓国の米軍基地、聖地エルサレム、ウェールズのWHO研究所の全4ステージを“Z”と戦いながら、カーアクション、チャリンコレース、飛行機パニック、密室劇といった多彩なサバイバルシチュエーションとミッションをこなしてクリアしていくアクションRPG!という言葉がピタリとくる映画w

出会い頭に車が衝突しようが、飛行機の中で手榴弾を爆発させて客席が吹き飛ぼうが、その飛行機が墜落しようが、鋭利な破片が脇腹に突き刺さって貫通しようが、3日も寝れば全快になってしまうブラピの不死身ぶりはまさにゲームの主人公そのもの。

しかし、それをご都合主義と揶揄することは容易いものの、追うゾンビと逃げる人間というゾンビ映画の基本シークエンスであるミニマムな主観視点に、空撮とモブシーンというパニック映画のマクロな俯瞰視点を距離的空間的スケールで加えることにより阿鼻叫喚のパンデミック映画にブラッシュアップした演出はバカにはできない。

端的にいえばゾンビを天変地異と同類としたディザスタームービーにしたという点が新しいというか。要するにイナゴの大群だよね(笑)。

で、グロさを控え目にしている点も含めてテンポよく見れてしまう面白さはある。

ただ、ディザスタームービーにしちゃうと絶望が心地良いという欠点が出てきて、そこがクリアされていないため、どうしてもゲーム的になっちゃうんだよね。

それはつまりZを殲滅することに対する罪悪感、もっといえば肉親に手を下さなければならない絶望という極限状況まで追い込まれた人間模様を描かなければダメだったと思う。

まぁ、ブラピが出るビッグバジェットのイメージ的にそれは難しかったのかもしれないし、そんな悪夢のような心地の悪い映画を見たいかというと見たくはないんだけどね

 -----------------------

コンテイジョン

621 出演:マリオン・コティヤール、マット・デイモン、ローレンス・フィッシュバーン、ジュード・ロウ、グィネス・パルトロー、ケイト・ウィンスレット

監督:スティーヴン・ソダーバーグ

(2011年・アメリカ・106分)WOWOW

内容:ある日、香港からアメリカに帰国した女性がその2日後に高熱で死亡。同じような事例が世界各地で相次ぎ、それが短期間で死に至るような新種のウイルスによることが判明する。驚異的な速さで感染拡大し、死亡者も増大していく中、世界保健機関WHOやアメリカ疾病予防管理センターCDCなどはウイルスの特定とワクチン開発に乗り出すとともに、感染者の隔離と感染ルートの解明に奔走するが・・・。

評価★★★☆/70点

香港で発生した新種の殺人ウイルスが驚異的なスピードで全世界に広がっていくパニック群像劇だけど、不思議と緊迫感も迫り来る恐怖も感じられない。

それは締まりがないということではなく、驚異的なまでにそつなくまとめられていて、退屈はしないし、ifストーリー&シミュレートとしては面白く見られるのだけども、どこまでも淡々と状況説明だけに終始していてテンションが上がってこないのだ。

39度の熱にうなされている人々を35度の低熱で見つめ続ける他人事な感覚は好みではない。

まぁ、ソダーバーグ映画特有の熱量のなさについてはすでに免疫ができているので物足りなさを面白さが上回ったかんじではあるけど、映画を見たという感触には乏しい。

やはりこう考えてくると、映画にはヒーローがいた方がいいんだなと思ってしまうわけだけど・・・

しかし、今回はワールドワイドなマクロ視点をベースにしていたので、どうしても個人・家族レベルのミクロ視点とは一定の距離を置かざるをえなかったのかもしれない。

そういう点ではソダーバーグの演出は舌を巻くばかりにこなれていて巧いとしか言いようがなく、どこぞの国の「感染列島」なんかよりは断然見応えがあることだけはたしかだww

2016年8月20日 (土)

夢のシネマパラダイス603番シアター:インサイド・ヘッド

インサイド・ヘッド

1456586364558b679f86df40016声の出演(日本語版):竹内結子、大竹しのぶ、浦山迅、小松由佳、落合弘治、伊集院茉衣、佐藤二朗

監督:ピート・ドクター

(2015年・アメリカ・94分)WOWOW

内容:11歳の少女ライリーの脳内司令室にはヨロコビ、イカリ、ムカムカ、ビビリ、カナシミの5つの感情がいて、いつもライリーが幸せでいられるように心や記憶をコントロールしていた。しかしある日、リーダーのヨロコビと奥手のカナシミが司令室から吸い出されてしまい、残った感情たちは大混乱に陥る。そのせいで引っ越ししたばかりで寂しい思いをしているライリーはどんどん心が不安定になっていき・・・。

評価★★★★/80点

玩具に車にネズミに魚にお化けにetc..とあらゆる物を擬人化して物語を構築することにかけては右に出る者がないピクサーが次に擬人化したのは、なんと感情!

喜び、悲しみ、怒りといった感情に加え、記憶の片隅、潜在意識、忘却の彼方、夢のスタジオなど抽象的で複雑怪奇な脳内メカニズムを具体性をもって面白おかしく表現できていてホントに上手いなぁと思いながら見ることができた。

その上で11歳の少女が大人への階段を一歩のぼっていく過程をリンクさせながら描いていくわけだけど、そこで大きなテーマとなるのが悲しみの存在理由だ。

ライリーが常にハッピーであるためにはポジティブシンキングな自分が常に司令塔であればいいと考えるヨロコビは、ビビリやムカムカや怒りは自己防衛機能として必要と考えているものの、ネガティブなことしか生み出さないカナシミは不要なものとして邪魔者扱いするんだけど、見てる自分もカナシミは良い思い出のボールに勝手に触るなーってムカムカしてしまっていた(笑)。

でも、触れることでボールの色を変えられるのは唯一カナシミだけなのはなぜ?ってところから、次第にカナシミの真の価値が明らかになっていき、なによりも目が離せない存在になっていった。

そして、悲しみを受け入れてそこに寄り添うことで人に支えられまたは他者をいたわる、そして人の優しさや温もりを知ることで喜びに転化していく、つまり悲しみがなければ喜びもないという逆説的な重要性がものすごく胸にストンと落ちてきた。

そこで示唆的なのがライリーのお母さんの脳内司令塔はカナシミだということ(個々人によってリーダーは違うようだが)。

悲しみが他者を思いやる触媒となる、そんな優しく分別のある大人像になっていて、ムカムカがリーダーの自分はとっても勉強になりました

 ----------------------

脳内ポイズンベリー

Poisonberry_sashikae2出演:真木よう子、西島秀俊、古川雄輝、吉田羊、桜田ひより、神木隆之介、浅野和之

監督:佐藤祐市

(2015年・東宝・121分)WOWOW

内容:ライターをしている30歳の櫻井いちこは、飲み会で居合わせた7コ下のアート系イケメン男子・早乙女と街でばったり再会する。しかし、彼はいちこのことを覚えていない様子。その時、彼女の脳内では話しかけるかどうかで様々な感情(理性・ポジティブ・ネガティブ・衝動・記憶)が白熱の議論を展開していた。その結果、いちこは声をかけるのだが・・・。

評価★★★/60点

人の頭の中を会議室に見立てて思考回路を擬人化し、その人の意思決定をその会議で決めるという奇抜な発想は買いだけど、それが映画としての面白さにつながっていたかというとやや疑問。

映画を見終わったあとに真木よう子の揺れる胸、、もといアメリ風の真木よう子しか頭に残らないくらい印象が強くて、正直いって脳内会議って必要?と思っちゃったんだけど・・

一応脳内キャラは、理性的だけど風見鶏な議長(西島秀俊)、嫌な予感しかないネガティブおばさん(吉田羊)、ノー天気なポジティブ思考(神木隆之介)、乙女心だって忘れたくない女のコ、記憶の貯蔵装置である“海馬”さん(浅野和之)の5人に分けられてはいる。

でも、そこまで明確なキャラ付けがされているわけではないのが取っ付きにくさに繋がっていて、そのせいか肝心の会話劇にメリハリがなく、ただワ~ギャー紛糾しているだけで面白味がない。

同じドタバタでも三谷幸喜風の喜劇調を期待していただけに、やはり不満点の方が大きいし、女心の難しさを面白おかしく味わいたかった身としては消化不良。

そういう点では主人公の櫻井いちこをブリッ子とか嫌味な女とかもっとクセのある性格キャラにした方がよかったような気も。

他にも例えば脳内会議で記録係っているか?というのがあってw、その代わりにボンテージ姿の魔性な奔放キャラは強烈すぎるものの、あれに似たキャラに脳内会議が完全に支配されているので現実のいちこは嫌われ女になっているとかした方が入り込みやすかったかな。

まぁ、自分の脳内は真木よう子の妄想であふれ返って会議どころじゃなくなってるんだけどねww

より以前の記事一覧

2020年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ