夢のシネマパラダイス44番シアター:はたして戦場は娯楽たりえるのか!?
出演:ジェレミー・レナー、アンソニー・マッキー、ブライアン・ジェラティ、レイフ・ファインズ、ガイ・ピアース
監督:キャスリン・ビグロー
(2008年・アメリカ・131分)WOWOW
評価★★★/60点
内容:2004年夏、イラク・バグダッド郊外。アメリカ陸軍ブラボー中隊の爆発物処理班。任務明けまで残り38日。が、新たにリーダーとして赴任してきたジェームズ二等兵の慎重とは真逆の無謀ともいえる爆弾処理のやり方にチームを組む周りの隊員は不安を感じていくのだった・・・。アカデミー作品賞、監督賞など6部門で受賞。
“映画は麻薬のようなものである”
この映画を見る前も見た後も思うこと。
「アバター」の方がアカデミー賞獲ってしかるべきだった!!
イマジネーションとテクノロジーの豊穣な結びつきによる誰も見たことのない世界と、リアリズムとテクノロジーの不条理な結びつきによる誰も見たことのない世界。
シネマ中毒のオイラはやっぱり前者を支持してしまうのであるけれども、リアリズム=肉体とテクノロジー=爆弾の緊迫した対峙はたしかに見応えはあるし、その最たるものとして身体の中に爆弾を埋め込まれた人間爆弾という不条理でおぞましい現実には目を覆いたくなってしまう。
またリアリズム=手持ちカメラとテクノロジー=映像技術として捉えるならば、情緒を廃した客観性を主体とする中で不条理で虚無的な戦場の真実を浮かび上がらせることには成功している。
しかし、、だ。
あまりにもドライなこの映画のタッチは、その代償としてドラマまでをも廃棄してしまった感が否めず、感情移入すら入り込むことを許してくれない。
まるで黒ヒゲ危機一発ゲームを傍から見ているかのようで、しかもこのゲームに自分は参加していないのだという安心感が自分の心情を空疎にさせる。そして後半、差し込み穴の数が少なくなっていくうちに恐怖がジワジワと襲ってくるのだけども、エピソードの単調な羅列がそれを相殺していく・・・。
戦争ジャンキーとなったジェームズの姿が「ディア・ハンター」(1978)でロシアンルーレット漬けになるクリストファー・ウォーケンとダブって見えたけど、そこらへんもっと掘り下げてほしかったし、正直これだったら最初っからドキュメンタリーで撮ればよかったのにと思ってしまった・・・。
短絡的だとか露悪的と揶揄されようが、自分は安直なドラマ、もっとカッコ良くいえば自分のエモーショナルな部分を揺さぶるようなドラマをこそ見たい。
「アバター」には、それがあった。
P.S. クソイラクともやっとでオサラバだ!とエルドリッジがヘリで去るシーンがあったけど、同じようなシーンを「プラトーン」とかのベトナム映画でも見た気が。同じことをイヤというほど繰り返すんだアメリカって国は。。
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グリーン・ゾーン
出演:マット・デイモン、グレッグ・キニア、ブレンダン・グリーソン、エイミー・ライアン、ジェイソン・アイザックス
監督:ポール・グリーングラス
(2010年・米/仏/西/英・114分)WOWOW
内容:大量破壊兵器を保有しているとしてイラクに侵攻したアメリカ軍。バグダッド陥落から1ヶ月。ロイ・ミラー准尉率いる部隊は、大量破壊兵器の発見という極秘任務に就いていたが、その痕跡すら掴めずにいた。次第に、情報源への疑いを強めていくミラーだったが・・・。
評価★★★★/75点
イラクに大量破壊兵器はあったのか!?探しても探しても大量破壊兵器が見つからないのはなぜか!?
この大量破壊兵器をマクガフィンとして繰り広げられるアクションムービーの体をなしている今回の作品。
ジェイソン・ボーンシリーズを舞台をイラクに移植したような娯楽作でありながら、イラクの悲惨な状況下を社会派感覚織り交ぜて描き出した手腕はかなりのもので、そのスピーディな展開は2時間では足りないほど濃密。
事実を隠蔽してまで開戦に突っ走る国防総省(パウンドストーン)、ネオコン=国防総省と対立するCIA(マーティン・ブラウン)、政府のプロパガンダ機関になり下がるメディア(ローリー・デイン)、さらにそこに真相を握るイラク側のキーマン(アル・ラーウィ)、イラクの一市民(フレディ)を配置し、その中をスター気取りの自由人(ロイ・ミラー)が縦横無尽に駆け回ることでイラク戦争の背景を暴き出していく。
非常に単純化された構図ともいえるけど、あくまでアクションエンタメに舵を取ったスタンスの中でのバランス感覚は秀逸だ。
加えて、ポール・グリーングラスのスタイリッシュな映像もリアリティがあって抜群に良い。
即物的で人に興味のない、すなわちエモーショナルな部分に乏しい「ハート・ロッカー」よりも国家にノーを突きつけるあからさまなヒロイックを描くこっちの方が自分は好きだ。
おそらくそこには欺瞞であるとかプロパガンダであるといった揶揄がつきまとうのであろうけれども、人間対人間のむき出しのバトル(感情面であれ身体面であれ)こそ映画の真髄だと思うし、それをこそ見たい者にとっては、イラク戦争という関心事を舞台に強引にエンタメにまとめきったポール・グリーングラスの手腕をオイラは買いたい。
しっかし、戦争ていうのはいかに茶番劇かってことだよね
。こんなので数万人が無駄死にするなんて報われないよ・・・。
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プライベート・ライアン
出演:トム・ハンクス、トム・サイズモア、エドワード・バーンズ、マット・デイモン
監督:スティーブン・スピルバーグ
(1998年・アメリカ・169分)仙台第1東宝
評価★★★★★/90点
内容:1944年、米英連合軍によるノルマンディー上陸作戦は多数の死傷者を出しながらもなんとか成功を収める。そんな中、戦渦を切り抜けたミラー大尉は、軍首脳から「ライアン2等兵を捜し出し、故郷の母親のもとへ帰国させよ」との命令を受ける。ミラーは部下を指揮して、落下傘の誤降下で行方が知れなくなったライアンを捜しに、敵地の前線へと向かうのだった。
“映画を観終わって、映画館を一歩出たときの眼前に広がる高層ビル群を前にして一瞬立ちすくんだ。あの息が詰まるようなクソ世界から、隔絶された現実世界へいきなり舞い戻ったための一種の時差ボケのような感覚だったのかもしれない。あの時の一瞬の眩暈と何ともいえない気持ちは一生忘れることはないだろう。”
それほどまでに映画の世界に入り込んでいた。
というよりは強引に入り込まされていたといえる。
冒頭30分については既に言い尽くされているが、あの揚陸艇のハッチが開けられた瞬間に自分も首根っこ引っつかまれて海中に引きずり込まれるように、突如として映画の中に入り込まざるを得なかったのだ。
なんともあざとい手法にまんまと引っかかってしまったものだ。
スピルバーグの手法のパターンについては熟知していたものを、予想を超える強烈なアッパーカットを喰らってしまった。
しかし、あの強烈な衝撃波こそ映画のリアリティそして戦争というリアリティなのかもしれない。
同年に公開され、今作と好対照をなす「シン・レッド・ライン」と合わせて、まさに20世紀、戦争の世紀を締めくくるのに相応しい映画だったとオイラは思う。
そして21世紀、戦争映画の世界標準となったことは疑う余地がない。(他ジャンルの映画にまで良くも悪くも影響を与えてしまったが・・・。)
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ブラックホーク・ダウン
出演:ジョシュ・ハートネット、ユアン・マクレガー、トム・サイズモア、エリック・バナ
監督:リドリー・スコット
(2001年・アメリカ・145分)MOVIX仙台
評価★★☆/45点
内容:1993年、内戦が続くソマリアの秩序を維持するために、米軍は武装勢力アイディード派の幹部捕獲作戦を敢行。作戦は1時間で完了するはずだったが、戦闘ヘリ“ブラックホーク”が民兵によって撃墜され、戦いは泥沼に陥ってしまう・・・。
“「どんな気分だ?」「何も感じない。」まったくだ。NHKのニュースよりヒドイよこれじゃ。”
ラストの方で兵士がのたまう通り、自分も何も感じなかったから、まあしゃあないわな。
人物の掘り下げを敢えてすることもなく、ゆえに名前と顔も一致しないから観る側に感情の付け入る隙を与えず、淡々と戦闘を描き、淡々と死を描く。死は単なる客観的事実でしかない。
そのわりにBGMがうぜーのうぜーの。BGMのコンセプトだけでも小一時間問い詰めたい気分。
観客に委ねるといっておきながら十分わけの分からんウザイ主観が入っとるやんけ。
おかげでますます映画との距離を感じてしまったのだった。
まじめな話、自分でもなんでだろう?と思うくらい冷めて観てる自分がいて、ちょっと自分自身に引いてしまったり・・・。どっか麻痺しちゃってるのかなあって。
でも、スゴイ気になるシーンがあって。
シーンというかヤツなんだけど、統合作戦本部のサム・シェパードの作戦指示を上空を旋回するヘリから伝えるあの奴らの無機質な顔、顔、顔。何なんだこののっぺりとした顔は・・・。たしか1人はハレル中佐とかいってたな。
ただ任務を遂行するだけってかんじで、上空から成り行きをただ見てるだけという。
あの地上との距離感ていうのがスゴイ引っかかったわけで。
そしてふと思ったこと。
あっ、これってTVのブラウン管を通してニュースを見ている時の自分の表情だったりして、、、と。
いや、さらにいえば、作り手側の顔こそあんな表情だったんじゃなかろうか。
だからこの距離感というのは、まさに映画の作り手側の意図するところであり、作り手側と映画自体との距離感でもあるのではないかとあのシーンで確信した。
ようするに虚構という世界を作り出している肝心の作り手側が最初からほっぽり出してるだけじゃんと。
そこに意味を見出せと言われても無理があるのではなかろうか。
最初から逃げるんだったら作るんじゃねーよと思わざるを得ないし、最もたちの悪い中途半端な映画としか言いようがない。
こういうのは事実を客観的にしか伝えることのできないNHKのニュースとか新聞で見たりするので十分だ。
何年か前ピュリツァー賞写真展が開催されて足を運んだことがあるのだが、ちょうどこの映画で描かれていた出来事を撮った写真が1993年だったかのピュリツァー賞を受賞していた。死んでいる米兵の遺体が裸にされて群衆に引きずり回されている写真だった。
たった数枚の写真だけで、2時間半という無駄な時間を割いてしまうこの映画を凌駕してしまう真実がそこにはあった。
それで十分なのだ。
様々なメディアや媒体ツールを通して考えなければならない問題ではあるが、なにも映画がノンフィクションと同じ土俵に立ってそのマネ、模倣をしたって何の意味もないと思う。
どう頑張ったって虚構にしかすぎないのだから。
だから、映画には作り手の主観が入って当然だと思うし、何も逃げることはない。英雄に描きたかったら描けばいいじゃんってだけのこと。あるいは批判的に描きたかったら描けばいいじゃんってだけのこと。
そしてノンフィクションとはまた違ったより多角的な視点から物事を考えたり捉えたりすることができるのではないかな、と。
それでいいと思うんだよね映画って。映画というのはそういう一歩踏み込んだ自由な表現の媒体であるべきだと思うから。そこに怖くて踏み込めないというのは映画としてどうなんだろうと、オイラは思ってしまう。
しかし、この映画にはそれを強く感じてしまった。。
この映画にはもっとわがままに描いてもらいたかったけど、わずか10年かそこら前の話を描くにはまだ時期尚早だったということか・・・。
まだ総括されていない話題だから仕方ないのか、、、いや、それじゃ済まされないぞこの映画は。。
(*)ソマリア内戦について
一応2000年には国連の監視の下に暫定政権が樹立されはしたが、いまだに中央政権は確立されておらず、文字通りの無政府状態と言ってよい状態が続いている。2006年あたりからは隣国エチオピア軍をも巻き込んだ紛争が活発化し、つい先日にはアメリカ軍がアルカイダ掃討と銘打って空爆を行った。
個人的にはいわゆるソマリア内戦に関していえば、第三者が介入しなくてはならない、そうじゃないと解決しない問題だったと思う。たとえそれがアメリカであろうとも。
ソマリアにも十分すぎるほどの非はあることを忘れてはならない。特に問題の解決手段を武器と殺戮にしか求めないやり方には。
もちろんその武器を与えてやったのは冷戦時代のアメリカ、そして旧ソ連だったわけだけど・・・。しかも解決手段を同じ武器でもって介入するというアメリカのやり方もいかがなものか。難しい問題です。
19世紀のアフリカ全土にわたる植民地化時代、列強諸国のいいように民族が分断され、国境線が引かれ(話によると地図上に定規で線を引いて国境線が決められたという)、そのいいかげんなツケが今アフリカで多発する紛争という悲劇に結びついているのは言うまでもない。
そのツケから顔をそらして無関心を装う西欧諸国にも問題ありありなのだ。
しかるにこの映画はそんなこと1つも・・・。映画までもが顔をそらしてどないすんねん。一歩間違えるとただのアクション映画だぞ。
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遠すぎた橋(1977年・イギリス・175分)NHK-BS
監督:リチャード・アッテンボロー
出演:ロバート・レッドフォード、ジーン・ハックマン、ジェームズ・カーン
内容:第二次世界大戦のノルマンディ上陸作戦から3ヵ月後の1944年9月、連合軍が企てた史上空前の空陸共同作戦、マーケットガーデン作戦が失敗に終わるまでを豪華スター共演で見せる戦争スペクタクル。
評価★★★/60点
いよいよダラけてきた頃に、最後の切り札レッドフォード登板というなんとも贅沢な使い方。
しかし、その効果もなくダラけたまま終了。。
ドイツ軍側からも描写するという斬新な試みをしているが、大風呂敷広げすぎて、戦争と人間の愚かさ、残酷さを描くには程遠いシロモノとなってしまった。
でも、壮大なスペクタクルとして見た場合、落下傘部隊の降下シーンなど見るべき価値はある、、かな。

























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