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2019年10月12日 (土)

夢のシネマパラダイス285番シアター:突撃!隣のマイケル・ムーア!

マイケル・ムーアの世界侵略のススメ

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監督・脚本・出演:マイケル・ムーア

(2015年・アメリカ・119分)WOWOW

内容:映画監督マイケル・ムーアが単身アメリカを飛び出し、星条旗を掲げながら“世界侵略の旅inヨーロッパ”を敢行。各国の良い制度や習慣を略奪してアメリカに持ち帰ろうというのだ。まずイタリアに侵略した彼は、有給休暇が年間8週間もあることに衝撃を受ける。その後も訪れた国々で驚くべき常識を知ることになり・・。

評価★★★★/80点

自己責任と個人主義の弱肉強食大国アメリカと社会責任と連帯主義の弱者救済システムを持つヨーロッパを比較して、アメリカのジョーシキをシニカルかつユーモアたっぷりに糾弾していく構成力はドキュメンタリーの枠を超えた面白さで、マイケル・ムーアのセンスを再認識。

ポルトガルのドラッグ合法とかノルウェーの開放型刑務所とかさすがにそれはどうなの!?というのもあったけど、アメリカ型資本主義一辺倒の日本としては対岸の火事として笑っていられない部分もあったりして、興味深く見ることができた。

その中で、日本でも取り入れなきゃダメだなと思ったのは、スロベニアの大学授業料無料をはじめとする教育費の無償化。少子高齢化でマンパワーが枯渇していくことは目に見えているわけだから、広がり続ける経済格差社会の中で高等教育を受けられないというのはそれこそ国益を損ねることにつながると思うんだけどなぁ。どうも政治家先生たちの頭の中では教育に対する優先度が低いようで・・。

あと、映画の中で紹介された各国の様々な施策が実はアメリカ発祥のものばかりというのは目が点になったところで、行き過ぎた資本主義ははたして人を幸せにするのだろうかと日本の行く先にも不安を覚えてしまった。。

でも、その不安を希望に変えていくには自らが声を上げて立ち上がらなければ勝ち取れないのだというのはちょっと耳が痛くなっちゃった。

権力は隙あらば常に抑圧と搾取を狙っていて、流されるまま無関心でいると知らない間にとんでもなく生きづらい世の中になっているかもしれないってことを肝に銘じなければ・・・。

ハンマーとノミを見えるとこに置いておこうw

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華氏911

9111bigthumb 出演:マイケル・ムーア、頭のネジが2,3本吹っ飛んでいるジョージ・W・ブッシュ

監督・脚本:マイケル・ムーア

(2004年・アメリカ・122分)恵比寿ガーデン

評価★★★★☆/85点

内容:イラク戦争を決行したブッシュ大統領を標的に、同時多発テロ時の彼の行動やブッシュ家とビンラディンの関係などを、痛烈に批判していく。カンヌ国際映画祭でパルムドールと国際批評家連盟賞を受賞。

“マイケル・ムーア流レジスタンス”

この世界を正常にするために小さき自分ができることをひとつ見ーっつけた。

この映画を知人友人に広めたるわ(ベターー)。オレ流レジスタンス。

この映画がカンヌで賞を獲り、アメリカでも大ヒットだったにもかかわらずブッシュは再選されてしまったわけで、あと数年続いちゃうんだこんなのが・・・。でも、ブッシュよ、アンタの政権が終わった後どころかアンタの死後にもこの映画は残っていきますからー残・念!

映画というのは主観が入っていて当然だし、それが例えドキュメンタリー映画といわれるものであっても。そうじゃなきゃ映画じゃないと思うので、この映画のスタンスは個人的には全然OK。ていうかこれとは真逆のネオコン&ブッシュ命映画も作りゃいいじゃん。主観バンバン入れて。それでもドキュメンタリーとしての事実は事実なんだから。

映画てのはそういうもん。だと思う。

この点については「ブラックホーク・ダウン」のレビューでも述べてるのでここではこれ以上突っ込んではいきませんが。

ところで、この映画で1番印象に残ったのは、イラク人の母親とアメリカ人の母親が同じことを叫んだこと。

米軍に家を爆撃され、子供親類を亡くした女性が泣き叫びながらアッラーに救いと復讐を求める、一方でイラクで戦死した息子の死を受け容れられないアメリカ人女性も泣き叫びながら神に救いを求める。

結局は同じ痛みと悲しみ、そして絶望の祈りを捧げなければならない。

んで政治家連中は高みの見物。

そんなに戦争したいなら、「西部戦線異状なし」で出てきたセリフのように、囲いの中に指導者を集めてその中で素手の殴り合いをさせて決着つければええやん。あるいは「トロイ」みたいに、1対1の決闘で勝敗をつけるとか(笑)。え?軍産複合体が許してくれない?

そうだなぁ、、10年に1回デカイ戦争しないと国がまわらないシステムだからねアメリカって。

さぁて、次の標的はどこよ。。。

Posted at 2004.10.04

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ボウリング・フォー・コロンバイン(2002年・カナダ/アメリカ・120分)恵比寿ガーデン

 監督・脚本:マイケル・ムーア

 出演:マイケル・ムーア、アブないマリリン・マンソン、キレてるチャールトン・へストン、人殺しが好きなジョージ・ブッシュ、マット・ストーン(誰だっけ)

 内容:マイケル・ムーアがアメリカ銃社会をなで斬りにし、カンヌやアカデミー賞などで多数の賞を受賞したドキュメンタリー。1999年4月20日、コロンバイン高校銃乱射事件が発生。なぜアメリカでは銃犯罪が多発するのか?ムーアは全米ライフル協会会長のチャールトン・へストンらに突撃アポなし取材を敢行していく。

評価★★★★☆/85点

“あ゛ーーー、また自分にとって知りたくもない余計なトリビアが増えてしまったぁぁ・・。”

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シッコ(2007年・アメリカ・123分)CS

 監督・脚本:出演:マイケル・ムーア

 内容:先進国の中で唯一、国民皆保険制度を持たない国アメリカ。約4700万人が無保険のため高額の医療費を払えず、病院に行くことを我慢せざるをえない状態にある。一方、残りの国民の健康保険の大半は民間の保険会社に委ねられているが、はたしてこれらの保険会社は本当に満足のいく医療を提供しているのだろうか!?アメリカの医療の衝撃の実体が明らかになる。。

評価★★★★☆/85点

“ボランティア大国の裏の顔”

底辺に生きる者への対し方でどんな社会か知れるという・・・。

なりふり構わない規制緩和と市場開放による新自由主義が国民の生命に関わる医療を握ったとき、その行き着く先にあったのは、、、

誰も助けてくれない社会だった・・・。

なんという悲しい現実。

弱者が捨てられていく目を覆いたくなるような惨状に思わず涙してしまった。

しかし、市場原理主義ももちろんだけど、その底流にあるアメリカ人のものの考え方の偏り方にはあっけにとられたというか、、究極の個人主義と自己責任論、そして社会主義はおろか社会民主主義でさえも受けつけない徹底した嫌悪感というのは計り知れないものがあるのだなと思った。根本的に価値観が違うというかね・・。

世界の隅々まで自由と民主主義を行き渡らせようと大変な努力(笑)をしているアメリカ、しかし“私”が“私たち”のために、“持てる者”が“持たざる者”のために物事を考えることができない社会こそ最も危険な恐ろしい国ではなかろうか。

政府が国民を恐れるのではなく、国民が政府を恐れてしまうという“ビョーキ”にかかってしまったら世も末か、、って日本は大丈夫なのだろうか。。

アメリカの年次改革要望書に沿って動いている日本の行く末にあるものとはどんな社会なのだろうか・・・。悪寒が・・

とにもかくにも、この映画を見て感じたのは、医療や教育、介護といった国民生活を最低限保障するサービスに関しては、営利を旨とする民間機関ではなく、やはり国と政府にしっかりしたものを提供してもらわなければならないということ。

もちろん、そのためにはスウェーデンなどのヨーロッパ諸国なみとはいかないまでも、かなりの税負担と社会保険料を代償として払わなければならないだろうけど、払った分だけ国民生活に徹底して還元される社会であればそれも許容できるのではなかろうか。

そのためにも政府が国民を恐れる国、つまり国民と政治が密着し、真の意味で国民が政治を取り仕切る国にならなければならないのだと思う。それが本当の民主主義なのだ。

翻って、日本は、、、

まずはとにかく、民間を参入させて市場開放すれば国民にとっても選択肢が増えて良いという論は医療には当てはまらないということだけはよ~く分かった。

2019年9月22日 (日)

夢のシネマパラダイス254番シアター:新世紀エヴァンゲリオン

新世紀エヴァンゲリオン劇場版 DEATH(TRUE)2/Air/まごころを、君に

Eva28 声の出演:緒方恵美、三石琴乃、山口由里子、林原めぐみ、宮村優子

総監督・原作・脚本:庵野秀明

監督:摩砂雪、鶴巻和哉

(1998年・東映・160分)DVD

評価★★/45点

内容:21世紀の第3新東京市を舞台に、人類と謎の生命体“使徒”との壮絶な戦いと、使徒を倒すべく造られた汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオンを操る少年少女の苦悩を描いた長編アニメーション。1995年からテレビ放映されて話題を呼んだ連続アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」の劇場版で、全26話のうち第24話までの総集編に新作カットを加えた「DEATH」編と、第25話と最終話を新たにリメイクした「REBIRTH」編の2部から成る『シト新生』が1997年に製作されたが、製作作業の遅れから「REBIRTH」編は未完成のまま公開された。そこで4ヵ月後にその完全版として、「第25話・Air」「最終話・まごころを、君に」で構成された劇場版のパート2となる『Air/まごころを、君に』が公開。さらに、1998年に『シト新生』の「DEATH」編を修正した「DEATH(TRUE)2」と、「Air/まごころを、君に」を併せた劇場版の本来の形というべき作品が公開されるに至った。

“タイタニックにはフィーバーしたが、エヴァにはフィーバーしなかった。そういうごくごくフツーの日本人です自分は(笑)。”

エヴァのアニメ放送の時は盛岡で高校生をやっており、エヴァブームなど露知らず。やっとのことでエヴァブームが飛び火してきたのが97年、大学2年のことだ。

レンタル屋でビデオを借りまくって見たのだが、最初の頃はイジイジしてヘタレな主人公シンジのキャラが逆に新鮮だったのと、“死海文書”“ロンギヌスの槍”“使徒”といった聖書に関連させた謎めいた用語の氾濫に象徴される壮大に広げた大風呂敷の魅力にひきこまれて見入ってしまっていた。

特に、シンジがエヴァ乗務を放棄し家出をして電車にあてもなく乗り続けるエピソード(第四話「雨、逃げ出した後」)など、全く正義のヒーロー然としていないばかりか、世界を救うエヴァに乗ることで逆に悩み苦しむ姿をさらけ出してしまう悲劇のヒーロー像というのは目から鱗ものだった。またそんな中で、突発的にキレてしまうような過激で残酷な暴力性があらわになる戦闘シーンもまた非常に印象的だった。

が、しかしである・・・。

だんだん回が進むにつれて、一向に成長していかずに幼児的ともいえる内的引きこもりに陥っていくシンジにイラッとしてきて、あげくの果てに風呂敷たたむ前に逃亡してしまうような収め方に愕然。

、、、と、ここで自分の中のエヴァブームは一気に冷めて、エヴァ劇場版には目もくれず長蛇の列に恋人と並んで「タイタニック」を2回も見てしまったのだった。

あれから10年、完全に忘却の彼方へ消えてしまっていたエヴァだったが、突如降って湧いたように「ヱヴァンゲリオン新劇場版」が公開されると聞いて10年ぶりにレンタルして再見してみることにした。

さて、10年ぶりに見た感想は、学生気分のぬるま湯にドップリ浸かっていた10年前と、社会に出て幾度となく挫折を経験するうちに下流層の最果ての地でジタバタしている今とでは、、、大した違いはなかった(笑)。。。

“気だるい平和”“途方もない日常”といった、モノがあふれかえり豊かすぎる社会が陥る目的意識を失った閉塞感が自らの実感としてなんとなく分かるようになってきた今日この頃だけど、そういう社会的バックボーンの時代的要請とエヴァがシンクロしているとまでは理解できず・・・。

ようするに今見てもよう分からんってこと。

“世界の命運”をたった14歳の肩に託し背負わせるにはあまりにもその肩はか弱すぎるという視点は面白いのだが、守らなければならない肝心の“世界”が描かれていない、またそこから派生する社会や大人の内面に対する想像力が決定的に欠如していると言わざるを得ないってことは今回見てより強く再確認したというかんじ。

その点で好対照をなすといえるのが、全然さえない高校生ピーター・パーカーが主人公のハリウッド映画「スパイダーマン」シリーズだと思うんだけど、これほど人間臭い主人公キャラもいないというくらい等身大のヒーロー像を提示してくれた。

一方、エヴァはサブキャラに至るまで全員何らかのトラウマやコンプレックスを抱え、三人称の世界とつながろうとせずに自己の存在理由をただただ自問自答しつづけ、決定的に自分自身が嫌いという病的なまでのナルシスティックなヒーロー像を描いてしまった。

しかも、ピーター・パーカーが苦悩と葛藤を経てヒーローとしての孤独を受け入れそこから自立・解放へと向かっていくのに対し、シンジの方は逆に苦悩から絶望へと足を踏み入れてしまい、あげくの果てにTVアニメ版では自閉症の極致で終わるという空しさだけが残る結末となってしまった。

一方、劇場版ではラストで、「やっぱり自分の殻に閉じこもって逃げていてはダメで他者としっかりと向き合うしかない」と、アスカの首を絞めながらとってつけたように言う。

それ自体、薄気味の悪いものだったが、そこに至るTVアニメ前半のあっけらかんとしたスタイルから監督の青くさいマスターベーションへと変容していくプロセスもまさに「気持ち悪い!」としか言いようのないものだった。

終わってみれば、生理的にダメの一言。。。

なんだろ、美味そうなお菓子だなと思って口に入れたら、ミルクリキュールの洋酒が入っていてお口に合わないといったかんじだろうか。

とかなんとかいって「ヱヴァンゲリオン新劇場版」も怖いもの見たさで見ちゃうんだろうけど・・・。

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ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序

Gam0810060714000p1 声の出演:緒方恵美、三石琴乃、山口由里子、林原めぐみ、立木文彦

総監督・脚本:庵野秀明

監督:摩砂雪、鶴巻和哉

(2007年・日本・98分)CS

 

内容:2015年、第3新東京市。内向的な14歳の少年・碇シンジは、3年ぶりに父・碇ゲンドウと再会する。彼はそこで、極秘裏に開発された汎用人型決戦兵器“人造人間ヱヴァンゲリオン”初号機を見せられ、謎の敵“使徒”との戦いを強要される。最初は反発するシンジだったが、代わりに乗務することになった少女・綾波レイの重傷を目の当たりにして、自ら出撃を決意する・・・。

評価★★★/65点

エヴァにそんな思い入れもない自分からすると、これで何回目の劇場版やねん!よう飽きないなぁ、というかキモイよこのオッサンww、、と思っちゃって、またREBUILDだとかわけの分からん看板をつけやがって、、、、

、、と見る前からバカにしてた本作だったけど、いざフタを開けてみたら、キモイ臭は消えてて、あれっ?意外にイケちゃうくち?と感じてしまうほど見やすいというか、とっつきやすい作品になっていて個人的には好印象。

まぁ、TV版の一話~六話までを誰が見ても分かるようにスタンダードに手堅くまとめたといえばそれまでだけど、TV版の映像を丹念に精査修正し、強化したというだけあって、かなりクオリティの高い映像になっていて、いやでも見入ってしまうほどの見応え感はあったように思う。

人物については、TV版でキモチ悪いくらいの内面描写をさんざん見せつけられてきたので、はっきりいってどうでもいいんだけど(笑)、古臭さや懐かしさよりも全体的に新鮮なかんじで見れたのは、これもまた意外だったかも。

ここらへんは、やはりエヴァや使徒のデザインなど細かな部分がリファインされ、メカ重視というロボットアニメ本来の立ち位置に戻って足を着いているのが大きいのだと思うけど、これが中編“破”、後編“急”“?”でどうブレブレに揺れて壊されていくのか気がかりではあるわな。

怖いもの見たさで行くっきゃない!?ゲロ吐くかもしれないけど・・・(笑)。。

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ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破

Img_0声の出演:緒方恵美、林原めぐみ、宮村優子、坂本真綾、三石琴乃、山寺宏一

総監督・脚本:庵野秀明

監督:摩砂雪、鶴巻和哉

(2009年・日本・108分)DVD

 

内容:第3使徒が北極に出現。海外のパイロット、マリ・イラストリアスのエヴァ5号機が迎え撃つ。一方、日本では第7使徒が出現するも、ヨーロッパから帰還したアスカのエヴァ2号機が鮮やかに殲滅。そしてアスカはシンジの中学校に転入し、ミサトのマンションの新たな同居人になる。その後何かとギクシャクするシンジ、レイ、アスカだったが、第8使徒との戦いや学園生活を通して打ち解けていき、チームワーク育成のために骨を折っていたミサトも安堵するのだが・・・。

評価★★★★/75点

前作「序」が旧テレビアニメシリーズをほぼ踏襲した総集編みたいな作りになっていたので、今作もそのように見始めたらオープニングから新キャラが出てきて目が点。その後も旧シリーズとは真逆のベクトルのほとんど別物といっていい内容になっていて嬉しい驚きだった。

その真逆のベクトルとは、鬱々な旧シリーズとは正反対のポカポカ陽気な良い意味でポジティブな手触りのする作品になっていたことで、嫌悪感のない垢抜けた作風がかなり新鮮に目に映った。

つまり“拒絶”と“孤独”が新機軸だった旧シリーズと比べると、今作は“肯定”と“絆”というベクトルになっていて、まぁごくごく普通のアニメになったがゆえの見やすさということもできるけど、ナヨナヨしていない能動的で健康的なシンジも、シンジの差し出した味噌汁を飲むほど社交的になった綾波レイも、色気づくアスカも、旧シリーズの病的な気持ち悪さが印象にある自分としては、あ~なんだか君たち仲良く元気になって良かったねぇと嬉しくなってしまったし。

それゆえ、旧シリーズで使徒に侵食され暴走するエヴァ3号機をパイロットの鈴原トウジもろともシンジの初号機が打ち砕くプロットで、3号機パイロットがアスカに変更されているのも感情移入度が強い分かなり衝撃的で、そこらへんも上手く作ってるなぁと感心した。

あとは、使徒やメカの造形、エヴァの機動性など絵のクオリティがとにかく高くて、2号機の登場シーンなんて垂涎ものだったし、総じて全面的にアグリー(肯定)できる作品になっていたと思う。

ま、旧シリーズあってこその今作という点はかなり大きいと思うけども。良い意味で裏切られたな。やれば出来るんじゃん庵野さんww

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ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q(2012年・日本・95分)DVD

 総監督・脚本:庵野秀明

 監督:摩砂雪、前田真宏、鶴巻和哉

 声の出演:緒方恵美、林原めぐみ、宮村優子、坂本真綾、三石琴乃、石田彰

 内容:第10使徒に取り込まれた綾波レイを初号機で救出してから14年後。ミサトらが結成した反ネルフ組織“ヴィレ”の艦艇で目覚めたシンジだったが、ニア・サードインパクトを引き起こした張本人として危険人物扱いされ、エヴァに乗ることも禁止される。そんな中、ネルフのエヴァMark09がシンジを連れ戻そうと急襲。シンジはそのエヴァに導かれるようにネルフ本部へ向かう。そして父ゲンドウの紹介で出会った謎の少年・渚カヲルと親しくなるが・・・。

評価★★☆/50点

「序」でヌクヌクし「破」でポカポカし「Q」でグツグツしと思いきや、カッチコチってなんでやねん!

どこまでいっても分かり合えない、やっぱりエヴァはエヴァだった(笑)。

生きてるアスカ?葛城艦長?あれから14年?反ネルフ組織ヴィレ?シンジの母親の名前が碇ユイじゃなくて綾波ユイ?カシウスの槍?ニアサードインパクト?アダムス?L結界密度?

一切説明無し!

なんだろ、ニンゲン観察モニタリングで全く想定していない別ものバージョンを見せて、お口ポカンな観客をあざ笑う企画みたいな、、って誰が得するんだコレ。。見る側をほったらかして突っ走る。こんな映画見たことないという意味では金字塔だわ。

庵野にこそ暴走しないように首輪爆弾着けるべきじゃないのかw

P.S.「巨神兵東京に現る」は良かった。CG無しであそこまで細密かつド迫力の映像を見せられてかなりテンション上がった。それゆえに本編のQには文字通りお口ポカン状態になってしまったが・・。

2018年5月 3日 (木)

夢のシネマパラダイス179番シアター:マン・オブ・スティール

バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生

5874出演:ベン・アフレック、ヘンリー・カヴィル、エイミー・アダムス、ジェシー・アイゼンバーグ、ダイアン・レイン、ローレンス・フィッシュバーン、ジェレミー・アイアンズ、ホリー・ハンター、ガル・ガドット、ケヴィン・コスナー

監督:ザック・スナイダー

(2016年・アメリカ・152分)WOWOW

内容:前作(マン・オブ・スティール)でゾッド将軍と死闘を繰り広げたスーパーマン=クラーク・ケント。しかし、その戦いによって大都市メトロポリスは破壊され多くの死傷者を出し、バットマン=ブルース・ウェインも巻き込まれた友人を亡くしてしまう。そして人々の間でスーパーマン脅威論が芽生え始めるのだった。そんな中、世界を股にかける多国籍企業体の総帥レックス・ルーサーは、スーパーマンを抹殺すべく動き出す・・・。

評価★★★/60点

「ダークナイト」が複雑に入り組んだストーリーラインの中に時代の価値観やメタファーを濃密に織り込ませ、なんだかよく分からなかったけど圧倒されたからもう1回見たいと思わせられたのに対し、今作はなんだかよく分からなかったけど心魅かれるものがなくてスカスカだったからもう見なくていいやと思ってしまった。

まずもってミソの付け始めが冒頭10分のプロローグの不親切な作り方。

メトロポリス上空に鎮座し地球を乗っ取ろうとするゾッド将軍の宇宙船とバトルを繰り広げるスーパーマン。この「マン・オブ・スティール」のクライマックスをそのまま今作の冒頭に持ってくるとは露知らず、記憶の糸をたぐり寄せるのに難儀し、開始早々から半歩遅れで見るハメに陥ってしまった・・・。

いや、しかし待てよ。何の前知識もなしに見たとはいえ、数年前の映画の大団円シーンのことなんて覚えてるかフツー(笑)。こういうのは前作を見ていない人でも分かるように作らないとダメだろと思うのは自分だけだろうか!?

さらに難癖をつけるとすれば、そもそも論のところで2人を対決させるというコンセプト自体に無理があったのではないかと感じてしまった。

2人が戦う理由とか、プロモーターに徹するレックス・ルーサーの行動原理とか、あげくの果てに2人の母親の名前がたまたま同じだったから和解したとか全てが意味不明で、ただ単に主役の座を奪われたくない花形役者同士のいがみ合いにしか見えなかった。

狂気と紙一重なおかつ悪と表裏一体な正義の危うさという00年代以降アメコミ映画のトレンドとなったサブテーマもいい加減飽きてきたし・・

まぁ、そういう意味ではスーパーマンが映画で活躍した80年代は絶対正義が絶対悪を打ち倒すという価値観に何の疑問も抱かなかった時代だったわけで、悪が悪でいることに理由は必要なかった。

一方、バットマンが映画で活躍した90年代は絶対的な正義に揺らぎが生じ始め、何が善で何が悪なのか区別がつきづらくなっていく道徳的観念の崩壊の序章ともいえ(91年「羊たちの沈黙」や95年「セブン」などに代表される時代背景)、その中で復讐心を身にまとったコウモリ男が目には目を歯には歯を、悪には恐怖をの精神で裁きを行っていく。

つまり、根明なスーパーマンと根暗なバットマンはちゃんと棲み分けできるはずなんだけど、「マン・オブ・スティール」でスーパーマンも根暗なベクトルに舵を切ったものだから、キャラクターに対照性がなくなっちゃったんだよね。

それゆえ苦しまぎれにスーパーマンはエイリアンという別次元の問題を持ち出してきて、かえって墓穴を掘っちゃったかんじ。。

DCコミックスのヒーローチーム“ジャスティスリーグ”のスタートとしては少しつまづいちゃったかなぁ・・。ワンダーウーマンに一応期待。。

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マン・オブ・スティール

Poster出演:ヘンリー・カヴィル、エイミー・アダムス、マイケル・シャノン、ケヴィン・コスナー、ダイアン・レイン、ローレンス・フィッシュバーン、ラッセル・クロウ

監督:ザック・スナイダー

(2013年・アメリカ・143分)WOWOW

内容:クリプトン星の滅亡を悟った父親に最後の希望を託され、地球へと送り出された赤ん坊。ケント夫妻に拾われ、クラークと名付けられ育てられた彼は、次第に他人とは異なる超人的な能力に思い悩むようになる。そして青年になった彼は自分探しの旅を続けていた。そんな中、クリプトン星の再建を企むゾッド将軍がクラークの存在に気づき、地球へと襲来する・・・。

評価★★★★/80点

のっけから「アバター」に寄せたクリプトン星のヴィジュアルイメージには苦笑したけど、超能力が迫害の対象になるのはX-MEN、自分の正体を簡単にバラしてしまうのはアイアンマン、自分のアイデンティティに悩みながらそれを受け入れていくのはダークナイト、というように昨今のヒーローもののエッセンスのいいとこ取りみたいなかんじになっていて、タケちゃんマンと双璧を成すwかつての根明ヒーローの面影はもはやそこにはなかった。

唯一笑えたのは手錠をかけられて取調室に連行されるところくらいだったし。。

個人的にはクラーク・ケント=カル・エルのバックボーンがよく描けていて感情移入できる今回の根暗ヒーローの方が好みではあるけど・・。

あとは何といってもキャスティング。

今までのキャリアの中で家族を守るために命をかけて戦い続けてきた印象が強いラッセル・クロウと、トウモロコシ畑が最も似合う男ケヴィン・コスナーを生みの親と育ての親に、また見事に歳を重ねているダイアン・レインが包容力のある母親というぜいたくな配役が、映画をエモーショナルな部分でかなり底上げしていることは間違いない。

ゾッド将軍一味との怒涛の都市破壊バトルは、例え9.11を完全払拭したことを示すにしても少々やりすぎ感は否めなかったものの、リブートものとしては上々の出来だったと思う。

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ハンコック

B0041576_23375359 出演:ウィル・スミス、シャーリーズ・セロン、ジェイソン・ベイトマン、エディ・マーサン、ジェイ・ヘッド

監督:ピーター・バーグ

(2008年・アメリカ・92分)WOWOW

評価★★★☆/70点

内容:ロスに暮らす酒びたりの男ハンコックは、実は不死身のスーパーヒーロー。しかし、事件解決のたびに周囲へ大損害を与えたり粗野な言動がもとで市民からは反感を買いまくっていた。そんなある日、PR会社に勤めるレイは踏切内で車が立ち往生していたところをハンコックに助けられる。彼はハンコックに正義のヒーローとしてのイメージアップ戦略を提案するが・・・。

“ダメ超人ハンコック”

市民にうとまれ、バカにされ、ホームレス同然の生活をする飲んだくれハンコック、、これって公園で寂しく暮らしていた牛丼漬けの初期の頃のキン肉マンそのものじゃんww

しかも最大の敵はケツの穴に頭を突っ込まれたバカ囚人2人組というなんともチンケなレベルのもので、これって完全にキン骨マン&イワオじゃんww、、毛色としては完全にシュールなコメディ。

しかし不死身の超人=社会不適合者の社会復帰プロジェクトというネタはディスコミュニケーション時代の今のご時世に合っていて、深刻なウィル・スミスの表情もあいまって感情移入できて意外に楽しめてしまった。

が、これではヒーローものとしてあまりにも華も見せ場もないと思ったのか、ハンコックとメアリー(シャーリーズ・セロン)は実は夫婦でお互い近づくとパワーを失ってしまうという突拍子もない設定を何の前触れもなく繰り出してきて、映画の毛色が一気に様変わりしてしまった。

まるで前後半で2人の監督を使ってるような脈絡の無さなのだけど、シャーリーズ・セロンほどのスター女優が脇役の奥さんに収まるはずないよな、とは感じてたのよね。でも、もうちょっとあからさまな伏線があっても良かったんじゃないかと思うんだけど・・。

シリーズ化するという前提でいうならば、今回の映画はプロローグというかんじなのかな。

ていうかこの地味さを続編でうさ晴らししてもらわないと許さへんで

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スーパーマン リターンズ

20060827_240267 出演:ブランドン・ラウス、ケヴィン・スペイシー、ケイト・ボスワース、ジェームズ・マースデン、フランク・ランジェラ、マーロン・ブランド

監督:ブライアン・シンガー

(2006年・アメリカ・154分)盛岡フォーラム

評価★★★☆/70点

内容:スーパーマンが謎の失踪を遂げてから5年。スーパーマン不在となったメトロポリスでは犯罪が急増、加えて宿敵レックス・ルーサーも出所してしまう。そんな中、地球に戻ってきたスーパーマン。しかし、久々に再会したかつての恋人ロイス・レインは、彼との思い出を振り切り、スーパーマン不要論の記事でピュリツァー賞を受賞するまでに至っていた・・・。前シリーズの2作目「スーパーマン2冒険編」の後を引き継ぎ、5年ぶりに地球に戻ってきたスーパーマンの活躍を描く。

“意外にもダサくなかった掛け値なしの王道路線”

スーパーマンと聞くと自分なんかはオンタイムで見れてない世代なので、ダサいユーモアとショボイSFXの映画という印象がけっこうあったりなんかして、やっぱアメコミ系といえばオンタイムで最初に見たバットマンでしょ、となるわけで。。

だから今回の約20年ぶりの復活劇にはさほどの期待をかけていたわけではなかったのだけど、フタを開けてみたら意外にも楽しめてしまった。

まぁ、昨今のアメコミ系ヒーローが判で押したように苦悩と葛藤を最大の敵とし、正義とは何かという疑問をつきつけられる悩めるヒーロー(=地に足のついた人間)ばかりだったので、アメリカンソウルにあふれた保守的ともいえる王道路線のヒーロー像(=天空から見下ろす神)が逆に新鮮に映ったかんじ。

最新の映像技術も決して大仰にではなく、ほどよいサジ加減でドラマと絡んでいてよかったし。

また、分かりやすい勧善懲悪もののバリバリ王道路線だと、下手すると単調になりがちなんだけども、そこを2時間半の長尺にわたってダレることなく見せ切ったブライアン・シンガーはやっぱスゴイと思う。普通だったら100分くらいにまとめられそうなところを。

X-MENファイナルディシジョンを蹴ってまで本作を監督しただけのことはあると思った。ほんとにスーパーマンにゾッコンなんだろうね(笑)。

ロイス・レインのピュリツァー賞をとった記事“なぜ世界はスーパーマンを必要としないのか”というスーパーマン不要論をもっと掘り下げるのかと思いきや、結局ただ単にヤリ逃げされた鋼鉄の男に対するうっぷん晴らしにしかすぎなかったところとか、ロイス&ジュニアとスーパーマンとの関係の中途半端さなど気になるツッコミどころもあったのだけど、それらは次回作の伏線とみればいいのかな。

でも、あと15年後くらいに子供がこれ見たらダッセェとかって言うのかも(笑)。。

いろんな映画にいえることだけど、次の世代に引き継がれていくような映画を作ってもらいたいもんだと切に願います。

2018年5月 2日 (水)

夢のシネマパラダイス562番シアター:家族はつらいよ

家族はつらいよ

E27d8733出演:橋爪功、吉行和子、西村雅彦、夏川結衣、中嶋朋子、林家正蔵、妻夫木聡、蒼井優、小林稔侍、風吹ジュン

監督・脚本:山田洋次

(2016年・松竹・108分)WOWOW

内容:東京郊外に暮らす平田一家。ゴルフと酒をこよなく愛する家主の周造は、定年後の隠居生活を謳歌する日々。そんなある夜、妻・富子の誕生日に気付いて、何でもプレゼントするぞーと言って妻が出してきたのはなんと離婚届!サインとハンコが欲しいのだという。思いもよらぬ事態に同居する長男夫婦と近所に暮らす長女夫婦も集まって家族会議が開かれるが・・・。

評価★★★★/80点

現代版東京物語を松竹伝統の人情ものとしてトレースした「東京家族」にえらく心を打たれた自分。まさかその4年後に全く同じキャストでこれまた松竹伝統のホームコメディに仕上げてくるとは思いもよらなかった。

しかし、「男はつらいよ」「釣りバカ日誌」で培われた昭和印の喜劇調を久々に味わえたのはどこか温かい懐かしさに包まれたし、家族みんなで家の居間で見たんだけど、楽しい時間を共有できてよかった。

さすが安定の山田節といったところだけど、実際は細部まで緻密に作り込まれた隙のない職人芸ということができ、それを全く感じさせないありふれた日常風景として見せるところが山田洋次のなせる技なんだろうね。

また、それをしっかり咀嚼する役者陣も完璧そのもの。

性格を含め「東京家族」と瓜二つのキャラクター設定というのも、混同する違和感よりも既知の安心感の方が勝って映画の世界にすんなり入っていくことができたし。

特に、「東京家族」では大都会東京で行き所のない寄る辺なさに無愛想一辺倒の縮こまった型にはめられていた父親役の橋爪功が、今回は水を得た魚のようにやりたい放題で最高に面白かったし、あとはやはり何と言っても蒼井優♪

毎回言ってるかもしれないけど、理想の結婚相手は蒼井優ちゃんです

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歩いても歩いても

N_609bcdr2214rpl 出演:阿部寛、夏川結衣、YOU、高橋和也、田中祥平、樹木希林、原田芳雄

監督・脚本:是枝裕和

(2007年・日本・114分)CS

内容:夏のある日。子連れのゆかり(夏川結衣)と再婚した良多(阿部寛)は、15年前に亡くなった兄の命日に合わせて東京近郊の実家を訪れる。が、開業医を引退した父(原田芳雄)とはもともと反りが合わなかった上、失業中の身の上でもあり気が重い帰郷だった。ひと足先に、姉(YOU)一家も到着していて、久しぶりに家族全員が集まった。。

評価★★★★/80点

「男はつらいよ寅次郎相合い傘」(1975)にこんなシーンがある。

めちゃ美味メロンを人数分に切って食べようとしたら、ちょうどそこに寅さんが商売から帰ってくるんだけど、妹のさくらがうっかり寅さんの分を勘定に入れ忘れてしまい、いじけた寅さんがとらやの面々と大ゲンカになるという爆笑シーンだ。

たかが一片のメロンごときでしつこすぎるくらいムキになる寅さんの度量の小ささが笑いを生み出すわけだけど、今回の映画も男連中の他人から見れば笑ってしまうような「小っちぇ~」ことにこだわる様がリアルに描かれていてまことに面白い。

しかし、この面白さの裏には思わず背筋がゾクゾクしてしまうような怨念と、思わず卒倒してしまいそうな毒があるのがミソ。

和気あいあいとした空間に漂う様々な恨みつらみや口に出せない秘密、その中で料理を手順を踏んで作るように消化していく夏の一日、そんなお盆に3世代が集まる家族の風景、そしてそこに刻まれる何十年にも渡る家族の歴史劇が、建前9:最強本音爆弾1のセリフ劇で見事にあぶり出されていく今回の映画。

夫と妻、父と息子、母と娘、嫁と姑、祖父と孫、従兄弟、、、ズケズケと何でも言い合える関係もあれば、遠慮から奥歯に物がはさまったような言い方しかできないぎこちない関係もある・・・。その中でこの映画はそれぞれの関係性における微妙な間や会話の妙が絶妙で恐ろしいくらいにリアルなのだ。

まるで録音した自分の声を聴いた時のような居心地の悪さ、と同時に懐かしい思い出を思い起こさせる居心地の良さをも喚起させてくれる世界がそこには広がっている。

なんとも不思議な感覚を味わわせてくれる映画だ。

例えば自分なんかは、ゆかり(夏川結衣)の連れ子であるあつし(田中祥平)に妙にシンクロしてしまって(笑)。。

それはおそらく小学校時代に転校が多かったこととかも関係してると思うんだけど、彼が初めて敷居をまたいだ家で感じる居心地の悪さと緊張感が痛いくらいに伝わってきて見てて可哀想になってくる一方、彼がしたたかに立ち回る様もリアルに実感できて、コイツ大人やなぁと感心してしまった。

普段はあまりにもありきたりすぎて立ち止まって考えることがない家族の風景。温かくて痛くて優しくて哀しくてウザッたくて、それでも無性に帰りたくなって、、、そんな家族の愛おしい情景。

一年に一日、この映画を日本人全員が見る日ってのを作ってもいいんじゃなかろうか(笑)。

それにしても樹木希林、上手すぎ。そしてYOU、そのまんまww。原田芳雄は鈴木清順と見間違えちゃったけど・・。

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メゾン・ド・ヒミコ

Himiko 出演:オダギリジョー、柴咲コウ、田中泯、西島秀俊、歌澤寅右衛門

監督:犬童一心

(2005年・日本・131分)WOWOW

評価★★☆/50点

内容:ある日、24歳の沙織(柴咲コウ)のもとを岸本(オダジョー)という男性が訪ねてくる。彼は、沙織と母親を捨ててゲイ・卑弥呼として生きていく道を選んだ父親(田中泯)の恋人だった。岸本は、ゲイのための老人ホーム“メゾン・ド・ヒミコ”を建てて運営していた彼がガンになり余命いくばくもないことを沙織に伝え、ホームを手伝わないかと誘うのだが・・・。

“「たそがれ清兵衛」の田中泯の変身っぷりには脱帽・・・。”

「ハッシュ!」(2001)のときもそうだったけど、このての性的マイノリティを扱った映画には深入りするのを避けちゃう傾向があって、今回もやっぱダメだった・・・。

ゲイ老人たちのファッションにもドン引きだったし、ダンスホールでのハイテンションぶりもムリ

「ブスの処女と、性病持ちのオカマどっちがいい?ギャハハハ」、、、グーでぶん殴りたくなったんですけど、あのジジイ(笑)。

というかんじで、立ち入ることができない異界ワールドだったのだけど、ただ1つ思ったのは、このての人々ほど愛するということへの純粋さを持ち合わせている人種はいないだろうなということ。そこの点はちょっと羨ましさを抱いてしまったかも。

他人はおろか社会からも拒絶されてしまうという絶対的な孤独を身をもって知っているからこそ生み出される想いなんだろうね。そしてそこを突き抜けちゃうと、ああいう開放的な世界の住人になることができる、のかなw

その中で、彼らが作った小さな共同体にまぎれ込んでくるノンケの沙織の孤独と憂鬱の方が際立って見えてくるのはうまいつくりになっているなとは思う。

そういう点では、この映画は沙織の傷ついた人生の再生物語という側面の方が強いわけで、ゲイ映画ではないんだよね。彼らの人物像の内面に映画自体が深入りしてないし。ま、それでも生理的にちょっとダメだったけど・・・。

あとはまぁ、なんといっても柴咲コウの化粧っ気のない地味ぃ~なコンビニ店員姿だな。ちょっと引いたわ(笑)。。

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酒井家のしあわせ(2006年・日本・102分)NHK-BS

 監督・脚本:呉美保

 出演:森田直幸、ユースケ・サンタマリア、友近、鍋本凪々美、谷村美月、笑福亭仁鶴

 内容:三重県のとある田舎町。一見ごく普通の家族にみえる酒井家だったが、14歳の長男・次雄(森田直幸)は最近家庭にうんざりしていた。母・照美(友近)は再婚、次雄は事故死した前夫の連れ子、下の娘・光(鍋本凪々美)は母と義父・正和(ユースケ)との間にできた父親違いの妹という複雑な家庭環境にあったからだ。そんなある日、照美とケンカした正和が突然、好きな男ができたとカミングアウトして家を出て行ってしまう・・・。

評価★★★★/75点

“だ、ダマされた・・・。”

家族の何気ない日常を切り取っていく視点が独特の間の中でユーモアたっぷりに描かれていて、終始楽しく見ることができた。

例えば、家族で外出する時に、オカンが早くしなさいと急かしているくせに、当の本人が1番遅く家を出てくるシーンも、車の中でジィーッと待っている夫と子供たちの姿がたまらなくおかしかったり。どこの家のオカンも同じなんだな(笑)。

しかしこの監督、コミカルな間を作って、「あ、それってあるある」というエピソードをテンポよく見せていく演出の手腕はかなりこなれているなという印象。と思ったら新人さんなのね、この監督。。

あとこの映画で外せないのが、配役の妙。

日テレ「エンタの神様」のひとりコントにそのまんま出てきてもおかしくないような格好の友近が、決して類型的ではない妙にリアルなオカン像を演じていて新鮮だったし、関西弁をしゃべれないユースケ・サンタマリアの不器用なオトン役がものすごくしっくりきていた。

そして極めつけが仁鶴wwユースケが笑い転げちゃうのも無理ないわ。

とにかくほんわか温かいぬくもりが残るかなりしあわせな映画だったと思う。これからが楽しみな若手監督さんだね。

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アルゼンチンババア

Big 出演:役所広司、堀北真希、鈴木京香、森下愛子、手塚理美、岸辺一徳

監督:長尾直樹

(2007年・日本・112分)盛岡フォーラム

評価★★★/60点

内容:高校生のみつこは、両親との3人暮らしだったが、誰よりも活気のあった母親が病気で亡くなってしまう。そしてその直後、墓石彫り職人の父親が行方をくらましてしまうのだった。それから半年後、父親はどうやら町外れの草原に建つ古ぼけた洋館にいるらしいことが判明する。しかし、その屋敷にはアルゼンチンババアと呼ばれている謎の女が住んでいるらしい。みつこは勇気を出して訪ねてみるが・・・。

“あのハチミツ、、二缶ほど譲ってくれませんか(笑)”

アルゼンチンババア特製の媚薬ハチミツが欲しいってことと、堀北真希のムチウチ症姿が見れたってことくらいしか得るものがなかったな(笑)。

でも、フツー原作ものの映画って、映画が面白くなくても原作は読んでみたいなという場合が多いのだけど、今回は正直全く読みたいと思わなかったんだよね。そういう意味では逆に不思議な映画だったともいえるけど・・・。

登場人物の行動や会話がことごとく意味不明で伝わってこなくて、一人蚊帳の外で見続けなければならない、なんとも題名に相応しいわけの分かんない遠い世界の映画だったけど、その中で孤軍奮闘した堀北真希ちゃんを見るぶんには十二分に元が取れるのもまたたしかで。。やっぱ不思議な映画。

でも、、ババアに鈴木京香をあてるってどうなんだろという根本的なところも気になる。室井滋とか夏木マリはたまたYOU、久本雅美あたりだろフツー。あるいは大竹しのぶ、浅野温子あたり?

ちょっと鈴木京香は役違いのような気が。まぁ、「ゼブラーマン」でコスプレ好きになって一皮剥けた女優さんだからババアもやってみたかったのかな

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リトル・ミス・サンシャイン

Lms 出演:グレッグ・キニア、トニ・コレット、スティーヴ・カレル、アラン・アーキン、ポール・ダノ、アビゲイル・ブレスリン

監督:ジョナサン・デイトン/ヴァレリー・ファリス

(2006年・アメリカ・100分)仙台フォーラム

評価★★★★★/95点

内容:アリゾナ州ニューメキシコに住むフーヴァー家は、家族それぞれに問題を抱え崩壊寸前。父は独自の成功論をまとめた自著の売り込みに必死、長男は一言も発さず、祖父はヤク中、伯父はゲイの恋人にフラれて自殺未遂と、まとめ役の母は一苦労。そんなある日、7歳の娘オリーヴがカリフォルニアで開かれる美少女コンテストの本選に進むことになる。そこで一家は、オンボロのミニバスに家族全員で乗り込み、カリフォルニア目指して出発するのだが・・・。

“オリーヴ(アビゲイル・ブレスリン)って誰かに似てるよねぇ・・・”

ってあれよあれ、フィギュアスケートの安藤美姫だよ。あの出っ腹はさておき、精神年齢もほぼ変わらんだろうし・・(笑)。

というのはさておき、この映画、オイラ的2007ベストムービーにまず間違いなく選ばれるであろう愛すべき一品になってしまいました。

とにもかくにも笑いと涙が同時に押し寄せてくる映画体験というのはそうざらにあることではないので、そういう意味でも心に残る一本となりますた。

しっかし、途中から笑いのドツボにハマッちゃって笑って泣いてんだか感動して泣いてんだか最後は分からなくなっちゃったな・・・。

色覚異常で空を飛べないと分かり、野っ原で完全ふてくされ状態になった15歳の兄ドウェーンを無言で肩に寄り添いながら慰める大人な7歳オリーヴ。

笑いの導火線に火が付いたのはこの次のシーン。ドウェーンが「分かった。」と気を取り直して車に戻るときに土手を登るわけだけど、オリーヴちゃんあの体型もあって登れないんだ(笑)。そこをドウェーンが抱っこして持ち上げて登る何気ないシーンがなんとも可笑しみのあるオチで、シリアスな感傷モードに入る一歩手前で何気なく笑いに転回させる絶妙さに完全に引き込まれてしまった。

クラクションが鳴り止まなくなったミニバスを警官に停車させられ、トランクに積んであるシーツにくるまれたジイちゃんの遺体が見つかってしまうのかという絶体絶命の状況で、エロ本がドサッと落ちてきて、それを見つけた警官がニヤリとするオチも最高で、何も知らない妻シェリル(トニ・コレット)の不安そうな表情とエロ本を3冊(うち1冊はゲイもの)も買い込んでいたフランク(スティーヴ・カレル)へのお前はなんて奴だ!というリチャード(グレッグ・キニア)の視線とフランクのえっ何?オレ何かした?という表情がこれまた何気なく描かれていて、逃げ場のないバスのミニ空間の中に凝縮される人間模様が面白おかしく自然に描かれてるんだよね。

この自然なオーソドックスすぎる演出も良くて、例えばギアのブッ壊れたミニバスを家族みんなで押して発進させて飛び乗るこの映画を象徴するシーンや、ラストの珍妙なダンスを家族みんなで踊るシーンだとか、とにかく映画的な動きというのが終始物語をしっかりと牽引していく。

しっかり映画しちゃってるんだよねこれ。こういう映画見ると嬉しくなっちゃう。

才能が少々欠けようが負け組と揶揄されようが前に進むしかないんだというメッセージも心にしみわたりました。

イイ映画です。

ちなみにオリーヴのタヌキ腹は、詰め物を入れてるのだそうで、実際のアビゲイルちゃんはフツーの体型らしいですw

2018年1月 3日 (水)

夢のシネマパラダイス207番シアター:震える魂、男の使命!

海賊とよばれた男

E6b5b7e8b38ae381a8e38288e381b0e3828出演:岡田准一、吉岡秀隆、染谷将太、鈴木亮平、野間口徹、ピエール瀧、綾瀬はるか、堤真一、黒木華、光石研、國村隼、近藤正臣、小林薫

監督・脚本:山崎貴

(2016年・東宝・145分)盛岡フォーラム

内容:1912年、石炭主流の中いずれ石油の時代が来ると確信していた国岡鐡造は、北九州門司で石油販売業“国岡商店”を起業する。やがて海賊まがいの破天荒な商法で頭角を現し、戦時中は満州から東南アジアにまで販路を拡大していった。また終戦の混乱期にも一人としてクビにしないという鐡造の方針のもと、GHQや石統(石油販売権を国が管轄するための機関)と渡り合って業界に返り咲いていくが、さらなる行く手には巨大資本の海外石油メジャーが立ちはだかっていた・・・。

評価★★★★/75点

原作既読。

偉人の人生をトレースした伝記ものは間延び感がしてもともとあまり好みではなく、実は今回の原作も読み進めるのに悪戦苦闘してしまった。

しかし、田舎で立ち上げた小さな会社を一代にして世界を股にかける大企業にまで築き上げた成り上がりゴッドファーザーのブレない大和魂は深く心に刻み込まれたし、エネルギー資源のほぼ100%を輸入に頼っている日本の隅々まで石油を行き渡らせるのにいかに多くの人々の尽力が注がれていて、いかに自分たちはその恩恵を享受しているのか、普段何気なく生活している中でまるで他人事のように思っていたことー石油がなければ国は回らないーに今更ながらに気付かされた。

そして日本人としての矜持を持って働く店主と店員たちに憧れを抱いた。

さて、本題の映画について。

明治・大正・昭和、および戦前・戦中・戦後を網羅する歴史巨編をどうやって2時間半に収めるのか不安だったけど、そこはさすが「永遠の0」の映画シナリオを完璧にまとめ上げた山崎貴。今回も小気味いいテンポとバランス感覚を兼ね備え、なおかつ重量感のある本に仕上げてくれたと思う。

相変わらず原作の取捨選択が上手いというか肝をしっかり押さえていたんだけど、映画のパンフに「鐡造にも流れる男の精神」のキーワードとして“やられたらやり返す”半沢直樹、“夢をあきらめない”下町ロケット、“仲間を見捨てない”沈まぬ太陽、“不敵な戦術で翻弄する”真田丸と挙げられていて、なるほど上手いこと考えたなぁとストンと納得。はっきり言って小説読む前にこのパンフ見たかった(笑)。

このシナリオの出来の良さに加えて、ミニチュア撮影やCGを織り交ぜたVFXを主体とした映像がリアリティを高めていて安心して映画の世界に入っていくことができた。さすがに鐡造の90代の老いた顔までCG加工を施していたとは驚きだったけど、違和感は全く感じなかった。

あと実写化の強みという点では、原作でイメージがつかみづらかった部分、例えば旧海軍の燃料タンク底にたまっている油の過酷な汲み上げ作業の場面とか、満州鉄道でメジャーと争った車軸油とか具体的に映像で見せられると理解度が深まって良かった。

あとは20代から90代まで一人一役で通した岡田准一の存在感がやはり大きかったなと。大河ドラマで黒田官兵衛を老年まで演じきっただけあって安定感は抜群だったと思う。

総じて1スジ2ヌケ3ドウサが的を射た見応えのある作品になっていたんじゃないかな。

しかし、最初から分かりきっていたことではあるけど、やっぱ2時間半じゃ足りないよねぇ

TBS日9でぜひドラマ化を!

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沈まぬ太陽

O0668096310289902547 出演:渡辺謙、三浦友和、松雪泰子、鈴木京香、石坂浩二、香川照之、柏原崇、戸田恵梨香、草笛光子

監督:若松節郎

(2009年・東宝・202分)WOWOW

内容:1962年。国民航空の労働組合委員長を務めていた恩地(渡辺謙)に対し、経営側は10年近い海外僻地勤務というあからさまな懲罰人事を強いる。一方、恩地の片腕として共に闘っていた同期の行天(三浦友和)は、重要ポストと引き換えに会社側へ取り込まれてしまう。時は流れ1985年、500人以上もの死者を出すジャンボ機墜落事故が起こり・・・。

評価★★★★/80点

3時間を超える超大作を見るというのはかなりの覚悟が必要で、ハズレだと食べても食べても減らない不味いラーメンのごとく無間地獄を味わってしまうリスクがつきまとう。

しかし、それ以上に素晴らしい映画体験を味わわせてくれる確率もかなり高く、映画の醍醐味がつまったこのパンドラの箱を開けるのは実は好きで好きでたまらなかったりする。

「ベン・ハー」「アラビアのロレンス」「ドクトル・ジバゴ」「タイタニック」etc..自分にとってパンドラの箱がかけがえのない宝石箱になった例は数多く、そのどれもが自分の記憶に強烈に刻みつけられている。

それはやはり長尺ゆえのスケールの大きさとドラマの奥行きの深さによって登場人物の人生を追体験したような感覚を味わえるからだろう。

その意味でいえば今回の映画も自分の記憶にしっかと刻み込まれた映画になった。

公開初日の舞台あいさつで渡辺謙が号泣していたのが印象的だったけど、なるほど映画のすみずみから作り手の映画にかける熱意、ヤル気、魂のほとばしりがギュンギュン感じられて非常に見応えがあった。

見終わった後に、なんか一冊の小説を読み終えたような心地良い疲労感を覚えて、映画見たぞーッていう気になったw

また、仕事を数回変えている自分にとって、ひとつの会社に骨を埋めるのが当然とばかりに仕事に人生を捧げる恩地の姿はギラギラと輝く太陽のように見えて眩しかった。

それは恩地と対になっている行天も同じで、ああこれが昭和を支えたニッポンのサラリーマン、お父さんたちの生き様だったんだなと、今の自分には持ちえない男の矜持というものを感じ取ることができて、なんだか見ていてすごいカッコ良かったし憧れてしまった。

まぁ、とはいえ自分はもはやこういう仕事人間にはなりようもないけどw、もうちょっと人生頑張ってみようという気にはさせられたな。

もうちょっと恩地の思想的バックボーンを掘り下げてくれたら満点入れてもよかったかも。。

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クライマーズ・ハイ

Climbershigh_1_1b 出演:堤真一、堺雅人、尾野真千子、高嶋政宏、山崎努、西田尚美、小澤征悦

監督:原田眞人

(2008年・東映・145分)CS

内容:1985年8月12日。乗員乗客524名を乗せた羽田発大阪行き日航機123便が墜落する。現場となった群馬県の地元有力紙・北関東新聞の編集局は騒然となるが、一匹狼として動いていた遊軍記者・悠木(堤真一)が全権デスクを命じられ、怒涛の1週間が幕を開けた・・・。

評価★★★☆/70点

今の日本映画界にあってクセのある濃密な社会派群像劇を描くことのできる数少ない映画監督だと思う原田眞人の作品は、見る側にとっては吹きこぼれてくるアクの強さを自力ですくい取らなければならない度量の大きさと忍耐力が必要で、途中でそれに挫折しようものなら一気に置いてけぼりをくらってしまう小難しさを持っている。

なのだけど、なにより映画を見たゾ!という気にさせられるし、個性派ぞろいのアンサンブルキャストとスタイリッシュな映像で畳み掛けてくる演出と作風は、今まで見たこともないような舞台劇に引きずり込む力強さも持っていてけっこう好きで。

それに加えて熱いオトコ臭空間を仕立てることにも長けている和製マイケル・マンの今回の作品は、地方新聞社の編集局が舞台。

事件そのものよりも、新聞社という巨大組織の中でうごめく男たちの嫉妬と野心渦巻く喧噪劇に視点が置かれたところは、まるで銀行を舞台にした「金融腐蝕列島・呪縛」(1999)を焼き直ししたような構成になっていて、遊軍記者・悠木とナベツネを想起させる社長(山崎努)との関係は同作における役所広司と仲代達矢の関係と瓜二つ。

とはいうものの、さすがは原田眞人。

「金融~」よりもさらにまとまりのない混沌とした作劇になっている(笑)。

現場とデスク、現在と過去、父と子、組織と個、世代間対立といった二項対立のエピソードが空回りに空回りしまくっていて、それぞれのつながりが弱くてまとまりに欠けるのが最大の難点なのだけども、リズムのある臨場感で頂上まで一気に踏破し満腹感一杯に映画を見た気にさせる見せ切り方はなんだかんだいってやはりスゴイと思う。

NHKの土曜ドラマ版(主演は佐藤浩市)の方が個人的には好きだけど、ホンモノの“クライマーズ・ハイ”を味わえるという点では映画の方が的を射ているのかもしれない。

しかし、よくぞここまでクセのある役者さんを集めたもんだわ。感心しちゃいます。

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突入せよ!「あさま山荘」事件

Image197 出演:役所広司、宇崎竜童、伊武雅刀、天海祐希、椎名桔平、篠原涼子、武田真治、八嶋智人、藤田まこと

監督:原田眞人

(2002年・東映・133分)DVD

評価★★★★/75点

内容:1972年2月、連合赤軍のメンバー5人がひとりの女性を人質に、雪に閉ざされた軽井沢のあさま山荘に立てこもる事件が発生。10日間におよぶ攻防の末、警察が強行突入。運良く人質を無事救出、犯人全員の逮捕に成功するが、2人の殉職者と民間人1人が死亡、多数の負傷者を出す悲劇となった。この日本犯罪史上に残る大事件を、当時指揮官の一人だった佐々淳行氏の原作を基に映画化。

“青島刑事も和久さんも恩田刑事も出てこないどころか、犯人たちもただの謎の凶悪犯としか描かれていない完全特化フィクション映画。ドキュメンタリーXにもYにもZにもならない、劇映画としての立場をわきまえているトンだ代物。”

佐々氏の原作を読んだことがないばかりか、肝心のあさま山荘事件のことさえよく分かっていない自分。

以前NHKのプロジェクトXで事件について2夜連続だったかで取り上げていたが、それを見て初めて人質がいたことなどを知ったくらいだ。なにせ事件から約10年後に生まれてるんだから・・・。

連合赤軍はどんな輩なのか、どういうことをしていたのか今でもよく分からんし。ただ当時の人々がテレビの前にくぎ付けになったということだけは知っていた。

そして、、この映画である。

映画の冒頭でこの映画は事件を基にしたフィクションであると前置きされていたとおり完全に原田眞人の作品世界やテーマに舵を取っていっているなというのが、事件のことをあまり知らない自分でもさすがによく分かるつくりになっている。

どの程度事実と符合しているのかしていないのか分からないし、佐々氏から一方的に見た事の本質なのかどうかも分からないが、ただ1つ確かなのは、脚本も手がけている原田眞人の作品世界に実際にあったあさま山荘事件そのものが完全に組み込まれてしまっていることである。

それについての是非については個人的には完全に肯定する。あくまでも劇映画として撮っているわけだから、作り手の主観が入るのは当然だし、自分が撮りたいことのみを撮るというのも一向に構わないはずである。

そういう作り手の姿勢(主観が入ること、撮りたいことのみを撮ることetc.ようするに作り手が自由であること)について真っ先にとやかく言うつもりはない。

そのかわり、まずとやかく言うべきなのは、作り手の主観や主義主張そのものであり、またそれらをベースにして出来上がった作品や作品世界についてであろう。

つまり、作り手がやりたいように好きなように作るということに関してはどうぞご勝手にやって下さいなというわけだが、それで出来上がった作品についてはとやかく言わさせてもらいます、というのが自分のスタンスである。

よって前提としてはやりたいように映画は作るべきだと言っておきながら、出来上がった作品を見ると、やりたいようにやったからこんな体たらくな作品になっちゃってるんだとも言えちゃうわけで。なんかスゴイずるくて矛盾しているような映画批評スタンスかもしれないけども・・・。

ただ、やりたいようにやるというのは、決して作り手の無責任などではなく、必ず作り手の意志や主観が入っているはずだから重い責任が課されている(自由であることは実は重い責任を負うことでもある)のは当然なわけで、だから作り手の意志や主観をまずは第1に見ていこう、それを踏まえてから作り手の制作姿勢について思うことがあれば言おうと考えていて。。

要は順序を間違えちゃうと、こちらもただ一方的になっちゃってるということになってしまう。難しいところだね。

まぁ自分の中では納得しているので。といいつつ納得してるわりに全然うまく表現できないんだけど

さてさて、余談はさておき出来上がった今回の作品について言わせてもらうと、まあ自分好みの映画かなという印象はもったかな。

警察組織の呪縛と矛盾という観点から撮ったのであろうこの映画は、前々作の「金融腐蝕列島・呪縛」と同様の観点でもあるし、中央と所轄という視点でみれば、踊る大捜査線の逆バージョンの構図ともいえるわけで、個人的には非常に興味深いコンテンツだった。

しかしそのコンテンツのみに特化して描くための道具立て、題材が実際にあった浅間山荘事件というのはやはり少しばかり腑に落ちないところもある。

武田真治と篠原涼子なんてどこに出てたんだ??とエンドロールを見てビックリしたように、犯人と人質の描写はほとんど皆無といってよいし、長野県警もただの低脳集団としか描かれていない、いささか一方的な描き方なのはやはり気になった。

青島刑事が現場にいたらあの台詞が聞こえてきただろう。

「事件は会議室で起きてるんじゃない。現場で起きてるんだ!」

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不毛地帯(1976年・東宝・181分)NHK-BS

 監督:山本薩夫

 出演:仲代達矢、丹波哲郎、山形勲、神山繫、北大路欣也、大滝秀治、加藤嘉、八千草薫、藤村志保、秋吉久美子

 内容:大本営参謀を務めた陸軍中佐・壱岐は、11年に及ぶシベリアでの抑留生活を経験、ようやく日本に帰国できた彼は大手総合商社の近畿商事に入社する。近畿商事は、総額1兆円といわれる次期主力戦闘機の買い付けに関わり、ラッキード社製の戦闘機を売り込んでいたが、ライバル会社の東京商事はグラント社を推していた。社長に目をかけられていた壱岐は、二度と軍隊には関わるまいと決していたが、やがて政界をも巻き込んだ醜く激しい利権争いの渦中に身を投じていく・・・。

評価★★★/65点

関東軍軍属として満州で終戦を迎えた自分の祖父は、直後ソ連軍に捕まってシベリアに抑留されたものの、5年後無事に帰国を果たし銀行員の職を得た。

この境遇が映画の主人公・壱岐正と重なり興味深く見ることができたけど、大日本帝国の太平洋戦争と平和国家日本の経済戦争を同じ土俵に見立てた視点はなかなかに面白かった。

しかし考えてみれば惨い戦争の匂いが色濃く残っていたであろう昭和30年代、元帝国軍人たちは企業戦士に姿を変えて高度経済成長の礎を築いたのだから、先人の不屈の気骨には頭が下がる思いがする。

あと祖父のことで思い出したのだけど、地区の自治会長をしていた時、市役所に手続きに訪れた際に、担当職員がみすぼらしい身なりをした祖父に対し横柄な態度をとったのだそうだが、一緒に来ていた副会長が「このお方は関東軍参謀石原莞爾直属の部下として先の戦争を闘い抜いた方なるぞ!」と怒鳴るとその職員はひれ伏したように態度を一変させたという。昭和40年代頃の話だそうだ。

それは畏怖の念だったのか、それとも関東軍の悪名高さから来る恐怖だったのか知る由はないが、戦後20年以上経っても関東軍の名が轟いていたということに驚いてしまう。

一方、昭和50年代生まれの自分にとって祖父は、ロシア語通訳として国際交流に励む活発なおじいちゃんのイメージが強かったけど、毅然とした矜持と信念が醸し出す近付きがたい一面も子供ごころにあったことを思い出した。それは元軍人の血だったのかもしれないが、戦後50年を前に不慮の事故で他界してしまったのが悔やまれる。

壱岐正=仲代達矢の姿を見て祖父のことが頭を去来することしきりだった180分は、しかしちょっと長かったかも・・・

2018年1月 2日 (火)

夢のシネマパラダイス495番シアター:命を賭した冒険者

ザ・ウォーク

A085659es出演:ジョセフ・ゴードン=レヴィット、ベン・キングズレー、シャルロット・ル・ボン、ジェームズ・バッジ・デール

監督・脚本:ロバート・ゼメキス

(2015年・アメリカ・123分)WOWOW

内容:少年時代に見たサーカスの綱渡りに魅了され、独学で練習に励んできたフランス人フィリップ。NYにエッフェル塔より高い411mのワールドトレードセンタービルが建設中であることを知った彼は、そこで綱渡りをすることを決意する。そしてその野望実現のために大道芸人仲間など協力してくれる共犯者を集めて計画準備に取りかかるのだが・・・。

評価★★★/60点

世界貿易センタービルの北棟と南棟の間を綱渡りするという映画のアウトラインを聞いた時に、真っ先に思い浮かべたのは、大好きな漫画カイジの1stシリーズに出てくる“電流鉄骨綱渡り”だった。

地上75メートル、2棟のホテルの22階に架けられた鉄骨を渡りきったら大金を受け取れるというものだが、落下したら取りも直さず、鉄骨には電流が流され、手を触れると感電してしまうという失格=即死の絶望ギャンブル。

そして、死と隣り合わせの舞台で繰り広げられたのは、挑戦者たちが精神的に追いつめられて錯乱状態に陥って次々に脱落していく地獄絵図だった。

ようするに我々一般人の感覚からすると、綱渡り=生命を賭けた究極サバイバルという視点でしか見られないのだけど、今回地上400メートル以上の高さを綱渡りする大道芸人フィリップはその視点をのっけから否定する。

「綱渡りと死は別だ。綱渡りとは生きることそのものだ」と。つまり彼にとって綱渡りは自己表現のアートなのだ。幅2センチのワイヤーの上で座ったり寝そべったり自由気ままにパフォーマンスをする彼に死への恐れなど微塵もなかった。

これではもはや我々の立つ瀬はない。

高所恐怖症の自分にとって最大の見どころは、いかに世界貿易センタービルに潜入しワイヤーを架けることができるかという事前準備のゴタゴタにあったのだから・・

ヒヤッヒヤのスリルを期待していた者としては、ちょっとビミョーな肩透かしを食らっちゃったかな。。

以上、3Dの大スクリーンではなく、部屋のTVで見た者の妄言でありましたw

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植村直己物語

Mi100 出演:西田敏行、倍賞千恵子、古尾谷雅人、若林豪、山本圭

監督:佐藤純弥

(1986年・東宝・140分)WOWOW

評価★★★★★/100点

内容:5大陸最高峰登頂や、北極圏1万2千km犬ぞり単独行などに成功し、1984年2月マッキンリー単独登頂後に消息を絶った冒険家、植村直己の半生。

“自分にとっての最大のヒーロー、植村直己”

この映画は小学2年の時に家族と一緒に劇場で見たのだが、見終わってさあ帰ろうと席を立つ親に反して2回目見るんだー!と言って席から頑として離れなかったのを今でも覚えている。

そして自分一人で再び見て(あの当時は入れ替え制ではなかった)、後日今度は祖父母を引き連れて3回も見てしまった。劇場で同じ映画を3回見たのは、後にも先にもこの時以外にない。

しかし、至極単純でオーソドックスな映画の中で、何がそこまで小学生だった自分を惹きつけたのか。

それはやはり壮大かつ容赦なく荒ぶる大自然の息を呑む姿と、そこに独り敢然と立ち向かう男の姿に小さき自分がただただ圧倒されたといえばいいだろうか。

自分にとってこの映画は、どんなスペクタクル映画よりもスペクタクルな映画だったのだ。

先日約30年ぶりに見たのだけど、その当時の思いと感触がありありと甦ってきた。

その後現れたヒーロー、インディアナ・ジョーンズの影響で本当に考古学の道へと進んだ自分にとって、本当のルーツを求めればこの映画に行き着いてしまうのかもしれない。

でも、あんな危険なことはしたくないけどね・・。精神、スピリットだけはしっかり受け継がさせていただきまっス。

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セブン・イヤーズ・イン・チベット(1997年・アメリカ・126分)DVD

 監督:ジャン・ジャック・アノー

 出演:ブラッド・ピット、デビッド・シューリス、マコ岩松

 内容:第二次大戦後、ヒマラヤ山脈を目指して旅立ったオーストリアの登山家ヒラー。彼は英国軍捕虜となるがチベットに逃れ、若きダライ・ラマに出会う・・・。実話の映画化。

評価★★★★/75点

風の谷のナウシカの原風景を如実に垣間見た気がする。内容はともかく美しい映像を見れただけでもこの点数あげたい気分。

って、アルゼンチンロケかよっ!

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サハラ 死の砂漠を脱出せよ(2005年・アメリカ・124分)MOVIX仙台

 監督:ブレック・アイズナー

 出演:マシュー・マコノヒー、ペネロペ・クルス、スティーブ・ザーン

 内容:国立海中海洋機関所属のダーク・ピットは、アメリカ南北戦争時に行方不明になった装甲船を探しにナイジェリアに向かう。そこで、WHOから派遣された美人のエリート研究医エヴァと出会うのだが・・・。クライブ・カッスラーのベストセラー小説「ダーク・ピット」シリーズを映画化したアドベンチャー・アクション。

評価★★★/60点

おバカにもなりきれていなければ、優等生にもなりきれていないという中途半端で影の薄い印象しか残らない。

それすなわち映画の印象とマシュー・マコノヒーの存在感が見事にリンクしちゃってるわけで、彼の内面から滲み出てくるクール&スマートさが灼熱のサハラのアツさを10度くらい下げちゃってるなと。

すきあらばペネロペをどうにかしちゃいたいゼ!というギラギラした欲望の視線が欠如したジェームズ・ボンドが、伝奇・オカルト要素が欠如したインディ・ジョーンズに出ちゃってるかんじで・・。

いや、そもそもそういうギラギラした面を誇示しなくても勝手にモテちゃうんだからさぁ、しゃあないんだわなこの男は(笑)。

真面目な話、キャラ的にトム・ハンクスあたりだったらもっとちゃんと見れたと思うし、活きたんじゃないかなとは思うんだけど。

話のつくりも単なる冒険ものではない二重構造になっているのだけど、二兎を追う者は一兎をも得ずの言葉どおりイマイチ中途半端な印象がぬぐえなかったな。

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フライト・オブ・フェニックス(2004年・アメリカ・113分)WOWOW

 監督:ジョン・ムーア

 出演:デニス・クエイド、タイリース・ギブソン、ジョバンニ・リビーシ、ミランダ・オットー

 内容:ゴビ砂漠の真ん中に不時着したオンボロ単発プロペラ機。救助の望みもないまま、乗組員たちはそのフェニックス号を組み立て直して必死の脱出を試みるが・・・。ロバート・アルドリッチ監督の「飛べ!フェニックス」(1965)のリメイク作。

評価★★★/60点

オリジナル「飛べ!フェニックス」を監督したR・アルドリッチの息子であるウィリアム・アルドリッチが製作した本作だが、子は親を越えられずといったところ・・・。

砂漠という密閉空間でサバイバルしながら飛行機を補修改良して脱出するという、もともとからして派手にしようがない単純なお話なのだが、まんま単純単調にそのまま終わっちゃったかんじで。リメイクする必要があったのだろうかという。。

1番の大問題は全然命の危機にかかわる極限状況下に見えないという点で、見ていて張り合いがないんだよね。お気楽&お気軽に見れちゃうこと自体最大の欠点だろ。砂漠不時着体験ツアー(盗賊団サプライズショー付き)みたいな。

砂漠の映像とジョバンニ・リビシの怪しげで不気味な姿だけがなんとか自分をこの映画に引きとどめてくれたけども・・。。

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イン・トゥ・ザ・ブルー(2005年・アメリカ・111分)DVD

 監督:ジョン・ストックウェル

 出演:ポール・ウォーカー、ジェシカ・アルバ、スコット・カーン、アシュレイ・スコット

 内容:カリブ海のバハマでダイビング・インストラクターをしているジャレッドは、ある日、沈没船の一部を発見。それが何百万ドルもの金塊を積んだまま難破したと伝えられるゼフィア号だと確信した彼は、恋人のサム、幼なじみのブライスらとともに自分たちだけで船を引き揚げようとするのだが・・・。

評価★★★/65点

“バハマでジェシカ・アルバと過ごせるならサメに片足持ってかれるくらい屁でもない!”

もっとアケスケなB級アイドル映画かと思いきや、意外にしっかりとストーリーを追おうという真摯さが感じられて好印象。

ジェシカ・アルバのかわゆい目にぽってりした唇、美乳バストにくびれにビキニが似合うヒップ、、ようするに健康的なまばゆい肢体で目の保養になればそれでいい映画だと思っていたので、ストーリーそれ自体を楽しむことができたのはちょっと得した気分。

映画の大半を占める海中映像もなかなかの出来でよろし。

2016年11月 6日 (日)

夢のシネマパラダイス469番シアター:ソロモンの偽証

ソロモンの偽証 前篇・事件/後篇・裁判

E0133078_1234422出演:藤野涼子、板垣瑞生、石井杏奈、前田航基、望月歩、佐々木蔵之介、夏川結衣、永作博美、黒木華、田畑智子、余貴美子、松重豊、小日向文世、尾野真千子、津川雅彦

監督:成島出

(前篇2015年・松竹・121分/後篇2015年・松竹・146分)WOWOW

内容:バブル期の1990年。クリスマスの朝、中学2年の藤野涼子は雪の降り積もった校庭で同級生の柏木卓也の遺体を発見する。警察は自殺と判断するが、大出俊次ら不良グループが屋上から突き落とした殺人であるとの匿名の告発状が届く。やがてそれはマスコミにも伝わり、ワイドショーを連日賑わすことに。さらに別の女子生徒が事故で亡くなってしまう。この異常事態に、クラス委員でもある藤野は真相を探るために生徒だけによる校内裁判を開くことを決意する・・・。

評価★★★/65点

まず原作からいうと文庫本全6巻、3千ページもの文量を要するわりには最もオーソドックスな種明かしなので、宮部みゆき=本格ミステリーと思って読むと肩透かしをくらってしまう。

ただ、読んでいくとこの小説の主眼はそこではなくて、学校生活で決めつけられていくステロタイプなキャラクターとは異なる、学校という隔絶された場所では埋もれていた十人十色の登場人物の背景や心情や成長があらわになっていく面白さ、さらには見て見ぬふり知って知らぬふりをしている無関心の空気が事件の呼び水になっていく怖さにあることが分かってくる。

しかし、その点で映画を見ると、この2つのポイントを押さえた描写も掘り下げもスルーされていて、藤野涼子とその他大勢、そして事の真相はどうだったのかという構図にしかなっておらず、全体的に消化不良。。

しかもそういうベクトルで作るならば柏木卓也の素性およびキャラクターをないがしろにし能面のまま退場させたのも納得のいかないところだし、柏木と接点のあった被告人・大出俊次の子分である井口と橋田までスルーしているのも解せない。

これといったどんでん返しもないため、この作りだとどうしても後篇は尻すぼみ感が否めなくなっちゃうんだよね。

これはもう切に連続ドラマ化を願うしかないか・・・。

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十二人の怒れる男

12_angry_men出演:ヘンリー・フォンダ、リー・J・コッブ、エド・べグリー、E・G・マーシャル、マーティン・バルサム

監督:シドニー・ルメット

(1957年・アメリカ・95分)NHK-BS

評価★★★★/80点

内容:NYの法廷で殺人事件の審理が終わった。被告は17歳の少年で、実父殺害の容疑が掛けられている。あとは12人の陪審員による評決を残すのみであった。11人が有罪に投票するが、ただ1人だけが有罪の証拠が乏しいと無罪を主張する。判決は全員一致でなければならず、陪審員たちは、事件の真相を探るべく議論を開始した。

“13人目のどうでもいい男”

昔の映画だからとあまり期待しないで見始めたのが運のツキ。この物語の時間にドップリとハマり、陪審員室から一歩も出られなくなってしまった。。

父親の胸を10cmブツリと刺して殺した犯人!?その容疑者である17歳の息子の顔のクローズアップ。

もうね、何なのこのイタイケな瞳がウルウルしてる少年の顔は。蛇ににらまれたカエルか、はたまたエサを欲しがる衰弱しきったネコか、いや、アイフルのCMに出てくるチワワだよあれは(笑)。

ボ、ボクは殺してないよ~とでも言わんばかりに訴えかけてくる弱々しい顔。真っ先に「真実の行方」のE・ノートンを思い出しちまった。

とにかくあまりにも型にハマッたクローズアップになぜか引き込まれていった、、、途端に、あ、コイツ有罪だなと、そこで思考停止。。

さあ、オレを納得させ得るだけの、オレの思考を無罪に変更させ得るだけの論を張ってみろヘンリー・フォンダめ!

と思いきや、この事件、状況証拠ばっかなのね(笑)。しかも殺害現場の線路をはさんだ向かい側の建物の窓から通過中の電車の窓越しに!少年が父親を刺すところを見た、ときたもんだ。

ありえねえよ!ていうか絶対無理です!

有罪が崩れるとしたらココしかないなと薄々読めちゃったけど。

でも、、まさか眼鏡とはねぇ。一本取られたかんじ。ハイ、納得しちゃいました・・。

自分は眼鏡とコンタクトを使い分けてて、眼鏡をかけてる時に人差し指でズリ落ちてくる眼鏡を上にあげるときがけっこうあるんだけど、コンタクトしてる時に無意識のうちに人差し指でかけてもいない眼鏡を上にあげちゃうんだよね(笑)。あ゛っ、眼鏡かけてないじゃん今は。恥ずかし・・みたいな。

そういうこともあって、切り札の眼鏡ネタが出てきてやっとで有罪とは確信できない、と思うに至ったのでした。9対3で無罪優勢のところでついに陥落・・・。

気が付いたら、あの陪審員室の空間にどっぷり浸かっている自分がいた。

“真実”を“独占”する陪審員。

なんという責任。なんという重さ。

優柔不断な自分には絶対できない。。

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告発

Jqimszmmk 出演:クリスチャン・スレーター、ケビン・ベーコン、ゲイリー・オールドマン

監督:マーク・ロッコ

(1994年・アメリカ・123分)DVD

評価★★★★/80点

内容:アルカトラズ刑務所を閉鎖に追い込んだ実際の事件に基づき、若き弁護士と囚人との友情を描いたヒューマンドラマ。1930年代後半、若きエリート弁護士ジェームズは、アルカトラズ刑務所内で起きた殺人事件を担当することになった。被告は25年の刑で服役中のヘンリー・ヤングという囚人で、彼は事件について何もしゃべろうとしない。裁判でほとんど勝ち目がないと思われたが、ジェームズは少しずつヘンリーの心を開かせ、事件の真相に次第にたどり着いていく・・・。

“十二人の優しいアメリカ人”

200人の面前で起こった殺人事件。

それは猿にでもできる簡単な裁判。裁判を始める前から結果が分かりきっている事件。事実を事実として見れば死刑判決以外考えられない事件。

映画で描かれた裁判の中で証言台に立ったのは元刑務官、グレン副所長、ハムソン所長、そしてヤングの4人。

ただ、元刑務官の証言は無効扱いになってしまったので実質3人。しかもグレンは、はなっから暴行の事実を否定するわけで。

要はハムソン所長が3年間で10回くらいしかアルカトラズに行っていなかったという事実と、死刑から過失致死罪に減刑されて再びアルカトラズに戻るくらいなら死刑にされた方がマシだと泣き叫ぶヤングの証言と、ヤングが法律で定められた独房収容期間最高19日間をはるかに超える3年間の長きにわたって地下牢の穴蔵に入れられていたという事実、この3点からしか判断材料がない。

はっきりいって決定的な証拠となるものは出てこないわけで、裁判劇としてはいたって地味な展開である。

例えば、アルカトラズでの暴行の事実についてことごとく口をつぐんでいた囚人が遂に証言台に立つだとか、だってラストで毅然とした表情で歩いていくヤングに対して囚人たちが皆で鉄格子を叩いて共鳴しているじゃないか。

あるいは、精神分析医に証言させるとか、3年間も真っ暗な独房に入っていたら人間どうなるのか。

そういう証言や証言者の肉付けを加えて外堀をしっかり埋めてもらいたかったという不満も少なからずある。

しかし、その不満を押し込めてしまうほどのヘンリー・ヤング(K・ベーコン)の鬼気迫る存在感とジェームズ(C・スレーター)の何者にも侵されない信念と勇気。

この2人にとにかく圧倒され、それを凝視するほかない状態に見る側の自分が追い込まれ、そして2人の勝利に納得させられたといっていい。

12人の陪審員が下した判断は、第1級殺人罪では無罪、しかし過失致死罪で有罪という結論だった。

陪審員室で繰り広げられたであろう議論のやり取りの方にも興味と関心がわき上がってくる。

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それでもボクはやってない

274ac出演:加瀬亮、役所広司、瀬戸朝香、山本耕史、もたいまさこ、田中哲司、光石研、清水美砂、竹中直人、小日向文世

監督・脚本:周防正行

(2007年・東宝・143分)盛岡フォーラム

内容:フリーターの金子徹平(加瀬亮)は、会社面接に行くために乗った満員電車で、女子中学生に痴漢したとして現行犯逮捕される。徹平は警察・検察の自白強要にも屈せず、一貫して何もやってないと訴え続けるが、起訴されて裁判に持ち込まれることに。そこでベテラン弁護士・荒川(役所広司)と新米の須藤(瀬戸朝香)が弁護することになるのだが、有罪率99.9%の刑事裁判の中で徹平は果たして無罪を勝ち取れるのか・・・!?

評価★★★★/80点

周防正行監督が11年ぶりにメガホンをとった待望の作品のテーマは“裁判”。

周防監督といえば、禅寺のお坊さん、学生相撲、社交ダンスとマイナーな世界を綿密なリサーチをもとに軽妙洒脱なコメディタッチで描き、作品世界と我々観客との間に異文化コミュニケーションともいうべき身近な空間を創出してしまう稀有な才能の持ち主だ。

その映画を一言で言い表すならば、お笑いエンターテインメントといえると思うが、そこに通底する笑いを生み出しているのは登場人物の真摯で一生懸命な姿が一般人から見れば逆に滑稽に映ってしまうというギャップであり、周防映画の色は作品のテーマ選びによるところが大きいといっても過言ではない。

そんな周防監督が満を持して次に選んだのが“裁判”だった。

09年までに新たな裁判員制度が始まろうとしている中では実にタイムリーなテーマだが、これをどう料理し、どのようなギャップを目の前に映し出して笑わせてくれるのか。

と、例えば三谷幸喜の「12人の優しい日本人」のような密室コメディを思い浮かべてしまうのだが、しかし、フタを開けてみたら、、、全然笑うことができないではないか・・・。

笑えない。。。

密室コメディならぬ密室ドキュメンタリーといった方がしっくりくる出来。

しかし一見地味な作品にあって周防監督の作劇術や映画のつくりといった構成は今までの作品とほとんど変わっていないことが分かる。

要はその生み出されたギャップが笑いではなく、シリアスな驚きとして転化、認識されてしまうという違いだけで、たしかにコメディタッチを抑えているとはいってもユーモアな作風が一変してしまうような映画のつくりではなく、あくまでも今までの周防映画の色や特色(竹中直人などの周防映画の常連俳優がこぞって出演しているというようなことだけではなく)が随所に散りばめられた作品になっている。

つまり、この映画を受け取る側が、例えば普段ワイドショーやTVドラマなどから受け取る“裁判”とこの映画で描かれる“裁判”とのイメージギャップの差を、笑いではなくシリアスな驚きとして受け取ってしまわざるをえない現実こそが大問題なのであり、それがこの映画の狙いでもあるのだろう。

そういう意味でこの身近な社会に横たわる笑えない現実を真摯な視点で描き出した周防監督の狙いは見事にハマッたといってよく、10年のブランクなど全く感じさせない映画になっている。

でも、ホント目が点になりっぱなしの140分だったけど、これ見て1番問題だなと思ったのは、警察のあまりにもずさんな初動捜査ではなかろうか。

ここがしっかりしてないから、こういう冤罪が起きちゃうのではないかと思ってしまうくらいにヒドイ扱い。

この前、新聞を読んでたら、痴漢被害にあった女子生徒が相手を取り押さえて警察に届け出たときの署での対応ぶりに信じられない思いにとらわれたという都立高女性教諭のコラム記事があった。

警察署で捜査員から「大企業に勤めているので、クビになるかもしれないけど、犯人だと断言できる?」「裁判になると嫌な目に遭うよ」などと言われ、被害届を出さないまま帰されてしまった生徒の話や、「お前のスカートも短いからなぁ、1回目に黙っていたからまた触っていいと思ったんだろうな」などと生徒に非があるかのような言葉を投げつけられた話、セクハラまがいの行為を受けた話など、被害者が二重に傷つくというあまりにも理不尽な対応にこれまた驚愕してしまったが、これが容疑者への聴取となったら、、、映画での描写のように容易に想像がつくというものだ。。

最近では被害者の聴取に女性警官をあてるなどの配慮をする署も増えているというが、そんなの当たり前じゃないのか。。それが今までなされてこなかったということにまたビックリ。

てかへたしたら年間数千件、いや万単位で起こってるかもしれない痴漢のバカ多さに警察も面倒くさくなってしまうのかもしれないが、、、いや、それじゃ済まされない話だなホント。

満員電車に乗るときは背中から乗る!しかと覚えておこう。

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39・刑法第三十九条

Iwutwauyd_2出演:鈴木京香、堤真一、岸部一徳、江守徹、杉浦直樹、吉田日出子

監督:森田芳光

(1999年・松竹・133分)早稲田松竹

評価★★★★/80点

内容:夫婦殺人事件の犯人として逮捕された劇団員の青年・柴田真樹(堤真一)は、容疑そのものは認めたものの事件当時の記憶がなく、殺意は否認する。やがて裁判が始まると、弁護側は心神喪失を主張、精神鑑定により柴田が多重人格と認定される。ところが、鑑定を行った教授(杉浦直樹)の助手・小川香深(鈴木京香)は、その鑑定に疑問を覚え、独自の調査で柴田の内面に迫っていくが・・・。犯行時、犯人が心神耗弱もしくは心神喪失の場合は罪に問わないという刑法第三十九条の法の問題点を突いたサイコサスペンス。

“本当の狂気とは・・・”

心神喪失者・耗弱者の責任能力は、はたして的確にはかられてきたのだろうか。

昨今続発する凶悪な犯罪事件でことあるごとに精神障害の可能性が論じられ、一にも二にもまずは精神鑑定ありきということが時々不思議に感じてしまうこともあったのだが。。

しかし、心の病がある意味粗製乱造花盛りで用いられるのは、あまりにも常人には理解できない事件が日常の中で積み重ねられ、それが常態化してしまった時に、我々にはもはや狂気=心の病=犯罪という構図でしか理解する術を持てないからなのかもしれない。

が、だとすればますますもって冒頭に述べた心神喪失者・耗弱者の責任能力は的確にはかられてきたのか、という問題がクローズアップされてくるのではないかと思う。

その中でこの森田芳光監督の意欲的な作品は、そういう問題を、裁く側、鑑定する側の解釈の不備や矛盾を彼ら個々の人間性や心にまで踏み込み、デフォルメ、強調した異様な形で露わにしていく。

そして彼らに対峙する被告の狂気の偽装と、その裏にあるズシリと重い真実が刑法第三十九条を骨抜きにしていく。

これは、紛う方なき問題作だ。

まるで心が病んで闇を抱え人間性に欠陥があるかのごとき精神鑑定員と、感情を排した機械的な処理者として描かれる弁護士と検察官。

一方、人生を賭けた強靭な精神力で法に立ち向かう工藤啓輔(=柴田真樹)。

彼は、心に深い闇を抱えている。その闇が心の病にすり替わっていく容易さと安直さをあざ笑うかのように、狂気の偽装が同条の運用にあたっての問題点を浮き彫りにしていく。

しかしこの映画はそこで終わらない。

狂気の偽装をひも解いて工藤啓輔の哀しく重い人間性を露わにしていくことで、本当の狂気とはひとりの人間として裁きを受ける権利、その人間としての権利を奪う刑法第三十九条そのものにあるのではないか、というところにまで突き進んでしまうのだ。

しかも工藤啓輔の闇を解放したのは、鑑定人・小川香深の心の闇だった。

闇も人間の一部なのだ。

ここにこの映画の凄みが集約される。

この同条適用にあたっての問題提起においそれと答えを出せるものではないが、しかし非常に重い問題であることはたしかだ。

それにしても一本の映画でここまでまとめ上げることができるというのは驚くべきワザとしか言いようがない。

映画としての狂気、役者としての狂気を間近に肌で感じられたような気がする。久々にビリビリとくる映画だった。

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真実の行方(1996年・アメリカ・131分)NHK-BS

 監督:グレゴリー・ホブリット

 出演:リチャード・ギア、エドワード・ノートン、ローラ・リニー

 内容:シカゴの大司教が惨殺され、教会に住んでいた少年アーロンが容疑者として逮捕された。野心家の敏腕弁護士ベイルは、不利な状況にもかかわらず彼の弁護を買って出るが・・・。

評価★★★☆/70点

見ず嫌いでこの映画を見ないこと約10年!よくまぁ10年もの間、内容結末ともに知らないできたもんだ(笑)。

地味ぃ~な印象がずっとあったんだよね、これ。作品選びに難がありすぎるリチャード・ギアの法廷ものというだけで遠ざけてたからなぁ。

いやはや、先入観は改めないと。

ま、それもこれもエドワード・ノートンのおかげなんだけどね。。

2016年10月30日 (日)

夢のシネマパラダイス493番シアター:アフリカの今

キャプテン・フィリップス

Poster2出演:トム・ハンクス、バーカッド・アブディ、バーカッド・アブディラマン、ファイサル・アメッド、キャサリン・キーナー

監督:ポール・グリーングラス

(2013年・アメリカ・134分)WOWOW

内容:2009年。ケニアへの援助物資を運んでいたアメリカ国籍のコンテナ船マースク・アラバマ号が、ソマリア沖で武装したソマリア人海賊に襲撃される。あっという間に船が占拠されてしまう中、船長のリチャード・フィリップスは、重大な決断を迫られていくが・・・。

評価★★★★/75点

さすがボーンシリーズでアクションエンタメのハードルを一段上げただけのことはあるポール・グリーングラスの真骨頂がここでも存分に発揮されている。

その真骨頂とは、疑似ドキュメンタリーをアプローチとしてエンターテイメントを創造することにある。

具体的には手持ちカメラの絶妙な距離感が生み出す緊迫感と臨場感がフィクションであることを軽々と超越してしまう、その高度なテクニックが半端ないことにつきる。そしてそれが監督が常にモチーフとして描く生死の境という極限のシチュエーションに絶大なリアリティをもたらしているわけだ。

映画を見る上で、一寸間違えば死という究極の非日常に飲み込まれてしまうかもしれない恐ろしさを体感できるというのはそうそうあるものではないけど、この監督の映画の面白さはそこにこそある。

その中で今回はソマリア海賊による船のシージャック事件の実話をもとにしていて、何の比較対象もない大海原の上ということでスピード感とか緊張感が鈍重になりはしないかと一抹の不安感があったのだけど、それはほどなくして杞憂に終わった。

ヤン・デ・ボンの「スピード2」とは大違いだった(笑)。

特に小さな海賊船が大きなコンテナ船をあれよあれよという間に乗っ取るまでの一連のシークエンスは息つく暇もなく見応え十分。

双眼鏡でのぞいた時に小粒のような不審船が猛然とこちらに向かってくるのを見つけた時や、不意にマシンガンを撃ち込まれた時の恐怖感はヒリヒリと伝わってきて、まさに疑似体験を味わわされた

搾取する側とされる側、先進国と途上国という政治的な問題を匂わせはするけど、結局武器を持つ者と持たざる者、最新鋭の武器とボロボロの武器という即物的な力の大小に落ち着くあたりは、よりエンタメ方向にベクトルが向いているので、だとしたらソマリア海賊側の視点を入れるのは、言い知れぬ恐怖が減退してしまうし、しかも申し訳程度に入れるのならいらない方が良かったとも思ったんだけど。。でもまぁ、ここまでハイテンポに畳みかけられるとそれも気にならなかった。

やはりこの監督スゴイわ。

でも、海賊を生業にしなければ生きていけないソマリア人の悲劇っていうのもあるんだよね。進んでも地獄、戻っても地獄ていう・・・。

そこらへんの掘り下げに関してはまた別な作品で見て勉強しないとダメだな。

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風に立つライオン

Poster2出演:大沢たかお、石原さとみ、真木よう子、萩原聖人、鈴木亮平、藤谷文子、石橋蓮司

監督:三池崇史

(2015年・東宝・139分)WOWOW

内容:1987年、ケニアにある長崎大学の研究施設に派遣された島田航一郎。現地で研究の他に一般診療も行い充実した日々を送るが、ある時、赤十字病院から1か月の派遣要請を受ける。そこで彼は内戦で負傷した人々が次々に運び込まれてくる想像を絶する過酷な状況を目の当たりにする。そして自分の無力さを思い知らされた彼は、そのまま赤十字病院への勤務を志願するのだった・・・。

評価★★★/65点

ケニアロケを敢行しただけあってアフリカの雄大な大地の画力と奥行きは白眉で、登場人物の信条や境遇が純化されていくに足る色彩を帯びていたように思う。

その中でアフリカの医療に身を捧げる島田航一郎(大沢たかお)は、幕末にタイムスリップした現代の医師が近代医療に身を投じるJIN-仁-を想起させて見応えがあった。

しかし、せっかくの濃密な題材も扱いが散漫な印象が拭えず…。

それは多分にアフリカパートと長崎パートのコントラストにムラがありテンポの悪さが目についたことが大きいと感じたのだけど、はたして長崎パートは必要だったのだろうかとそもそも論のところで思ってしまった。

そこに時間をかけるよりもケニアで赤十字の戦傷病院で働く看護師の草野和歌子(石原さとみ)の経歴をこそもっと丹念に描いてほしかった気も。。

もっと骨太な作品にできたはずという点ではもったいない感の方が勝ったかなぁ・・。

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ザ・インタープリター

Imge8d3b19307vfv3 出演:二コール・キッドマン、ショーン・ペン、キャサリン・キーナー

監督:シドニー・ポラック

(2005年・アメリカ・129分)2005/06/01・MOVIX仙台

評価★★★/60点

内容:アフリカ南部のマトボ共和国で大量虐殺が行われていると、国際社会はズワーニ大統領を厳しく批判していた。そんな中、国連総会でズワーニ大統領が演説することが決まる。マトボの言語であるクー語を翻訳できる国連職員のシルヴィアは、ズワーニの暗殺計画を知ったため通報するのだが、シークレットサービスから派遣された捜査官のケラーは、彼女自身が暗殺に関与していると疑う・・・。史上初めて行われた国連本部内でのロケも話題に。

“国連というどでかいリアルを持ち込んだわりに、よくあるフィクションの1つにしかなっていないのは消化不良。”

クー語と聞いて「不思議惑星キン・ザ・ザ」を思い浮かべてしまうのは自分だけかww?

というのはともかくこの映画、、惜しい。サスペンスとしてもドラマとしても、、惜しいのだ。逆に言えば物足りなさが目立つともいえるわけで。

国連というリアルな箱庭をせっかく用意したのに、まるで上空からその箱庭をただ俯瞰しただけのような中身の無さ。

あるいは、マトボ及びクー語という用意周到な虚構の中で、小さなリアルを積み重ねることによってアフリカの紛争、アフリカの“今”を切り取るのかと思いきや、現実離れしたキッドマンの人物設定といういわば絵空事だけで押し通しあぶり出していこうとする無茶苦茶さ。

また、ケラー(S・ペン)の私生活における悲しみが、接点の見えないまるで意味のない無駄な描写に見えてしまうほど物語と絡んでこないもどかしさ。

これらが総じてこの映画を物足りないものにしていると思ってしまった。

結局、大統領暗殺計画という大きなサスペンスドラマの落ち着いた先は、シルヴィアとケラーが抱えた個人と家族の問題だったわけで、なるほど道理で先に記したケラーの悲しみを延ばし延ばしで引っ張ったわけだと合点がいくのだが、この映画の落とし方にはまるで合点がいかない。。

ズルイというか逃げだろこれは。。

本当にリアルだったのはオープニングの銃を構えた少年とS・ペンの見事な表情だけだった・・・。

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ホテル・ルワンダ

Hotel 出演:ドン・チードル、ソフィー・オコネドー、ホアキン・フェニックス、ニック・ノルティ

監督:テリー・ジョージ

(2004年・英/伊/南ア・122分)2006/04/15・盛岡フォーラム

評価★★★★/75点

内容:1994年、ルワンダ。多数派のフツ族と少数派のツチ族の内戦は和平交渉がまとまるかに見えたが、フツ族の大統領が暗殺されたことによって事態は急変。フツ族の人々がツチ族の市民を襲撃し始めた。ベルギー系の高級ホテルで働く支配人ポールはフツ族だったが、妻がツチ族だったことから親類身内をホテルに匿うのだが・・・。1200人もの人々をホテルにかくまい、持ち前の機転と交渉力でその命を守り抜いた一人のホテルマンの奇跡の逸話。

“あまりにも不条理な世界の現実、そこに置き去りにされた人々がいるという事実、家族を死に物狂いで守り抜くという男の決意。気だるい(しかもどこかキナ臭さが漂う)平和を謳歌する日本人にとってはすべてが想像を絶する理解不能ワールド・・・。しかし、とにかく映画を観ることによって「知る」ことから始めるしかない。無知から恐怖は生まれ、その恐怖が狂気へと深化していく1番恐ろしいものなのだから。”

過去数百年にわたって欧州列強に侵略されてきたアフリカの近現代史(それ以前の歴史は侵略の過程で忘却の彼方へ押しやられ抹消されていったといってよい)は、白人たち侵略者との戦いであったわけだが、その戦いを克服した後に出てきたのが現在もアフリカ各地で続く内戦だ。

それは、世界地図でアフリカを見ると、判で押したように定規で線を引いたような整然とした国境線であることが分かるが、これは文字通り欧州列強が地図上で勝手に定規で引いて決めたわけで、そこにはアフリカの人々はおろか民族や部族や宗教、文化の違いといったものは何ら考慮されることはなかった。そこにあるのは欧州列強の縄張り争いと、その中での妥協の産物だけだったのだ。

それゆえ、同じ民族が国境線という名の下に分断されたり、あるいは異なる民族同士が同じ国に属するということが至る所で生じていたわけで。

現在続発するアフリカでの内戦や民族間の争いの大元はそこにあると思う。

今回の作品「ホテル・ルワンダ」の舞台であるルワンダの場合は、ルワンダ国民の85%を占めるフツ族と残りのツチ族の間の部族間争いである。

しかしこれだって大元をたどれば、第一次大戦の戦利品としてルワンダを召し上げたベルギーのルワンダ統治に行き着くだろう。

要は、統治しやすいようにルワンダ国家を弱体化させるために用いた方法として、ヨーロッパ人の容姿により近いという理由でツチ族を優遇することでフツ族とツチ族の間における人種差別を故意に増長させるというやり方だ。

後にベルギーはフツ族に乗り換えたりもして、ベルギーが1960年代に去った後に残されたのはフツ族支配者の一党独裁だったわけだが、結局これがツチ族100万人大虐殺という最悪の事態へ結びついてしまったわけで、その間、欧州はまるで過去の事実と所業を忘れてしまったかのように「第3世界」という括りでアフリカをそっくりそのまま置き去りにして捨て去ってきたのだ。

今回の映画はそういう背景や俯瞰的視点が決定的に足りないことは否めないと思う。

あくまでもポールの実体験による個人的な視点、すなわち家族を救うために口八丁手八丁で東奔西走しながら必死の形相で駆けずり回った男の視点と、結果として1200人もの尊い命を救ったという事実を描いたのみといっていいと思う。

もちろんその描かれていることだけでも非常に重く衝撃的で、日本から見ればはるかに遠い地ルワンダで起きたことをこの作品を観て知るということは非常に貴重なことだとは思う。

しかし、一方では、一抹の物足りなさが残ったのも確かなのだ。それは先ほども述べた通り、政治、民族、戦争、世界といったマクロな視点がほとんどないことに行き着いてしまう。

一応ないこともないのだが、それはツチ族の妻をもつフツ族のポールの家族の形として、また映画の舞台となる高級ホテルに断片的に凝縮されている形にすぎない。

マクロな視点とミクロな視点を交差させることで、なぜこういうことになってしまったのか、何が普通の人々を虐殺という酷い行為に走らせたのかといったところまで掘り下げていってもらいたかった気もする。

なぜなら、日本人として、人間として、何の関係もない話だとは決して言えないのだから・・・。

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ブラッド・ダイヤモンド

20070407024917 出演:レオナルド・ディカプリオ、ジェニファー・コネリー、ジャイモン・フンスー、マイケル・シーン

監督:エドワード・ズウィック

(2006年・アメリカ・143分)2007/04/16・盛岡フォーラム

評価★★★★/75点

内容:激しい内戦が続くアフリカ・シエラレオネ。漁師のソロモン(J・フンスー)は、反政府軍RUFの襲撃に遭い、ダイヤモンド採掘場で強制労働を強いられる。そこで巨大なピンクダイヤを発見したソロモンは、政府軍の来襲の混乱にまぎれてそのダイヤを秘密の場所に隠すが、その後刑務所に投獄されてしまう。一方、同じ刑務所に収監されていたダイヤの密売人ダニー(ディカプリオ)は、ソロモンがピンクダイヤを隠していることを知り、釈放後アメリカ人女性ジャーナリストのマディー(J・コネリー)の協力を得てソロモンの家族捜しに協力することを条件に、ダイヤの隠し場所を聞き出そうとするのだが・・・。

“先進国のダイヤを欲しがる一人の消費者が買った指輪のせいで、シエラレオネでは女性一人の手足が切り落とされているかもしれない・・・。”

国際人権保護団体アムネスティのサリル・トリパシ氏の言葉だが、幸せの象徴であるダイヤのリングが、ダイヤとは全く無縁の産出地の人々にとっては地獄のような不幸の象徴なのだという事実にただただ衝撃を受けるばかりだった。

一時は、このような紛争ダイヤモンドが世界市場の10%以上を占めていたというのだから驚くほかないが、消費大国である日本に暮らす我々日本人の手に渡っていたとしても何ら不思議ではないのかもしれない。

資源のほとんどを輸入に頼る日本、自分が普段何気なく買っているものの背景にはこういう話が五万とあるのかもしれない・・・。

ところでビックリしたのだけど、日本の平均寿命が80歳超えて世界一ならば、それとは正反対の平均寿命34歳で世界最短の国がこの映画の舞台であるシエラレオネなのだそうだ。

激化した内戦で幼児の4人に1人は5歳まで生きられず、または兵員補充のために殺戮の現場に少年兵として駆り出されていく現実。

子供が笑いながら銃を乱射し無造作に人間を撃ち殺す衝撃的なシーンは、映画としては最も忌避されるべきものだと思うけど、「シティ・オブ・ゴッド」と同様にこういう嘘のようなホントの現実が実際にあるのだということを伝えるためには必要な描かれなければならないことなのだろう。

その点でいえば、この映画は銃撃アクションとダイヤを巡るアドベンチャーを前面に出した娯楽商業映画という面も持ち合わせていて、舵取りを少しでも誤るとチンケなトンでも映画になってしまう可能性もあったのだが、社会派としてのメッセージをしっかりとなおかつ取っ付きやすい形で織り込んでいて、ハリウッド映画にしてはバランスがとれていて評価できる。そういう意味でも非常に見応えのある作品といえるだろう。

そしてなんといってもレオナルド・ディカプリオの一筋縄ではいかないヒール役の渾身の熱演も見逃せない。「ディパーテッド」よりも断然良い。

アフリカで生まれ育った元傭兵で血塗られたダイヤから利益を得ている密売人だが、その内には哀しいトラウマを抱える複雑なキャラクターをアカデミー賞ノミネートも納得のたしかな実力で演じ切っている。

この作品で童顔スターからついに脱皮したというのもあながち間違いではないと思う。往年の大スター、ハンフリー・ボガートと肩を並べたというのはさすがに言いすぎか、、な(笑)。

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ダーウィンの悪夢

Dar 監督・脚本:フーベルト・ザウパー

(2004年・オーストリア/ベルギー/仏・112分)WOWOW

評価★★★★/80点

内容:アフリカ中央部に位置するビクトリア湖は多様な生物が生息していたことから、かつて“ダーウィンの箱庭”と呼ばれていた。そんな湖に半世紀前、外来種の巨大魚ナイルパーチが放たれた。その白身は食用としてヨーロッパや日本で好まれたため、湖畔の町の地域経済は発展を遂げた。しかし、一方では、肉食巨大魚の大増殖で湖の生態系は激変、さらに貧富の差の拡大、エイズやドラッグの蔓延など新たな問題が町の人々に襲いかかる・・・。グローバル経済に取り込まれたアフリカで引き起こされた悪夢のような現実を描き出すドキュメンタリー。

“必死で食べ物にかじりつく少年と、マックのフィオレフィッシュにかぶりつく自分・・・。”

普段何気なく食べている白身魚フライがアフリカの飢餓の原因になっていたなんて・・・。

日本には数千トン輸入されているというナイルパーチはスズキの代用品として普通に切身で売られているほか、冷凍食品の白身魚フライとして学校給食やファミレスでよく使われているのだという。

最大で体長が2mにもなる大魚の白身をヨーロッパ人や日本人が根こそぎ持っていき、頭と皮だけになった残骸を食すしかない現地の人々。

ウジ虫の湧いた累々たる残骸と、片目を失った女性、そしてわずかばかりの食べ物を必死で取り合う子供たち。そしてナイルパーチの切身を満載して飛び立っていく飛行機が、代わりに満載して運んでくるものは、、、武器。

ショックだった。何にも知らない自分・・・。

グローバリズムという名の弱肉強食の世界で我々先進国の人間はナイルパーチそのものなのかもしれない。

生態系を破壊するナイルパーチのごとく我々がしていることは虐殺と呼ぶにふさわしいことなのかもしれない。

そんなこと露も知らず、マクドナルドのフィレオフィッシュにかぶりつく自分・・・。

                 ・

                 ・

しかし、ふと考えてみると、ディカプリオが主演し、同じくアフリカの問題を扱った「ブラッド・ダイヤモンド」では、紛争ダイヤを買う我々消費者にも多大な責任が委ねられていることを示していて、それはストンと胸に落ちたのだが、はたしてこの「ダーウィンの悪夢」で描かれた由々しき問題にも我々消費者に責任はあるのだろうかと考えると、なんかちょっと的外れな気もしたりして。。

もちろん加担していることはたしかなのだけど、なにかうまく言葉が見つからないけど、グローバルな資本主義システムの中に我々消費者も含めて組み込まれてしまっていることにこそ問題があるのではないかなぁ、と思ったり。

その中に当事者の顔が何千、何万と組み込まれ張り巡らされているわけで、いったい誰が悪いのか何が悪いのか、このシステム自体を変えるのにもいったいどこから手をつければいいのか分からないような世の中になってしまっている。

最終的に口の中に入れる我々消費者ができることが、例えばナイルパーチの白身フライを買わないとか食べないとかマックに行かないといったことで、この問題を解決できるのかといえば、かえってビクトリア湖の地元の産業体系を壊してしまい、ますます貧困が広がってしまうのかもしれないし。

この広大なグローバリズムの国際社会の中で、個々人が日常生活の中でできることは悲しいことに非常に限られている。

でも、自分は知ってしまった。この映画を観て。

グローバル化した世界の末端にいる人々の現実を。あまりにも悲惨な現実を。

自分にできること。この映画を周りに広めるくらいのことは出来る。自分みたいに何にも知らない人々に。無知を改める手助けをするくらいのことは出来る。

映画の中で、夜警に従事している男が「戦争があればみんな儲かって助かるのに。みんな戦争が起きればいいのにと思っている。」と言っていたのも衝撃的だった。

かなりヘコム映画だ。何にもできない自分に鬱になる映画だ。あまりにも世界の現実を知らない自分に腹が立ってくる映画だ。

でも、自分は知ってしまった・・・。

2016年6月 6日 (月)

夢のシネマパラダイス520番シアター:アメリカン・スナイパー

アメリカン・スナイパー

Poster2_2出演:ブラッドリー・クーパー、シエナ・ミラー、ルーク・グライムス、ジェイク・マクドーマン、ケヴィン・レイス、コリー・ハードリクト

監督:クリント・イーストウッド

(2014年・アメリカ・132分)盛岡フォーラム

内容:2001年の911同時多発テロをテレビで目の当たりにしたクリス・カイルは、愛国心に燃え、ネイビー・シールズに入隊する。やがてイラク戦争にスナイパーとして出征したクリスは、驚異的な狙撃の腕前から“レジェンド”の異名をとるまでになる。そして無事に愛する妻と生まれたばかりの長男のもとへ帰還を果たすのだったが、その後クリスは4度に渡って苛酷なイラクの戦地へ赴く。しかし、そのたびに彼の心は均衡を失っていき・・・。

評価★★★☆/70点

映画を見ている間、なぜイーストウッドはこの映画を撮ろうと思ったのか、その意図するところを見極めようと思いながら見ていた。

それはイーストウッドが特にここ十数年、たなびく星条旗にゆらめく光と影を一貫して切り取ってきたからだ。

そういう点で今回の映画は、太平洋戦争の趨勢を決めた硫黄島の戦いで摺鉢山の頂上に星条旗を掲げた兵士たちが戦争の英雄に祭り上げられ人生を狂わせていく「父親たちの星条旗」を想起させる。

しかし、かの作品が、国家が個人を時に無視し、時に酷使し、そして利用し使い捨てるという戦争が持つ根本原理を冷徹に捉えていたのに比べると、今回は終わりのない復讐劇という戦争のもう一方の根本原理を強調しているとはいえ、より個人の意志にクローズアップされていて、戦争を遂行する国家の欺まんが見えてこないのがやや中途半端な印象。

ただ、70年前の「硫黄島からの手紙」の時代とは異なり、戦場でドンパチやってる最中の夫と祖国にいる妻が携帯電話一本でつながってしまう地理的・時間的制約のない現代においては、戦争の毒は国家の大義というフィルターを介在せずダイレクトに個人に帰結し侵食してくるといえるのかもしれない。

その中でこの映画が衝撃的なのは、獰猛な狼からか弱き羊を守る番犬になれと教えられてきたクリスがイラクで見たものが、か弱き羊であるはずの女子供が狼の皮をかぶらされる現実だ。さらに、番犬を自負しているはずのクリスが彼らにとっては獰猛な狼でしかないという事実をまざまざと見せつけられるのだけど、当の本人はその当たり前の事実に思い至っていないばかりか、イラク人は野蛮人だ!というところで思考停止してしまっているところが暴力の連鎖のらせんから抜け出せないアメリカの哀しみを表しているようでなんともむなしくなってしまった。

大量破壊兵器あるある詐欺でイラクに攻め入ったアメリカ自身がイラク戦争を総括するには(テロとの戦いという言葉にすげ替えるのではなく)まだまだ時間がかかりそうだけど(ていうか永遠にできないかも!?)、その評価が定まった時にどのようなスタンスの映画が作られるのか興味があるところだ。

そういう点では今回の映画化はまだ時期尚早だったのかな、という印象かなぁ・・。

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ジャーヘッド

Dvd_070104_01出演:ジェイク・ギレンホール、ピーター・サースガード、ルーカス・ブラック、クリス・クーパー、ジェイミー・フォックス

監督:サム・メンデス

(2005年・アメリカ・123分)DVD

評価★★★☆/70点

内容:祖父の代から3世代続けて米軍海兵隊員となった18歳のスウォフォードは、過酷な訓練を経て、わずか8名の斥候狙撃兵に選ばれる。そして、クウェートにイラクが侵攻したことにより、スウォフォードはサウジアラビアに派遣される。ところが、灼熱の砂漠には敵兵どころか人っ子一人いない状況で、ひたすら指令を待つ日々が続く・・・。実際に湾岸戦争に従軍したアメリカ人青年が記したベストセラー・ノンフィクションの映画化。ちなみにジャーヘッドとは、米軍海兵隊員の丸刈り頭を揶揄した呼び名。

“先生の言うことをきかない超ワル生徒ばかりの男子校180日間強制林間学校!”

行く先は、、、果てしない砂漠です・・・。

テント設営は塹壕掘りに、飯ごう炊きは“焼き印”押しに、ハイキングは砂漠の行軍に、海水浴は油の黒い雨に、バーベキューは人間の丸焼きに、キャンプファイヤーは燃え上がる油田に、オリエンテーリングは肥溜め掃除に、肝だめしはアラブ人と地雷との遭遇に、枕投げは手榴弾投げに、花火はマシンガンの乱射に・・・。

“待つ”ということを知らない今の若者たち、その持てあますエナジーとアドレナリンと射精を封印し抑え込むのに最適のプログラムをご用意させていただきました!

その名も「砂漠の嵐」プロジェクト!

これで恋人や奥さんも安心して他の男とヤリまくれます、、っておいおい

いや、そういうシュールな青春映画なんだなこれは(笑)。

自分の怒りや悲しみといった感情と思いの持って行き場のない孤独感や焦燥感、苦悩と葛藤。そういうのが、おバカばかりやってる彼ら=ジャーヘッドの姿を通して痛々しく描き出されていく。

しかもそれをダラダラとした日常ではなく、ダラダラとした戦場を舞台として描いたのがなんとも秀逸で、なにかとドラマティックさとショッキングさを求めがちな戦争映画にあって、今まで見たこともないような作品に仕上がっていたと思う。

ジェイク・ギレンホールもいつの間にやら脱皮して良い役者さんになりつつあるし。なかなかの映画だったな。

しかし、「ディア・ハンター」(1978)をああいうふうに使っちゃうとはねぇ・・

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スリー・キングス(1999年・アメリカ・115分)WOWOW

 監督・脚本:デイビッド・O・ラッセル

 出演:ジョージ・クルーニー、マーク・ウォルバーグ、アイス・キューブ、スパイク・ジョーンズ

 内容:特殊部隊少佐のアーチー・ゲイツら3人は、イラク軍がクウェートから奪った金塊の隠し場所を記した地図を手に入れる。彼らは、金塊を詰めても決して破れないルイ・ヴィトンのバッグを手に、イラク領内に侵入するのだが・・・。戦争映画の常識を覆すノリノリの良さがとにかくスゴイ1本!?

評価★★☆/50点

こんなお気楽に戦争を描ける国はもはやアメリカしかない!

そしてこんなお気楽に戦争批判できる国もアメリカしかない!!

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戦火の勇気(1996年・アメリカ・117分)WOWOW

 監督:エドワード・ズウィック

 出演:デンゼル・ワシントン、メグ・ライアン、マット・デイモン

 内容:米軍大佐サーリングは、湾岸戦争で戦死した女性パイロットの死の真相を追う。ある者は彼女を臆病者と呼び、ある者は英雄として尊敬しており、彼は混乱するのだが・・・。

評価★★☆/50点

“胸にぎょうさん勲章付けていったい人間どのくらい殺したん・・。”

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クライシス・オブ・アメリカ(2004年・アメリカ・130分)DVD

 監督:ジョナサン・デミ

 出演:デンゼル・ワシントン、メリル・ストリープ、リーブ・シュレイバー、ジェフリー・ライト

 内容:湾岸戦争時、現在は政界で活躍するショー軍曹に命を救われたマルコと部下たちは、今だ戦争の悪夢に悩まされていた。原因を調査したマルコは、自分たちがマインドコントロールされていたことに気付く・・・。

評価★★★/60点

ヤバイ、ふ、冬彦さんが頭にこびりついて離れなくなった・・・。メリル・ストリープはさながら野際陽子か。。

でも、こういうのってX-ファイルで何回も見た気がするんだけど。

様々な方面に外敵を求めてきたハリウッドが次にめっけたのは、多国籍企業か。。

2016年1月18日 (月)

夢のシネマパラダイス464番シアター:恐るべしスカーレット・ヨハンソン!

LUCY/ルーシー

T0017709q1出演:スカーレット・ヨハンソン、モーガン・フリーマン、チェ・ミンシク、アムール・ワケド、アナリー・ティプトン

監督・脚本:リュック・ベッソン

(2014年・フランス・89分)WOWOW

内容:台北のホテルでマフィアの闇取引に巻き込まれてしまったごく普通の女性ルーシーは、身体に新種の麻薬が入った袋を埋め込まれ、運び屋として利用されてしまう。ところが、お腹を蹴られた際に袋が破れ、その麻薬が体内に漏れ出してしまう。そしてその後、彼女の脳内に異変が。なんと通常の人間は脳の潜在能力の10%しか活用できないが、ルーシーの脳はそれを凌駕した覚醒を始めたのだという。マフィアの追手が迫る中、脳科学者ノーマン博士と会うべくパリへと向かうルーシーだったが、その間にも脳の覚醒は進行していき・・・。

評価★★★/60点

まるでX-MENのいちキャラクターの誕生秘話といっても通用するような映画だったけど、期待してたのとはちょっと違ったかな。。

自分がイメージしていたのは、90年代にアクション映画で活躍したジーナ・デイビスのような体当たり演技でスクリーンの中をド派手に動き回る王道アクションのカッコ良さと、類まれな美貌とスタイルを持つスカヨハのあふれんばかりのお色気フェロモンを満喫できる90分だったのだけど、まさかワンピースのルフィのような覇王色を身にまとったスカヨハが悠然と歩く中を敵が勝手に吹っ飛ぶサイキック映画になっているとは・・・。全然お腹いっぱいにならないんですけど

生命が誕生して10億年、生命進化の最強形態スカーレット・ヨハンソンを堪能するには物足りない出来だったことはたしかだ。

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真珠の耳飾りの少女

P308 出演:スカーレット・ヨハンソン、コリン・ファース、トム・ウィルキンソン

監督:ピーター・ウェーバー

(2003年・イギリス/ルクセンブルク・100分)バウスシアター

評価★★★★/80点

内容:画家フェルメールが描いた1枚の絵をめぐって繰り広げられる歴史ドラマ。1665年のオランダ。一家の家計を支えるため、フェルメールの家で奉公することになった少女グリート。優れた色彩感覚をもつ彼女は画家に認められ、2人はやがて特別な関係になるが・・・。

“愛憎と嫉妬うずまく気位は高いが零落した疑似伏魔殿VSスカーレット・ヨハンソン”

前もって雑誌でポスターを見たときは、こりゃ「ピアノ・レッスン」ばりの愛欲乱舞が展開するのかななんて思ったのだが。

フェルメールがグリートのスカートの股ぐらに顔を突っ込んで、ただでさえ神妙で困惑した表情がますます苦悶にもだえるのかぁっ、スカーレット・ヨハンソンっ、と展開していったのは自分の脳内妄想だけだったのね

あるいは「薔薇の名前」に漂うような閉所恐怖症的な異様な雰囲気とにおいに包まれているのか、なんてことも想像してたのだけども、いい意味で裏切られたかんじ。

まるでカトリック修道院に仕える敬虔な修道女そのままのグリートの清貧なにおいが、疑似伏魔殿を文字通り修道院に変えてしまったような、そんな錯覚さえ覚えてしまった。

あの祖母はさしずめ修道院長といったところか。

その中で、他とは隔絶されたフェルメールのアトリエ部屋は、その過ぎゆく時間と光と陰が織り成す空間とが相まって不思議で魅惑的な小宇宙を醸し出していた。

しかし、とにかくはスカーレット・ヨハンソンをベタ褒めしないわけにはいくまい。

たった一人で敵を向こうに回して苦悩の表情を浮かべながら映画のバランスを保った、その真摯な姿はあのジャンヌ・ダルクでさえも太刀打ちできないだろう。

恐るべしスカーレット・ヨハンソン。

いつかはマリー・アントワネットまたはルクレチア・ボルジア、いやいやブランヴィリエ侯爵夫人なんかどうでしょう。そんな悪女を演じる姿を見てみたいものだ。

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マッチポイント

Ohevwkwcsm 出演:ジョナサン・リース・マイヤーズ、スカーレット・ヨハンソン、エミリー・モーティマー、ブライアン・コックス

監督・脚本:ウディ・アレン

(2005年・米/英/ルクセンブルグ・124分)仙台チネ・ラヴィータ

評価★★★★/80点

内容:イギリスのロンドン。元プロテニスプレイヤーのアイルランド人青年クリスは、会員制テニスクラブのコーチとして働き始める。英国の上流階級に憧れる彼は、やがて実業家のボンボンであるトムと親しくなり、その妹クロエと付き合い始める。やがて、彼女と結婚し、義父の会社の重役として迎えられ順風満帆な人生が始まるかと思いきや、、トムのフィアンセでアメリカ人の女優の卵ノラを一目見るや、その官能的な魅力にイチコロになってしまい・・・。

“負け組人生にドップリ浸かっているオイラはクリスになれるのか!?”

ポテッとした唇と吸い込まれるような肉感を持った肢体を完備する、男を夢中にさせ決して後悔させない女サラ。

一方、上流階級への入口にはもってこいのお金に困ることもない、安定した人生・家族設計は約束されたようなもの、大企業経営者の娘で英国上流階級のお嬢様クロエ。

このSEXしまくりたい女と、幸せで安定した家庭を築ける女との二重生活という男の永遠の妄想を現実化した夢のようなお話、、、いやいや現実はそうそうストレートインにはいかなかったというお話を、ヒッチコック風サスペンスの単純明快さと従来のウディ・アレンのシニカルな残酷世界を織り交ぜて、笑いのタッチをかなり抑えた正攻法で描いていく。

個人的には、分かりやすすぎるくらいに分かりやすい内容とテーマ(例えば作中にも出てきたドストエフスキーの「罪と罰」のモチーフや、モンゴメリー・クリフトの「陽のあたる場所」やアラン・ドロンの「太陽がいっぱい」を彷彿とさせる展開etc..)で、非常にとっつきやすく、またスカーレット・ヨハンソンの妖艶さにメッロメロになってしまいスクリーンに釘付け状態になってしまった。

そして、“マッチポイント”を起点にした古典的かつ単純なプロットとシナリオをこれほど深みのある人間劇へと昇華させてしまうウディ・アレンの手腕には脱帽するほかないし、こういう分かりやすい映画で、よりウディ・アレンの才を再確認できたことは大きかった。

オープニングシーンで、テニスコートのネットにボールが当たり、向こう側のコートにポトリと落ちれば勝ち、しかしこちら側に落ちれば負けという主人公クリスの独白を伏線として印象付けさせておいて、大団円でクリスが証拠隠滅のために川に投げた指輪が橋の欄干に当たり、川ではなくこちら側に落ちてしまう。

見る側はこれは完全にクリスの怒涛の転落人生の始まりかと予想を立てるわけだが、運命とは皮肉なもので、その指輪を拾ったジャンキーが犯人とされ(しかも死人)、クリスはまんまと完全犯罪を成し遂げてしまう。

このプロットのオチにはかなりヤラレたし、ラストで好運な人生を手に入れたはずのクリスの表情が全っ然幸せそうじゃないという皮肉がまた効いていて、非常に印象的な映画になっていたと思う。

人の一生は、テニスボールがネットに当たり、向こう側に落ちるかこちら側に落ちるかという運・不運の危うい選択=マッチポイントを日々日常の中で繰り返しているといっても過言ではない。けど、負け組人生にドップリと浸かっている自分としては、いかに運を引き寄せるか、それにはぶっちゃけ努力よりも行動が大事なんだと、この映画を見て思わされた一方、あんまり運・不運にとらわれ過ぎてても幸福になれるとはかぎらず、決められた幸福ではなく、自分なりの幸福を探し求めていくことが大事なのだとウディ・アレンは言っているような気がした。

ま、、不倫する勇気も人殺しする勇気も自分にはないけどね・・。それくらいの事しないと強力な運は向いてこないのかいな

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それでも恋するバルセロナ(2008年・スペイン/米・96分)WOWOW

 監督・脚本:ウディ・アレン

 出演:ハビエル・バルデム、ペネロペ・クルス、スカーレット・ヨハンソン、パトリシア・クラークソン、ケヴィン・ダン、レベッカ・ホール

評価★★★/65点

 内容:婚約者と結婚間近のヴィッキーと自由奔放なクリスティーナ。親友同士のアメリカ人2人は、ひと夏のバカンスを過ごすためバルセロナに降り立つ。そこで色男の画家フアン・アントニオと出会った2人の前に、さらに彼の元妻マリア・エレーナが現れ・・・。

“アブナいけど憎めない、そんな映画です。”

恋がしてぇーーッ!!

この映画を見て真っ先に思ったこと。

恋がした~~いよ~~

つーか、日本に来た外国人の若い女のコに、「盛岡に連れて行ってあげるから、わんこそばと清酒を楽しんで、セックスしよう!」って誘ったらノコノコとついて来るのかよっっちゅう話・・・w。

ありえねーだろ!!

でも、これが情熱の国スペインのバルセロナでワイルドな画家相手だと話は違ってくるらしい、、、が、ちょっと待てよ、この画家の正体は「ノーカントリー」のおかっぱモンスターだぞww

さらにはこのモンスターとキチガイ妻とアバズレ女が奇妙な3P生活をおっ始める始末で、自分にとっちゃ非現実的この上ない話なのだけど、これがウディ・アレンの手にかかれば平和で幸せな小品になってしまうのだから恐れ入る。

といってもスカーレット・ヨハンソンのはちきれんばかりのボディに釘付けになったのが飽きずに見れた最大の要因だけどもねww

ただ、ひと夏のアバンチュールというには、あまりにも性欲>恋愛、アンモラル>モラルの振れ幅が大きすぎて共感の入り込む余地が少ないのがイタイ。

ま、オトコ目線から見ればなんとも羨ましいかぎりだけど・・・。

で、、最後に行き着くところは、、、やっぱ恋がしてぇーーッ!!

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