夢のシネマパラダイス207番シアター:クライマーズ・ハイ
クライマーズ・ハイ
出演:堤真一、堺雅人、尾野真千子、高嶋政宏、山崎努、西田尚美、小澤征悦
監督:原田眞人
(2008年・東映・145分)CS
内容:1985年8月12日。乗員乗客524名を乗せた羽田発大阪行き日航機123便が墜落する。現場となった群馬県の地元有力紙・北関東新聞の編集局は騒然となるが、一匹狼として動いていた遊軍記者・悠木(堤真一)が全権デスクを命じられ、怒涛の1週間が幕を開けた・・・。
評価★★★☆/70点
今の日本映画界にあってクセのある濃密な社会派群像劇を描くことのできる数少ない映画監督だと思う原田眞人の作品は、観る側にとっては吹きこぼれてくるアクの強さを自力ですくい取らなければならない度量の大きさと忍耐力が必要で、途中でそれに挫折しようものなら一気に置いてけぼりをくらってしまう小難しさを持っている。
なのだけど、なにより映画を見たゾ!という気にさせられるし、個性派ぞろいのアンサンブルキャストとスタイリッシュな映像で畳み掛けてくる演出と作風は、今まで見たこともないような舞台劇に引きずり込む力強さも持っていて、けっこう好きで。
それに加えて熱いオトコ臭空間を仕立てることにも長けている和製マイケル・マンの今回の作品は、地方新聞社の編集局が舞台。
事件そのものよりも、新聞社という巨大組織の中でうごめく男たちの嫉妬と野心渦巻く喧噪劇に視点が置かれたところは、まるで銀行を舞台にした「金融腐蝕列島・呪縛」(1999)を焼き直ししたような構成になっていて、遊軍記者・悠木とナベツネを想起させる社長(山崎努)との関係は同作における役所広司と仲代達矢の関係と瓜二つ。
とはいうものの、さすがは原田眞人。
「金融~」よりもさらにまとまりのない混沌とした作劇になっている(笑)。
現場とデスク、現在と過去、父と子、組織と個、世代間対立といった二項対立のエピソードが空回りに空回りしまくっていて、それぞれのつながりが弱くてまとまりに欠けるのが最大の難点なのだけども、リズムのある臨場感で頂上まで一気に踏破し満腹感一杯に映画を見た気にさせる見せ切り方はなんだかんだいってやはりスゴイと思う。
NHKの土曜ドラマ版(主演は佐藤浩市)の方が個人的には好きだけど、ホンモノの“クライマーズ・ハイ”を味わえるという点では映画の方が的を射ているのかもしれない。
しかし、よくぞここまでクセのある役者さんを集めたもんだわ。感心しちゃいます。
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突入せよ!「あさま山荘」事件
出演:役所広司、宇崎竜童、伊武雅刀、天海祐希、椎名桔平、篠原涼子、武田真治、八嶋智人、藤田まこと
監督:原田眞人
(2002年・東映・133分)DVD
評価★★★★/75点
内容:1972年2月、連合赤軍のメンバー5人がひとりの女性を人質に、雪に閉ざされた軽井沢のあさま山荘に立てこもる事件が発生。10日間におよぶ攻防の末、警察が強行突入。運良く人質を無事救出、犯人全員の逮捕に成功するが、2人の殉職者と民間人1人が死亡、多数の負傷者を出す悲劇となった。この日本犯罪史上に残る大事件を、当時指揮官の一人だった佐々淳行氏の原作を基に映画化。
“青島刑事も和久さんも恩田刑事も出てこないどころか、犯人たちもただの謎の凶悪犯としか描かれていない完全特化フィクション映画。ドキュメンタリーXにもYにもZにもならない、劇映画としての立場をわきまえているトンだ代物。”
佐々氏の原作を読んだことがないばかりか、肝心のあさま山荘事件のことさえよく分かっていない自分。
以前NHKのプロジェクトXで事件について2夜連続だったかで取り上げていたが、それを見て初めて人質がいたことなどを知ったくらいだ。なにせ事件から約10年後に生まれてるんだから・・・。
連合赤軍はどんな輩なのか、どういうことをしていたのか今でもよく分からんし。ただ当時の人々がテレビの前にくぎ付けになったということだけは知っていた。
そして、、、この映画である。
映画の冒頭でこの映画は事件を基にしたフィクションであると前置きされていたとおり完全に原田眞人の作品世界やテーマに舵を取っていっているなというのが、事件のことをよく知らない自分でもさすがによく分かるつくりになっている。
どの程度事実と符合しているのかしていないのか分からないし、佐々氏から一方的に見た事の本質なのかどうかも分からないが、ただ1つ確かなのは、脚本も手がけている原田眞人の作品世界に実際にあったあさま山荘事件そのものが完全に組み込まれてしまっていることである。
それについての是非については個人的には完全に肯定する。あくまでも劇映画として撮っているわけだから、作り手の主観が入るのは当然だし、自分が撮りたいことのみを撮るというのも一向に構わないはずである。
そういう作り手の姿勢(主観が入ること、撮りたいことのみを撮ることetc.ようするに作り手が自由であること)について真っ先にとやかく言うつもりはない。
そのかわり、まずとやかく言うべきなのは、作り手の主観や主義主張そのものであり、またそれらをベースにして出来上がった作品や作品世界についてであろう。
つまり、作り手がやりたいように好きなように作るということに関してはどうぞご勝手にやって下さいなというわけだが、それで出来上がった作品についてはとやかく言わさせてもらいます、というのが自分のスタンスである。
よって前提としてはやりたいように映画は作るべきだと言っておきながら、出来上がった作品を見ると、やりたいようにやったからこんな体たらくな作品になっちゃってるんだとも言えちゃうわけで。なんかスゴイずるくて矛盾しているような映画批評スタンスかもしれないけども・・・。
ただ、やりたいようにやるというのは、決して作り手の無責任などではなく、必ず作り手の意志や主観が入っているはずだから重い責任が課されている(自由であることは実は重い責任を負うことでもある)のは当然なわけで、だから作り手の意志や主観をまずは第1に見ていこう、それを踏まえてから作り手の制作姿勢について思うことがあれば言おうと考えているのですが。。。
要は順序を間違えちゃうと、こちらもただ一方的になっちゃってるということになってしまう。難しいところです。
まぁ自分の中では納得しているので。といいつつ納得してるわりに全然うまく表現できないんだけど・・・。
さてさて、余談はさておき出来上がった今回の作品について言わせてもらうと、まあ自分好みの映画かなという印象はもったかな。
警察組織の呪縛と矛盾という観点から撮ったのであろうこの映画は、前々作の「金融腐蝕列島・呪縛」と同様の観点でもあるし、中央と所轄という視点でみれば、踊る大捜査線の逆バージョンの構図ともいえるわけで、個人的には非常に興味深いコンテンツであった。
しかしそのコンテンツのみに特化して描くための道具立て、題材が実際にあった浅間山荘事件というのはやはり少しばかり腑に落ちないところもある。
武田真治と篠原涼子なんてどこに出てたんだ??とエンドロールを見てビックリしたように、犯人と人質の描写はほとんど皆無といってよいし、長野県警もただの低脳集団としか描かれていない、いささか一方的な描き方なのはやはり気になった。
青島刑事が現場にいたらあの台詞が聞こえてきただろう。
「事件は会議室で起きてるんじゃない。現場で起きてるんだ!」















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