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2017年1月 3日 (火)

夢のシネマパラダイス127番シアター:自分の子供たちを戦争に行かせたくありません。

硫黄島からの手紙

324563view001出演:渡辺謙、二宮和也、伊原剛志、加瀬亮、中村獅童、裕木奈江

監督:クリント・イーストウッド

(2006年・アメリカ・141分)2006/12/25・盛岡フォーラム

評価★★★★★/95点

内容:戦況が悪化の一途をたどる1944年6月。アメリカ留学の経験をもち、米軍との戦いの厳しさを誰よりも覚悟していた陸軍中将栗林が硫黄島に降り立った。着任早々、栗林は本土防衛の最期の砦である硫黄島を死守すべく、島中にトンネルを張り巡らせ、地下要塞を築き上げる。そんな栗林の登場に硫黄島での日々に絶望していた西郷ら兵士たちは希望を見出す。しかし、古参の将校たちの間では反発が高まり、、、。米軍は当初圧倒的な戦力の違いから5日で陥落できると踏んでいたが、予想以上の日本軍の抵抗により36日間に及んだ激戦となった硫黄島の戦いをイーストウッド監督、スピルバーグ製作により日米双方の視点から見つめた硫黄島2部作の第2作目。

“2006年から61年前の硫黄島にタイムスリップした現代人・二宮和也が間近で体験した硫黄島の激戦!世界ウルルン滞在記。”

といっても過言ではないつくりにはなっていると思う。

だって、あの言葉遣いは実際どうなの

なんかふと2005年の年末にテレ朝でやった山田太一ドラマスペシャル「終りに見た街」を思い出してしまった。

システムエンジニアをしている中井貴一扮する主人公とその家族が、朝家でフツーに起きたら昭和19年の東京になっちゃってたというとんでもない話。

主人公の友人(柳沢慎吾)も息子とともに昭和19年の東京にタイムスリップしてしまうのだけど、その息子(窪塚俊介)がなんか今回の映画の西郷(二宮和也)と似てたような気がしたもんで。。

冷めた視線とかやる気のない感じとか。だってあんなヤル気のない「天皇陛下万歳!」を映画で見たのは初めて(笑)。

それはともかくあのTVドラマはあの時代にタイムスリップしたことによるジェネレーションギャップをことさら強調して描くことで戦争の恐ろしさを過去の絵空事としてではなく、より現実感をもって伝えられていたように思うが、一方今回の「硫黄島からの手紙」は内地・東京のお話ではない。最前線の戦場に置かれた兵士たちの話なのだ。

ここにあのTVドラマとの大きな違いが生じる。

そう、、少なくとも自分は最前線の戦場に置かれた兵士たちどころか、あの戦争でお国のために戦ったいわゆる旧帝国軍人の話や体験談などことごとく聞いたことがないのである。

たぶん自分みたいに戦後何十年も経って生まれてきた人たちはみんなそうだと思う。

空襲や原爆、特攻、沖縄のひめゆり部隊などは耳にタコができるくらい聞かされてきたし、脳裏に焼きつくくらい映像で見せられてきたが、なぜか外地で戦っていた兵隊さんたちの話は、まるでタブーであるかのごとくほとんど聞かされたことがないし、そういう映画すらほとんど見たことがない。

なのに判で押したようなステレオタイプとして旧帝国軍人は人道にもとる極悪非道な絶対悪として言われ、教えられ、描かれてきた感は拭えない。

個人的には、人殺しを生業とする軍隊に良い軍隊などあるわけがないと思っているので、それが善か悪かと問われれば問答無用で悪と答えるだろう。

しかし、その悪の中に自ら進んで飛び込んでいった者であれ、強制的に放り込まれた者であれ、彼ら軍人一人一人を単純にいっしょくたに悪一色で片付けてしまう思考の処理の仕方は絶対におかしいと思うのだ。それは日本軍であれ米軍であれ。

問題は、善良な人間がその悪の中に入っていかざるをえなかった時に、その人間が内に持っていた理想や信じていた大義が、戦争の圧倒的に無慈悲な現実の前で打ちのめされ殺がれていく中で、次第に彼の中にある善なるもの悪なるもののせめぎ合いさえもなくなっていく、すなわち人間性が消失していくという愚かで醜くて空しい狂気の過程こそが重要であって、誰が善で誰が悪か、どっちが善でどっちが悪かという結果ありきの線引きは意味を成さないと思うのだ。

もちろんそのせめぎ合いの中で人間性を完全に消失してしまい、狂気の戦闘マシーンへとなりはてる者もいれば、かろうじて人間性を失わない者もいるだろう。

そしてその悲劇の過程を通した上で戦争という悪、軍隊という悪、死ぬことを強要する狂気という絶対悪へと駆り出していった国家の罪というものをあぶり出していくというのが至極まっとうな戦争映画だと自分は思う。

例えば今回の映画の製作にも名を連ねるスピルバーグが監督した「プライベート・ライアン」では、トム・ハンクス演じたミラー大尉がアメリカ本国にいた時に何の職業に就いていたかを部下たちが予想して賭けをするというシークエンスがあったが、国語の教師をしていたことが明らかになることで、生きることを子供たちに教えるはずの教師が暴力と殺戮の世界である戦争に駆り出されるという異常性と悲劇を如実に暴き出していたと思う。

しかし、今までの日本映画なりTVドラマなりで描かれてきた軍人像というのはそういう過程を骨抜きにして、最初っからこの人は善良で正直者で可哀想な人ですよ、こっちの人は悪の塊で善良な人や敵国の一般住民をとにかく虐げ、殺しまくる人間性の欠片もない人ですよというふうに完全に色分けして描かれてきた面が相当あると思う。

前々から戦場を描いた日本の戦争映画って、なんで狂気を描けなくてこんなうわべだけの薄っぺらい“青春映画”(戦争映画ではなく・・・)になっちゃうんだろう、と思うことがしばしばだったのだけど、そういう思考回路で作っちゃうからそうなっちゃうわけで、この思考がいかに幼稚で薄っぺらなものかということは今回の映画を見るまでもなく分かろうものだ。

、、、がしかし、ここが1番大きな問題だと思うのだが、今まで日本人はそれを建て前上良しとしてきた面があった(と自分は感じる)のではないだろうか。

心のどこかであの戦争の被害者を演じることで、加害者としての側面や戦争の闇、狂気の部分というものから逃避し思考をストップさせてしまうある種の逃避装置として働いてきたのではないだろうか、ステレオタイプな描き分けというあまりにも単純で通り一辺倒の手法を通してあの戦争の総括から逃げ続けてきたのではないだろうか、、、そして日本の戦争映画というのはいつしか被害や加害、善か悪かを超えた理不尽な悲劇としてではなく、あくまで被害者として狂気ではなくいかに可哀想に描くか、ということになっていき、戦場を描いた映画というのが数えるほどもないという体たらくに陥ってしまったし、日本人もそれを良しとした・・・。

そういうことが今回のクリント・イーストウッド監督作のアメリカ映画を通して一気に骨抜きにされた気がしてならない。

日本人の多くが教えられてきたであろうあの戦争は間違った悪い侵略戦争だったという認識を暗黙の了解のもと旧日本軍=旧帝国軍人がやったことは全て悪という図式(逃避装置)でいっしょくたにして極力触れないようにしてきた一方、それじゃああの戦争を外地でお国のために懸命に戦った500万人(うち200万人余が戦死)もの日本人を断罪できるのか、といったらほとんどの日本人は断罪ではなく、哀悼の方を選ぶだろう(当たり前だ)。

しかも、うち300万人余は外地から無事復員してきて、生きて無事に帰ってこれて本当に良かったねぇと家族に迎えられ(かくいう自分の祖父もノモンハン事件からシベリア抑留などの死線を経て無事生きて帰ってきた)、その後良い父親なり良い息子、そして普通の良き日本人として戦後日本社会の礎として懸命に生きてきたはずなのだ。

そういう建て前と本音のひずみの中に埋没することを避け、上っ面の中を浮遊してきた日本人、、、“天皇”や“靖国”の問題、突きつめていけば国家の戦争責任としての罪の問題にケリをつけられない、あるいはケリをつけようとしないできた日本人には「硫黄島からの手紙」のような映画は作れないし作りようがないのかもしれない。これから先も・・・。

そういうことを考えても、60年前にアメリカに戦争で負け、60年後映画でもアメリカに負けた、、、と言わざるをえないほどの衝撃を少なくとも自分は受けた。

日本人の自分でさえ、玉砕や潔い自決が美徳とされたあの時代の兵隊さんたちの内面を知ることや理解することが到底難しい中で、冷めた視線をもち、絶対に生きて帰るんだという意志をもつ現代っ子的なキャラである西郷(二宮和也)を中間点に置いて第三者的立場で語らせたのは上手いし、各々の人物の深みのある人間像の描き方には唸るしかない。

誇りある帝国軍人としての教育と鬼畜米英の精神的な貧弱さを徹底的に叩き込まれてきたであろうエリート憲兵隊員清水(加瀬亮)が現実と真実を目前で見せられることによって、理想と信念が揺らいでいき生への執着を見せ始める様、そして極めつけは今まで典型的ステレオタイプの憎まれ役で描かれてきたであろう厳格な帝国軍人伊藤中尉(中村獅童)のあまりにも皮肉の効いた顛末など、どれをとっても本当に考えさせられてしまう描写の連続だったと思う。

「天皇陛下万歳!」と叫ぶ姿、泣き叫びながら手榴弾を腹に抱いて自決する酷い姿、ものすごい砲弾の雨あられの中で排泄物の入ったバケツを四苦八苦しながら拾い上げる姿、、、本音と建て前のひずみの中に埋没していき、もがき苦しむ日本兵の姿に、人間の、そして日本人の深い所をえぐられたような、そんな重い衝撃を受けた。

先日開業したばかりの最新設備が調っているシネコンで見たのだが、閉所恐怖症の自分は地下洞窟の中に響き渡る砲弾の轟音を聞いて足がガクガク震えそうになったくらいだ・・・。

そして、序盤で米軍が硫黄島を爆撃してくるシーンで空から爆弾がズドーンという腹に響くもの凄い爆音とともに砂塵を巻き上げて降り注いでくるところなんかは、ああ、これが爆弾が空から落ちてくるってことなんだ、、、と生まれて初めて実感したというか体感した気がする。

もちろん、この映画が硫黄島の戦いの悲劇を全て描き出していたとは思わない。

8月にNHKスペシャルで「硫黄島玉砕戦/生還者61年目の証言」を見たが、それによると米軍が硫黄島を制圧した後も何千という日本兵が地下にこもっていたそうだ。

そして“生きて虜囚の辱めを受けず”と徹底的に教育され投降が許されなかった彼らを新たに襲ったのが飢餓だったというのも悲しい・・・。

炭を食べたとか、遺族の方には決して話せないような仲間内での陰惨な悲劇など、それを証言者の一人は「畜生の世界」と言っていたのがあまりにも印象的だった。

いまだ1万数千もの日本兵の遺骨が未収集のまま眠っている硫黄島。

それを知っている日本人ははたしてどのくらいいるのだろうか。

自分も初めて知ったくちなのだが、渡辺謙がインタビューで言っていたように日本人は過去の戦争についてあまりにも知らなさすぎる。

それを戦後60年経った今考えさせてくれた今回の映画には感謝してもしきれないくらいだ。

中国映画の「鬼が来た!」(ちなみに本国中国では上映禁止処分)、そして今回のアメリカ映画「硫黄島からの手紙」で中国人、アメリカ人が提示した一言では括りきれない日本人像に自分は衝撃を受けた。

日本人自身の手で撮った真の戦争映画が世に出る日がいつかやって来るのだろうか・・・。

Posted at 2006/12/29

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野火

689ecc7e483d1c57f823484a793b2c00出演:塚本晋也、森優作、神高貴宏、入江庸仁、山本浩司、中村優子、中村達也、リリー・フランキー

監督・脚本:塚本晋也

(2014年・日本・87分)盛岡フォーラム

内容:日本軍の敗北が濃厚となった太平洋戦争末期のフィリピン・レイテ島。結核を患った田村一等兵は野戦病院行きを命じられ、部隊から追い出される。しかし野戦病院でも食糧不足を理由に追い返され、行き場を失った彼は、酷暑のジャングルを彷徨いつづける・・・。

評価★★★★/80点

今までの戦争映画は、反戦悲劇のイデオロギーを基調としながらも、いわゆる英雄譚めいたミッションもの(作戦遂行もの)のフォーマットをとって、そこにキャラクターやストーリーをかぶせてくることが多かったと思う。

しかし、指揮系統が失われ、飢えて痩せこけた兵士達の撤退作戦と呼べるものですらないジャングルの彷徨にはイデオロギーなど存在するわけもなく、ただただ餓鬼・畜生と化した人間の姿だけが浮き彫りになる。

戦争には物語などない。ある意味それが戦争の真実なのだろう。

また、そのリアリズムを強化するのが目を覆いたくなるほどの人体破壊描写なんだけど、肉体が金属化していく男の不条理をグロテスクに紡いだ「鉄男」から一貫して肉体の内部・深部にフォーカスを絞ってきた監督だけに、今回の映画は監督ならではの破壊衝動と肉体論を結実させたというなるべくしてなった流れだったのだと思う。

でも、人間の身体がいともたやすくグチャグチャになり、そこにウジ虫が湧くような光景こそが戦争の真実なのだろう。

さらにその中で世界から色が消えていくのが戦争だと思うけど、吸い込まれそうな空の青、生命力あふれる密林の緑、そして誘惑してくるような花の妖しげな赤と、大自然のどぎついまでの美しさが際立つ色もまた印象的だった。

しかし、自分は子供の頃、「はだしのゲン」や「黒い雨」「ビルマの竪琴」などを親に見せられて戦争に対するトラウマを植え付けられたくちなんだけどw、この映画はそのレベルを超えていて子供に見せるのは躊躇しちゃいそう

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野火(1959年・大映・105分)NHK-BS

 監督:市川崑

 出演:船越英二、ミッキー・カーティス、滝沢修、浜口喜博、石黒達也、稲葉義男

 内容:太平洋戦争末期、フィリピン戦線レイテ島で日本軍は山中に追い込まれ飢餓状況にあった。病気で原隊を追い出され、野戦病院にも入れてもらえない田村一等兵は、敗走する戦友2人と合流するが、飢餓に苦しむ彼らは“猿”と称して兵士の死肉を食べていた。田村は彼らと決別し、さらなる彷徨を続けるが・・・。

評価★★★/65点

2015年の塚本晋也監督版を先に見てからの鑑賞。大岡昇平の原作を読んだことがないので分からないけど、塚本版がかなり忠実にこの市川版を踏襲していることが分かってちょっと驚いた。

ただ、市川版の方がモノローグやセリフで状況を論理的に説明していて分かりやすいんだけど、視線を一向に合わせない上官など物語性を排除し、人間が人間でなくなる非論理の世界をまるで白昼夢のように肌感覚に迫るまで描き切った塚本版の方が上か。

あとはやっぱり市川版のモノクロに対し、塚本版のカラーが活写するどぎつい天然色の威力は凄まじく、映画の世界観をより増幅させていたと思う。

と、なぜか塚本版にばかり目がいってしまったけど、感傷に訴えてくる市川版の手法も決して悪くはない。

今度は原作の方をしっかり読んでみたいと思う。

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太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男-

Img_0出演:竹野内豊、ショーン・マッゴーワン、井上真央、山田孝之、中嶋朋子、岡田義徳、トリート・ウィリアムズ、ダニエル・ボールドウィン、阿部サダヲ、唐沢寿明

監督:平山秀幸

(2011年・東宝・128分)WOWOW

内容:1944年、日本軍の重要拠点であるサイパン島。劣勢に立たされていた守備隊は、圧倒的な兵力差を誇るアメリカ軍に上陸を許し、陥落寸前まで追い込まれていた。そしてついに軍幹部は玉砕命令を発令。そんな中、陸軍歩兵第18連隊の大場栄大尉は生きることに執着し、無駄死にすることなくアメリカ軍への抵抗を続けることを決意する。そんな彼の人望を慕って、上官を失った兵士や民間人たちが集まってきて、やがて彼らはサイパン島の最高峰タッポーチョ山に潜み、ゲリラ戦を展開していく・・・。

評価★★★/60点

サイパン島の激戦終結後も多数の民間人と共にジャングルにこもり1年半もの間アメリカ軍に抵抗しつづけた大場大尉の実話を日本軍、アメリカ軍双方に加えて民間人も含めた視点から描いた丁寧な筆致は好感が持てるのだけど、作品としてはあまりパッとしない印象。

要は、アメリカ軍視点はいらなかったと思う。

この映画の軸となるべきは、一人でも多くの敵を殺し、生きて虜囚の辱めを受けず徹底抗戦すべし!という、軍人勅諭や戦陣訓によって叩き込まれた軍人としての使命感と、一人でも多くの日本人を生かし日本の地を踏ませたいという人としての思いの狭間の葛藤を縦軸に、軍人と民間人がジャングル奥地で共生するという異常な状況下での苛酷さを横軸にして描かれるべきものだからだ。

しかし、それが米軍視点の勝手な賛美が介入してくることにより、何かうわべだけの美化描写になってしまった感が否めない。

例えば横軸として挙げた軍民一体化は、沖縄戦最大の悲劇といってもよく、その先駆として行われたサイパン戦でも追いつめられた民間人はバンザイクリフから次々に飛び降りていったわけで、“奇跡”などという綺麗事では片づけられないそういう戦争のおぞましさや悲惨さを描かなければサイパン戦を題材にした意味がなかろう。そこがこの映画は甘いし浅いと思う。

せっかくの井上真央や中嶋朋子の良い演技があるのに、その存在価値が軽くなっちゃってて、なんかもったいなぁと。

まぁ、唐沢寿明演じる堀内一等兵の人物造形なんかは完全に浮いてたけど、岡本喜八の独立愚連隊に出てきそうなキャラで個人的には好きだったw

って本当にいたんだ!こんな入れ墨兵士

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聯合艦隊司令長官山本五十六-太平洋戦争70年目の真実-(2011年・東映・141分)WOWOW

 監督:成島出

 出演:役所広司、玉木宏、柄本明、柳葉敏郎、阿部寛、吉田栄作、椎名桔平、坂東三津五郎、原田美枝子、田中麗奈、伊武雅刀、宮本信子、香川照之

 内容:日本が恐慌にあえいでいた1939年。国内では好戦ムードが盛り上がり、陸軍が日独伊三国同盟の締結を強硬に主張していた。しかし、海軍次官の山本五十六は慎重論を唱える。ドイツと結べばアメリカとの戦争は必然であり、両国の国力の差を見知っていた山本にとっては絶対に避けなければならない戦いだった。そんな中、山本は聯合艦隊司令長官に就任するが、その翌年に三国同盟が締結され、対米戦が日に日に現実味を帯びてくる・・・。

評価★★★/65点

太平洋戦争を題材にしたこのての映画を見ると、国力が日本の10倍のアメリカに勝てないことは明白でありながら、あの悲惨な戦争をおっ始めた挙句、日本を焼け野原にするまで延々と長引かせた責任者は誰なのかという視点を拭い去れないのだけど、この映画を見るかぎりその責任は内地で談合を繰り返す軍人官僚や日独伊三国軍事同盟を強行した陸軍上層部にあったということらしい。

また、真珠湾攻撃やミッドウェー海戦での不手際も南雲中将など取り巻きにその責任はあり、山本五十六はつとめて冷静かつ良心的な名将として描かれている。

要は、彼の言うとおりにしていればあんな事にはならなかったのに、という描き方だ。

そこに若干の違和感を感じずにはいられないのだけど、役所広司の堂々とした存在感と物腰柔らかな包容力にほだされて、結局受け入れてしまう(笑)。

いや、それじゃダメなんだけど、こういうエリート軍人を伝記ものに括るような映画はどうしても美化のフィルターがかかってしまうのだということを承知して見ないとダメなんだろうね。

ただこの映画、評価できるところも少なからずある。

それは戦争を遂行したのは軍部であることは明白なのだけど、軍部だけが突出して暴走していたのではなく、マスコミ・メディアが戦争をあおり、国民自身が好戦的ムードに包まれそれを後押ししていたという点を描いたところだ。

もちろんその背景には不景気や政治不信といった社会の閉塞感、また軍国教育や大本営発表といった情報操作があったのだろうけど、その図式はなにも当時にかぎったことではなく今の世の中にも通じるものだろう。

だからこそ「自分の目と耳と心を開いて広く世界を見なさい」という山本五十六の言葉をしっかり噛みしめなければならないのだと思う。あの戦争を絶対繰り返さないためにも・・・。

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陸軍(1944年・松竹・87分)WOWOW

 監督:木下恵介

 出演:田中絹代、笠智衆、上原謙、東野英治郎、杉村春子

 内容:九州小倉で質屋を営む高木家は、奇兵隊の山県有朋の知己を得たことをきっかけに、お国への滅私奉公を家訓としてきた。明治37年、智彦は使用人のわかと結婚。やがて日露戦争が勃発するが、智彦は病弱のため前線で働けず、銃後でしか国に尽くせなかった。それから時を経た昭和。智彦は果たせなかった思いを太平洋戦争に出征する息子に託す。妻のわかも天子様のために役立てるのだと安堵する中、出征の朝を迎えるが・・・。

評価★★★★/75点

原恵一監督の「はじまりのみち」において丸ごと引用した「陸軍」のラストシーンに痛く心を打たれ、見たいと思っていたらTV放送していたので鑑賞することに。

まず、冒頭の松竹のロゴの登場シーンからえらく古い映画だなと思ってたら昭和19年だって

しかし、軍が主導した戦意高揚映画が「陸軍」の他にも何本も作られていたなんて、不幸で悲しい時代だったんだなと改めて思う。

肝心の映画の方は国策映画とはいえ、当時の風俗や時代の風潮が色濃く感じられて有意義だったし、母親が戦地に向かっていく息子を見送るラスト10分はやはり感動的で胸に迫ってくるものがあった。

それまでは「天子様からの預かりもの」である息子が立派な兵隊になれるように小さい頃から厳しく叱咤しながら育ててきた軍国の母のお手本のような姿が印象的だったけど、いざ息子を送り出す段になると、気丈な建前から一転哀しみの本音が顔を出してくるのは母親として自然なことだろうし、当然なことを当然なこととして描いた勇気に拍手したい。

他にも子供が橋から川に飛び込む度胸試しみたいなところを通りかかった母親が、男なんだから潔く飛び込め!と背中を押したり、今の時代では考えられないシーンもあったりして面白かった。

あと、印象的だったのが水戸光圀編纂の大日本史が一家の家宝として象徴的に映し出されていたことだ。

これは光圀が創始した水戸学というものが、絶対の忠誠の対象は将軍や殿様などではなく天皇なのだとした朱子学的思想の一環として編まれたものであるため、天子様=天皇を尊ぶ教典として重宝されたことがうかがえるものなのだろうと思われる。

いずれにしてもこの映画は時代を越えて残されるべき作品だし、今だからこそ見なければならない映画だと思う。

2016年10月23日 (日)

夢のシネマパラダイス316番シアター:なぜ兄弟は映画にならなくて姉妹は映画になるのか

海街diary

News_20150528出演:綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すず、加瀬亮、鈴木亮平、樹木希林、リリー・フランキー、風吹ジュン、堤真一、大竹しのぶ

監督・脚本:是枝裕和

(2015年・東宝・128分)WOWOW

内容:父は不倫のため15年前に、母もその2年後に再婚し家を出ている中、しっかり者の長女・幸、やんちゃな次女・佳乃、マイペースな三女・千佳の香田三姉妹は、鎌倉の実家で暮らしている。そんなある日、父の訃報が届き、3人は葬儀の行われる山形へ。そこで中学生になっている腹違いの妹すずと出会う。父の再々婚相手の家のため、血のつながった身寄りがいなくなり肩身の狭い思いをしているすずの姿に、幸は鎌倉で一緒に暮らさないかと提案する。こうしてすずが香田一家に加わり、四姉妹の暮らしが始まる。

評価★★★★/80点

好きな漫画は何かと訊かれたら真っ先に「海街diary」を挙げるほど原作漫画が好きな自分は、この漫画に関しては一風変わった読み方をしている。

それは家から職場まで車で片道50分かかるのだけど、通勤途中の信号待ちの時にサッと手に取る読み方だ(笑)。かなり邪な読み方かもしれないけど、一巻読むのに大体2~3週間はかかってしまう。

じゃあ、なんでこういう読み方をするかというと、端的に言えば一気読みしたくないというのがあって、要は4姉妹の日常を流れるゆったりとした時の流れを共有したいからだ。

その点で今回の映画は、原作の持つ世界観を的確に、そしてイメージ通りに映像化してくれたと思う。

鎌倉の街の情景や4姉妹が暮らす日本家屋など実写ならではの奥行きが彼女たちのキャラクターや物語に説得力をもたらしていたし、なにより4姉妹がイイ♪

サチ姉の綾瀬はるかと千佳ちゃんの夏帆は見る前は若干イメージと違うかなと思ってたけど、フタを開けてみたらしっくり役にハマっていて確かな女優力を垣間見れたかんじ。

あと完璧だったのが佳乃の長澤まさみ。自由奔放かつ大ざっぱでルーズでありながら冠婚葬祭や職場などオフィシャルな場ではきっちりしているという女の使い分けが上手い佳乃のイメージ通りだったと思う。法事が終わった後に大の字になってビール飲みてぇー!ってわめく所はドンピシャだったw

また、四女のすずに関しても言うことなし。なにより広瀬すずのサッカーのプレイ姿がめちゃくちゃ様になっていてビックリした。原作のすずはサッカー推薦で高校に行けるくらいの実力の持ち主なので、あのサッカーシーンだけでこの映画への信頼度はMAXになったといってもいいくらい。

2時間だけで終わらせるにはあまりにももったいない4姉妹のアンサンブルと世界観を堪能できたけど、どうせだったら連続ドラマで見たいね。

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イン・ハー・シューズ

20061231085807 出演:キャメロン・ディアス、トニ・コレット、シャーリー・マクレーン、マーク・フォイアスタイン

監督:カーティス・ハンソン

(2005年・アメリカ・131分)MOVIX仙台

評価★★★★/80点

内容:まわりが羨むスタイルと美貌を持ちながらも難読症というハンディキャップがコンプレックスとなり、定職にも就かない奔放なマギー。一方、姉のローズは、弁護士として成功しているものの、自分の容姿に自信が持てず、恋愛にも慎重。そんなある日、ローズの家に居候していたマギーは、ローズの恋人に手を出してしまったことから家を追い出されてしまう。行く当てのないマギーは、仕方なくまだ会ったことのない祖母エラのもとを訪ねるのだが・・・。

“これが私の生きる道!”

むやみやたらとご立派な靴を買い集めては開かずのクローゼットに新品のまま所狭しと並べている姉ローズ(トニ・コレット)と、姉のお気に入りの靴だろうがお構いなしにむやみやたらと靴を履き替えては折れたヒールをチューインガムでくっつけてしまうようなトンでもな妹マギー(キャメロン・ディアス)。

仕事はバリバリだけど堅物で恋に不器用な姉と、プーだけどルックス抜群で姉のお気に入りのボーイフレンドだろうが所かまわずガンガンヤリまくるイケイケ女の妹。

靴のサイズが同じこと以外は全く好対照な姉妹の2人のキャラクターが非常によく描かれているのがこの映画のミソで、時には嫉妬し、時にはケンカし、時には信頼し、時には自慢し合い、時には抱き合い、時には涙し、、、そんな姉妹のキッてもキレない関係が丹念に描き出されていくとともに、2人の“これが私の生きる道”を見つけていく道のりが心地良く綴られていく。

そして家族の再生と、人間的に成長し歩き出していく2人の姿に心が暖められ、思わず笑顔で2人の背中を見送ってあげたくなる良作に仕上がっている。

特にキャメロン・ディアスは最近の作品の中では1番良かった。

ゴージャスなモデルボディーのみが売りだったような「マスク」から10年。大金持ちのお姫様でルックス以外能がないような、それでいて映画史に残る大音痴を披露して場をさらった「ベスト・フレンズ・ウェディング」から早8年。

しかし、そんなゴージャスかつフレッシュで元気溌剌な若さが売りだったキャメロンも他の勝負できる“これが私の生きる道”を見出さなければならない世代にさしかかった。

ローズがマギーに言い放つ「中年のアバズレは惨めなだけよ!」というキャメロン自身にはね返ってくるような生々しくて強烈なセリフが耳に残ったが、「マスク」から「チャーリーズ・エンジェル」までフルスロットルで走り続けてきた彼女が10年ひと区切りで次なるステージへとかけ上がっていくスタート・ラインに立ったということなのかな。

欠点なり弱点をキュートでプラスな側面に自然に変えられる持って生まれた稀有な才能を持っているキャメロン・ディアスは例えば一見お下劣な映画でも笑って許せてしまうような独特で能天気な雰囲気と味わいを添えることができる。

「メリーに首ったけ」では○液ヘアジェルを髪になすりつけ、今回の映画でもレストランでデカイ声で「ヴァギナ」を連発だからね。志村けんのバカ殿と共演させたいよホンマ(笑)。

硬軟バランスよく使い分けることのできる女優になっていってもらいたいけどね。

あ、トニ・コレットもホント良かった。あ゛っ、それ以上にシャーリー・マクレーンもね。

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腑抜けども、悲しみの愛を見せろ

20071004_451107 出演:佐藤江梨子、佐津川愛美、山本浩司、永作博美、永瀬正敏

監督・脚本:吉田大八

(2007年・日本・112分)CS

内容:石川県の片田舎。両親の訃報を受け、東京から戻ってきた和合家の長女、澄伽。4年前に女優を目指して上京したものの泣かず飛ばずの澄伽は、義兄の宍道に援助の強要を迫るわ、妹の清深をいじめ抜くわのやりたい放題。宍道の妻で度を越したお人好しの待子はその複雑な家族関係に右往左往するばかりだったが・・・。

評価★★★☆/70点

“和合”という日本人の本質を言い表しているような名字を持つ和合家の人々の救いのない醜態を面白おかしく見つめた物語は、最後まで飽きずに見れたのはたしか。

ただ、ラストに「やっぱお姉ちゃんは、最高に面白いよ。」と妹・清深(佐津川愛美)が姉・澄伽(佐藤江梨子)に鉄槌を食らわせるわけだけど、この1番印象的なセリフに十分な説得力を持たせるまでの描写がなされていたかというと、ちょっとビミョーで・・。

だって1番面白いネタになるのは待子(永作博美)>清深>宍道(永瀬正敏)>澄伽やんけ。

澄伽の人物造型を漫画的にもっと大胆にデフォルメしてアクの強さを前面に出してもよかったのかなとは思ったな。

そういう点では、永作博美にかなり助けられた作品だったと思う。

そばつゆがコンタクトレンズと角膜の間に入って失明しかけるというプロットなど細かいところまで随所に笑えるシーンはほとんどが待子がらみだったし、それを演じた永作博美の笑顔ふりまきながらの怪演ぶりは、清深が描くホラー漫画以上に怖いものがあった。

ニコニコしながら変な人形作ったり、宍道と合体しようと青アザ作りながら格闘したり、扇風機を念力で回そうとしたり、ホラーとユーモアの絶妙な同居を体現した演技力は女優としてホンモノなんだと確信。もっと前に気付けよw

駄作と異色作の狭間で奮闘した永作博美に乾杯です!!

でも、話は変わるけど、100万金を貸すのにスタンプカード80回ぶんって、、、1回1万2500円やろ。安すぎだろww。せいぜい1回3万で計算しいや。そこが気になって気になってしょうがなかった・・

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何がジェーンに起こったか?

Nanigajaneniokottaka_aus 出演:ベティ・デイヴィス、ジョーン・クロフォード、ビクター・ブルーノ、アンナ・リー

監督:ロバート・アルドリッチ

(1962年・アメリカ・132分)DVD

評価★★★★/80点

内容:名声を失ったのは姉のせいだと思いこんだ往年の子役スターが復讐を企てるスリラー。6歳の時から舞台に立っていたジェーンが子役としての人気を失いかけていた頃、姉のブランチは映画スターとして人気者になっていた。しかしそんなある日、ブランチは自動車事故で下半身不随となり映画界から退く。数十年後、姉と2人で暮らすジェーンは、酒に溺れ異常な行動をとるようになっていた・・・。

“嫉妬と憎しみから解放されるカタルシスが一転して悲しみに変わったとき、、、しばし絶句し呆然とする以外にない。”

見終わって思い返してみるとちょっとした違和感は冒頭で感じてたんだよなぁ・・・。

妹が表舞台で盛大なスポットライトを浴びてる中、姉のブランチは舞台袖でくやしそうな顔をしている。

母親から、「あなたもいつかスターになれる。もしスターになったらお父さんや妹の面倒をみるのよ。忘れないでね。」と言われたブランチの返しが、「ええ、忘れないわ。絶っっ対に。。。」と言ったときの表情と言葉つきに並々ならぬものを感じたのだけど。でも、まさかなぁ、そんなことって、、ありなのかよ。。

ヒッチコックの古典「レベッカ」と見比べてみても面白いかもね。

見えない強烈な存在感と、見える見える見えすぎてケバイ強烈な存在感と。レベッカに対抗しうるのはあの姿形のベティ・デイヴィスということなのか・・・。

いやはや凄すぎます。。

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とらばいゆ(2001年・日本・118分)NHK-BS

 監督・脚本:大谷健太郎

 出演:瀬戸朝香、塚本晋也、市川実日子、村上淳、鈴木一真、大杉漣

 内容:姉妹そろって女流棋士という姉・麻美(瀬戸朝香)と妹・里奈(市川実日子)。麻美は大企業に勤めるサラリーマンの一哉(塚本晋也)と結婚したが、途端にスランプに陥ってしまい、結婚早々ケンカばかり。一方、恋多き里奈は、弘樹(村上淳)という売れないミュージシャンの彼氏がいたが、里奈の浮気がバレて険悪な状態に。そして恋愛と勝負師という仕事の両立に悩む姉妹の関係もこじれてしまい・・・。

評価★★★★/75点

“将棋の指し方にはその人の性格が出るというけど、そういう意味でいえば自分は簡単に分かる。詰めが甘い!押しが弱い!人生においても、、恋愛においても、、ガクッ。”

と、半うつ状態になったところでこの映画の感想を。

まず、いじっぱりで強情で素直じゃない麻美のような女性ははっきりいって好みじゃない。

だって、良かれと思って買ってきた妻の大好物であるニコニコ亭の酢豚弁当を、「こんなのいらない!」と投げ捨てるねんでアータ。オイラだったら速攻ブチ切れるわ。

なのにこの肩身のせまそうな夫といったらキレるわけでもなく、「やめて下さい。。」の一点張り。温厚で優しくニコニコニコニコ。。自分にはできない(笑)。妹・里奈の恋人と合わせて、なんつう男は弱いんだと男どもに喝を入れたい気分にもなったのだが。

しかし、決して自分の弱みを見せない麻美が夫の前で涙を見せたとき、夫婦関係の真実が露わになるさまに思わず愕然。

夫・一哉の包容力と優しさが妻を支えていたという真実。

恋愛は“刺激”と“熱情”、結婚は“忍耐”と“寛容”とはよく聞くが、恋愛経験すら乏しい自分にとって夫婦関係の深淵を理解するには、その思考回路はスイッチの切り替え方を知るすべもないほどに単純すぎるのかもしれないな・・。

でも、それをテンポ良いコメディタッチに落とし込んだ日常の会話劇として垣間見ることができたのは、ただ見るぶんには面白おかしかったけど。

しかし実際、あんな都合のいい男なんていったいぜんたい居るのかね??

里奈の恋人・弘樹のような大らかさにさえかなり妥協しないと迫れない自分には、おとぎ話のような世界かも。。

ただひとつ、取るに足らないことからケンカになっていく様子は妙にリアルで、そこだけは120%自分と重ね合わせることができて、思わず笑わずにはおられなかった。

女がオトコ化し、男がオンナ化している今の時代、社会の矢面に立たされている女性とうまく付き合っていくには、男には癒しの能力が求められ必要とされているのかもしれない。

オイラには・・・・

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ハンナとその姉妹(1986年・アメリカ・106分)NHK-BS

 監督・脚本:ウディ・アレン

 出演:ウディ・アレン、マイケル・ケイン、ミア・ファロー、ダイアン・ウィースト

 内容:女優として成功して夫エリオットとの家庭生活も円満なハンナ、ハンナの妹で売れない女優のホリー、年の離れた画家と同棲している末妹のリー。NYで暮らす三姉妹の人間模様を描いた人間ドラマ。

評価★★★★/75点

“ダイアン・ウィースト、、細いっ!”

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若草物語(1994年・アメリカ・118分)NHK-BS

 監督:ジリアン・アームストロング

 出演:ウィノナ・ライダー、スーザン・サランドン、サマンサ・マシス、クリスチャン・ベール

 内容:『若草物語』4度目の映画化。

評価★★/40点

このての映画がいまいち好きになれないのは、コスチュームものが好みではない他に、見てるだけでウザったい女性陣の髪形にも一因があることがこれ観て判明した(笑)。

ついでに言えば、大林宣彦の映画が性に合わない自分には、この映画、、なんか同じ匂いがした。。

2016年8月21日 (日)

夢のシネマパラダイス484番シアター:ノーカントリー

ノーカントリー

51awagswsfl 出演:トミー・リー・ジョーンズ、ハビエル・バルデム、ジョシュ・ブローリン、ウディ・ハレルソン、ケリー・マクドナルド

監督・脚本:ジョエル&イーサン・コーエン

(2007年・アメリカ・122分)DVD

内容:メキシコとの国境沿いにあるテキサスの荒野でハンティング中に、死体が転がっている麻薬取り引き現場に出くわしたルウェリン・モス(ジョシュ・ブローリン)。彼はそこで200万ドルの大金を見つけて家に持ち帰る。しかし、そのため冷血非情な殺人者シガー(ハビエル・バルデム)に追われる身となってしまう・・・。

評価★★★★/80点

デヴィッド・フィンチャーの「セブン」(1995)で、「こんな世の中に生まれてきた子供は可哀想だから生みたくない」という残酷なセリフが出てくるけど、コーエン兄弟の今回の映画を見てこのセリフをふと思い出してしまった。

「セブン」を見たときは、なんつー現実離れした悲観論だと思ったものだけど、今回の映画を見てなんか妙に納得できちゃったというか、、それくらい救いも何もない映画だったなと。。

と同時にこれほど緊迫感を持って画面にじっと釘付けになった映画もついぞ久方ぶりに味わったような気がする。

面白いか面白くないかという枠ではとらえきれない、まるで研ぎ澄まされた生存本能が決して映画から目をそらすなと警告しているかのような、自分の五感を全開にして見入ってしまった。

それはなにより酸素ボンベを片手にルール無用の非情を通り越した殺戮を繰り返していく怪物アントン・シガーの不気味なおかっぱ頭と感情の見出せないギョロ目から片時も目を離せなかったことが大きく、悪役造型としては「ターミネーター」(1984)以来の衝撃を受けたといってもいい。

例えば史上最強の悪役とうたわれる「羊たちの沈黙」のハンニバル・レクターや、それこそ「セブン」のジョン・ドゥの雄弁さを見るまでもなく、どんな残忍な悪役でも対話=ダイアローグがある程度通用するものだけど、このアントン・シガーの何が恐いって、対話そのものすら通じないことが恐いのだ。

雑貨店の店主との会話にならない会話とか、相手の投げかけてきた対話のボールをそのままエアガンでブッ放して返したりと、まさに感情のないターミネーターでも見ているかのような、こいつに睨まれて追っかけられたら100%命はないと観念せざるをえない最凶レベルのシリアルキラー、アントン・シガー・・・

しかしてこの感情のないターミネーター、重傷を負って足からボトボトと赤黒い血を滴らせ、あげくの果てには交通事故に遭い、白い腕の骨がむき出しになったりと生の身体性を痛いほどに見せつけもし、これは現実の世界なのだと虚構という安住の地へ逃げることを許してくれない。

それでいて傷を負っても表情ひとつ変えずに黙々と処置していくその姿はやっぱりターミネーターとダブってしまうww。

いずれにしても恐すぎるのだ。。

そんな怪物の前では、しゃべくりまくりのウディ・ハレルソンも、追跡にかけては右に出る者がいないトミー・リー・ジョーンズも全く出る幕はない。

「逃亡者」(1993)、「依頼人」(1994)、「追跡者」(1998)などで現代アメリカの保安官の模範像を体現してきたといってもいいトミー・リーだからこそ、老兵となった彼の諦観の姿からはよりいっそうの救いのなさを痛感してしまう。

例えば、勝ち目のない戦いにひとり敢然と立ち向かった「真昼の決闘」(1952)の保安官ゲイリー・クーパーとはあまりにも対照的なのだけど、あの映画にあった正午きっかりにならず者たちが保安官に復讐しにやって来るという単純なルールの通用しない複雑怪奇なめまぐるしい時代の移り変わりの中で、老保安官はただ立ちすくむしかないのかもしれない。

その中で彼は「昔はこんな理解できない事件はなかった、、、昔はまだ良かった」と嘆くが、しかし、アメリカ西部の伝統的なロケーション、ひいてはアメリカそのものを貫いてきたのは銃と暴力以外の何ものでもないわけで。

そして、それを不条理なレベルにまで具現化したのがおかっぱの怪物だったとするならば、その怪物を生み出したのは映画の原作の題名である「血と暴力の国」=アメリカに他ならず、自分たちが築き上げ培ってきたフロンティア・スピリットの矛盾と闇にウエスタンハットをかぶった西部の男が追いつめられていくというのは痛烈な皮肉だろう。

また、ウエスタンハットの男モスが真夜中に何を思ったのか、瀕死のメキシコ人に水をやるために殺戮現場に舞い戻ったがゆえに墓穴を掘ってしまったり、ルール無用の殺人鬼が信号無視の車に追突されたりと、シニカルな視点が随所に見られるのもこの映画を印象深いものにしている。

モスがベトナム帰還兵だったり、トミー・リーのラストの夢の独白など、アメリカ人の皮膚感覚でしか分からないようなメタファーが含まれていると思うのだけども、そこまで深読みするにはもう2回くらい見ないとダメかも・・w。

しかし、そういう難しいことはさておき、追う者と追われる者の死にもの狂いの逃走(闘争)劇だけでも十二分にインパクトのある作品であることはたしかだ。

自分の生存本能を刺激する映画を見る、これほど至極の映画体験はない。

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バーン・アフター・リーディング(2008年・アメリカ・93分)WOWOW

 監督:イーサン&ジョエル・コーエン

 出演:ブラッド・ピット、ジョージ・クルーニー、ジョン・マルコヴィッチ、フランシス・マクドーマンド、ティルダ・スウィントン

 内容:アル中が原因でCIAをクビになったオズボーン(ジョン・マルコヴィッチ)は、暴露本を執筆中。一方、連邦保安官ハリー(ジョージ・クルーニー)と不倫中の妻ケイティ(ティルダ・スウィントン)は、離婚を有利に進めるべくオズボーンのPCからデータをコピーする。ところが、そのCD-ROMがひょんなことからスポーツジムのインストラクター、チャド(ブラピ)の手に。彼は整形費用が欲しくてたまらない同僚のリンダ(フランシス・マクドーマンド)と組んでオズボーンを脅迫しようとするが・・・。

評価★★★★/75点

地球の衛星画像からCIA本部にズームアップしていく仰々しいオープニングだけ見ると、トニー・スコットあたりが撮るようなスパイもののハイテクアクションみたいなのを想起させるけど、フタを開けてみたら、ハイテクどころか保険会社への問い合わせ電話もろくに繋がらないようなローテク極まりない映画だった・・・。

しかも、CIAの機密情報が入った(?)CD-ROMをいわゆるマクガフィンとして事は進んでいくわけだけど、それを取り巻く連中が、全身整形が悲願の40女にセックスマシーンの色ボケに、ipod好きの筋肉バカにアル中のイカレ親父という米ロが見向きもしないようなド素人というのもこの映画をよりいっそう“残念な”ものにしているww。

いやぁ、、こういう映画大っ好きなのよね(笑)。

アカデミー賞獲った後に原点に立ち返ったようなおバカ映画をサラリと作ってしまうコーエン兄弟はやっぱりさすが。

しっかし、役者陣だけ見るとなんとも贅沢な映画だけど、後味が何にも残らないっちゅうのもある意味スゴイ話だわな(笑)。。

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凶悪

Poster出演:山田孝之、ピエール瀧、池脇千鶴、小林且弥、白川和子、吉村実子、リリー・フランキー

監督:白石和彌

(2013年・日活・128分)WOWOW

内容:ある日、死刑囚の元ヤクザ・須藤から雑誌社の編集部に手紙が届いた。それは、まだ世間に知られていない3件の殺人事件についての告白だった。須藤曰く、「先生」と呼ばれる首謀者の不動産ブローカーの男が自分を裏切りのうのうと生きていることが許せず、雑誌で告発記事を書いてほしいという。須藤の記憶はあいまいで真偽も定かでない中、記者の藤井は裏付け調査に没頭していくが・・・。

評価★★★/65点

数年前、自分の中学校の同級生が金づちで妻を殴り殺してしまう事件が起こった。

中学を卒業してから約20年、TVニュースで容疑者の名前を見た時に仰天すると同時に、あぁ~やっぱりなぁと納得してしまった自分もいて。。

それは、自分の転校の事情もあり、小学校2,3年と中学校2,3年の4年間同級生だったのだけど、「山猿」と呼ばれるくらい当時から手のつけられない問題児で、理性よりも野性の方が勝ってしまうような、暴力的な行動に自制がきかなくなる恐さがあったからだ。

この何をしでかすか分からない野蛮な体臭を常に発散していたかんじが、何食わぬ顔で暴虐のかぎりをつくす須藤(ピエール瀧)と重なって見えて気持ち悪くなってしまった。

しかし、善良そうな普段着でありながらさらにその上をいく嗜虐性をみせるリリー・フランキーの凶悪ぶりもさることながら、家庭を省みない藤井(山田孝之)を尻目に義母の介護に疲弊して暴力までふるっていたという妻(池脇千鶴)の告白の方が日常と地続きな、いずれ訪れるであろう親の老介護において、なにか自分もある一線を超えてしまわないともいえないような怖さがあったように思う。

ただ、藤井の家庭を破綻に追い込むに至る老人介護の現実と、時計を質屋に預けるくらいの心持ちで老人を焼却炉で焼き殺すような凶悪犯罪とが映画としてうまく連関していたかというとちょっとビミョーで、正直いって前者は付け焼き刃的なかんじが否めなかったと思う。

まぁ、それだけ後者の悪が突き抜けちゃってるわけだけど、人間生活の表(善)と裏(悪)という点ではリリー・フランキーのとこを掘り下げるだけで十分だったと思うし、ちょっと作劇が狙いすぎというか生真面目というか、もっと図太くてもよかった気がした。

でも、これ見ちゃったら不動産ブローカーは一生信じられないなw

うわー、うちアパート持ってるんだよなぁ

2016年8月20日 (土)

夢のシネマパラダイス603番シアター:インサイド・ヘッド

インサイド・ヘッド

1456586364558b679f86df40016声の出演(日本語版):竹内結子、大竹しのぶ、浦山迅、小松由佳、落合弘治、伊集院茉衣、佐藤二朗

監督:ピート・ドクター

(2015年・アメリカ・94分)WOWOW

内容:11歳の少女ライリーの脳内司令室にはヨロコビ、イカリ、ムカムカ、ビビリ、カナシミの5つの感情がいて、いつもライリーが幸せでいられるように心や記憶をコントロールしていた。しかしある日、リーダーのヨロコビと奥手のカナシミが司令室から吸い出されてしまい、残った感情たちは大混乱に陥る。そのせいで引っ越ししたばかりで寂しい思いをしているライリーはどんどん心が不安定になっていき・・・。

評価★★★★/80点

玩具に車にネズミに魚にお化けにetc..とあらゆる物を擬人化して物語を構築することにかけては右に出る者がないピクサーが次に擬人化したのは、なんと感情!

喜び、悲しみ、怒りといった感情に加え、記憶の片隅、潜在意識、忘却の彼方、夢のスタジオなど抽象的で複雑怪奇な脳内メカニズムを具体性をもって面白おかしく表現できていてホントに上手いなぁと思いながら見ることができた。

その上で11歳の少女が大人への階段を一歩のぼっていく過程をリンクさせながら描いていくわけだけど、そこで大きなテーマとなるのが悲しみの存在理由だ。

ライリーが常にハッピーであるためにはポジティブシンキングな自分が常に司令塔であればいいと考えるヨロコビは、ビビリやムカムカや怒りは自己防衛機能として必要と考えているものの、ネガティブなことしか生み出さないカナシミは不要なものとして邪魔者扱いするんだけど、見てる自分もカナシミは良い思い出のボールに勝手に触るなーってムカムカしてしまっていた(笑)。

でも、触れることでボールの色を変えられるのは唯一カナシミだけなのはなぜ?ってところから、次第にカナシミの真の価値が明らかになっていき、なによりも目が離せない存在になっていった。

そして、悲しみを受け入れてそこに寄り添うことで人に支えられまたは他者をいたわる、そして人の優しさや温もりを知ることで喜びに転化していく、つまり悲しみがなければ喜びもないという逆説的な重要性がものすごく胸にストンと落ちてきた。

そこで示唆的なのがライリーのお母さんの脳内司令塔はカナシミだということ(個々人によってリーダーは違うようだが)。

悲しみが他者を思いやる触媒となる、そんな優しく分別のある大人像になっていて、ムカムカがリーダーの自分はとっても勉強になりました

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脳内ポイズンベリー

Poisonberry_sashikae2出演:真木よう子、西島秀俊、古川雄輝、吉田羊、桜田ひより、神木隆之介、浅野和之

監督:佐藤祐市

(2015年・東宝・121分)WOWOW

内容:ライターをしている30歳の櫻井いちこは、飲み会で居合わせた7コ下のアート系イケメン男子・早乙女と街でばったり再会する。しかし、彼はいちこのことを覚えていない様子。その時、彼女の脳内では話しかけるかどうかで様々な感情(理性・ポジティブ・ネガティブ・衝動・記憶)が白熱の議論を展開していた。その結果、いちこは声をかけるのだが・・・。

評価★★★/60点

人の頭の中を会議室に見立てて思考回路を擬人化し、その人の意思決定をその会議で決めるという奇抜な発想は買いだけど、それが映画としての面白さにつながっていたかというとやや疑問。

映画を見終わったあとに真木よう子の揺れる胸、、もといアメリ風の真木よう子しか頭に残らないくらい印象が強くて、正直いって脳内会議って必要?と思っちゃったんだけど・・

一応脳内キャラは、理性的だけど風見鶏な議長(西島秀俊)、嫌な予感しかないネガティブおばさん(吉田羊)、ノー天気なポジティブ思考(神木隆之介)、乙女心だって忘れたくない女のコ、記憶の貯蔵装置である“海馬”さん(浅野和之)の5人に分けられてはいる。

でも、そこまで明確なキャラ付けがされているわけではないのが取っ付きにくさに繋がっていて、そのせいか肝心の会話劇にメリハリがなく、ただワ~ギャー紛糾しているだけで面白味がない。

同じドタバタでも三谷幸喜風の喜劇調を期待していただけに、やはり不満点の方が大きいし、女心の難しさを面白おかしく味わいたかった身としては消化不良。

そういう点では主人公の櫻井いちこをブリッ子とか嫌味な女とかもっとクセのある性格キャラにした方がよかったような気も。

他にも例えば脳内会議で記録係っているか?というのがあってw、その代わりにボンテージ姿の魔性な奔放キャラは強烈すぎるものの、あれに似たキャラに脳内会議が完全に支配されているので現実のいちこは嫌われ女になっているとかした方が入り込みやすかったかな。

まぁ、自分の脳内は真木よう子の妄想であふれ返って会議どころじゃなくなってるんだけどねww

2016年6月19日 (日)

夢のシネマパラダイス356番シアター:神様、神様は本当にいるんですか?

エクソダス:神と王

Poster2_2出演:クリスチャン・ベイル、ジョエル・エドガートン、ジョン・タトゥーロ、アーロン・ポール、シガニー・ウィーバー、ベン・キングズレー

監督:リドリー・スコット

(2014年・アメリカ・150分)盛岡フォーラム

 

内容:古代エジプト王国。国王セティのもとで息子のラムセスと兄弟同然に育てられたモーゼ。成長した彼は、父王の信頼も厚く、国民からも慕われていた。ところがセティの死後に即位したラムセスは、モーゼが実は奴隷階級のヘブライ人であると知るや、モーゼを国外追放する。なんとか生き延びたモーゼは、過酷な放浪の末に一人の女性と巡り会い結婚し平穏な暮らしを得る。しかし9年後、そんな彼の前に少年の姿をした神の使いが現れる・・・。

評価★★★★/80点

普段、映画の感想を書く時に、やれ人間ドラマが薄っぺらいだとかキャラクターに深みがないだとかエピソードが単調だとかツッコミを入れてしまうのだけど、しかしそうはいっても1番スクリーンで見たいのは何かといえば、やはり映画でしか味わえないスケール感を体感したいというのが先にくる自分がいたりしてw

そして、文字通りそれがいの一番にくるのがリドリー・スコットであり、たいして面白くもない話を壮大な大作に仕上げてしまう、つまり40点のお話を70点以上に底上げしてしまう力技は決して期待を外さず、SFものや歴史ものとリドリー・スコットが組み合わさるとワクワク感が止まらなくなってしまう(笑)。

で、今回の作品はまさに40点を80点にグレードアップしたようなリドリー・スコット十八番の映画だったように思う。

地平線を否応なく意識させるワイドスクリーンに映し出される映像は「アラビアのロレンス」を想起させるほどスペクタクルな情感にあふれていて、作り話のようなウソっぽさを払拭させてしまうリアリティとともに映画的なカタルシスをも両立させてしまう魅力があったし、これぞ映画であると肯定させてしまう力技は今回も健在だった。

ただまぁ神仏習合の日本人には理解しがたい部分というか、白黒はっきりさせる一神教の容赦のないエグさだとか、モーゼとオサマ・ビン・ラディンは何が違うのかと一瞬思ってしまう違和感だとか、60年前の「十戒」では描けなかった今だからこその視点で切り取る方法論があってもよかったような気もする。

復讐の化身にしか見えない神、信じる者しか救わない宗教、狂信者と紙一重の人間、、う~ん、、ロクなことがないよね

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ノア 約束の舟

A1d764a44fc39a29575296986686ff7e出演:ラッセル・クロウ、ジェニファー・コネリー、レイ・ウィンストン、エマ・ワトソン、アンソニー・ホプキンス、ローガン・ラーマン

監督・脚本:ダーレン・アロノフスキー

(2014年・アメリカ・138分)WOWOW

内容:旧約聖書の時代。アダムとイブにはカイン、アベル、セトという3人の息子がいた。が、カインはアベルを殺し、やがてその子孫はこの世に善と悪を広めた。一方、セトの末裔ノアはある日、恐ろしい夢を見た。それは、堕落した人間たちを一掃するため、地上を大洪水が飲み込むというものだった。これを神のお告げと確信したノアは、妻と3人の息子と養女のイラと方舟を作り始め、この世の生き物たちも乗せられるように洪水から逃れる準備をする。しかしそんな中、カインの子孫たちが舟を奪うべく現われるが・・・。

評価★★/40点

宗教映画もここまでこじれるとどうにもならなくなっちゃうな(笑)。

旧約聖書にあるノアの箱舟がもともとどんな話なのかよくは知らないけど、これだけ見ると、マインドコントロールされた親父が自分の家族以外の人間を勝手に悪とみなして見殺しにし、さらに生まれてきてはダメなのだと初孫にまで手をかけようとするも、家族の懸命な説得で我に帰るっていうどーしょーもない話なわけでしょ・・。

まぁ、こういう一神教に特有の信じる者は信じない者を駆逐してかまわないという選民思想は日本人には理解しがたいものがあるので、ちょっとテーマ的にもなじめなかったなぁと。。

唯一、ハリー・ポッター組の中でエマ・ワトソンだけが順調に女優としてキャリアを積んでいってるなと確認できたことだけが救いだった。。

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パッション

Dvd出演:ジム・カヴィーゼル、マヤ・モルゲンステルン、モニカ・ベルッチ、ロザリンダ・チェレンターノ

監督・脚本:メル・ギブソン

(2004年・アメリカ・127分)盛岡フォーラム

内容:ローマ兵の虐待を受けながらゴルゴダの丘へ連行され、人々のために祈りつつ処刑されたイエス・キリストの最期を、見る者に嫌悪感を抱かせるほどの暴力描写と当時と同じアラム語とラテン語のセリフなど徹底したリアリズムで描いた問題作。

評価★★/45点

“自分の中にあるパッションは一度も高ぶることなく灯火さえともることがなかった。胸を張ってカミングアウトしよう。この映画に不感症だと。”

あなたはどんな映画が好きかと訊かれたら自分は間違いなくこう答えるだろう。

ぶっちゃけ人殺しをしようが何をしようがとにかく生への執着、生きることへの必死さ、そういう思いが伝わってくる映画を見るのが最も好きだと。

そんな映画が好きな自分にとって、生への執着を超越し、生きることへのひたむきさなどどこ吹く風のまったく対極にあるこの映画を見ることが自分の中にどのような反応をもたらすのか(正確には無反応)ある程度は予想がついてはいた。

しかしその予想を超越したレベルで自分はこの映画に無関心無感動無感覚だった。

殴る蹴る、さらされた血みどろの身体、飛び散る血しぶき、そんな目を覆うような映像の連続を目の当たりにしても自分の感情は喜怒哀楽どちらにも一向に傾くことはなかった。どこまでも平然かつ冷静沈着な自分がいた。エグイ描写でこんなに冷めてていいのだろうかと思ったくらい・・・。

前に座ってたカップルなんて、先に男の方が途中で席を立って、3,40分戻ってこないことに業を煮やした彼女がしぶしぶ席を立っていったり、かと思えば別な一角からはすすり泣く声が聞こえてきたり、、ふ~ん、やっぱ今の時代、男の方がヤワなんだなとかあそこで泣いてるのはクリスチャンなのかねぇとか劇場の反応の方まで冷ややかに見ている自分がいたりして

まずもって、この映画における徹底したリアリティの追及は、自分にとって何ら評価ポイントにはならなかったということだけは確かなようだ。

この映画のチラシには、「いかにもウソっぽい歴史大作」ではなく徹底したリアリティを追求するために世界最高のスタッフが集結した、というふれこみがあった。しかしこの徹底したリアリティの追求というのは一見映画に限りない実感と重みをもたらすと思われるが、それはまた諸刃の剣であるということも忘れてはならない。リアリティを追求しすぎることが今度はかえって映画のもつエンターテイメント性と観客のもつイマジネーションを削いでいってしまうという弱点をも内包しているといえるからだ。

そのことをふまえた上でいうと、人それぞれ好き嫌いはあると思うが、個人的に優れた歴史映画というのは、リアリティの追及と同時に、いかにうまくウソをつくかというその2点におけるバランスがうまくとれているもの。そういう映画が優れた歴史映画だと思う。

その点についてこの映画を評価するならば、優れた歴史映画という括りには全く入れることはできず、完全な宗教映画になってしまっているといえる。キリスト教信者以外何ら見るべき価値はない映画だと断言しちゃってもいいのではないかなと。

クリスチャンでも何でもない自分にとってはホント聖書を読んだときの堅っ苦しさと形式ばった窮屈さと全く同様のものを感じ取ってしまったわけで。

別に聖書を否定したいわけでは決してなくて、史劇とか人間劇といったエンターテイメントやスペクタクルにどううまく聖書を織り込んでいくか、その使い方とバランスが重要だってこと。

その好例としては例えば「ベン・ハー」が挙げられるかな。

とにかくあれだね、小学生の頃よく学校の帰り道でキリストの受難や天国とか地獄についての紙芝居をやってるのに出くわして見たことがあったんだけど、そのときに得たインパクトとパッションの方がメル・ギブソンの映画を見たときより何倍何十倍も大きかったことだけはここに記しておこう。

追記1.あ、そういえば思い返してみると幼稚園と大学がカトリック系のところだったんだっけ・・

2.自分が考える優れた歴史映画とは具体的には「ベン・ハー」や「グラディエーター」といった類の映画です。

3.ああいう虐待シーンを見せられるにつけ、イラク戦争におけるアメリカ軍の虐待など、人間って2000年経っても何にも変わってないんだなぁと悲しくなってしまった。

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ミッション(1986年・イギリス・126分)WOWOW

 監督:ローランド・ジョフィ

 出演:ロバート・デ・二―ロ、ジェレミー・アイアンズ、レイ・マカナリー、エイダン・クイン、リーアム・ニーソン

 内容:1750年、南米奥地イグアスの滝。イエズス会の神父ガブリエルは、布教活動のために滝の上流に住むインディオの村を訪れ、彼らの信頼を得ていく。一方、奴隷商人のメンドーサは、三角関係のもつれから弟を殺してしまう。罪の意識に苛まれる中で神父に帰依し、ガブリエルと共に伝道の道に入るのだが・・・。

評価★★★☆/70点

中南米のサッカー選手はピッチを出入りする時に十字を切って神のご加護を祈り、試合後のインタビューでは神への感謝の言葉を惜しげもなく口にし信仰心をあらわにする。サッカー好きの自分は以前から世界で最も敬虔なクリスチャンは中南米の人ではないかと思っていた。

しかし、なぜ中南米のほとんどの国がスペイン語を話し、カトリック教国なのか、、その裏にある痛ましい歴史を垣間見るとなんとも複雑な気持ちになってしまう。

世界は全てカトリック国になるべきだという強烈な使命感を持っていたスペインとポルトガルの庇護のもとキリスト教布教を目的に設立されたイエズス会。しかし、そんな崇高な理念とは裏腹に、この時代のカトリック宣教師が“侵略の尖兵”の役割を果たしてきたことは事実であり、平和目的のように聞こえる布教という言葉の裏で実際行われていたことは軍事的征服つまり侵略だった。

国を滅ぼして宗教と言語を押し付けるのが1番手っ取り早い“布教”だからだ。

しかもここが一神教のタチの悪いところだけど、彼らには侵略や虐殺をも神から与えられた使命と思い込んでいた。人間も含めたこの世界は唯一絶対の神が創造したもの、つまりもともと神の所有物なのに、その神の存在すら知らないあるいはニセモノの神を信じる無知な恩知らずがいて、そういう連中にキリスト教を教え広めるためなら何をしても構わない=正義の行いをしているという論理だ。

映画の中で枢機卿が「医者が命を救うために手術するように、この土地にも思いきった荒療治が必要なのだ」と豪語するのだが、勝手に手術される方はたまったものではない。

しかも、手術が成功し、理想郷ともいえるコミュニティが作り上げられたと思いきや、今度はスペインとポルトガルの領土の取り分争いから立ち退きを強要され結果虐殺されてしまう・・。

欺まんに欺まんを重ねた宗教の名を借りた侵略について深く考えさせられたけど、が、しかし中南米が完全にキリスト教文化圏となっている現代において、彼らの“正義”が勝ったのもゆるがない事実。

多神教的なメンタリティの方に共感を覚える自分にとっては、切っても切り離せない歴史と宗教の関係の中で宗教によって救われた人の方がもちろん多いだろうけど、宗教によって滅ぼされた人も数多いるのだということを忘れてはならないと思う。

P.S.とはいえ国境を越えて命の危険をかえりみず未知の世界各地に散らばっていった宣教師のフロンティアスピリットと使命感はスゴイの一言で、日本に来た宣教師も不安でいっぱいだったんだろうなと今回の映画を見て思った。。

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十戒(1956年・アメリカ・220分)NHK-BS

 監督:セシル・B・デミル

 出演:チャールトン・へストン、アン・バクスター、ユル・ブリンナー

 内容:1923年にセシル・B・デミルが監督した「十誡」を、デミル自らが再映画化したスペクタクル史劇。エジプト王ラムセス1世は、新しく生まれるヘブライの男子をすべて殺すという命を発した。母親の手によってナイル川に流されたモーゼという名の赤ん坊は、好運にも王女のもとへ流れ着く。成長したモーゼがエジプト王子として勢力を得てきた頃、宮廷では実の王子ラムセスが権力を振るっており、2人は王位と王女ネフレテリの争奪を始める。。

評価★★★/60点

どう見たってちゃちい紅海真っ二つシーン。

しかしなんだかんだ言ってモーゼといえばこの映画の映像しか頭に浮かばないというのはある意味スゴイ。

2015年11月 2日 (月)

夢のシネマパラダイス595番シアター:映画通が必ず通る道ウォン・カーワイ

2046

2046small出演:トニー・レオン、木村拓哉、コン・リー、フェイ・ウォン、チャン・ツィイー、カリーナ・ラウ

監督・脚本:ウォン・カーワイ

(2004年・香港・130分)仙台コロナ

評価★★★/65点

内容:1967年の香港。記者あがりの作家チャウは、とある古びたホテルの2046号室に泊まることに。彼は、ホテルのオーナーの娘ジンウェンが日本人のビジネスマンと恋に落ちていることに触発され、近未来SF小説「2046」を書き進める。それは、2046年が舞台で、失われた愛を取り戻すことができるという“2046”へ向かう、美しいアンドロイドたちが客室乗務員を務める謎の列車の物語だった・・・。

“ウォン・カーワイ映画写真展を美術館でやったら絶対見に行くのに。。”

しかもその写真は自分に選ばせて欲しい。自分が編纂してやるから、ていうかオレにやらせろ(笑)。

タバコは吸えないのだけど、「カイロの紫のバラ」みたいにこの映画の中に入っていってタバコをくゆらせてみたいと真剣に妄想してみた・・・。

ただ、物語の中に入って身を委ねたいということでは決してないということは付け加えておかなければなるまい。

あくまでもウォン・カーワイの映像世界の中、しかも時の静止したひとつの画像のワンフレーム内に入って最高のパフォーマンスを焼き付けてみたい、ただそれだけだ。

はっきりいってこの映像世界の中を歩いてみたいとも思わない。

ウォン・カーワイの映像世界その一瞬のきらめきの中に吸い込まれてみたい、ただそれだけなのだ。

なぜなら彼の映像世界の全てに没入したくないから、その全てをくまなく知りたいとは思わないから。

知った途端につまらなくなりそうで恐い・・・。

それだけ自分の世界とは全く異なる言語しか使ってこないウォン・カーワイという男。

しかも、その言語で語られる物語は、時折眠気をもよおす

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欲望の翼(1990年・香港・97分)DVD

 監督・脚本:ウォン・カーワイ

 出演:レスリー・チャン、アンディ・ラウ、マギー・チャン、ジャッキー・チュン、カリーナ・ラウ、トニー・レオン

 内容:サッカースタジアムの売店で売り子をしているスーは、お客のヨディから交際を迫られ最初は断っていたものの、やがてゾッコンに。しかし、気ままな遊び人のヨディはクラブダンサーのミミと関係を持ってしまう。そして傷心で夜の街をさまようスーは巡回中の若い警官から声をかけられる。一方、ヨディの親友サブはミミに思いを寄せていて…。

評価★★★☆/70点

雨に打たれて歩きたい。

この映画を見た後、無性にそう思った。

もはやあるはずのない昔懐かしの電話ボックスを求めて雨に打たれて彷徨いたいとさえ思ったw

それくらい映像に酔いしれてしまったのだ。

あんな湿気ったヨディ(レスリー・チャン)のアパートに住みたいとはこれっぽっちも思わなかったけど、映像からそこはかとなく漂ってくる色気は一体全体何なんだろう。映画を見て数日経つのにあの異空間の残り香はかえって強まるばかりだ。

ストーリーははっきりいってもうどうでもいい(笑)。

レスリー・チャンの妖しい色香とマギー・チャンの昭和の薫りだけでご飯3杯!

1998年7月14日午後6時11分、オレはたしかにそう思った。

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恋する惑星

10004出演:トニー・レオン、ブリジット・リン、フェイ・ウォン、金城武、チャウ・カーリン

監督・脚本:ウォン・カーワイ

(1994年・香港・101分)NHK-BS

内容:香港の重慶マンションとその周辺を舞台に、2組の男女の出会いとすれ違いを描くウォン・カーワイの新感覚ラブストーリー。ドラッグの売人をしている金髪の女に恋をした刑事223号を主人公とする「重慶マンション」と、刑事633号の部屋の合鍵を手に入れたウェイトレスのフェイが、彼の部屋に忍び込んで次々と模様替えしていく「ミッドナイト・エキスプレス」の2編から成る。

評価★★★/65点

“金城武編は猛烈な睡魔との真っ向勝負、フェイ・ウォン編は猛烈な高揚感との真っ向勝負、まるでドラッグでもやったかのようなハイ&ロー状態にもうグッタリ・・・。”

この映画のほとんどは“夢のカリフォルニア”と“夢中人”で出来上がっているといっても過言ではないほど音楽ありきの映画なのだけど、この2曲とも後半で流れるように、金城武&ブリジット・リンの前半とフェイ・ウォン&トニー・レオンの後半とでは、圧倒的に後半の印象しか残らない。

その点からみても作劇としてなぜ前後半を絡ませなかったのか解せないところだけど、まとまった脚本を書かないことで知られているウォン・カーワイだけに即興性の方が重視されたということなのか。。

けど、好きな男の部屋に忍び込んでベッドで虫眼鏡を頼りに男の彼女の髪の毛を見つけて狂喜乱舞するストーカーってどうあったって怖いはずなのに、なんでこんなシーンを微笑ましく見てられるんだろう自分

西洋と東洋の混じり合うヴィヴィッドな香港の街並みと、ジュークボックスの中で煌めくレコード盤が印象的なポップな世界観、その中で踊りまくるキュートなフェイ・ウォンが中性的なことが大きかったのかもしれない。

ま、いうほど悪くない100分間だったw

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天使の涙(1995年・香港・96分)盛岡フォーラム

 監督・脚本:ウォン・カーワイ

 出演:レオン・ライ、ミシェル・リー、金城武、チャーリー・ヤン、カレン・モク

 内容:そろそろ足を洗おうと思っている殺し屋と、彼のパートナーである美貌のエージェントは、仕事に私情を持ち込まないのが流儀で、めったに会うこともなかった。エージェントが根城としている重慶マンションの管理人の息子モウは、5歳のときに期限切れのパイナップル缶を食べ過ぎて以来、口がきけなくなっている。ある日、彼は失恋したばかりの女の子に会って初めての恋をした。一方、殺し屋は街で出会った金髪の女と互いのぬくもりを求め合うようになる・・・。香港の光と闇の中で生きる5人の若者たちの青春群像劇。

評価★★☆/50点

殺し屋レオン・ライに仕事を卸している女エージェントのミシェル・リーは、仕事のパートナーでありながらFAXのやり取りしかしたことがなく会ったことがない。妄想力たくましい彼女は殺し屋にひそかな想いを抱き、彼の部屋に忍び込み、ゴミを漁ったり勝手に模様替えしたり、果てはベッドの上で自慰行為にふけったりしている。一方、殺し屋の方は行きずりの金髪女カレン・モクと再会し、ここに奇妙な三角関係が生まれる。

しかし、殺し屋は二人との関係を断ち切り、稼業から足を洗おうとするが、パートナーの解消と捨てられることを受け入れられない妄想女は、彼を永遠に葬ることを決断する・・・。

というあまりにも魅力的なプロットにもかかわらず、なんであんなしっちゃかめっちゃかな映画になっちゃうのかなぁ

で、やっぱこれはどう見たって、頭のネジが吹っ飛んでいる金城武のパートがかなり余計なんだと思うw豚の屍の上でいくらアドリブをかまそうがそんなの関係ねえ

まぁ、演劇性を排した即興とセンスだけで撮るカーワイスタイルを存分に味わえるという点ではこれ以上ない作品なんだろうけどね・・。

こりゃあれだな。同じプロットでリュック・ベッソン版とかマイケル・ベイ版とかいろんな監督で撮ったの見てみたいなw

ちなみに題名は原題通り「堕落天使」の方がいい。「天使の涙」だとますますもって上っ面なかんじがしてよう好かん。。

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楽園の瑕(1994年・香港・100分)NHK-BS

 監督・脚本:ウォン・カーワイ

 出演:レスリー・チャン、レオン・カーフェイ、ブリジット・リン、トニー・レオン、マギー・チャン

 内容:砂漠で旅籠を営む“西毒”こと陽峰は、殺し屋の元締めもしている。陽峰は高名な剣士となる野望のために恋人を捨て、残された彼女は彼の兄と結婚した。そんな中、毎年3月6日になると訪ねて来る親友の“東邪”薬師が今年も現れ、酔いつぶれたあげく翌日旅立っていった。しかしその後、容燕という謎の剣士がやって来て、陽峰に薬師の殺しを依頼する・・・。

評価★★☆/50点

飲み会の席で片思いの人から君に妹がいたらその妹と付き合ってあげると言われ、真に受けた女は双子の妹になりすまして会う約束を取りつけるも、酔っ払った勢いで言った男はそのことをすっかり忘れている。そして約束をすっぽかされた女は捨てられたと先走り、アイツ殺したるわーと逆上、、ってこんな話コメディでしか通用しないはずなのに

正面切って不毛な愛の相克として描こうとしているから全くもって笑えないことに・・・。

ゆらめく陰影を夢幻的に描き出す映像美だけが見所といえなくもないけど、陶酔感さえ漂う静を捉えた素晴らしさと殺陣シーンをはじめとする動を捉えたツマラなさに圧倒的な落差があって、どうしてもなじめない。

チャンバラ活劇としての武侠映画を期待していただけに、かなり残念

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ブエノスアイレス(1997年・香港/日本・98分)WOWOW

 監督・脚本:ウォン・カーワイ

 出演:レスリー・チャン、トニー・レオン、チャン・チェン

 内容:南米アルゼンチン。香港からやって来たゲイのカップル、ウィンとファイは、関係修復のためにイグアスの滝へ向かって車を走らせていたが、道に迷って言い争い、それが原因で別れることに。その後しばらくして2人は、ブエノスアイレスのタンゴバーで再会し、ドアマンをしていたファイの部屋にウィンが居候することになるが・・・。

評価★★☆/50点

白いタンクトップとブリーフ一丁で時にはいちゃつき時には痴話ゲンカに明け暮れる男と男。

こんなもん、見ったくねぇーww

それを延々2時間繰り返したあげく、「気ままに旅できるのは帰る場所があるからだ。会いたいとさえ思えばいつでもどこでも会えることを確信した」と主人公ファイ(トニー・レオン)の独白で締められても正直困ってしまう(笑)。

全くもって届いてこないし、むなしく響いてくるだけだからだ。

それは故郷から地球の裏側までたどり着くも、“幸福”にも“一緒”にもなれない耐えがたい孤独とすれ違いを描いたウォン・カーワイのテーマをちゃんと受け取れているともいえるのだけど。って単なる屁理屈か・・

結局、あのイグアスの滝の幻想的な空撮も何だったんだかw

どうあっても満たされない男の心象風景を写し取ったかのような寒々しいモノクロ映像だけは買う。

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花様年華

Kayou2出演:トニー・レオン、マギー・チャン、スー・ピンラン、レベッカ・パン

監督・脚本:ウォン・カーワイ

(2000年・香港・98分)MOVIX仙台

内容:1962年香港。新聞社の編集者であるチャウ夫妻がアパートに引っ越してきた日、隣の部屋にも商社で秘書として働いているチャンが夫と引っ越してきた。2人とも忙しく夫や妻とはすれ違いが続く。やがて、チャウは妻がチャンの夫と不倫していることに気づく。怒るチャウは、復讐心からチャンに接近するのだが、やがて2人は密会を重ねることになっていく・・・。

評価★★★/60点

チャイナドレス、マギー・チャンのすらりとした肢体、煙草、長雨、アンコールワット、狭い路地、ポマード、鈍く光る街灯、スローモーション、朱色、ゆらりとした音楽。

見終わったあと、ほとんど時を経ずして話の筋立てを忘れてしまう。まるで夢でも見ていたかのように。

しかし、その夢の残り香はいつまでも消えることがない。

エロスは耽美な夢の中にある。ウォン・カーワイの真骨頂を垣間見た気がした。

2015年9月28日 (月)

夢のシネマパラダイス512番シアター:エキセントリックな恋がしたい♪

世界にひとつのプレイブック

Poster_2出演:ブラッドリー・クーパー、ジェニファー・ローレンス、ロバート・デ・ニーロ、ジャッキー・ウィ―ヴァ―、クリス・タッカー、ジュリア・スタイルズ

監督・脚本:デヴィッド・O・ラッセル

(2012年・アメリカ・122分)WOWOW

内容:妻の浮気現場を目撃して相手の男を病院送りにしたあげく、自分も精神病院入りを余儀なくされたパット。数か月後ようやく退院したものの、接近禁止令の出ている妻といまだにやり直せると思い込んでいるパットは、相変わらず突然キレては暴走しかけることもしばしば。そんなある日、友人の家に招かれたディナーの席でティファニーと出会う。彼女もまた、警官だった夫を事故で亡くして以来、心に問題を抱えていた・・・。

評価★★★☆/70点

高飛車でヒステリックで自己チューで男勝りな最恐肉食系女子ティファニーのキツい性格が元プロゴルファーの古閑美保と同じに見えた途端、あーこりゃ扱いにくくてダメなタイプだと思っちゃったんだけど

だって「アンタはヘタレの根性なしよー!」ってわめき散らす女はどう考えても無理っしょw

ところが驚いたことにこの古閑美保をジェニファー・ローレンスが演じると、とてつもなく魅力的に見えてしまうのだから恐れ入る。

ジョギングコースに横入りしてくるストーカーもどきといい、ダンスでの胸騒ぎの腰つき♪といい、ムチムチしたジェニファーのエロい、、もといジェニファーの吸い込まれそうな魅力にメロメロになってしまった

このジェニファーにだったら押し切られてもいい!って、パットも結局あのフェロモンに押し切られちゃったわけだし

でも、旦那を亡くしたショックから11人の男と寝てしまった武勇伝を持ちながら、おそらく初めて夜の誘いを断られたであろうショックと妻への一途すぎる想いにあふれたパットの純粋な魂に触れたことから逆にホの字になってしまったティファニーと、思ったことはすぐ口に出してしまう情緒不安定なパットが、ストレートに感情をぶつけ合い不器用ながらも向き合う様は、なんか見ていて清々しいというか羨ましくさえあった。

自己表現が下手くそな自分にとっては、なんかちょっと生きる勇気をもらえたような映画だったかな。

デ・ニーロも久々に良かったしね(笑)。

夜中に親の寝室でわめく息子と実は1番イカレているダメ親父のどうでもいい諍いは笑えて面白かった。

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娚の一生(2014年・日本・119分)WOWOW

 監督:廣木隆一

 出演:榮倉奈々、豊川悦司、安藤サクラ、前野朋哉、根岸季衣、濱田マリ、徳井優、向井理

 内容:都会で公私ともに疲れ果て、故郷の田舎で染色業を営む祖母の家に戻ってきた堂薗つぐみ。しかしほどなく祖母が病死、つぐみは残された家を一人で守っていこうと決意するが、突然見知らぬ男が家のはなれに住み始めた。50代の大学教授で海江田と名乗る彼は、祖母のかつての教え子で、勝手に住み始めたのも祖母の許可を得てのことだという。こうして奇妙な同居生活が始まるが・・・。

評価★★☆/50点

わざわざ女偏に男と付ける“娚”という字を見て、アブノーマルでいかがわしいイメージを抱いていたのだけど、いざ見てみたらいたってノーマルだったというオチ。

いや、ちょっと待てよ。家の離れとはいえ、20代の女のコが一人暮らししている同じ敷地内に見知らぬオッサンが勝手に住み始めたら周りの人々は、大丈夫なのか!?と心配するのがフツーの感覚じゃないのか?

にもかかわらず知人親戚はては彼女の母親に至るまでもが普通のことのように受け入れているではないか。

絶っっ対おかしいってコレw!というそもそもの設定自体に入っていけなかったなぁ。。

で、20以上も離れている年の差も禁断要素にはならないらしく、皆がさっさと結婚しぃーやと応援しまくって、それに流されちゃった女のコもいつの間にかオッサンにホの字に(笑)。なんだこの展開・・・。

日本の少子化問題と婚活問題は映画にも影響を及ぼしていたw!?

田舎のスローライフな雰囲気はキライじゃなかったけど、ありえない感&理解できない感の方が上回ってイマイチだった。って、これ少女漫画が原作なのか。。なんか納得w

唯一、自転車の使い方だけは良かった

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東京タワー(2004年・東宝・126分)仙台フォーラム

 監督:源孝志

 出演:黒木瞳、岡田准一、松本潤、寺島しのぶ、宮迫博之、岸谷五朗

 内容:売れっ子CMプランナーを夫(岸谷五朗)に持ち、自身も青山でセレクトショップを経営している詩史(黒木瞳)は、3年前、店を訪れた友人・陽子(余貴美子)が一緒に連れて来た息子の高校生・透(岡田)と一瞬で恋に落ちた。それから関係は続き、現在も東京タワーを見渡せる大学生になった透のマンションで熱く愛し合っている。一方、透の高校時代からの友人・耕二(松本潤)も、35歳の人妻・喜美子(寺島しのぶ)と関係を持っていた。。直木賞作家・江國香織の同名小説の映画化。

評価★★/40点

“ダサい臭を小洒落メイクで塗り消そうとするも、味わいまで消してしまったという恐るべき一品。”

まるでレストランの入口にあるロウでできた料理見本みたいなかんじ。

見た目はいいのに味が全っ然しないの、この映画。

いまどき昭和の代名詞とも言うべき東京タワーをおもいっきり出してきたのは、オバさま連中と活きのいいフレッシュボーイをつなぐための象徴とするためかどうかは分からんが、とにかく情念に駆られたかのようなこだわりで東京タワーを美しく撮りまくる。

たぶんこの監督、TVゲームのグランツーリスモ好きだと思うな(笑)。そんな映像。

でもって、街はキレイに撮れてても、肝心の女と男が描けていないという・・・。情念使うところが違うっての。甘っま~いセリフをただタレ流せばいいってもんじゃないっしょ。

ゲーム脳になってないと見られへんなこれは(笑)。

しかし、詩史さんよ。「東京の雪は嫌い。溶ける時つたなくて侘しいから。」だとコラ!おいおいおいおい、そしたらオレんちに来い!春まで雪が溶けなくてあきれて声も出ないから。。ガクッ・・。

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電車男

6a00d8341bfb8d53ef00e54f75493388338 出演:山田孝之、中谷美紀、国仲涼子、瑛太、佐々木蔵之介、西田尚美

監督:村上正典

(2005年・東宝・101分)DVD

内容:彼女いない歴22年のシステムエンジニアのその青年は、アキバでグッズを漁るのが趣味の筋金入りのオタク。そんなある日、彼は電車の中で中年のオヤジにからまれていた若い女性を助けた。そして、美人の彼女にすっかり心奪われた彼に、後日彼女からお礼にとエルメスのティーカップが贈られてきたからさあ大変!混乱した彼は、とりあえずインターネットの掲示板に“電車男”のハンドルネームで助けを求めるのだが・・・。

評価★★★/60点

1クールのTVドラマだと3ヶ月という長丁場が、電脳汁空間で生み出されたゴーストを現実世界に導いて共感させてくれるだけの時間的蓄積をもたらすが、2時間サクサク進んでいくおとぎ話を見せられると、アキバオタクの絶えなる妄想の単なる視覚化としか見えなくなってくる。。

特に中谷美紀=エルメスの“きれいなお姉さんは好きですか”最強バージョンっぷりには憧れを突き抜けてお笑い天然キャラに見えて笑うしかなかったかんじ。

そこまでして過剰ともいえる普遍性を与えなければならなかったのか少し疑問に思うところもあったけど、、true storyだからそんなの関係ないのか・・。ってあり得ねぇ~~!!

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最後の恋のはじめ方(2005年・アメリカ・118分)WOWOW

 監督:アンディ・テナント

 出演:ウィル・スミス、エバ・メンデス、ケビン・ジェームズ、アンバー・ヴァレッタ、ジュリー・アン・エメリー

 内容:デート・コンサルタントとして世の男性に恋の手ほどきをするヒッチ。しかし、サラと出会ったことから恋愛理論が狂いはじめ・・・。恋愛の達人が自分の恋愛に悪戦苦闘するさまを軽妙なタッチで綴ったロマコメ。

評価★★★★/80点

“恋ってのはどこか「狂う」ものなんだけど、この映画はその不器用な暴走っぷりとドジでお人好しな愛嬌っぷりでラブコメのバランスをうまく取った映画初出演ケビン・ジェームズのコメディセンスっぷりに尽きる。”

ウィル・スミスは映画のトリートメント的な働きをしていたかんじ。過去の恋で心に傷を負い、2度と女性を愛さないと誓っているわりにその影の部分が全く見えてこないのが玉にキズだけど、そういう映画としての負をほとんど感じさせない軽妙な演技でうまく進行してまとめてくれたと思う。

しかし、やはり何といってもアルバート役のケビン・ジェームズだね。

まぁ、とにもかくにも最初の恋だろうが最後の恋だろうが、アタックナンバーワンというルールだけは永久不変ってことなんだな。。

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25年目のキス

78 出演:ドリュー・バリモア、デビッド・アークェット、ミシェル・ヴァルタン

監督:ラジャ・ゴズネル

(1999年・アメリカ・107分)仙台セントラル劇場

評価★★★☆/70点

内容:灰色の高校生活を送った新米新聞記者、ジョジーが高校生の実態をリポートするため高校に潜入。自分の高校生活を取り戻そうと悪戦苦闘し、優しい教師に惹かれていくが・・・。

“製作総指揮兼任という肩書きを肩書きで終わらせなかったドリューの心意気に思わず引きずりこまれてしまう。”

25歳のジョジー(ドリュー・バリモア)が高校に潜入して女子高生になりきるのだけど、周りの17歳の女子高生たちと比べて確実に老けて見える&しかもハンパなく痛く見えてしまうところが、製作総指揮もつとめたドリューの心意気が感じられて面白い。

ボサボサ髪でめったに洗髪しないバイ菌ジョジーを嬉々として演じるドリューの女優魂にも感服。

10代でアル中とヤク中をダブルで経験し、それを乗り越えてきたドリューの過去を笑い飛ばせるほどの太っ腹精神?あるいはセルフパロディなのかしら?

しかし高校生活に慣れ、昔の自分から脱皮していくにつれてキュートで美人なお姉さまに見えてくるのだから大したもんだよ。

でも、もうちょっと痩せた方がよくないか(笑)?

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50回目のファースト・キス

50kiss 出演:アダム・サンドラー、ドリュー・バリモア、ロブ・シュナイダー、ショーン・アスティン、ダン・エイクロイド

監督:ピーター・シーガル

(2004年・アメリカ・99分)MOVIX仙台

評価★★★★/80点

内容:自動車事故に遭い、短期記憶喪失障害という1日分の記憶しか持てなくなった女性ルーシー。そんな彼女に、水族館で獣医をしている元プレイボーイのヘンリーは毎日恋に落ち、イチからアタックを始め、ハワイの明るい風景の中で毎日ファースト・キスを交わす。そんな2人を周りの人々は温かく見守りつづけるのだった・・・。精神障害という重いテーマを、少しの切なさをにじませながら、軽やかでハートフルに描いたロマンチック・コメディ。

“「メリーに首ったけ」と双璧を成すお下劣コメディなのに、こんなに純粋なラブロマンスは見たことがない。これぞ純度100%のラブコメ映画!”

アダム・サンドラーって「ウェディング・シンガー」以外はあまり印象に上ってこないというか、安っぽいコメディ俳優というかんじが強かったのだけど、これ見て完全に見識を改めたかも。

そしてドリュー・バリモア。バットを持たせたら豹変することだけは肝に銘じたけど、ハワイの陽気で開放的な風に包まれたドリューがこれまたイイ。。

もともとの舞台設定はシアトルだったらしいけど、ハワイにして大正解だったね。

それにしても1番ビツクリしたのが、「LOTR」の真の勇者、ショーン・アスティンがステロイド中毒のキン肉マンになってたこと。LOTRではドラクエのトルネコばりの体型だったのに・・。

2015年9月 3日 (木)

夢のシネマパラダイス419番シアター:舟を編む

舟を編む

Poster出演:松田龍平、宮崎あおい、オダギリジョー、黒木華、池脇千鶴、伊佐山ひろ子、八千草薫、小林薫、加藤剛

監督:石井裕也

(2013年・日本・133分)WOWOW

内容:1995年。玄武書房営業部に勤める馬締光也(松田龍平)は、真面目だけが取り柄の落ちこぼれ社員。そんなある日、彼は大学で言語学を専攻していたことを買われて辞書編集部に異動することに。そこでは松本教授(加藤剛)のもとで見出し語が24万語という辞書『大渡海』の編纂が進められていた。しかし、ベテラン編集者・荒木(小林薫)はもうすぐ定年で、あとはお調子者の西岡(オダギリジョー)と契約社員のおばさん(伊佐山ひろ子)だけという苦境にあった。そんな中で馬締は辞書作りに没頭していくのだった・・・。

評価★★★★/75点

あまりにも誠実で優しく、あまりにも素直で生真面目な原作をそのまま映画にしたらひたすら地味な作品になっちゃうのではないかと思ってたけど、まさにそのまんまだった(笑)。

ただ、地味で舌足らずな中にも、1冊の辞書を作るために費やされる15年という時の流れを実感させるだけの人々の思いや成長の軌跡というのはしっかり描けていたし、性的な匂いが全くしない聖母マリア化した宮崎あおいwが映画に華を添えていて清々しいピュアな作品に仕上がっていたと思う。

でも、かぐやちゃんがどうやってマジメ君を好きになったのかがこの描写だと永遠の謎で(笑)、なんかホント空から天使が舞い降りてきたみたいなかんじで、マジメ君のような根暗でモテない自分は激しく嫉妬してしまった

しかし、辞書作りがこれほどまでの時間と労力を使うものだったとは思わなかったけど、しかもあんな少人数しか携わらないというのも驚きで、そりゃ15年かかるだろっていうww

なんかトヨタ方式のカイゼンを取り入れたくなってくるようなかんじだけど、効率とスピードばかり重視される今の世の中において忘れられがちな大切なものを思い出させてくれるという意味でも心に残る映画ではあったかな。

よーし、オレはあんな達筆な恋文じゃなくて、ちゃんと言葉で愛を伝えられる相手をまずは見つけるところから始めるぞーそこからかよっ!

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の・ようなもの のようなもの(2015年・松竹・95分)WOWOW

 監督:杉山泰一

 出演:松山ケンイチ、北川景子、伊藤克信、尾藤イサオ、でんでん、野村宏伸、内海桂子、三田佳子

 内容:30歳で脱サラして落語家になった出船亭志ん田は、師匠・志ん米の自宅に住み込み修行中。真面目すぎるのが災いして芸はなかなか上達せず、思いを寄せる師匠の娘・夕美からもけちょんけちょんに言われる始末。そんなある日、先代師匠の十三回忌追善公演が迫る中で後援会長が、落語家を辞めたあと行方知れずの志ん魚(しんとと)の噺が聞きたいと言い出したからさぁ大変!志ん田お前探しに行ってこーい!となるのだが・・・。

評価★★★/65点

下っ腹が出て無精ヒゲを生やしたうだつの上がらない中年親父になった志ん魚(伊藤克信)の変わりっぷりに35年の時の流れを否が応にも感じざるを得ないけど、映画を流れる温かく優しい眼差しは変わることなく、人情味あふれる作品になっていたと思う。

特に、新味がないことが味わいを深める逆説的要素を持つ今作において、志ん田役の松山ケンイチが森田ワールドの遺伝子のバトンを器用に引き継いでおり、あざとさを感じさせないのが良かった。

また、秋吉久美子が出ていないことだけは合点がいかなかったけど、前作のキャスト陣や森田作品ゆかりの面々が顔見世興行的に出てきて、ほぼスジなしの同窓会映画にもなってて見ていてほっこりできる。

しかし考えてみれば、いち監督に対するオマージュ作ってなかなか無いから、よっぽど慕われてた監督さんだったんだね。

これぞ映画愛!

ただ、これだけは言っとく。ホントに新味はないし、中身もない(笑)。。

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の・ようなもの(1981年・日本・103分)WOWOW

 監督・脚本:森田芳光

 出演:伊藤克信、尾藤イサオ、秋吉久美子、麻生えりか、でんでん、加藤治子

 内容:東京の下町。駆け出しの若手落語家・志ん魚は、23歳の誕生日に風俗へ行き、そこで相手をしてくれたエリザベス嬢と友達以上恋人未満のような関係になる。さらに、講師として出向いた女子高の落研で出会った由美のことを好きになり、付き合うことに。が、デートの帰りにお邪魔した彼女の家で披露した落語は相手の親からダメ出しを食らってしまう始末・・・。

評価★★★/60点

これが80年代のセンスなのかといえばそれまでだけど、78年生まれの自分には感覚だけで撮られたような森田演出はシュールすぎてなかなかに付いて行きづらいw

ていうかこれってデビュー作なのか!と考えれば、まだ洗練されていない恥ずかしいくらいの森田監督独特な感性の原液をポタポタと垂らしているようなかんじで見る価値はあるかな。

まだ暗い明け方の東京をトボトボと歩き続ける主人公の姿を見て、青春のあてのなさは伝わってくるしね。

でも結局そんなことよりも頭に残るのは、おすぎとピーコ調の小堺一機&関根勤コンビと、大事なとこが見えそで見えない秋吉久美子の肢体なのだった

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しゃべれども しゃべれども

Photo_top出演:国分太一、香里奈、森永悠希、松重豊、八千草薫、伊東四朗

監督:平山秀幸

(2007年・日本・109分)シネマズグランベリーモール

評価★★★/65点

内容:東京の下町。二つ目の落語家・今昔亭三つ葉は、若手のくせして頑なに古典落語に情熱を注ぎ込み、普段から着物を羽織っている珍しいタイプの噺家さんだったが、真打ちになれずに今ひとつ伸び悩んでいた。そんな三つ葉は、ひょんなことから落語を使った話し方教室を始めるハメになってしまう。そこに集まってきたのは、美人だがめちゃくちゃ無愛想な女性・十河五月、関西弁を笑われていじめられている大阪から引っ越してきた転校少年・村林優、コワモテでアガリ症というプロ野球解説者・湯河原太一。集まるたびに言い争いが絶えない彼らだったが・・・。

“人情と温かさが肝心の可笑しみにつながっていかないもどかしさにイマイチはじけず・・・。”

かれこれ15年くらい前、高校生の時に学校で文化芸術鑑賞会というのがあり、春風亭柳昇の落語を生で聞いたことがある。

軽妙でトボケたような語り口に、体育館に集まった全校生徒が爆笑の渦に巻き込まれるほど面白かったことを覚えているのだが、しかし悲しいことに落語で笑ったのはこれ以降一度もない・・・。

そういう意味では、今回この映画を観るにあたっては落語の面白さを再確認したいなという期待感を強くして観たのだけども。

しかし、フタを開けてみたら、映画自体がうだつの上がらない二つ目といった趣だったような・・・。

いや、良作には違いないんだ。でもなんだろ、クソ真面目に実直すぎる語り口が、いや、もうちょっと笑わせてくれよみたいな。。

なんか古典芸能たる落語を扱った映画としては敷居の下げ方を間違えてるような、そんな違和感を抱いちゃったな。

現代の特に若者に共通してみられるディスコミュニケーションの問題を、ことばを操るプロである噺家の落語とリンクさせて描こうという切り口はすごく面白いのだけど、この映画観ると落語である必要があまり感じられないというか・・・。

それこそ同じ香里奈が出てた「深呼吸の必要」のさとうきび畑の収穫作業の方がよっぽどうまく描けてると思う。

特に刺すような鋭い目つきが印象的だった無愛想の塊みたいな十河五月(香里奈)のラストの笑顔に変わっていく過程が、唐突な飛躍で分かりづらかったし説得力に欠けるというか。なんかね・・・。

実直で優しい映画にイチャモンつけるのはあまり本意ではないけど、もうちょっと可笑しみを期待していただけに自分としてはややギャップがあったかな、と。。

国分くんをはじめ役者さんたちも脇役を含めて皆がんばっていて良かったのだけど、例えば三つ葉の一世一代の見せ場である「火焔太鼓」も、国分くん落語がんばっててスゴイなぁ、、、止まりとしか感じられないのが、この映画の限界を如実に示しているのかもしれない。

ただ、佐藤多佳子の原作はものすごく読んでみたい気にはなった。

“ことば”がテーマなだけに彼女自身の言の葉で綴られた作品で、直に感じてこの映画の穴埋めをしたいと思います。

あと、「まんじゅうこわい」「火焔太鼓」を通しで見てみたいな。

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深呼吸の必要(2004年・松竹・123分)NHK-BS

 監督:篠原哲雄

 出演:香里奈、谷原章介、成宮寛貴、金子さやか、久遠さやか、長澤まさみ、大森南朋

 内容:沖縄のとある離島。本土とは比べものにならない陽射しが降り注ぐ2月下旬、さときび畑の収穫期恒例のアルバイト“キビ刈り隊”の募集に集まった5人の若者たち。彼らは農家で寝食を共にして35日間で約7万本のさとうきびを刈り取らなければならない。しかし、全くの初心者である5人は慣れない仕事にもたつくばかり。さらに、キビ刈り隊の常連の男の偉そうな振る舞いに5人は苛立ちを募らせていき・・・。

評価★★★★/80点

「言いたくないことは言わなくてもいい」と言うおじいの家のルールに、映画自体までもが素直なほどに従順なのは玉にキズだが、日頃ため息ばかりが先につく自分にとっては一服の清涼剤になったのも確か。

要するにめちゃくちゃイイ映画なんです

2015年8月14日 (金)

夢のシネマパラダイス129番シアター:日本のいちばん長い日

日本のいちばん長い日

T0019725p3出演:役所広司、本木雅弘、松坂桃李、堤真一、山崎努、蓮佛美沙子、戸田恵梨香、キムラ緑子、松山ケンイチ

監督・脚本:原田眞人

(2015年・松竹・136分)WOWOW

内容:1945年7月。戦局が最悪の一途を辿る中、連合国による日本の無条件降伏を求めるポツダム宣言が発表された。その3か月前に組閣されたばかりの鈴木内閣では連日閣議が開かれるが、降伏か戦争継続かで紛糾したまま8月に入り、広島と長崎に原爆が投下されてしまう。そして8月14日、御前会議で戦争終結という天皇の聖断が下される。しかし、あくまで本土決戦を訴える陸軍の若手将校たちはクーデターを起こすべく決起する・・・。

評価★★★/65点

今から50年前の岡本喜八版が終戦の日の24時間を描いているのに対し、今作は鈴木貫太郎首相就任(昭和20年4月7日)から終戦までの4か月間を描いているのだけど、印象としてはやや間延びしちゃってるかなと。

さらに言えば岡本喜八版がキチガイじみた個性のぶつかり合いが見物の怪優祭りと化していたのに比べると、今回その匂いをまとっていたのは東条英機の中嶋しゅうくらいのもので、あとはかなり律儀かつ真面目でそのおとなしさも薄味たるゆえんか。。

まぁ、昭和天皇を主要な役どころに据えた時点でベクトルが格調に向かうのは致し方ないとはいえるし、あの時代、国家としてのリアリズムを軍機という秘密主義の中に押し込み、軍そのものと国家を神秘的な虚像に覆い隠したその深奥に御座します天皇をあれだけ饒舌なキャラクターとして実体的に描くというのはエポックメイキングなことではあろう。

ただ、これを描くには天皇の戦争責任という刃を突きつけられている覚悟を持たなければならないと思うのだけど、今回の映画は幻想と空想に縁取られた酔狂な思想が幅を利かせる無法国家日本において、あたかも天皇だけが純然たる平和主義者で、そのご聖断によって日本は救われたのだというような言祝ぎと美化に終始する批判精神の無さには、やはり喉に小骨が刺さったような違和感を感じざるをえなかった。

昭和から平成になって約30年、昭和天皇を歴史として咀嚼でき映画で描けるようになったとはいえ、まだ遠慮や難しさといった限界を露呈しているのもたしかで、だとするならばその対峙として8月15日の若手将校による宮城クーデターにもっと焦点を当てて描いてしかるべきだったのではないかと思う。そうすれば何度も叫ばれる国体護持の意味もより鮮明になったのではないか。

あるいは、「私の名によって始められた戦争を、私の本心からの言葉で収拾できるならありがたく思う。」という天皇のお言葉の“私の名によって始められた戦争”について、つまり開戦の経緯とそこでの天皇の開戦の聖断について描かなければならないのかもしれない。

でも、結局最後に1番言いたいのは、戦争は東京の密室で起きてるんじゃないってこと。今の国会議員にも言ってやりたいわw

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終戦のエンペラー

T0016889q出演:マシュー・フォックス、トミー・リー・ジョーンズ、初音映莉子、西田敏行、火野正平、中村雅俊、夏八木勲、桃井かおり、伊武雅刀、片岡孝太郎

監督:ピーター・ウェーバー

(2012年・米/日・107分)WOWOW

内容:1945年8月15日、日本はポツダム宣言を受諾し、第二次世界大戦が終結する。そして8月30日、GHQ最高司令官ダグラス・マッカーサーが厚木飛行場に降り立った。戦後処理に取り掛かったマッカーサーは、知日家のフェラーズ准将に戦争責任が誰にあったかを10日間で調べ上げるよう命じる・・・。

評価★★★/65点

劇中で1000年経っても真実は分からないというセリフが出てくるけど、おそらく1000年経っても日本人自身の手で総括されることはないであろう天皇の戦争責任というタブーに挑んでいる点で必見の価値がある作品ではある。

が、物足りない。

戦勝国という上から目線ではない日本に対する真摯な眼差しは買いたいけど、地雷原を恐る恐る踏みしめていかなければならないような重いテーマを扱うにはあまりにも行き当たりばったりとサクサク進みすぎだし、なにより主人公と日本人女性の取って付けたようなロマンスが邪魔で邪魔で仕方がないw

昭和天皇が戦犯になるかどうかの瀬戸際の歴史サスペンスを補完するまでの強度が恋愛ドラマには全くないため、映画の中に取り入れる必然性がどうしても感じられないのだ。

これはもう2時間半くらいみっちり時間をかけて証言ドラマを軸に描いてほしかったけど、それは日本人自身の手による映画での宿題とすべきかな。。

結局、天皇の戦争責任は免れえるものではないが確たる証拠がないし、アメリカの占領政策にとって天皇を利用することが都合が良いから罪に問わないという玉虫色的な政治判断の帰結になって、なんかモヤモヤしたものが残ったけど、天皇制に依拠するある種封建的な日本の精神文化を非人称的な法の支配に依拠する合理主義的なアメリカの視点でひも解いていく面白さはあっただけに、もうちょっとそこらへん濃密に描いてほしかったなと。

天皇制を維持することは当時の対ソ連、反共産主義の防波堤に日本を置くには必要だったという見方なんかはそうだったのかぁと目が点になったけど、もし天皇が裁かれて戦犯になろうものなら本当に日本は内乱が起こるほどの混乱に陥ったのか想像もつかないことで興味が湧くところだ。

個人的には、例えば開戦にあたって戦争の遂行意志が天皇にあったのかどうかという厳密なところまで追及したときに天皇の戦争責任の有無について明確な答えを出せるのか分からないけど、少なくとも天皇のために命を投げ打ったおびただしい数の尊い犠牲と、国土を灰塵に帰したことに対し、自ら責任をとって退位し、皇位を譲るべきだったと思う。

それが結果責任を負うべき国家元首としてのけじめであり、また日本国としてのけじめではなかったかと。

それがなされていれば、現在のグローバル世界において、福島の原発事故で誰も責任を取らないような矛盾の国であることは許されない中で、もう少し違った日本のかたちが実現していたかもしれない。

いつか日本人の手でこういう映画が作られることを願うばかりだ。

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日本のいちばん長い日

Nihon出演:三船敏郎、山村聰、志村喬、笠智衆、宮口精二、戸浦六宏、高橋悦史、黒沢年男、加藤武、加東大介、天本英世、小林桂樹、加山雄三、松本幸四郎

監督:岡本喜八

(1967年・東宝・157分)NHK-BS

評価★★★★/80点

内容:大宅壮一が終戦当時の政治家、宮内省関係者、元軍人、民間人を取材してまとめたルポルタージュを原作とする、東宝創立35周年記念の戦争超大作。昭和20年8月14日の宮城内地下防空壕の御前会議に始まり、ポツダム宣言受諾をめぐる陸軍省や総理官邸の動き、自刃を覚悟した阿南陸相の心境、玉音放送の準備に大わらわの宮内省とNHK、受諾反対の青年将校の玉音奪還作戦など、玉音放送がなされた翌15日までの24時間を、緊迫感あふれる描写で見せていく。

“黒沢年男のエネルギーで爆弾1個作れそう。。”

あのハイテンションはどう見てもキチガイにしか見えないのだけど、それは戦後70年経った今だから言えるのであって、あの当時はそれが真っ当な青年将校のあるべき姿だったのだろう、、か。いや、バラエティ番組で見る黒沢年男のキャラとたいして変わらないのにもビックリしたんだけど・・・(笑)。

それはともかく祖国を思う純粋な心と信念をあそこまで狂信的に駆り立てたものは何だったのか。

日本人の男子の半分2000万を特攻に出し続ければ必ず勝てます!と言わせしめるまで守り抜こうとしたものとは何だったのか。

祖国、国体護持、神国、天皇、、、すべてが戦後数十年経ってこの国に生まれた自分には現実離れしたものとして映ってしまう。

戦争は始めるのは恐ろしいくらいに簡単だが、やめるのは恐ろしいくらいに難しいというのは、今のアメリカに至るまで連綿として続く常識だが、教科書に載らない歴史の秘話を明かすこの映画を見せられると、このときの日本ほど愚かで無責任な事態はなかったのではないかとさえ思えてくる。

空虚な理念に支配された密室、しかも天皇=神を戴く祭殿の中でその理念は浮世離れしたもののように誇大妄想と化していく。

なによりタチが悪いのは、その理念が全くブレない強固なものであり、それを純粋に真摯に遂行し守ろうとするところにある。

日本教原理主義とでもいうべき宗教的な崇拝の鬼と化した戦争指導者たちの姿は狂気そのもの。

その中で粛々としてあらゆる手続きのもとで進む儀式(日本帝国のお葬式)がまた空しく目に映るわけだが、東京の焼け野原も一般市民の視点も欠如しているこの映画において、密室にこもった戦争指導者の思考停止状態と無知蒙昧ぶりが際立っていく作劇にはかろうじて岡本喜八のシニカルな視点を垣間見ることができる。

とはいえ、題名が出てくるまで20分もかかったこの作品、2時間40分ハイテンションな緊迫感が途切れることなく持続するアツイ映画であったこともたしかで、岡本喜八のテンポ良いリズム感あふれる演出技法が重厚な作品にあっても冴えに冴えわたっている。

そしてなんといってもアクの強い個性派俳優の恐ろしいほどの屹立した存在感のしのぎ合いに目をそらすことができない。

横浜警備隊長役の天本英世や児玉基地飛行団長野中大佐役の伊藤雄之助など、今の役者では到底お目にかかることのできない怪演ぶり。そして壮絶な割腹自殺シーンに息を呑んでしまう阿南陸相・三船敏郎の鬼気迫る力演。

これほど役者というものの力を認識させられる映画もそうはない。

日本の中枢の断末魔しかと見届けたり!

とはいえ、死屍累々たる末端の人々の断末魔に比べればちゃちいものだが。。

でもさ、腹かき切るだけじゃやっぱすぐには死ねないもんなんだねぇ・・。くわばらくわばら。。

2015年5月17日 (日)

夢のシネマパラダイス234番シアター:驚異の新世界/ニュー・ワールド

クラウド アトラス

Poster_2出演:トム・ハンクス、ハル・ベリー、ジム・ブロードベント、ヒューゴ・ウィーヴィング、ジム・スタージェス、ぺ・ドゥナ、スーザン・サランドン、ヒュー・グラント

監督・脚本:ウォシャウスキー姉弟、トム・ティクヴァ

(2012年・アメリカ・172分)WOWOW

内容:1849年、青年ユーイングは奴隷貿易のために航海に出るが・・・。1936年、ユーイングの航海日誌を読む若き作曲家フロビシャーはのちに幻の名曲と呼ばれる「クラウド アトラス」の作曲に挑むが・・・。1973年、原発をめぐる巨大企業の汚職を暴いた女性記者ルイサは命を狙われるが・・・。2012年、殺人事件を起こした作家ホギンズの自伝のベストセラーにより編集者はひと山当てるが・・・。2144年、クローン人間の少女ソンミ451は自我に目覚め、反乱を企てるが・・・。そして文明が崩壊した遥か未来、ある羊飼いの男のもとを一人の女が訪ねて来るが・・・。過去・現在・未来と時代も場所も異なる6つのエピソードを通して人生の深遠を描く。

評価★★☆/50点

物語に触れて共感したり感動したりできるかどうか、その判断のベースとなる上で自分に多大な影響を与えた漫画がある。

少年時代に読み漁っていた手塚治虫の「火の鳥」だ。

人間とは?宇宙とは?生命とは?死とは?といった哲学的なテーマを永遠の生命“火の鳥”を狂言回しに子供ごころにも届くような普遍的なモチーフーSF、ミステリー、アドベンチャー、歴史、戦争、神話etcーを駆使し、およそ物語を形作るあらゆる要素を詰め込んで描いた一大叙事詩である。

その中で、それらの要素をつなげるキーワードとなったのが輪廻転生だった。

その点で今回の映画は火の鳥を連想させるイメージに満ちているのだけど、それを連想してしまったがゆえに逆に今回の物語に物足りなさを覚えてしまったのは不運だったかも・・。

その物足りなさの要因は輪廻転生とセットになるべき因果応報がほとんど意識されて描かれていなかったのと、6つの別時代の物語を同時進行でコラージュしていく構成がややこしくて分かりづらかったのと、それら個々の話がめっぽうツマラなかったことが挙げられる。壮大な時空間を隔てた遠い場所の話が皮膚感覚として伝わってこなかったのは痛かった。。

やっぱりキリスト教世界の人間が仏教的テーゼを扱うのはどこか抜けちゃう部分があるのかなぁと・・。

キャストが人種、性別、容姿、年齢をことごとく変えて1人6役こなしてしまう七変化だけが見所だったかも。特にヒュー・グラントの食人鬼には度肝を抜かれたけどねww

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ニュー・ワールド

Newwor 出演:コリン・ファレル、クオリアンカ・キルヒャー、クリストファー・プラマー、クリスチャン・ベイル、デヴィッド・シューリス

監督・脚本:テレンス・マリック

(2005年・アメリカ・135分)WOWOW

評価★★★/60点

内容:1607年、イギリスを旅立った船が北アメリカのヴァージニア近辺にたどり着いた。船長は、反乱罪に問われていたジョン・スミスを先住民との交渉役に抜擢し、開拓準備にとりかかる。しかし、スミスはたちまち先住民に捕らえられ、王の前で処刑される運びになってしまう。が、王の末娘ポカホンタスの懇願で命を救われたスミスは、彼女と深く愛し合うようになり・・・。

“手をのばせば触れられるような感覚を今回だけは感じることができなかった・・・。”

他のごく普通の映画とは異なる時間の流れを有し、“動”ではなく圧倒的な“静”の中に物語を重ね合わせていくという稀有な感性を持った映画空間を創り出してしまう生ける伝説テレンス・マリック。

他の映画に慣れていると、このテレンス・マリックの作品を流れるたゆたうような時の流れにはいささか面食らってしまい、あるいは退屈だと感じてしまう可能性は大いにある。

しかし、個人的には“静”・自然なるものに包容され愛撫されてしまう“動”・自然ではないもの(人間)の中に感覚が研ぎ澄まされていくような緊張感とともに、ある種の安らぎを感じて見入ってしまっていた。少なくとも今まで監督をつとめた3作品は。

ところが、だ。

今回はダメだった。

あろうことか時が経つにつれて、まさに退屈だと感じてしまったのだ。

それはなぜだったのか・・・。

最も手っ取り早い言い訳として思いつくのは、コリン・ファレルに人物の背景がにじみ出てくるほどの説得力が全く持てなかったということだろうか(笑)。

物語終盤に出てくるクリスチャン・ベイルとの差は如実だったし、そもそものところで、ジョン・スミスとポカホンタスが自然な流れの中で恋に落ちた理由を表現するのに、それを演じる役者に説得力がないというのは致命的だったと思う。

このことは、静と同調し、物語をことさらに追おうとしないテレンス・マリックの眼差しにもつながるのだが、その眼差しは詩的そのもので、それはいつもと同じ。しかし、その眼差しが向かうべき登場人物の心象風景がよく掴めないというか弱くて、柔らかで圧倒的な映像美は素晴らしかっただけに一応この点数にしたけど、映画としてはちょっとキビシイものがあるかな、、と。

アメリカ奥地に残された手つかずの大自然とイギリスの人工的な自然の造形美との対比など、ネイティブと文明への眼差しなんかは十分な見所となりそうなかんじだっただけに惜しい凡作だったといえよう。

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アポカリプト

Apo2_1 出演:ルディ・ヤングブラッド、ダリア・エルナンデス、ジョナサン・ブリューワー、ラオール・トゥルヒロ

監督・脚本:メル・ギブソン

(2006年・アメリカ・138分)2007/06/18・盛岡フォーラム

内容:マヤ文明崩壊前夜の中央アメリカ。ある日、青年ジャガー・パウが暮らしていた平和な村がマヤ帝国の傭兵に襲撃され、捕らえられたパウは妻子を村に置き去りにしたまま中心都市に連行されてしまう。そこで干ばつと疫病を鎮めるための儀式の生贄にされかけたパウの運命やいかに!?

評価★★★☆/70点

ジュラシック・パークの恐竜が出てくるようなジャングルから飛び出てきたのは、たくましい肉体を躍動させるフンドシ一枚姿の狩人だった!!

しかもこの狩人、何をするかと思いきや、泥を全身に塗りたくって黒いジャガーに変身。その名もジャガー・パウとして敵を一網打尽にするその様はまさにアメコミヒーローそのもの!

バットマンもびっくり

、、、ってなんじゃそりゃ。いや、「コマンドー」の素っ裸編として見る方が正しいのかも。。

とにかく、戦争の恐ろしさどころではない人間が原初から持つ野蛮な本質を悪趣味きわまりないラリッた残虐描写で捉えていくのは、それはそれで見応えがある。

、、が、結局何を描きたかったんだ!?というのが正直なところでもあり・・・。

しかし、生贄の儀式って実際あんなんだったんだろうか・・。山積みになった死体の山はまるで「キリング・フィールド」(1984)の虐殺現場そのものだったし。

人間の本質は昔と何ら変わってないってことなのかねぇ。

よぉーし。お次は全編日本語の時代劇を撮っておくんなまし!首も斬り放題、血しぶき飛び散り放題でっせ(笑)。。おいおい・・

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紀元前1万年(2008年・アメリカ・109分)WOWOW

 監督・脚本:ローランド・エメリッヒ

 出演:スティーヴン・ストレイト、カミーラ・ベル、クリフ・カーティス

 内容:人類とマンモスとが共存する紀元前1万年の世界。ヤガル族の若者デレーは、一族の次期リーダーに選ばれ、想いを寄せていたエバレットもゲットし幸せ一杯。が、ある日、彼の村が正体不明の一味の急襲に遭い、エバレットもさらわれてしまう。そこでデレーは仲間たちと一味の跡を追うのだが・・・。

評価★★☆/50点

一言でいえば、同監督の「スターゲイト」(1994)に出てくる星を舞台にした「アポカリプト」(2006)なお話といえばいいだろうか。

どこぞで見たことのあるネタと画ばかりで何の新味もなし・・・。

ま、何事もトンチンカンなエメリッヒだと思えばフツーに許せる範囲だけど、誰しもが想像外の時代であることをいいことに、紀元前1万年という大仰な設定の中でやりたい放題やっちゃって、しかもその結果が最低最悪のご都合主義のオンパレードというのがなんとも哀しいところ。

その中で、ヒロインのカミーラ・ベルが往年の大女優、エリザベス・テーラーにどこか似ているのが見所といえば見所かなぁ・・・。

この壮大なロケーションとお金とCGをピーター・ジャクソンあたりに与えて一本撮らせたらスゴイ映画になると思うんだけどね(笑)。。

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ラスト・オブ・モヒカン(1992年・アメリカ・112分)DVD

 監督:マイケル・マン

 出演:ダニエル・デイ・ルイス、マデリン・ストウ、ジョディ・メイ

 内容:18世紀、独立前夜のアメリカ東部、イギリス軍を率いるマンロー大佐の娘コーラは妹とともに、父に会うため植民地戦争の最前線へと向かっていた。ところが途中で、大佐の軍に妻子を殺されたマグア率いるヒューロン族に襲われ、コーラは命の危機に陥る。それを救ったのは、モヒカン族酋長の2人の息子ウンカスとホークアイだった・・・。サイレント期から何度も映画化されている作品「モヒカン族の最後」のリメイク。

評価★★★★/75点

あの長ったらしいスカート短く切ったらどうなんだい。水分も吸っちゃってますます歩きづらいだろうに・・。

そこが気になった(笑)。。

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