お気に入り

最近のトラックバック

2018年5月 2日 (水)

夢のシネマパラダイス128番シアター:ホロコーストの悲劇

シンドラーのリスト

135740_01出演:リーアム・ニーソン、ベン・キングスレー、レイフ・ファインズ、キャロライン・グッドオール、ジョナサン・サガール

監督:スティーブン・スピルバーグ

(1993年・アメリカ・195分)盛岡フォーラム

評価★★★★★/100点

内容:第二次世界大戦下、1200人のユダヤ人の命をナチス・ドイツの虐殺から救った実在のドイツ人実業家オスカー・シンドラーの生涯を描いたヒューマンドラマ。トーマス・キニーリーが実際にシンドラーに助けられた人々の証言をもとに構成したノンフィクション小説をもとにしている。

“人が撃たれて棒切れのごとく倒れるシーンや、しおれた死体が焼かれるシーンより何よりも絶句してしまったラスト。”

シンドラーに命を救われた人々が、演じた役者たちとともに彼のお墓参りをするラストのエピローグ。

もう言葉にならなかった。

映画といういわば創作の中に実体としての存在が姿を現す。

ホロコーストという事実を伝えていかなければならない、語り継がなければならない、風化させてはいけないというスピルバーグの並々ならぬ強い意志を感じ取ることができる。

広義としての娯楽という枠を超えたこの映画のパワーに敬意を表して★5つにします。本当は序列などこの映画には必要ないし、あまりつけたくもないのだけど、原作、脚色がある以上やはり評価しなければならないかなと考えました。

しっかし、あのゲート所長も実在の人物ってとこが恐ろしいよなあ。架空の創作人物だとばっかり思っていたので。。

でも、1番見ていて言い知れぬ怖さに震えたというか引っかかったのは、ゲート所長の無差別射撃でもなければ赤い服の少女の遺体でもない。それは、貨車に詰め込まれたユダヤ人たちにシンドラーが水をかけてやるシーンで、それを見てヘラヘラ笑っているドイツ軍人たちの姿を見たときだった。

なんとも言い知れぬ嫌悪感と恐怖感に襲われた。

人が簡単に無意味に撃ち殺されるシーンなどは、あまりにも自分の住む現実世界からは程遠い出来事なので、主観の入り込む余裕さえない、いわばあくまでも客観的に距離を置いて見るしかなかったのだが、あのシーンだけは違ったのだ。自分の住む現実の日常にも潜んでいる差別、イジメみたいなものの本質が1番端的に現れていると感じたのだ。なにか自分にも身に覚えがある、、みたいな。

卑劣な行為を繰り返すドイツ軍と自分との間に接点みたいなものを感じてしまい急に恐ろしくなった。もし、あの時代あの場所で自分がドイツ軍人だったら同じことをしてしまうのではないか、と。

シンドラーの言葉が忘れられない。

「ゲート所長も戦争がなければ普通の良い男だ。日常の世界では良い部分しか表に出ない。戦争は人間の最も悪い部分を引き出す・・・。本当のパワーとは人を殺す正当な理由がある時に殺さないことだ。」

そう、それは許すこと。

 ----------------------

サウルの息子

B0138838_14554164

出演:ルーリグ・ゲーザ、モルナール・レヴェンテ、ユルス・レチン、トッド・シャルモン

監督・脚本:ネメシュ・ラースロー

(2015年・ハンガリー・107分)WOWOW

内容:1944年10月、ナチスのアウシュヴィッツ収容所。ここに収容されているユダヤ人のサウルは、ガス室へ送り込まれた同胞の死体処理を務めるユダヤ人特殊部隊“ゾンダーコマンド”のひとりだった。ある日、彼は自分の息子と思われる少年がガス室で虫の息になっているのを発見する。結局軍医に殺されてしまった少年をユダヤ教によって正式に埋葬してもらうために、サウルはナチスの監視の目を盗みながら奔走する・・・。

評価★★★★/80点

ホロコーストを題材にした映画といえば、「シンドラーのリスト」「戦場のピアニスト」「ライフイズビューティフル」「アンネの日記」などがあり、それぞれ違う角度から切り取った作品になっているけど、今作は今までにもまして異なる切り口の見せ方になっていて、映画の持つ奥深さを今更ながらに痛感させられた。

まずもってゾンダーコマンドという存在や役割自体初めて知って驚くばかりで、ナチスの民族絶滅政策の狂気と、人間はここまでおぞましくなれるのかという恐ろしさにただただ言葉を失った。

また、今までにない切り口の見せ方という点では、カメラが主人公サウルの上半身肩越しのクローズアップのみを常に捉えつづけ、彼の周りで繰り広げられる地獄絵図は常にピンボケしているという普通の映画ではタブーといっていい手法に驚かされた。

例えば、一人称のPOV視点であれば周りの状況にこそクリアにピントが合わされるのが常識のはず。しかし今作はその全く逆の手法で表現していて、彼の見聞きしたいものにはピントが合い、したくないものにはピントが合わないというふうになっている。

ただ、ぼやけた背景でも、異様に混ざり合う音と感情のない機械的なサウルの動きと断片的に映り込むモノとして扱われる人々のシルエットから、そこで一体何が起きているのかをかえって鮮明に想像させる画作りになっていて、まさに今まで見たことのない映画体験だった。

映画の教科書にはまず載っていないであろう映像表現に徹した奇抜さを、監督は「鍵穴から覗いているイメージ」で撮ったと語っていてストンと腑に落ちたのと同時に、この作品を感動ものにも英雄ものにもしたくない、ホロコーストはそんなものではないという強い意志を感じられた気がした。

見るよりも感じる映画。

とりあえず心の中で静かに拍手を送りたい。

 ----------------------

杉原千畝 スギハラチウネ(2015年・東宝・139分)WOWOW

 監督:チェリン・グラック

 出演:唐沢寿明、小雪、ボリス・シッツ、ミハウ・ジュラフスキ、塚本高史、濱田岳、小日向文世

 内容:1934年。満州国外交部で働く杉原千畝は、北満鉄道譲渡に関わる日ソ交渉に携わり日本有利に事を進めることに貢献する。その後、外務省のモスクワ大使館への赴任が決まるが、先の活躍に神経を尖らせるソ連から入国を拒否されてしまう。結局1939年、彼はリトアニアの日本領事館に赴任する。そんな中、第二次世界大戦が勃発、ナチスの迫害を逃れた多くのユダヤ人が領事館に押し寄せてくるが・・・。

評価★★★/65点

上司から君の推測はいつも正しいと評価される良識と先見の明を兼ね備えたスーパー外交官・杉原千畝。

その感性は、今を生きる現代日本人と何ら変わりがなく、イケイケどんどんで暴走していく当時の日本人とは真反対のヒューマニスト・善人観には逆にある種の違和感を覚えなくもない。

それは「太平洋戦争を回避しようとした外交官の物語」とわざわざ強調する冒頭のテロップを見た時から感じていたことだったけど、歴史を知っている現代人の美化のバイアスがかかった筆加減はやはり気になるところで、しかもそれが演出の掘り下げをかなり平板なものにしているので、どこか薄っぺらく見えてしまうところもあり・・。

外交官・杉原千畝のインテリジェンスは世界情勢を間近に見る最前線に立つ者だからこそ得られるものなのかもしれないけど、人間・杉原千畝の思いや内面といったものがイマイチ伝わってこず、言い方は悪いけど全体的に退屈な映画だった。

本家本元の「シンドラーのリスト」と比べるのは酷とはいえ、もうちょっと焦点をしぼって描いてもよかった気がする。

 ----------------------

ヒトラーの贋札

Nise_2 出演:カール・マルコヴィクス、アウグスト・ディール、デーヴィト・シュトリーゾフ

監督・脚本:ステファン・ルツォヴィツキー

(2007年・独/オーストリア・96分)WOWOW

内容:第二次世界大戦の最中、ナチスは米英の経済崩壊を狙うため贋ポンド札を製造するベルンハルト作戦を計画。世界的贋作師サリーや印刷技師ブルガーなどザクセンハウゼン強制収用所にはユダヤ系専門家たち数十人が集められた。収容所内で破格の待遇を受け、贋ポンド作りに従事するサリーたちだったが、自分の延命と引替えに同胞を苦しめるナチスに荷担するジレンマに次第に葛藤と苦悩を深めていく・・・。

評価★★★★/75点

贋札というと、真っ先に「ルパン3世カリオストロの城」に出てくるゴート札を思い出しちゃうんだけど、実際に国家ぐるみの贋札製造作戦があったなんて初めて知ったな。

と同時に、戦争ってのは手段を選ばない何でもありのものなんだなということも実感。

その最たるものがホロコーストなわけだけど、命の灯を簡単に握りつぶされてしまうような苛酷な状況の中で、その殺戮者たちの悪事に手を貸さなければならないなんて・・・。しかもその悪事が成功すれば、ますますもって家族や同胞を苦しめることにつながってしまう。が、逆に失敗すれば、即ガス室送り・・・。

自分の命と正義感を天秤にかけられるという究極の選択、その苦悩と葛藤の中で描き出される生への執着と一縷の信念。

こんなことを言ってはあれだけど、一級の娯楽作として申し分ない要素を兼ね備えた作品に仕上がっていたと思う。

まるで収容所というよりは刑務所を舞台にしたスリリングな犯罪劇でも見ているようなかんじで、ホロコーストを扱った今までの作品群とは趣を異にする視点だったけど、薄っぺらい壁一枚隔てた向こう側に横たわる累々たる死がホロコーストの恐怖をいやが上にも実感させて緊張感は途切れることがない。

また、主人公サリーの人物像も、転んでもただでは起きないような狡猾でズル賢いキャラクターで、そういう視点でも面白い作品だったと思う。

ホロコーストについて毎度のごとく考えさせられるとともに、究極の人間ドラマとスリリングなサスペンスの娯楽作としても楽しめてしまうトンでも映画。

それが「ヒトラーの贋札」なのです。。

 ----------------------

夜と霧(1955年・フランス・32分)NHK-BS

 監督:アラン・レネ

 内容:ポーランドのアウシュビッツ強制収容所に関する短編記録映画。第二次大戦中のナチスによる残虐行為の数々を、カラーでとらえた廃墟のアウシュビッツと、モノクロの当時の再現場面とのモンタージュ構成によって描き出す。

評価:点数付けたくありません。。

見る前の30分。「おおし、これ見たらプレステやっぞー!」

見ている30分。胃がキリキリと痛む悪夢。

見た後の30分。・・・・・・・・・。

しかし、1時間後にはゲームという仮想世界に逃げ込んでしまうのだった・・。

ただ、自分にできること。この映画を見た記憶を忘れない。この映画を忘れない。

2018年1月 2日 (火)

夢のシネマパラダイス139番シアター:スター・ウォーズエピソード3/シスの復讐

321602view003 出演:ユアン・マクレガー、ナタリー・ポートマン、ヘイデン・クリステンセン、サミュエル・L・ジャクソン、イアン・マクディアミッド

監督・脚本:ジョージ・ルーカス

(2005年・アメリカ・141分)2005/07/21・盛岡フォーラム

評価★★★★★/90点

内容:アナキン・スカイウォーカーがダース・ベイダーとなる過程など、すべての謎が明らかにされるSWサーガのシリーズ最終作。共和国と分離主義者の戦いは、全銀河に拡大。拉致されたパルパティーン最高議長を、オビ・ワンとアナキンが救出するが、アナキンはジェダイに反旗を翻し・・・。

“終わりではなく、始まりなんだ!!”

タトゥイーンで水平線に沈んでいく双子の夕日を見つめるラーズ夫妻、その手にはしっかりと抱きしめられたルークが。

このラストを見て、スターウォーズサーガが完結したという感慨よりも、サーガが遂に幕を開けたという感慨の方がひときわ強かった。

においが全くしないこの映画の中で唯一においが立ち込める異質なシーンがこのラストシーン。

そう、30年前の「スター・ウォーズ」のにおいだ。

オビ・ワンのジェダイのマントからでさえもこの時ばかりはプンプン匂ったねアレック・ギネスのにおいが。

このラストシーンにはそれまでの余計なツッコミを入れる気をなくさせるくらい本当のフォースがあったし、このシーンだけでこの映画ひいては旧シリーズと新シリーズの間に絶大なバランスをもたらした。

それにより無理矢理の★5つに、させられました。

まあ自分の場合、エピソード1のときはジェダイ聖堂に堂々と入っていけるほどの善の人だったのだけど、エピソード2においてシスの暗黒卿ダース・ジョージ・ルーカスの強引な手法によりデジタルテクノロジーというダークサイドに引き寄せられて落ちてしまった・・。

そしてついに今作でわたくしダース・レアル・マドリディスタは完全に操り人形と化したのだったw

ダース・ルーカスの繰り出す技の数々にきわめて従順なイエスマンと成り果てあとはなすがまま。いや、それどころではない。上映20分くらい前から劇場で鳴り響き始めたジョン・ウィリアムスの音楽にすでに気分は高揚。

そして“遠い遠い昔、、、”とともに幕を開けたオープニングのテロップの一行目の最初の文字「WAR!(戦争だ!)」、この3文字+ビックリマーク!を見た瞬間にマグマ噴出、心の中でもの凄い雄たけびを上げていた、、、ウォーーーッ!

完全にこの映画の虜となってしまった自分。

なんという変わりようだ。エピソード1をこきにこき下ろしていた自分が、まさか喝采するまでに至るとは。。

どうやらアナキンと同じ道を歩んでしまったらしい。

しかし、ラストで大いに救われた。昔の善き心を取り戻すことができたのだから。そうでなければおそらく旧シリーズと新シリーズを自分の中で分断させたままにしてしまうところだった。

でもエピソード2もそうだったけど、相も変わらずヘイデン・クリステンセンには脱帽。あの目の力よ。

よーし、もし子供が出来たら絶対旧シリーズから見せてやるぞ。

それがダークサイドに落ちた自分のせめてもの罪滅ぼしだ。

Posted at 2005/07/22

夢のシネマパラダイス138番シアター:スター・ウォーズエピソード2/クローンの攻撃

Star20wars20_02 出演:へイデン・クリステンセン、ナタリー・ポートマン、ユアン・マクレガー、サミュエル・L・ジャクソン、クリストファー・リー

監督・脚本:ジョージ・ルーカス

(2002年・アメリカ・142分)2002/07/31・MOVIX仙台

評価★★★★/80点

内容:前作から10年後。銀河共和国はまたもや混沌の中に陥ろうとしていた。これまで謎のベールに包まれていた“クローン戦争”勃発の真相が明かされる。シリーズで初めてロマンスが描かれたことも話題に。

“ズタボロにこき下ろしたエピソード1は点数なし。しかし、今回は、負けた。”

たいして期待していなかったのが功を奏したのか、いやそれにしたって正直驚いたぞ、この出来には。

ジャー・ジャー・ビンクスが後ろに引っ込むだけでこんなにも違うものなのか(笑)!

というのもエピソード1に関して自分はデジタルテクノロジーというダークサイドに完全に落ちてしまったと書いたわけだけど、その象徴的な存在がジャー・ジャー・ビンクスだと感じていて。なにしろ生身のダース・モールよりも出番が多いというのは個人的には到底受け入れがたいものがあったわけで。

それが今回はちゃんと人間を描いているではないか!

こう言い切っちゃうと他の骨太な人間ドラマを扱った映画たちに失礼なのだけど、あくまで一連のSWシリーズの中でのレベルの話ですので

さらにちゃんと描いているといえるのは、アナキン・スカイウォーカー=へイデン・クリステンセンただ1人のみについてですので

しかもちゃんと描いているといえる根拠は、彼の表情と眼差しのみに拠っているだけですので。。そしてそれはルーカスのご指導の賜物によるものなのか甚だ疑問符が付くので、、その点はあしからずww

だって、怒りや憎しみ、はたまた恋愛感情といったものをストーリーに織り込めば自ずと薄っぺらでも人間を描くことにはなるわなぁ(笑)。つまり分かりやすく言えば内面を描くということだよね。

SWに関していえば、ジェダイがもともとそういう感情を持ってはいけない設定になっているので、人間のキャラクターに対する描きこみというのは非常に表面的で深みがないものだった。まあ強いていえば、非常に人間臭いハン・ソロがそういう部分を背負い込んでいたとも言えるけど。

ともかく今作では人間を描くことに不可欠なファクターがルーカスから提供された。そしてそれをヘイデン・クリステンセンは論理的に巧くというよりも直感的な閃きみたいなもので演じきっていると感じたのです。

母親を殺した犯人を皆殺しにしたときに「奴らが憎い!しかし皆殺しにしてしまった自分が恥ずかしい・・・」とオビ・ワンに言うときの表情や、アミダラを見るときの表情、特に全般を通してヤツの“目”なんだけども、演技力というよりかはもっと独善的でギラギラしたヘイデン・クリステンセン自身の自己主張が滲み出てしまっていると感じた。

ふむふむ、こりゃダークサイドに落ちるな、と(笑)。

でもこれって実は重要。

エピソード3でダークサイドに落ちることが分かっているキャラを演じることの難しさ。

なんてったって観客の心理ベースはすでにエピソード3を見据えたところにあるわけだから、エピソード2で立ち止まっていなければならない演者にとっては酷というものです。

アナキンがダークサイドに落ちるであろうエピソード3の前段階、伏線にあたる今作でそれを匂わせる片鱗を垣間見せた。まあシナリオに織り込みずみで、当然といえば当然なわけだけど、がしかししっかりと地に足をつけながら、しかも自分主体でその片鱗を見せたというところに自分は非常に好印象を抱いた。おそらくルーカスにそこまでの演技指導力はないだろうから・・・

ちょっとベタ褒めしすぎちゃったかな。でも巷でのヘイデン・クリステンセンの評価が意外に低いなあと思ったものだから。。

さて、エピソード1の拙レビューにも書いたけど、新3部作を評価するにあたっての個人的な評価基準は、ルーカス自身によって旧3部作で作り上げられたSWの作品世界の枠、殻をどれくらい打ち破れるかにあると考えていて。

その中で、エピソード1に関しては、評価することすら躊躇してしまう出来だと個人的には思ったので、評価無しにした。

そしてエピソード1を見るにつけ、その枠、殻を打ち破るのは到底不可能なのではないかと思うに至ったわけで。だからエピソード2もまあ無理だろうなと決め込んでかかったのが、蓋を開けてみたら、ムムッ、これは・・・。

殻をブチ破る!!とまではいかないまでもそういう匂いはプンプンこの映画から感じ取れた。今までのSWとは明らかに何かが違う。

エピソード1が完全なダークサイドに落ちるきっかけとなったルーカスのデジタル技術志向は、弱まるどころかますます強まり、もうダークサイドさえ突き抜けちゃったかんじ。正直、ルーカスのあふれんばかりの創造力に自分は屈してしまった・・・。兵器やメカもほとんど一新されてるし。

あ゛ー、、ついに自分もダークサイドに落ちてしまった~。

そして前述したヘイデン・クリステンセンの自分主体の演技によるアナキンをはじめとして、オビ・ワン、マスター・ヨーダ、3POetc..SWキャラ総動員で見せ場もたっぷり。しかもダース・ベイダーのテーマ曲のオマケつき。

オイオイ、このままじゃ溢れちゃう溢れちゃうってと普通はなるところを非常に速い展開と画面構成で消化させていく。今までのSWでは考えられなかったことでしょ。やけに疾走シーンが多かったのもこのこととは無関係ではないだろう。

マスター・ヨーダが四面楚歌状態のアナキンたちを助けに来るシーンの俯瞰ショット、戦闘シーンでのカメラのブレや急激な寄り(これはあまりにもベタで笑ったが)、草原&湖(まさかSWで見るとは思わなかった)、唸るライトセーバー、ジョン・ウィリアムスの音楽。

とにかくなんだか分からないけど、作り手のこいつらはこいつらでテンション高くなってるゾと感じた次第です。

こいつらに付き合ってやりますか、エピソード3まで。と気持ちを新たにしたのだった。

Posted at 2002/08/03

夢のシネマパラダイス137番シアター:スター・ウォーズエピソード1/ファントム・メナス

85110view011 出演:リーアム・ニーソン、ユアン・マクレガー、ナタリー・ポートマン、ジェイク・ロイド、サミュエル・L・ジャクソン

監督・脚本:ジョージ・ルーカス

(1999年・アメリカ・133分)1999/08/09・仙台第1東宝

評価・点数なし(計測不能)

内容:昔むかし、はるか、はるか彼方の銀河系で、、、惑星ナブーが通商連合軍のドロイド部隊によって突如侵略を受ける。ナブーの指導者アミダラ姫は、ジェダイの騎士クワイ=ガン・ジンと弟子のオビ=ワンに救出され、惑星タトゥイーンに逃げ延びる。そしてそこでクワイ=ガンは、底知れぬ理力を秘めた少年アナキン・スカイウォーカーと出会う。

“デジタルテクノロジーというダークサイドに完全に落ちてしまったこの映画に、アナキンがいかにしてダークサイドに落ちていくかなど語る資格はない。”

というか語ってもらいたくなかった。どうせ薄っぺらくなっちゃうのが目に見えてるんだから、と思っていたら、、おっと、それはつづくエピソード2、3のレビューで。

さておき映画に限らず人間が創造してつくってきた芸術作品、あるいはそんなものじゃなくても例えばチームの戦術組織と選手個々の連動のバランスの上に成り立っている自分の大好きなサッカーでもいい。

それらを見て、その作品や試合から役者たちも含めた作り手側の匂いとか想い、あるいは選手の勝ちたいというがむしゃらな意識、そういう“魂”を感じ取れた時にはじめて見る側は、自分の魂と共鳴してうわー凄い映画だとか、もの凄い試合だとか思ったり感動したりすることができるわけで。

ここで誤解のないように言えば、そういう魂は自分の魂と別に共鳴しなくてもいいわけ。あっ、これは自分とは合わない映画だなとか、これははっきりいって嫌い!とか自分の中で評価できるわけじゃん。

そして虚構ではないサッカーの試合は言うに及ばず、普通大多数の映画はそういう魂を持ってるものなんだよね。その魂が強いとか弱いとか好きとか嫌いとかいう違いはあれ。

具体的にいえば、それは監督独特のアクの強さだとか色であり(例えばポール・ヴァーホーベンだとかジャン・ピエール・ジュネだとか)、演じる役者の個性とか意志であり(「七人の侍」の三船敏郎とか「インサイダー」のラッセル・クロウだとか)、オレたちゃこういう映画を意地でも世に送り出したいんだという作り手総意の想い(「スター・ウォーズ」とか「地獄の黙示録」とか)etc..であるわけで。

つまりもっとつっこんでサッカーでいうならば、戦術という制約、枠にとらわれて動いている選手が点を取る!勝つ!という強烈な意志の下に、その制約の殻を打ち破って自分主体で動き出すこと。そして1人でもそういう魂をこめたプレーをし出すと、チーム全体にそれがドミノのように波及していき、チームが活性化するばかりか見ている観客にも及んで伝わってくる。

映画も全く同じでしょ。ていうか映画の方がはるかに制約は多いよね。

時間、資金、テーマ、、その中で監督、役者をはじめとする作り手が何とか自分主体で作り上げていくもの。それが映画だと思うし、そう思いたい。

しかるに、この映画にはそんなもん微塵のかけらも感じられないわけですよ。。皆無。

要するに魂のない抜け殻を見てるようなもの。だから評価のしようもないわけ。

★1つにもなれば★3つくらいにもなるかなと思ったけど、それらの点数付けた他の映画たちに悪いので点数なし!にします。

別にスター・ウォーズシリーズが大っ嫌いというわけではないのでその点はあしからず。現に1977年作の「スター・ウォーズ」は大好きだし。

さっきも作り手総意の想いが強烈に伝わってくる映画に「スター・ウォーズ」を挙げたように、ホントに凄い強烈な魂が込められてるよね。誰が見たってそれは感じられるはず。

では、なぜあれから20数年経って作られたエピソード1がこんななれの果てにまで成り下がっちゃったのか。

まずこの映画を作るにあたっての制約とか枠って何かなと考えると、お金でもなければ時間でもない。。

それはルーカス自身によって作り上げられたスター・ウォーズの作品世界そのものなのではないかなと。

旧スター・ウォーズ3部作(エピソード4~6)が作られてから約20年の間にスター・ウォーズという世界は、ルーカスの手を離れまさにビッグバンのごとく膨張を続けたわけで、その制約、枠があまりにも広く大きくなりすぎちゃったのではないだろうか。

つまり、スター・ウォーズの作品世界という制約の枠、殻を打ち破るのは当のルーカスでさえも不可能な状態になってしまった!?その枠、殻の輪郭の表面をなぞるので精一杯だったのでは。。

だから一見すると抜け殻に見えてしまうのも無理からぬことなのかもしれない。

となるとこのスター・ウォーズの作品世界という制約の枠、殻を打ち破るのはもう最新デジタル技術しかないとルーカスが考えたとしても不思議ではないんだよね。

が、しかし、それは全く何の効力もないばかりか完全な“ダークサイド”だったわけです。。

だってCGのジャー・ジャー・ビンクス>生身のダース・モールという救いようのない致命的欠陥をはじめとしてもうホントどうしようもないもん、これ。

まあエピソード1を作ったからにはエピソード3まで作らなきゃならないからね(笑)。

といっても今回の作品についてルーカスはあれはあれで大満足してるというのが事実なのかも・・・。

Posted at 1999/08/12の原文を一部加筆して掲載

夢のシネマパラダイス136番シアター:旧スターウォーズ3部作

スターウォーズ 新たなる希望

050823sta 出演:マーク・ハミル、ハリソン・フォード、キャリー・フィッシャー、アレック・ギネス

監督・脚本:ジョージ・ルーカス

(1977年・米・121分)1997/06/04・仙台セントラル劇場*(観賞作は「スターウォーズ特別編」)

評価★★★★/80点

内容:昔むかし、はるか、はるか彼方の銀河系で、、、銀河全域に独裁体制を敷く銀河帝国の打倒を目指すレイア姫は帝国軍に捕らえられ、親衛隊長ダース・ベイダーの拷問を受ける。脱出カプセルで逃げ出していたC-3POとR2-D2の2体のロボットは、小惑星タトゥイーンでダース・ベイダーに父を殺された若者ルークと出会い、元共和国の老騎士オビ・ワン・ケノービとともにレイア姫の救出に向かう。ケノービはさらに密輸船長のハン・ソロを仲間に引き入れる。“スター・ウォーズ”サーガの記念すべき第1作。

“製作費14億円。それから22年後10倍の製作費を投じて作られたエピソード1。いかに初代スター・ウォーズがスゴイかが分かるってもんだ。”

製作費10倍かけて何か変わったか?C-3POの歩く速度が変わらないのと同じようなレベルだと思うんだけど、ってちょっとしたイヤミw

個人的にはお金も時間も無い中で創意工夫でやり繰りしていかなければならなかった状況、そこから滲み出てくる手作り感覚というのがスゴイ好きで。CGで作られた高級感あふれる質の良い宇宙船よりも、味のあるファルコン号の方が好きなのだ。だってホント見るからにボロいもんあのファルコン号。

でもそこが良いんだよね。

帝国軍の兵士のダラダラした走り方、崖から落ちてくる岩石のいかにも軽そうな質感、R2-D2のぎこちない進み方、、全然高級じゃないしはっきり言ってB級だけど、なんか制作現場の匂いがすごく感じられるんです。そういうところが好きなんだよね。

そしてそのような点も全て含めて好きになれる、映画にすんなり入っていける要因というのは、オープニングの延々と続くテロップとその直後の長~い宇宙船、これに尽きると思う。

どちらも画面下から出てきて画面上にスクロールしていくかんじで伸びていくわけだけど、壮大な奥行きを出すうまい演出方法。デビッド・リーン監督の「アラビアのロレンス」なんかの影響は多分にあると思うんだけど、とにかくこの冒頭だけでスケールは超ド級だということが分かる。

そういう壮大な世界観が最初にバーンと提示されているからこそ全体を通して見れる映画だと思うな。

正直薄っぺらな中身からすると(笑)、この冒頭というのははったりを利かせたやり方だなとは思うのだけど、作り手側の上手さと創意工夫を感じるんだよね。

あとは音響。

映画全体が冒頭のスケール感に引っ張られているとすれば、その中身を側面から支えているのは音響ではないかなと。映像だけでは絶対支えきれなかったと思うし、それだけだったら完全に低級に陥っていただろう。

ライトセーバーの音、ダース・ベイダーの呼吸音、チューバッカの声、R2-D2の声(?)などなどどれも独特なもの。一見普通に聞いてるけど、けっこう実はすごい効果だと思うんだよね。

そういう様々な創意工夫を活かして出来上がった映画が“スター・ウォーズ”という作品なんだと思う。そしてそれが見ているこちら側にダイレクトに伝わってくる。

悲しいことに最近はそういう映画が少なすぎる。この映画がとかく伝説的作品などというキャッチフレーズで呼ばれるのもなんだか腹が立って(笑)。

まぁ、後の映画に与えた影響は大きいし、自分が生まれる前の映画だけども・・。でもそんなことは関係ない。映画技術の進歩はスター・ウォーズ以降飛躍的な進歩を遂げたことは違いない。しかし、その反面、製作費の高騰、必然性のないCG技術の濫用などで逆に沈没しちゃってる映画が多すぎる。

スター・ウォーズが作られた時代がもう既に古き良き時代になってしまったことが悲しい。。

ま、当のジョージ・ルーカスがその先頭に立っているのは皮肉なことではあるけれどね・・・

Posted at 1997/06/06

 ------------------------

スター・ウォーズ 帝国の逆襲

 監督:アーヴィン・カーシュナー

 出演:マーク・ハミル、ハリソン・フォード、キャリー・フィッシャー、アレック・ギネス

(1980年・米・124分)1997/07/28・仙台第1東宝(観賞作は「スターウォーズ帝国の逆襲/特別編」)

 評価★★★☆/70点

 内容:レイア姫がリーダーシップをとる反乱軍は、氷の惑星ホスを基地にするが、そこへダース・ベイダーが帝国軍を率いて逆襲を開始。反乱軍の勇者ルークは湿地帯の惑星ダゴバへ向かい、老師ヨーダのもとで修練を積む。一方、劣勢を強いられたレイア姫らは、味方のハン・ソロの親友が総督を務める雲の惑星べスピンへ向かうのだが・・・。

“帝国軍の提督にだけはなりたくないもんだ。。”

 ------------------------

スター・ウォーズ ジェダイの帰還

050825jed 出演:マーク・ハミル、ハリソン・フォード、キャリー・フィッシャー、ビリー・ディー・ウィリアムズ、アレック・ギネス、フランク・オズ

監督:リチャード・マーカンド

(1983年・米・133分)1997/07/29・セントラル劇場(観賞作は「スターウォーズジェダイの帰還/特別編」)

評価★★★★/75点

内容:前作のラストで冷凍化されたハン・ソロを救出するため、ルークたちは惑星タトゥイーンへ行くが、そこに待ち受けるはジャバ・ザ・ハットと巨大なアリ地獄!なんとか脱出に成功したルークは、惑星ダゴバへ向かいヨーダと再会する。しかしそこでヨーダは衝撃の事実を告げ、息を引き取るのだった・・・。

“恐るべし!レイア姫。”

何と言えばいいのか言葉に詰まってしまうビキニ姿で鎖に繋がれている画も異様だったが、ジャバ・ザ・ハットを絞め殺すわ機関銃撃ちまくるわ、鬼気迫るご活躍!

さすがルークの妹だけはある。フォースをしっかり受け継いでいたわけですね。

って引くっちゅうねん、あの形相

しかし、昔見た時はあまり気にならなかったけど、ヨーダってあっけなく死ぬねんな。

続編が作られていくごとに“感動”という二文字がどんどん急速に欠落していくのも、浅く広~く描くこのシリーズでは致し方ないのか。

そして文字通り地に落ちたともいうべきエピソード1。が、しかし、エピソード2、エピソード3と急激な上昇曲線を描いていくことなどこの時まだ知るよしもなかった。つづく・・・

2017年12月31日 (日)

夢のシネマパラダイス268番シアター:ノンストップ・クライムムービー

グラスホッパー

O0618096013503087649出演:生田斗真、浅野忠信、山田涼介、麻生久美子、波瑠、菜々緒、村上淳、宇崎竜童、吉岡秀隆、石橋蓮司

監督:瀧本智行

(2015年・松竹・119分)WOWOW

内容:ハロウィンの夜。渋谷のスクランブル交差点に暴走車が突っ込み、中学教師・鈴木の婚約者も犠牲になる。が、“本当の犯人は別にいる”という謎のメモを受け取ったことから鈴木は復讐を決意。メモに導かれ裏社会の黒幕・寺原親子の経営する会社に入社するが、そこには様々な殺し屋たちが跋扈する一線を超えた世界が待っていた・・・。

評価★★★/60点

伊坂幸太郎原作ってことだけを前情報にして見たんだけど、伊坂原作の映画で初めてハズレかも・・・。

ヤク中の暴走車に婚約者をひき殺された虫も殺せないようなしがない中学教師鈴木のもとに「真犯人は別にいる」という手紙が舞い落ちてくるところから始まる今作。

なので主人公が犯人探しに奔走していくのかと思いきや、犯人の親子はすでに分かっていて、その懐に潜り込んでいる状態。じゃあ、復讐をしかけていくのかと思いきや、殺し屋の手にかかりジュニアがあっさり退場。じゃあ、残る真の黒幕親父の方はと思いきや、ジュニア殺しを依頼したのは鈴木という密告から鈴木の方が終われるハメに。じゃあ、そこから決死の逃走劇が幕を開けるのかと思いきや、ナイフ使いの殺し屋・蝉vsターゲットを自殺に追い込む殺し屋・鯨の対決に転回していく。そして気付いたら鈴木の他に誰もいなくなっていた、、

と、次はこうなるだろうなという自分の中にある定型フォーマットをことごとく外していく作劇は先が読めない魅力はあったものの、じゃあそれって面白かったかと聞かれると、つかみどころのない雑さばかりが気になってはっきり言ってツマラなかった(笑)。ていうか、見終わって結局これってどういう映画だったんだ!?と思わせた時点でアウトだよね。。

伊坂原作の十八番ともいえる伏線回収や、なるほどと唸らされるトリッキーな話のオチの付け方も今回は単なる辻褄合わせにしか感じられなかったし、ちょっと説明的すぎてイマイチだった。

典型的巻き込まれサスペンスと見せかけて当の巻き込まれた本人は蚊帳の外という変則パターンに結局ついて行けなかったと・・。

やっぱ伊坂原作は中村義洋&濱田岳コンビに尽きるなww

 ----------------------

ナッチ

B00024z5mw_09_lzzzzzzz 出演:ブラッド・ピット、ウィリアム・べック、アンディ・べックウィズ、オーエン・ブレムナー

監督・脚本:ガイ・リッチー

(2000年・アメリカ・103分)スカラ座

評価★★★★/75点

内容:ロンドンの裏社会で非合法ボクシングのプロモーターとして生きてきたターキッシュとトミー。84カラットのダイヤの紛失事件をきっかけに、彼らは悪夢の1週間を体験することになる・・・。暗黒街の住人どもと1匹の犬が繰り広げるノンストップ・クライム・ムービー。

“イギリスの堤幸彦と呼んでもよろしいでしょうか、ガイ様”

「ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」(長っげぇよ!)である程度の免疫ができていたので、難なくこの映画の世界に入っていくことはできた。

ていうかロック、ストック&△×□~♪○とほとんど同じ構成だし。登場人物の多さまで・・・。少なくとも13人の人物と犬1匹が入り乱れ飛ぶんだからなぁ。。でもロック、ストッキングトッタノバレタよりはそれぞれのキャラがしっかり立っててつかみやすかったと思う。

そういう意味ではやっぱこの監督スゴイと思う。100分ちょいでこれだけの登場人物をそつなく動かしてテンポよくストーリーを収めてしまうのだから。

でも、ちょっと立ち止まって考える。

もしかしてこの監督、キャラが10人以上いないとダメなんじゃなかろうか・・・。常に3,4人画面に写って埋めてないと落ち着かないんじゃないか!?ピンで撮るのが不安で不安で仕方ないんじゃないか!?もしかして画をもたせるのに自信がない!?だからパッパッと流しちゃうのかい?

今のところはスタイリッシュな映像感覚ともてはやされてるけど。

ま、化けの皮がはがれないように祈りながら注目していきたいと思います。

Posted at 2001/03/21

 ----------------------

ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ(1998年・イギリス・108分)DVD

 監督・脚本:ガイ・リッチー

 出演:ジェイソン・フレミング、デクスター・フレッチャー、ニック・モーラン

 内容:ロンドンの下町。いかさまポーカーでギャングにカモられた不良少年たちが思いついた犯罪計画。そこに麻薬密売組織、強盗団、コソ泥、取立て屋、故買商、マリファナ栽培業者などが入り乱れて事態は思わぬ方向へ・・・。ガイ・リッチー監督デビュー作。

評価★★★/65点

“見事に顔と名前が一致しねえ!!”

 ----------------------

ラッキーナンバー7

Seven 出演:ジョシュ・ハートネット、ブルース・ウィリス、ルーシー・リュー、モーガン・フリーマン、ベン・キングスレー、スタンリー・トゥッチ

監督:ポール・マクギガン

(2006年・アメリカ・111分)WOWOW

内容:仕事をクビになり、恋人を寝取られ、家も失った不運続きの青年スレヴンは、友人ニックを頼ってNYにやって来たが、ニックは不在。しかし、ひょんなことから隣人の女性リンジーと出会い、意気投合した2人はニックの行方を捜し始める。が、そんな矢先スレヴンは、彼をニックと思い込んだマフィアの手先によって拉致され、ボスの前に引き出されてしまう・・・。

評価★★★/65点

原題のラッキーナンバー“スレヴン”を“7”に変えた邦題の付け方はシャレててよろしいと思うんだけど、それにしたって途中から先がミエミエで読めちゃうのは、このテの映画ではどうなんだろう。いまいちノレなかったな・・・。

まず、グッドキャスト(B・ウィリス)が語る20年前の話で、八百長競馬の賭けに負けた男の一家が惨殺されるシーン。

そこで、子供の頭に銃が向けられて、ドカンと母親が銃殺されるシーンに切り換わって暗に子供も撃たれて死んだふうにとれるようになってるけど、ハリウッド映画で子供が殺されるというのはかなりタブーな領域なので、この時点で子供は生きとるなとは薄々分かるねんか。

んで、20年後、ジョシュ・ハートネット登場!子役と似てるんだわ、これがまた(笑)。

この時点でパンチ力半減、あとはどうパズルをうまくハメ込んでいくのか、どううまくチェックメイトをかけていくのかというところが見所だったんだけど、、、上手い、実に上手いの。しかし、その上手さというのは、単なる後付けのうまさであって、ひねりの利いたギミックの上手さではないんだよなぁ。

だから、どうしても一本調子な感が否めず、やられたっ!という快感につながってこないんだわ・・。

差し手が弱くて単調、この映画はその一言に尽きる。

怪しい長髪のブルース・ウィリスの役柄も「隣のヒットマン」などで見飽きたし・・。

ただ、その中でジョシュ・ハートネットは映画をひとりで引っ張っていけるだけのなかなかの存在感が出てきたなぁとは感じられたし、なによりルーシー・リューがこれだけキレイに撮れてるのはめっけもん。

ていうか、今回のジョシュ・ハートネット、ブラピに似てない(笑)?

しかしまぁ、これだけの豪華俳優陣を揃えておきながら、なんかもったいないなぁというかんじだね。

2016年8月28日 (日)

夢のシネマパラダイス23番シアター:ジュラシック・パーク

Pa_jyura 出演:サム・ニ-ル、ローラ・ダ-ン、ジェフ・ゴールドブラム、リチャード・アッテンボロー、サミュエル・L・ジャクソン

監督:スティーヴン・スピルバーグ

(1993年・アメリカ・126分)盛岡ピカデリー

評価★★★★/80点

内容:コスタリカ沖の孤島に建設されたテーマパーク「ジュラシック・パーク」。そこでは、化石化した琥珀に入っていた蚊から恐竜の血のDNAを抽出することに成功し、そこから作り出されたクローン恐竜が闊歩し放し飼いにされている驚異のテーマパークだった。ところが、コンピューターのトラブルから制御不能になったテーマパークは文字通り肉食恐竜の棲む驚異のジャングルへと変貌を遂げるのだった・・・。

“スピルバーグは結局ハモンドなのだ、と思った。そして彼はキートンをこよなく愛するらしい”

様々な映画へのオマージュが散りばめられている中で、「キートンの船長」へのオマージュといえる場面が少なくとも2ヶ所はあった。

それがどうしたと言われれば別にどうでもないことなのだが、スピルバーグはやはりサイレントの連続活劇をはじめとする古典映画が純粋に好きなのだ、とつくづく思う。

そして敬意を表して拝借するのだ。最新のSFXと結びついて。

しかもそのやり方、見せ方が心憎いほどに巧い。

やはりこの監督、顧客第一主義で撮らせたら右に出る者はいない。「ジョーズ」で既に実証済みではあるが、この作品でも緻密な計算に基づいて作られていることがよく分かる。

オープニングでラプトルの檻に引きずり込まれる男、しかもラプトルを映さない。「ET」も最初はそうだっけか。

とにかく一気に映画の中に引きずり込ませておいて、あとは徐々に徐々に小出しにして引っ張っていくわけだ。

オープニング後の発掘現場でも太った子供に対してグラントがラプトルの獰猛、狡猾性をホラーを語るかのように教える場面が出てきて、後々こういうシーンが出てくるのか?と思わせる。

島に着いてもアッと驚く草食恐竜を見せるが、餌の牛は見せても檻の中のラプトルは依然として見せない。しかし、相当な喰いっぷりからなんか凄そう、、と思ってしまう。

太古の恐竜が現代によみがえるシステムを見せる施設もテーマパーク的感覚で見せてくれ、この時点で完全にジュラシック・パークの世界に入り込んでいる自分。

そうしてようやっと上映1時間後にコップの水が揺れる衝撃振動とともにTレックス登場!

むむむっ、やはりスピルバーグという男、決して数学者マルカムタイプではないね。

ハモンドその人じゃん、と思ってしまうのだ。マルカムの警鐘なんて見てる自分には関係ないのさ、とすぐに頭の隅に追いやられてしまう。

観客の心を手玉に取るように掴んでしまう上手さ、特に構成の上手さはホント心憎い。

でも、忘れてはならないのはSFXの力なくしてこの映画は成り立たなかった、ということだろう。

これに気をよくして次々にCGをふんだんに使った映画が量産されている現在。

「ジュラシック・パーク」を見たジョージ・ルーカスがスターウォーズの新たなシリーズ(エピソード1)では最新SFXを大量投下してやる!と鼻息荒く意気込んだそうだが、あんまり使いすぎてもねぇ・・・。最凶キャラのジャージャービンクスとか(笑)。

マルカムの言葉を借りれば、“CGIの力は、いまだかつてスクリーン上に存在した中で最も恐るべき力だ!なのにアンタ等はそれを父親の拳銃を見つけた子供みたいに振り回している。”といったところか。

最近のハリウッド映画を見るとどうしてもそう思っちゃうな。

P.S. 

 DNA操作でコントロールされ、コンピュータで完全管理されている生態系。

 その存在そのものが実は生命の本来にはそぐわない。

 どんなにみじめな生命であっても生命はそれ自体の力によって生きていく。

 この星では生命はそれ自体が奇蹟なのだ。

 世界の再建を計画した者たちがあの行動をすべて予定していたというのか。

 それ自体が生命への最大の侮蔑と気づかずに・・・・・

                    -「風の谷のナウシカ」第7巻より参照-

 -----------------------

ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク

Image3110 出演:ジェフ・ゴールドブラム、ジュリアン・ムーア、ピート・ポスルスウェイト、リチャード・アッテンボロー、ヴィンス・ヴォーン

監督:スティーブン・スピルバーグ

(1997年・アメリカ・129分)仙台第1東宝

評価★★★/65点

内容:前作の惨事から4年、イアンはジュラシック・パークの創始者ハモンドから、イスナ・ソルナ島に遺伝子工場が置かれており、人知れず恐竜たちが生き延びて繁殖しているという事実を聞かされる。イアンは恋人の古生物学者サラとともに島の調査に向かう・・・。

“初めて東京ドームに行った時の感覚と同じものを感じた。”

小学生の頃、東京ドームでやってる野球をテレビ観戦するたびになんてスケールのでかい球場なんだろうと25インチのテレビ画面を通していつも感じていた。

中学の時初めて訪れるまでテレビ画面から伝わってくるその感覚は全く変わらなかった。

が、しかし、初めて行ったときに感じたのは、、小っちぇーー&狭ーーい。野球場ってこんなに小っちゃかったっけ。テレビで見てイメージしてたのとは全然違うなぁと。

、、と同じことをこの映画でも感じてしまった。町に出たTレックスを見て・・・。

それまではスクリーンの中で所狭しと暴れまくり咆えまくっていた恐竜どもが生き生きと映り、それがスケールのでかさにもつながっていたのに。

サンディエゴの町という現実に直面するやいなや、いきなりショボくなってしまった感覚。いや、あれはもうお笑いの域に達しちゃってるよね。

冒頭、島に着いたときに誰かがまだ見ていない恐竜のことを「でっかいトカゲだろう。」と言うシーンがあって、イアンがその言葉をあざ笑うかのように、「君たちは全然分かってない」と言うけど。

でもさ、町を徘徊するTレックスは間違いなく「でっかいトカゲ」だった。

まぁそんなこといっても、かくいう自分こそ都会の町でTレックスが暴れたらさぞかしスゴイんだろうなと想像してしまったクチなのだけど・・・。

 -----------------------

ジュラシック・パーク3(2001年・アメリカ・93分)MOVIX仙台

 監督:ジョー・ジョンストン

 出演:サム・ニール、ウィリアム・H・メーシー、ティア・レオーニ、アレッサンドロ・ニヴォラ、トレヴァー・モーガン

 内容:恐竜発掘資金を調達するために、アラン博士は実業家夫妻に依頼を受け、イスナ・ソルナ島の上空をガイドする。しかし、そこはインジェン社が恐竜たちを蘇らせた“サイトB”と呼ばれる島だった!今回から翼竜が初登場。

評価★★★★/75点

登場人物のアホ度(少年は除く)にはほとほと頭が下がるが、無駄な描写を省いてイイとこ取りに特化した点は買う。

 -----------------------

ジュラシック・ワールド

Cd61mabvaaasaa7出演:クリス・プラット、ブライス・ダラス・ハワード、ヴィンセント・ドノフリオ、タイ・シンプキンス、ニック・ロビンソン

監督:コリン・トレヴォロウ

(2015年・アメリカ・125分)盛岡フォーラム

内容:ジュラシック・パークでの惨劇から20年。新たな経営者と最新システムの下、同じコスタリカ沖の孤島にジュラシック・ワールドとして生まれ変わった恐竜テーマ・パークは、1日2万人が訪れる盛況を見せていた。そんなある日、パーク全体を監督するクレアの甥っ子2人が来園するが・・・。

評価★★★★/80点

「ジュラシック・パーク」で驚異のCG技術が映画史を変える瞬間を目撃し、「ロスト・ワールド」で商魂たくましいハリウッドのズッコケスペクタクルに落胆し、「ジュラシック・パークⅢ」の頃にはスケールダウンした怪獣映画がひっそりと公開しているくらいにしか思わなくなっていた・・・。そしてあれから14年。

3作目の印象しかない中での公開とあって最初は興味薄だったのだけど、まさかの世界的特大ヒットを受けてミーハー映画通の自分は俄然見る気満々になり、3Dメガネ持参で映画館へ駆け込んだ(笑)。

で、作りとしては1作目を下地として、2作目の密林、3作目の翼竜とそれぞれのエッセンスを取り入れた過去3作のリブートといっていいかんじになっているのだけど、生きた恐竜を目の当たりにする驚きと感動、自分もあのテーマパークに行ってみたいと思えるドキドキワクワクに包まれた時点で満足度はかなり高かったし、なにより映画は見るものから体験するものへ変わったことを実感させるには十分の出来栄えだったと思う。

特に体験するという意味では恐竜の生身のリアリティが半端なくて、例えばパドックに収容され口枷を装着されたラプトルの顔をなでるシーンがあるんだけど、そのクローズアップされたラプトルのうごめく皮膚感や鼻息、息づかい、まばたきに至るまでどこをとっても本物の恐竜にしか見えなくて、映画の求心力を一段と高めていたと思う。

その点では、ラプトルみたいな小型恐竜をあと1、2種出してほしかったけど、それは次作に期待かなw!?

でも今から22年前の「ジュラシック・パーク」のフォーマットが今でも通用するというのは、かの作品がいかに偉大かってことだよね。スピルバーグには小難しい映画はいいから子供から大人まで楽しめるような活劇に回帰してほしい。

2016年7月29日 (金)

夢のシネマパラダイス272番シアター:砂の惑星

ジュピター

Poster4_2出演:チャニング・テイタム、ミラ・クニス、ショーン・ビーン、エディ・レッドメイン、ダグラス・ブース、ぺ・ドゥナ

監督・脚本:ラナ&アンディ・ウォシャウスキー

(2015年・アメリカ・127分)WOWOW

内容:近未来。ロシアから密入国し、NYで細々と暮らしている女性ジュピター。ある日エイリアンに突如襲われるが、猿との交配によって驚異的な身体能力を持つ謎の傭兵ケインに救われる。ケインは、人類は宇宙を支配するある王族によって作られたものであり、ジュピターはその王族の末裔だと告げるのだった。そして、彼女は人類存亡をもかけた王族内の王位継承権争いに巻き込まれていく…。

評価★★☆/50点

マトリックス的世界観の幻影を垣間見せるディストピア&侵略SF、壮大な宇宙を舞台とするスペースオペラ、行きて帰りし物語という定型ファンタジーの三要素を融合した意欲作、、と言いたいところだけど、そのどれもが陳腐化してしまっていて1+1+1=3ではなく、0.5+0.2+0.3=1にしかなっていない凡作だったというオチ(笑)。

レトロなスチームパンク感を醸し出すテリー・ギリアム系と奇形的な美的センスを醸し出すデヴィッド・リンチ系のB級スパイスもほんのりまぶしているんだけど、とっ散らかって味がもう分かんねーよみたいな・・・。

しかも、大風呂敷広げるとみせかけて、話のメインストリームは骨肉の遺産相続争いって、裁判所行けーww

空中をスケートリンクのように滑空する反重力ブーツとか、大都会シカゴ上空でのドッグファイトなど映像的な見せ場はあっただけに、ストーリーとキャラクターをたらい回しにするのではなく、この作品ならではのオンリーワンな新機軸を創造してもらいたかった。

ウォシャウスキーでこの出来は、、正直評価に値しない。。

 ----------------------

ジョン・カーター

O0600080311920262916 出演:テイラー・キッチュ、リン・コリンズ、サマンサ・モートン、マーク・ストロング、トーマス・ヘイデン・チャーチ、ウィレム・デフォー

監督:アンドリュー・スタントン

(2012年・アメリカ・133分)WOWOW

内容:1881年、NYで大富豪ジョン・カーターが謎の失踪を遂げ、甥のエドガー・ライス・バローズに一冊の日記が託される。そこには、想像を絶する彼の冒険譚が記されていた。なんと彼は不思議な現象によって、未知なる惑星バルスームへ降り立ったというのだ・・・。

評価★★☆/50点

巷での酷評の嵐を知った上で観たためか最後までスラスラと見れてしまった。

が、面白くないことに変わりはない(笑)。

西部開拓時代の騎兵隊員がバルスーム(火星)へ転送され、そこでの種族間争いに巻き込まれていく英雄譚はカタチとしては悪くない。

しかしながら、バルスームの覇権をめぐるゾダンガ、ヘリウム、サーク族の三つ巴の戦いに全く血湧き肉踊らないことがこの映画をめっぽうツマラないものにしている。

例えば二大勢力ゾダンガとヘリウムの対立に第3勢力である戦闘民族サーク族がどういうふうに関わっているのかとか、この覇権争いの裏で糸を引いているマタイ・シャンのやってることが暇つぶしにしか見えないとか根本的なとこの描写が浅いし、さらにそこにサーク族内の闘争も絡んでくるため、支離滅裂な展開もはなはだしく、複雑な対立構図の中になかなか入り込んでいくことができない。

しかも、キャラクター描写がさらに輪をかけて浅すぎて、敵味方ともに魅力ゼロなので引き込まれないし、サーク族の見分けがつきづらいのもイタイ。。なんかアンガールズ田中のカニ真似にしか見えないんだよね(笑)。

あと、火星の重力が地球より軽いので、主人公がジャンプ力や腕力など超人的能力を獲得するという設定は面白いのだけど、映像にすると漫画チックで軽すぎて見栄えが悪いのもマイナス要素。

飛翔と落下にとって重力がいかに重要なのか逆に分かった気がした。

ただ、この作品の原作って1911年に書かれてるらしくて、100年前ってことを考えるとすごいイマジネーションだなぁと感心してしまう。

スターウォーズや砂の惑星、アバターの元ネタだと思えばこれはやっぱり見ておかなければならない映画なのかもしれない。

 ----------------------

不思議惑星キン・ザ・ザ(1986年・ソ連・134分)Video

 監督:ゲオルギー・ダネリヤ

 出演:スタニスラス・リュブシン、ユーリー・ヤコヴレフ、エヴゲーニー・レオノフ

 内容:妻に頼まれてマカロニを買いに街へ出た建築技師のマシコフに、怪しげなことを言っている変なオッサンがいると学生ゲデバンが助けを求めてくる。浮浪者のような身なりのそのオッサンは、自分は異星人で、自分の星に帰りたいと話す。そんな話など信じられるわけがないマシコフは、男が持っていた空間移動装置のボタンを押してしまい・・と、次の瞬間、マシコフとゲデバンは砂漠のド真ん中に。もちろんここはロシアのカラコルム砂漠かどこかだろうと思って歩いていると、何やらクー!クー!と鳴く男が現れ・・・。旧ソ連で公開当時1570万人を動員したという幻のカルトムービーここに見参!

評価★★★/65点

“「キュー」と「クー」の聞き分けに関して自分の右に出る者はいないと豪語できる!って日常使わないのが玉に瑕・・・。”

レンタル屋のSFコーナーにひっそりと隠れるように、しかもパッケージが何とも古めかしい佇まいで、1本だけ異質な雰囲気を醸し出しているビデオがあった。

手に取ってみると、ソビエトSFファンタジー大全集第1弾と書いてあるではないか。

なんじゃそりゃ。ソ、ソビエト!?ていうか第1弾てことは第2弾もあるのかよ。見あたらねえよみたいな。

しかしソビエトという響きだけでもいまや忘却の彼方だというのに、SFファンタジー?大全集?って、、、とにかくなんだか異質な触れてはならないようなものに触れてしまったような気がして、しかもそれが無性に気になる。

「リング」で主人公がロッジのカウンターの棚に無造作に置かれていた裸のビデオテープに引きつけられてしまったように。

そして、怖いものみたさに、、、借りた。

そして・・・

肩肘張って臨んだ自分がキュー、キュー、キュ~~(大バカ)だった・・・。

この映画のキュ~~度にはそんじょそこらの代物など到底及ばない。

楽々とバカの壁を飛び越え、不条理だと感じることさえすでにキューーだ。それくらいキュ~~なのだ。この映画。。。

これは観た者にしか分からない。自分はこんなキュ~~な映画を観たことがない。

恐るべしソビエト。

まさか第2弾もキューーなのか。。

いやぁ、とにかく参った参った。オープニングのテーマ曲と画面を見たときは、おっ、未来少年コナンかと思っちゃったけど・・・。

ちなみにこの年ハリウッドでは、「トップガン」「エイリアン2」「スタートレック4」などが公開されている。

ものすごい落差だ・・・。

 -----------------------

砂の惑星

00000468714l 出演:カイル・マクラクラン、フランチェスカ・アニス、ショーン・ヤング、スティング

監督・脚本:デイヴィッド・リンチ

(1984年・アメリカ・137分)

評価★★★☆/70点

内容:西暦10091年、人類は宇宙へ進出し、絶大な勢力を誇る皇帝シャダム4世は救世主の出現を危惧していた。予言によれば、救世主は皇帝のいとこアトレイデス公爵の息子ポールだった。皇帝は公爵に砂の惑星アラキスを与える陰で、彼の宿敵ハルコネン男爵と手を組んで公爵を襲い、公爵を自害に追い込む。生き逃れた母とポールは、アラキスの原住民である戦闘集団フレーメン一族のもとに潜伏。そして成長したポールは一族を率いて父の復讐とアラキスの奪回を目指す。。

“デイヴィッド・リンチ原産本格スパイス入りエキスをSFに数滴ポッタポッタと垂らしただけで、一度見たら忘れられない強烈な映像世界に変貌を遂げる。”

それほど強力な香料ですので、悪夢を見た場合は即刻使用を中止して下さい。

そのまま使用を続けると赤ん坊の泣き声が聴こえてくるといった幻聴や、シュークリームの中に切り取られた人間の耳を見つけてしまうといった幻覚に悩まされます。

狂気と神秘の世界のはざまで酔いしれたい方はそのままご使用下さって結構です。どうなっても知りませんが・・・。

 -----------------------

銀河ヒッチハイク・ガイド(2005年・米/英・109分)WOWOW

 監督:ガース・ジェニングス

 出演:マーティン・フリーマン、サム・ロックウェル、モス・デフ、ズーイー・デシャネル、ビル・ナイ、ジョン・マルコヴィッチ

 内容:自宅がバイパス建設で立ち退きを迫られている可哀想な英国人アーサー・デント。が、ある日突然、上空に無数の宇宙船が出現。ななんんと太陽系を通る銀河バイパス建設で地球が爆破されることになったのだ。そしてあっけなく地球は消滅・・。しかし、実は異星人だった親友フォードに助けられたアーサーは、銀河系最大のベストセラー“銀河ヒッチハイク・ガイド”を手にパジャマ姿で宇宙を旅するハメになった・・・。

評価★★★/65点

“わっけ分かんねーー!!!”

映画の中に出てくるセリフ、、、、

「皆は神が創造主と信じていたが、ジャトラヴァーティド人だけは宇宙はクシャミをしたアークルシージャーの鼻から出てきたと信じていた。白いハンカチの襲来と呼ばれるものを恐れる彼らは小さな青い生き物で、腕が1人50本あり、車輪が発明される以前に消臭スプレーを発明した唯一の種族だ。」

って、、わっけ分かんねーーー!!!(^д^)ハァ?

脈絡のない小ネタの数々と、どんどん脱線していくプロットに途中からストーリー追うのをやめかけたけど、一応起承転結を踏んでいるのでますますもってとっつきにくくなっちゃってる。疲れる映画です。。。CGの使い方は巧いけど。

原作は銀河ヒッチハイク・ガイドシリーズとして5巻出ているらしいけど、う~ん、、後ずさりしちゃうな。

まぁ「不思議惑星キン・ザ・ザ」と並ぶ脱力SF映画なのかもしれないけど、もし続編が製作されるようなことがあったらお勉強してみようかな。

2016年1月24日 (日)

夢のシネマパラダイス303番シアター:猿の惑星

猿の惑星

T02200314_0336048012557580982 出演:チャールトン・へストン、キム・ハンター、モーリス・エヴァンス、リンダ・ハリソン、ロディ・マクドウォール

監督:フランクリン・J・シャフナー

(1968年・アメリカ・113分)1999/04/06・シネヴィヴァン

評価★★★★★/100点

内容:ケープ・ケネディから打ち上げられた宇宙船は、1年6ヵ月後に不思議なくらい地球によく似た惑星に不時着した。船から脱出した飛行士のテイラーたちは、高度な文化を持って発達した猿が、原始人のような姿の人間を支配している光景に愕然となる。猿のジーラ博士はテイラーの知能指数が高いことに驚き、次第に彼の味方になっていく。

“この映画をつくったのがキリスト教圏の人々であったことにまずは驚く。”

バチカンがつい最近まで人間はサルから進化したのだというダーウィンの進化論を認めていなかったことは有名な話(1996年だったかに認めたらしいが)で、この映画が公開された1968年ならなおさら異端だったはず。

いやもしかして今でも敬虔なキリスト教信者は認めていないかも。だってアメリカでは進化論を教えていない学校がまだ多いらしいし。

学生時代にアパートで一人暮らしをしていた頃によくキリスト教関係の宗教の勧誘が来て小冊子を置いていったことがあるんだけど、中身を見ると本当に進化論は正しいの?とか、サルから人間へ進化する過程でミッシングリングがあるということはご存知でしょうかとか、こんなにある進化論の矛盾だとかいかにもな記事が目白押しだったのを覚えている。

へぇ~まだこんなことクソ真面目にやってるんだと逆に感心しちゃいましたが。

さて、それ以上に感心してしまったのが、この映画。

なんてったって人間は下等な動物サルから進化したというならまだしも、サルが下等な動物ニンゲンから進化したのだという凄まじい社会を作り上げてしまったのだから。キリスト教もブッ飛びですな。

しかもコーネリアスが唱えている人間からサルへの進化説が完全にサル社会の中で異端となっているところがまた面白い。ザイアスは愚かな進化論だと一蹴してるわけっしょ。

しかもこのサル社会には神がいて、聖書があって、異端尋問まである。

ここに人間の文明社会への痛烈な皮肉と風刺が縁取られるわけで。

だって今までの人間の歴史は、宗教の名のもとに魔女狩りや虐殺、そして戦争まで平気でやってきているわけだから。ていうか今も相変わらずやってるんだよね・・・。

しかも宗教の対立となると、どちらも一歩も引かないから。やってる本人たちは真剣そのもの。どっちかが滅びるまで殺り合うしかないのか・・・。

そんなこと何年、何十年、いや何千年もやってきてホントにあんたら天国に行けるのかいとツッコミ入れたいけど、ラストのテイラーの台詞、、、人間なんかみんな地獄に落ちるがいい!という言葉が痛烈というよりも虚しく響いて聞こえてくるのがなんとも悲しい。

このセリフの直後にパッと画面が変わって静寂なエンドロールが流れるからなおさら。。

この映画が内在している人間の文明社会への皮肉と風刺を宗教に絞って書いてしまったけど、それはもちろん宗教だけに限ったことではない。

例えばどことも知らない惑星、まぁ地球だったわけで、に不時着したテイラーたちが宇宙船を後にする時に、小さい星条旗をそこに掲げていくシーンがあって意味ありげにその星条旗がクローズアップされるんだけど、それもまたラストの自由の女神像で強烈な皮肉となってしまう。

ザイアスに言わせれば、人間とはあらゆるものに戦いを挑む好戦的な生き物である。その代表ともいうべきアメリカ。

しかもアメリカってどこかしこに星条旗をこれ見よがしに掲げるのが好きだから。

あのラストはそんな人間自身への強烈なアッパーカットでもあったわけだ。

 ----------------------

続・猿の惑星(1970年・アメリカ・96分)NHK-BS

 監督:テッド・ポスト

 出演:ジェームズ・フランシスカス、キム・ハンター、モーリス・エヴァンス、リンダ・ハリソン

 内容:前作の主人公テイラーの後を追ってやって来たもう一人の宇宙飛行士ブレントは、西暦3955年の猿の支配する惑星・地球にたどり着いてしまう。そして禁断地帯と呼ばれる地下で埋没したニューヨークの街を発見するが、そこには放射能の影響によってミュータントと化した人類がコバルト爆弾を神と崇め、地上復活を企んでいた。しかし、そこへ猿軍団が侵攻、猿族vs人間の最終戦争の火蓋が切って落とされようとしていた!

評価★★/40点

映画の作り手までもがサルなみになってしまった・・・。

地底人たちの異形以上に醜い姿が想像されて仕方ない。

 ----------------------

PLANET OF THE APES/猿の惑星

Pa 出演:マーク・ウォルバーグ、ティム・ロス、ヘレナ・ボナム・カーター

監督:ティム・バートン

(2001年・アメリカ・120分)MOVIX仙台

評価★★/40点

内容:近未来、宇宙を探検する人類の忠実な手足となって働くのは、遺伝子操作により知能を強化されたチンパンジーやゴリラなどの類人猿たち。しかし、宇宙飛行士レオが遭難した星では、猿が巨大な都市を築き、人間が周辺の森の中でひっそりと生活を送っていた・・・。鬼才ティム・バートンによるリメイク作。

“サルと人間という「種」の違いではなく、白人、黒人、猿人といった単なる「人種」の違いになっちゃってることにまったくもって興ざめ。。”

人間がちゃんと言語を話す能力を有していて(=文化を持てる)、言葉も通じちゃうわけだから、要は力があるかどうか、特に殺傷力のある武器を持っているかどうかに全てが集約されちゃう。

だから映画の展開もいやでもそこに向かって突き進んでいくしかないわけで・・・。

それゆえ例えば、ペットとして飼われているらしい人間の少女が檻の中に入れられているシーンなどはもはやお笑いにしか見えないというか見れないわけ。

そう、お笑いというスタンスでしかこの映画は見られない。。

例えば「ライトスタッフ」で、宇宙飛行士の代わりに、実験用のモルモットに過ぎないサルを乗せてロケットを飛ばすというプロットをそのまま借用してくるところなんかは、ブラックな皮肉も効いてて笑えるのだけど、はっきりいってこの映画、それ以外にサル(猿人)を出してくる必要も意味も全くない。

人間のみでいいわけでしょ。

どうせなら白人、黒人、黄色人種(イエローモンキーっつうくらいだからさ)でやった方がより面白いんちゃう?

その方がブラックな笑い満載でいいと思うんだけど。ねえ。

 ----------------------

猿の惑星:創世記(ジェネシス)

Img_954561_35640057_0 出演:ジェームズ・フランコ、フリーダ・ピント、ジョン・リスゴー、ブライアン・コックス、トム・フェルトン、アンディ・サーキス

監督:ルパート・ワイアット

(2011年・アメリカ・106分)WOWOW

内容:サンフランシスコにある製薬会社でアルツハイマー治療の研究をしているウィル。動物実験でチンパンジーに開発中の新薬を投与したところ、チンパンジーの知能が驚異的に発達したことを確認するが、思わぬアクシデントからそのチンパンジーは射殺されてしまう。ウィルは、そのチンパンジーが産んだばかりの赤ん坊を秘かに引き取り、シーザーと名付けて育てることにするが、シーザーは母親からの遺伝により驚異的な知能を有していた・・・。

評価★★★☆/70点

不純物をいっさい含まない娯楽映画だ。

スタートからゴールまで寄り道をせず最短距離を脱兎のごとく駆け抜ける。

その爽快感たるや、これは王道娯楽映画ですよ!と割り切ったつくりになっているのだけど、しっかりオリジナル猿の惑星とリンクしたシーンもチョチョイと入れていて心憎い。

しかし、ゴールに着いてふと後ろを振り返ったとき、そこにカタルシスがあったかというとちょっと怪しくなってくる。

虐げられた奴隷が絶対権力に反旗を翻すというプロットはキューブリックの「スパルタカス」的だけど、歯向かう相手が保護施設の飼育員で魔法を使えないドラコ・マルフォイってのがスケールの小ささを如実に示していて(笑)、ちょっとパンチ力に欠けるかなと。。

なんか終わってみればSF大作というより、こじんまりとした品の良いパニック映画を見せられたかんじ・・。

 ----------------------

猿の惑星:新世紀(ライジング)

__2出演:アンディ・サーキス、ジェイソン・クラーク、ゲイリー・オールドマン、ケリー・ラッセル、トビー・ケベル

監督:マット・リーヴス

(2014年・アメリカ・131分)盛岡フォーラム

内容:シーザーが自由を求めて立ち上がり、人類への反乱を起こしてから10年。シーザーをリーダーとする猿たちは高度な知性をさらに進化させ、森の奥にコミュニティを築いて暮らしていた。一方人類は、ウイルスの災禍により90%が死滅し、わずかに生き残った者は、荒れ果てた都市の一角で身を潜めるように暮らしていた。しかしそんな中、人間側が電力を得るために山中のダムの水力発電を利用しようと技術者たちを向かわせるが、そこは猿たちのテリトリーだった・・・。

評価★★★★/80点

1968年のオリジナル作の原作者ピエール・ブールは、第二次大戦時に日本軍の捕虜となった苛酷な体験をもとに「戦場にかける橋」とこの「猿の惑星」を書いたことは有名な話。

映画では猿=日本人という露骨なニュアンスはほとんどないものの、人間社会への痛烈な風刺や社会批評を捉え、現実世界の合わせ鏡としての働きをもつSF映画の本領を強烈に発揮した作品となった。

その点でみると、今回のプリクエル2作目は、オリジナルの性格を最もしっかりと受け継いだ作品になっていたと思う。

つまるところそれは人間とエイプの争いを通して、戦争はどのようにして始まるのかということをシニカルな寓話として描き出した点にある。

お互い共存できると思っていたはずなのに、ほんの些細なことから肥大化していく恐怖、不安、疑念、憎しみ。それらが強力な軍事力と結びついた時、やられる前にやらなければならないという先制攻撃主戦論が幅を利かせてついには暴発してしまう。

そんな戦争原理に現代の資源獲得競争や領土問題、民族問題、文明と文明の対立といったメタファーを込め、現実の人間社会の業をうまく描き出していたと思う。

モーション・キャプチャーやフェイシャル・アニメーション技術などの最新技術が生み出した猿の表現力も驚異的で、映画のクオリティを二段くらい押し上げていたし、十二分に見応えのある作品になっていた。

あるテレビ番組で人間は放置していたら戦争する生き物なのだとどこぞの脳科学者が言っていたけど、文明を生み出す知恵をなんとか戦争しない方に使わなければならないのに、歴史を繰り返してしまうのが人間の業なんだよね・・・。

さあ、この後どうやって自由の女神が海岸に打ち捨てられる惨状につながっていくのか楽しみでならない。

2016年1月17日 (日)

夢のシネマパラダイス313番シアター:舞妓はレディ

舞妓はレディ

Poster3出演:上白石萌音、長谷川博己、富司純子、田畑智子、草刈民代、渡辺えり、竹中直人、高嶋政宏、濱田岳、岸部一徳、妻夫木聡、津川雅彦

監督・脚本:周防正行

(2014年・東宝・135分)WOWOW

内容:京都の歴史ある花街・下八軒の老舗お茶屋にある日、16歳の春子が舞妓になりたいと訪ねてきた。しかし、鹿児島生まれで青森育ちの彼女は薩摩弁と津軽弁丸出しで、女将さんから最初は門前払いを受ける。が、そこに偶然居合わせた言語学の教授が春子に興味を持ち、舞妓になれるかどうかで呉服屋の社長と賭けをすることになった。そのおかげで、なんとか仕込み(見習い)として置いてもらえることになった春子は、先輩舞妓から芸や立ち居振る舞い、そして教授から京ことばを教わり修行の日々を送っていく・・・。

評価★★★/60点

昭和30年代の集団就職で上野駅に降り立った地方の田舎少女にしか見えないオープニングと、可憐で凛とした舞妓はんにしか見えないラストとではまるで別人のような主人公(上白石萌音)の変貌ぶりは、成長の証を写し撮ったものといえるのだけど、不思議とそれを感じられなかったのはなぜだろう・・・。

と考えると、話の基本設定はオードリー・ヘプバーンの「マイ・フェア・レディ」を完コピしてるんだけど、それに照らし合わせてみれば、やはり主人公のキャラが弱いかなと。

要は、えっ!?この子ホントに舞妓になれるの!?無理だろーwと思わせるミッションインポッシブル感がなかったということ。地元でブーブー言わせてた田舎のヤンキー娘だったらまだしも、津軽の純粋培養娘じゃあやっぱり弱いんだよなぁ。。

あと行き着くところは、なぜにミュージカル!?ってところ(笑)。

ミュージカル仕立ての映画は嫌いではないけど、これは自分の中ではかなり合わなかった

北野武の「座頭市」みたいに、ラストで全員で舞妓はレディ音頭を歌い踊って締めという形にした方が良かったと思う。

花街の文化に対するノウハウやトリビアといった新味にも乏しく、全体的に中途半端な映画だった。

 ----------------------

シコふんじゃった(1991年・東宝・103分)DVD

 監督・脚本:周防正行

 出演:本木雅弘、清水美砂、柄本明、竹中直人、田口浩正

 内容:何でも要領よくすり抜けてきた大学4年生の秋平は、卒業するのに必要な単位をもらうために、教授が監督を務める相撲部に入部しなければならなくなってしまう。しかし、肝心の相撲部は、部員が大学8年生!!の青木ただ1人という有り様だった・・・。

評価★★★★★/100点

こちらの隙をうかがって思わぬところから笑いのツボをおさえた攻撃をしかけてくる。

まさに立ち合いからバランスを崩されまくりで心地よく押し切られてしまう快作!

 ----------------------

ファンシイダンス(1989年・日本・101分)NHK-BS

 監督・脚本:周防正行

 出演:本木雅弘、鈴木保奈美、大沢健、彦摩呂、田口浩正、近田和正、竹中直人

 内容:塩野陽平は東京の大学生だが、実家の寺を継がなければならない宿命を背負っていた。それで住職の資格を得ようと1年間の禅寺修行のため弟の郁生と田舎の山奥の明軽寺に入ることになる。しかし安易な気持ちで構えていた彼を待っていたのは、先輩僧侶のシゴキや苛酷な修行の数々だった・・・。

評価★★★☆/70点

全体的に演出、演技ともにぎこちなさは残るものの、このわずか2年後の「シコふんじゃった」で完成形を迎える周防コメディの原型を見られるという点で見応えがあるし、しかもそれがすでに十分面白いのだから恐れ入る。

その型とは、一般には縁遠い業界をネタに、トリビア的な要素を絡めながらそこに飛び込んでいった素人人間の悪戦苦闘と人間模様をコミカルに描き出すものだけど、今作と「シコふんじゃった」、そして「Shall we ダンス?」までの3作はこのフォーマットを踏襲していて、娯楽性として見事にそれがハマっている。

まぁ、でもこの映画で1番ウケたのは、バブル時代のケバケバしい空気が存分に映し出されていたことだね。

鈴木保奈美の付けてるイヤリングがまるでインカ帝国で発掘された耳飾りみたいで笑えたww

 ----------------------

Shall we ダンス?

Shallwe83_839383x出演:役所広司、草刈民代、竹中直人、渡辺えり子、草村礼子、柄本明、徳井優

監督・脚本:周防正行

(1996年・東宝・136分)

評価★★★★/85点

内容:まじめなだけが取り柄でこれといった趣味もない平凡なサラリーマンの杉山は、ある日電車の中でダンス教室の窓辺に物憂げに佇む1人の女性を見かけ、その姿に目を奪われてしまう。数日後、彼女のことが忘れられない杉山はそのダンス教室を訪れて、生まれて初めて社交ダンスを習い始める。はじめは不純な動機で始めた社交ダンス。しかし、次第に彼はダンスそのものに純粋にのめり込んでいくようになり・・・。

“だからといってダンスをしたいとは思わない。”

やっぱこの映画は「フル・モンティ」であって、決して「リトル・ダンサー」ではない。

世間のしがらみやプライドに縛られる大人たち。そこにはどうしても羞恥心がつきまとってしまう。

どこまでも一途なガキんちょにはなれない。言葉では言い表すことができないけどとにかく好きだ!という一途さと情熱ははっきりいって持ち合わせていない。プロでもないかぎり。

だからこの映画にしろ「フル・モンティ」にしろコメディ要素を加味せざるを得ない。

というかクソまじめに描こうとしてもおそらく勝手に自然にコメディに傾いていくだろう。

そういう意味では、この映画はしっかりと、そしてほとんど確信犯的にコメディ要素のツボを押さえているといってよい。

単に竹中直人を出しとけばそれでよい、それで大丈夫だろうという曖昧な期待と推測はこの映画にはない。近年はそういう使われ方しちゃってることが多いけど、この映画では皆無。

こと周防監督作品の中では彼はちゃんと生きてる。

しかし、一方ではこのコメディ要素は諸刃の剣。

ゆえに冒頭で述べたように、面白かったからといってダンスをしたいとは思わない。心にググググッと迫ってくるところまでには至らなかった。それが諸刃の剣の悲しいさが。

 ----------------------

(おまけ)

Shall we Dance?シャル・ウィ・ダンス?

Shall 出演:リチャード・ギア、ジェニファー・ロペス、スーザン・サランドン、スタンリー・トゥッチ

監督:ピーター・チェルソム

(2004年・アメリカ・106分)2005/05/03・PLEX

評価★★★★/75点

内容:周防正行監督の「Shall we ダンス?」のリメイク。単調な毎日に空虚感を覚えていた弁護士のジョンは、ある日通勤電車の中から見かけたダンス教室の物憂げな美女が気になりだして・・・。

“別格のオリジナル版と比べちゃうとこのハリウッド版は気の抜けた炭酸といったかんじが否めないが、リメイクと思って見なければドライベルモットとラズベリーの入ったバラ色のカクテルといったかんじで十分まとまりのある味に仕上がっている。”

ダンスの上手い下手を夜のベッドテクニックの下ネタ話にするところなどは序の口としても、やはりラストのリチャード・ギアのタキシード姿withバラの花と奥さんとの濃厚キッスを出されたもんにゃこちらはもはやお手上げする他ない。

日本で正面切ってあれを絵にできる役者といったら、田村正和くらいしか思い浮かばない。

あと印象的だったのが、スタンリー・トゥッチ。

この人は自分の中では、「ペリカン文書」で最高裁判事をポルノ映画館でイヤらしい手つきで絞殺するハゲ男という印象がずっとあったのだけど、今作のスパークぶりでまた要危険人物の階段を一段上がったな。

日本で再リメイクするなら、リチャード・ギア役は田村正和、スタンリー・トゥッチは宇梶剛士ってとこかw

より以前の記事一覧

2020年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ