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2022年1月 9日 (日)

夢のシネマパラダイス614番シアター:犯人は何処にー罪の声の真実ー

罪の声

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出演:小栗旬、星野源、松重豊、古舘寛治、市川実日子、火野正平、宇崎竜童、梶芽衣子、宇野祥平、篠原ゆき子

監督:土井裕泰

(2020年・東宝・142分)WOWOW

内容:1984年(昭和59年)に起きた食品会社を標的とした脅迫事件は、日本中を恐怖に陥れた劇場型犯罪として昭和最大の未解決事件となった。あれから35年後、新聞記者の阿久津はすでに時効となっている事件の真相を追う企画班に入れられ取材を始める。一方、京都でテーラーを営む曽根は、父親の遺品の中から見つけた古いカセットテープに小さい頃の自分の声が録音されていることに気づく。しかし、その声はあの事件で使われた脅迫テープと同じものだった・・・。

評価★★★★/80点

グリコ森永事件は自分が6歳の時だったのでほとんど記憶になく、2011年に放送された「NHKスペシャル未解決事件」でその詳細を初めて知った程度だった。

その点で当時5歳だった主人公・曽根俊也(星野源)の記憶をたどる旅は、どこか自分自身とも重ね合わせることができて感情移入しやすくて見入ってしまった。

また、プロットの構成も証言者のもとを訪ねてひたすら聞き込みを繰り返していくオーソドックスなものなんだけど、曽根と阿久津(小栗旬)2つのアプローチが交錯し真相に繋がっていくのは面白かったし、その真相が犯人捜しだけではなく、事件を通して十字架を背負わされた当事者たちの埋もれた人生にフォーカスしていくのも見ごたえがあった。

「目の前の不幸から目をそらさずに素数になるまで割り切って割り切って真実を明らかにする」というセリフが印象的だったけど、まさにその言葉通り丁寧に描写が積み重ねられていて、決して想像力に物を言わせたような突飛な小手先に陥らない説得力があったように思う。

考えてみれば先述したNHKスペシャルもドラマ仕立てで、めちゃくちゃ面白かったんだ。ノンフィクションドラマであれだけ面白いんだから、そりゃフィクションまぶしたら面白くならないはずがないよねw

ただ、あまりドバッと大量だと途端につまらなくなるし、その点この映画でのふりかける量は絶妙なんだよね。あくまで堅実に。良作。

P.S.

全共闘に対するどこか突き放したような冷めた視点とか分かるわーwと思ってたら、後日、原作者が自分と同学年であることを知って、この作品が自分にハマッた理由が腑に落ちた気がした。

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検察側の罪人

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出演:木村拓哉、二宮和也、吉高由里子、平岳大、大倉孝二、八嶋智人、酒向芳、キムラ緑子、松重豊、山崎努

監督・脚本:原田眞人

(2018年・東宝・123分)WOWOW

内容:若手検事の沖野は、心酔するエリート検事最上がいる東京地検刑事部に配属となり、さっそく老夫婦強盗殺人事件を担当することになる。が、事件の重要参考人の中にかつて時効になった女子高生殺害事件の重要参考人・松倉の名前を見つけた最上は、目の色を変えて松倉を追及していく。そのやり方に沖野は次第に疑問を抱き始めるが・・・。

評価★★★☆/70点

行動派で正義感の強い型破りな検事役で大ヒットを飛ばしたテレビドラマHEROとは真逆の絵に描いたようなエリート検事・最上を演じたキムタクの汚れ役は新鮮だったし、新米検事の二宮や異様な存在感を発する犯人役など役者陣は軒並み見応えがある。

が、いかんせんシナリオ演出ともに不親切で共感の足がかりを得られないのがイマイチ。

特に最上の親友で国会議員・丹野の収賄スキャンダルやインパール作戦との絡みが雑でうまく伝わってこない。

インパールについては、丹野が反旗を翻す戦前回帰思想の先につながるものの象徴として描かれている面があり、最上もついぞ自らの手で裁くことなく今に至る過去の愚行から生還した祖父を持つ。

そんな中で最上は法で裁くことができない悪に鉄槌を下すため一線を越えるわけだけど、法より自分の正義を優先した行為を正当化するために丹野の遺志(歴史修正主義の断罪)をまるで免罪符であるかのように持ち出してくる。

けれども、所詮100パー私怨による復讐にすぎない最上のやってることは、結局インパールを指揮した大本営のなりふり構わない暴走と何ら変わらないわけで。

しかし、映画はそこの矛盾点を半ば意図的に放っぽり出してるのでタチが悪いんだよねw

また演出においても、築地本願寺での葬儀シーンや、二宮と吉高がベッドインした後の上下逆さまで寝るシンメトリーなど妙に異様さが際立っている。

ようするに漫才コンビ千鳥のフレーズを借りていえば、原田眞人のクセがすごいんじゃ~(笑)!

とは言いつつ、観客置いてけぼり感も含めて見た後の疲労度は高いけど、こういう生半可にはいかない映画も時には良い。ってことにしておくw

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三度目の殺人

172308_02出演:福山雅治、役所広司、広瀬すず、満島真之介、市川実日子、橋爪功、斉藤由貴、吉田鋼太郎

監督・脚本:是枝裕和

(2017年・東宝・125分)WOWOW

内容:何よりも裁判の勝ちを優先するエリート弁護士の重盛は、供述が二転三転して手に負えないと同僚がサジを投げた殺人事件の弁護を引き受けることに。被告人の三隅は、解雇された工場の社長を殺害したかどで逮捕され、30年前にも殺人で服役しているうえ、今回も強盗殺人を認めており死刑は確実とみられていた。重盛は無期懲役に持ち込もうと戦略を立てるが、肝心の三隅は証言をコロコロ変え、重盛にも本心を見せないのだった・・・。

評価★★★☆/70点

いわゆる法廷サスペンスものの最終的なベクトルがたったひとつの真実の追求にあるとするならば、今回の映画はその定石をスルーしているので見る側としては戸惑ってしまうというのが正直なところ。

それどころか真実は十人十色であり、水面下の談合忖度調整により不条理や不都合=本当のことを取っ払ったストンと胸に落ちるそれらしいストーリーが形作られる。そして公の法廷の場にこれが真実ですよと差し出され、下される判決・・。

そんな人が人を裁く司法のあり方とそのシステムの内幕を描いているんだなと2回見てようやく気付いたけど、結局こちら側にはストンと胸に落ちてこないっていうオチ(笑)。

まぁ、原作によらないオリジナル映画だからこその強度が十二分にあるのは確かだし、いろいろ考えさせられるので見応えはあったけども。。

でもって頭の回転が鈍い自分の胸に1番響いたのは、万引きしないと父親に会えない娘の哀しさだった。でもこれも良い風にとった自分の信じたい解釈のひとつでしかないのかも・・w

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22年目の告白ー私が殺人犯ですー

Bc4c04a9出演:藤原竜也、伊藤英明、夏帆、野村周平、石橋杏奈、竜星涼、早乙女太一、平田満、岩松了、岩城滉一、仲村トオル

監督:入江悠

(2017年・日本・117分)WOWOW

内容:1995年、東京で連続殺人事件が発生。牧村刑事らの必死の捜査にもかかわらず2010年に時効を迎えてしまう。しかし、それから7年後。曽根崎という男が自ら犯人だと名乗り出て、告白本の出版会見を大々的に行う。マスコミ報道は過熱しネットも熱狂、本はベストセラーとなり、賛否渦巻く中で一躍時の人となっていくが・・・。 

評価★★★/65点

22年前って曾根崎(藤原竜也)はどう見ても未成年だったのでは?という違和感は最初からあったけど、あそこまでの展開は予想がつかず、サスペンスでこういうジェットコースタームービーは珍しいので楽しめたのはたしか。

とはいえ、どんでん返しの連チャンはその場しのぎの面白さで、強引なご都合主義を飲み込むほどの描写力には乏しかったかなと。

ようするに琴線にあまり響いてこないんだよね。

被害者遺族含めて登場人物の横のつながりが薄かったのが世界観の狭さにつながっていて、ヘヴィーな内容のわりにあくまでこれは画面の中で起きている出来事というライト感覚になっちゃってるのかなぁと。まぁ、破綻はせずによくまとめてるとは思うけどね。

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愚行録

E6849ae8a18ce98cb2e38386e382a3e382b6e383出演:妻夫木聡、満島ひかり、小出恵介、臼田あさ美、市川由衣、松本若菜、中村倫也、眞島秀和、濱田マリ、平田満

監督:石川慶

(2016年・日本・120分)WOWOW

内容:エリートサラリーマンの夫と美人で有名な妻、その一人娘の田向一家が殺害される事件が起きて1年。未解決の中、週刊誌記者の田中武志は、一家の関係者の取材を始める。そして被害者夫の会社の同僚や、妻の大学時代の友人らの証言から一家の意外な素顔が明らかになっていく。そんな中、田中も妹の光子が育児放棄の疑いで逮捕されるという問題を抱えていた・・・。

評価★★★/65点

地方私大出の自分からすると、有名ブランド私大の中の学内ヒエラルキーは全くもって別世界で、「あの世界を知らない人にどう言っても伝わらない」というセリフはまさに的確。

まぁそこが映画を見る上での足かせになっているわけではなかったけど、独特な距離感はあったかも。

ただ、題名通りなそれぞれの愚行っぷりがレベルは違えどどこか他人事ではない人間の姿をさらけ出していて気持ち悪かったし、犯人の犯行動機が単なる復讐ではないところが、もの凄く現代的な薄気味悪さがあって怖かった。

なんだけど、1番の凶行者が狂言回しのカイザー・ソゼだったことに気付かされてさらなるブルーの底に。。重すぎるよ・・。

役者陣は軒並み好演。特に実は素演技だった!?小出恵介ww

2022年1月 7日 (金)

夢のシネマパラダイス50番シアター:千と千尋の神隠し

Chihiro1 声の出演:柊瑠美、入野自由、夏木マリ、内藤剛志、沢口靖子、大泉洋、菅原文太

監督:宮崎駿

(2001年・東宝・125分)MOVIX仙台

評価★★★☆/70点

内容:10歳の少女・千尋は、両親と一緒に引越しの途中、八百万の神々が病気と傷を癒すために訪れる温泉街へ迷い込んでしまう。千尋は、街の掟を破りブタにされた両親と別れ、謎の美少年・ハクの手引きの下、湯婆婆という強欲な魔女が経営する湯屋で、「千」という名前で働くことになる。

“トンネルを抜けるとそこにはジブリ出資の回転寿司屋、宮崎アニメワールドが。これでもかと繰り出される既出ネタに新ネタがさらにトッピングされ、お腹パンパン途中で胸焼け。どうりで終盤眠気が襲ってきたわけだ・・・。ここ宮崎アニメワールドに入り浸ると子供以外はホント豚になりかねない。”

まず、最初に言っておかなければならないことは、この映画はホントに凄い、ということだ。次々と押し寄せてくる宮崎駿のファンタジー世界のイメージだけでこの作品を2時間もたせているからだ。しかも見ていて楽しい。

しかし、裏を返せばそれだけであり、自分が見たかったのはこれではないという不満も残る。

不満その1.キャラクター

子供の時分に見ていれば、暴走するカオナシに本気でおののいたりと、もっと純粋な気持ちで見れたと思うが、そういう年頃でもなくなった自称大人の自分は話が進むにつれていまいち乗れないのだ。

その最大要因は登場人物のキャラである。感情移入できるやつがほとんどいない。

千尋にしたって、冒頭の引越し先に向かうシーンで車の後部座席でいじけて横になっているという時点で冷めてしまう。

現代っコはあんなものなのか!?

自分がチビの頃、引越しを4,5回経験したが、食い入るように新しい外の景色を眺めたものだ。

それゆえトトロのさつきとメイの冒頭シーンにはすんなり入っていけるのだ。今のガキんちょは窓側の席の取り合いなんてしないもんなのかね。

それはともかく、感情移入できないのはハクなども同じ。

すなわち1人1人のキャラに善玉・悪玉が入り混じって含まれているキャラになっていて、キャラ設定に限っていえばハクも湯婆婆なども明らかに現実の人間世界と表裏一体であるといえる。

要するに、正真正銘の悪玉も善玉も登場しないわけだ。例えば、湯婆婆は極端な話、ラピュタでいえば女海賊ドーラと非常に重なるが、ムスカと重なる人物が千と千尋にはいない。つまり、湯婆婆はあくまでも中間的な存在に位置する人物でしかないといえる。

カオナシにしてもしかり。ムスカと最も重なる可能性があったのはむしろカオナシといえるが、意思の疎通ができない単なる得体の知れないものとしか言いようがない。

ファンタジーの世界でこういうキャラ設定はあまり見たくない。

自分がいかにファンタジーに毒されつくしているかが逆に分かろうものだが、やはり正直いって見たくないのだ。別にファンタジーの縄張りで現代の人間社会を語ってもらいたくないだとか侵入して来ないでほしいとか言っているわけではない。

現に、現実世界と異世界とが交錯するという題材はファンタジーではよくある話である。

ここで言いたいのは、個々のキャラである。

つまり、ファンタジーの世界、宮崎駿が言うところの不思議の町にある湯屋、の住人が揃いに揃って現実の人間世界と同じキャラであるのは、何の面白みもないばかりか、もっと突っ込んで言えば、ファンタジーで語る意味もないと言いたいのだ。

不満その2.ストーリー

<1>ファンタジーにする意味はあるのか

このてのパターンのファンタジーものの主人公は、現実世界では落ちこぼれだったり、いじめられっ子だったり悩みを抱えていたりする傾向が多く、異なる世界で様々なことを経験して成長し、強くなり(千と千尋でいうところの生きる力を取り戻して)現実世界に再び戻るというつくりになっているものがほとんどだと思う。千と千尋もこのパターンだ。

しかし、ここで問題になるのが、「様々なことを経験する」という様々なこととは何かということだ。

そうして考えてみると、一般的にほとんどのファンタジーものは悪玉との闘いを主軸に据えていることが多い。主人公が勇気を奮い立たせるための格好の題材といっていいだろう。

ところが千と千尋はどうかというと、つまるところそれは“仕事”なのである。湯婆婆との対峙ではないのだ。

豚にされ、ある意味人質となっている両親を助ける(あるいは自分が生きる)という目的に対する手段が対決を経て戦いに勝つという勝利ではなく、契約を経て仕事をして認めてもらうという承認・許可なのだ。

それゆえ、自分は現実世界でそんなんできるやん、異世界でやることないじゃん、という思いに駆られてしまうのだ。

<2>魔女の宅急便との比較(マイノリティとしてのアイデンティティの確立という側面) 

ここで、好対照をなす例を挙げると、同じ宮崎アニメの「魔女の宅急便」<注1>がある。

魔女宅は千と千尋とは異なり、現実世界(人間の住む世界)が舞台である。普通に生活している身近な世界で魔法使いが仕事をして生活しながら修行するという、千と千尋とほとんど正反対のパターンのつくりになっている。そして自分は魔女宅の方にはすんなり入っていけるのだ。

それも考えてみれば当然。現実世界で人間ができることは限られているし、普通の人間が魔法を使えるはずもない。

つまり魔法使いのキキは、既に普通の人間を凌駕する能力を持っており、別段他人と戦う必要もなく、逆に修行しに行った街の社会に受け入れられ、自分のアイデンティティを築けられるかというマイノリティとしての側面で描くことが可能になる。それはすなわち孤独との闘い。だから別に悪玉なんて必要ない。

このように千と千尋は魔女宅の設定をほとんど裏返しにしたつくりになっていると言えるが、はたして千尋にはマイノリティとしての側面があるのか。

とすると、答えは否。

まず、人間が入ってはいけない世界に足を踏み入れた人間としてのマイノリティの側面。

これは普通ならば成立するのだが、なにぶんこの映画が、不思議の町にある湯屋「油屋」という限定された空間を舞台にしているため、非常に狭い範囲で考えなければならない。すなわち湯婆婆を女将とする湯屋「油屋」に人間の千尋が受け入れられるかという側面で考えざるを得ないのだが、一見すると成立しそうにも思える。

しかし、その実態は、千尋だけならともかくハクやリンなどの湯屋の住人(労働者と言った方がいいか)も名を奪われ湯婆婆に支配されているわけだから、人間として受け入れられるかどうかという以前の問題であり、到底成立しえない。もし受け入れられたとしても、ただ単に子ブタにさせられてしまうだけである。

さらに能力的にもマイノリティとはいえない。湯屋の中では湯婆婆とハクしか魔法は使えないわけで、むしろ千尋は一般的な側であり、湯婆婆に支配される側としての多数派に属するといえる。

どのように考えてみても千尋をマイノリティとしての側面で描くことはこの映画の設定では不可能なのだ。

<3>スタジオジブリの社訓:午前3時に仕事を引き上げて帰ろうとすると、宮崎駿監督に「もう帰っちゃうの?」とフツーに引き止められる・・・。まくるゼ!!

では、なぜ千尋を含めた湯婆婆に支配されている側が、湯婆婆と対決し自らを解放するという話にならないのか。

まず、そういう話を作るには前提として人間が足を踏み入れてはいけないという不思議な世界が一体どういう世界なのかという枠組みを提示する必要がある。鉄道が通っているくらいだから相当な広がりがあるらしいことは分かるが、その枠組みを描写しないと、単なる湯屋「油屋」という限定された場所で、不思議な世界でどのような役割や位置にいるかも分からない湯婆婆とやり合っても何の意味もない。

この映画ではそれが描かれていない。

だからこの問いに対する答えというのは、結局製作者側の時間の制約あるいは2時間で話が収まらないといった作り手側の問題に行き着いてしまうのだが、それでは面白くないので、そもそも宮崎駿はそんなこと全く興味がなかったのだというのが本当の答えだと思いたい。

<4>物語の落としどころ:喪失・欠落したアイデンティティの獲得

湯婆婆と対決し自らを解放する、しかしそれ以前の問題として「自分」がそもそも喪失・欠落していては何の意味もない。

名前を奪われるというのはその暗喩であり、名前を取り戻すこと=自分は何者なのかという気付きとアイデンティティの獲得=自立。それが宮崎駿の大テーマなのだろう。

そう考えると、意思の疎通ができない得体の知れないもの=アイデンティティを完全に失った者=カオナシは最も分かりやすいかもしれない。

そして、不思議な世界での経験により千尋は人間力の成長を呼び覚まし、本人だけでなくハクや坊、カオナシまでにも「自分」の気付きを与える存在になるという物語。

結論:ファンタジーに執着する宮崎駿という男

こう見てきても、やはりファンタジーにする必要あるのか!?という引っかかりはうっすらと残る。

キャラ設定は現実の人間世界と表裏一体、話のつくりも現実世界と表裏一体で、この映画を支えている要素は宮崎駿が繰り出す不思議な世界のイメージただそれだけである。

例えるなら大友克洋の「MEMORIES」第3話“大砲の街”を2時間延々と見せ続けられているようなものであり、終盤飽きがくるのも当然といえる。

しかし、自分がこの映画に★3.5をつけているように、宮崎駿の繰り出すイメージにはもの凄いものがある。物語の穴を感じさせないほどだ。

ただ、どこかで見たぞというネタが多かった気はする。

ススワタリは出てくるし、カリオストロでクラリスが幽閉されていた塔の部屋と同じデザインの部屋が出てくるし、ルパンの直滑降ダッシュに未来少年コナンの配管綱渡りダッシュに、トトロとさつきのバス待ちシーンに、はたまたもののけ姫のたたり神ならぬくされ神など枚挙にいとまがない。

宮崎駿がもっている引き出しを全部ぶちまけたようなものだ。まさに宮崎駿の強引な力技。

どうやら本当に彼はファンタジーなしでは映画を作れないらしい。とファンタジー漬けの自分が言ったところで何の説得力もないが・・・。

<注1>正確にいえば魔女宅もまっとうなファンタジー世界を舞台としている。だが、人間が身近に普通に暮らしているという観点から見たときの「千と千尋」と「魔女宅」の描かれる世界の違いを表すために魔女宅は現実世界が舞台であると書きました。

2022年1月 4日 (火)

夢のシネマパラダイス585番シアター:家族の愛のカタチ

万引き家族

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出演:リリー・フランキー、安藤サクラ、樹木希林、松岡茉優、城桧吏、佐々木みゆ、池松壮亮、高良健吾、池脇千鶴、柄本明

監督・脚本:是枝裕和

(2018年・日本・120分)TOHOシネマズ日本橋

内容:東京の下町の古ぼけた一軒家で暮らす5人の家族。治(リリー・フランキー)の日雇い稼ぎはあてにならず、一家の暮らしはおばあちゃん(樹木希林)の年金頼り。それでも足りない分は万引きでまかなっていた。そんなある日、治は団地のベランダで幼い女の子が部屋を閉め出され寒さに震えているのを見かねて連れ帰る。ゆりと名乗るその子は家に帰るのを拒否したため、そのまま一家と暮らし始めるが・・・。 

評価★★★★☆/85点

この映画で1番好きなシーンは、家族で海に行った時に祥太が亜紀姉ちゃん(松岡茉優)のビキニの胸元に目が釘付けになっているのを父リリー・フランキーがめざとく見つけて茶化すところ。オッパイに興味が湧くのも、朝起きた時にアソコが大きくなっているのも、それは病気じゃなくて大人の男なら誰でもそうなるんだと言って祥太を安心させるシーンにほっこり。

このシーンがなんで印象的だったかというと、名作ドラマ「北の国から」でシチュエーションは違えど、純くんと田中邦衛が全く同じやり取りをする場面があって、それを真っ先に思い出したから。パクリかと思ったくらいww

でも、この祥太とリリー・フランキーの関係性にしても、初枝ばあちゃん(樹木希林)と信代(安藤サクラ)や亜紀の関係性にしても、一言一言の会話の裏側にある複雑なバックグラウンドを想像させる演出が途轍もなく緻密かつ奥深くてホント見入っちゃった。

そして、余計な期待のいらない打算的なつながり、それでも芽生えてくる愛情と切りがたい心のつながり、そして結局まとわり付いてくる血のつながりという呪縛、これらが渾然一体と絡み合った一筋縄ではいかない疑似家族のカタチにいろいろと考えさせられて、終わってみればエゲツない余韻。。

いや、正確にいえばモヤモヤ~としたかんじに襲われて何とも言えない気持ちになったけど、自分の中でこんな良い意味でのモヤモヤ映画は初めてかもw

このモヤモヤは、セーフティネットからこぼれ落ちた彼らを見て見ぬふりをして、時にはワイドショーの表面的な情報を鵜吞みにして上から目線で断罪する世間様のひとりである自分が、彼らを善悪の物差しで測りかねている居心地の悪さだったのか。それともスカイツリーは見えるけど隅田川の花火は音しか聞こえないワンルームに独り暮らす自分も、下手したら彼らのような境遇に転げ落ちてもおかしくないのではないかという一抹の不安を感じた怖さなのか。

自分の心の中も渾然一体・・・。

とりあえず、自分の部屋はキレイにしておこう!とだけは決心したww

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浅田家!

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出演:二宮和也、妻夫木聡、黒木華、菅田将暉、渡辺真起子、北村有起哉、風吹ジュン、平田満

監督・脚本:中野量太

(2020年・東宝・127分)WOWOW

内容:幼い頃から写真を撮るのが大好きだった浅田政志は、なりたい&やりたいことをテーマに家族全員でコスプレした姿を撮った写真集を出版する。すると写真界の芥川賞・木村伊兵衛写真賞を受賞!プロの写真家として歩み始めるが、軌道に乗り出した矢先に東日本大震災が発生する・・・。

評価★★★★/75点

「湯を沸かすほどの熱い愛」では末期がんの宣告を受けた肝っ玉母ちゃんのダダ漏れの愛を、「長いお別れ」では認知症になった父親の介護の悲喜こもごもをそれぞれユーモアを交えて描いた中野量太監督。

絶望的な悲しみを陰うつなシリアスドラマではなく陽気なポジティブ喜劇に切り取っていくセンスは、その先にある生きる喜びこそ人の営みの本質であるということを謳い上げていて、昨今の閉塞リアリズム全盛時代において稀有な存在になっている。

繊細なテーマである東日本大震災という悪夢のような喪失を取り上げた今作でもそのスタンスが変わらないのがスゴイところで、家族写真にフォーカスして絆を描き出す演出にはあざとさがなく素直に見ることができる。ラストの二段落ちにもほっこり脱力w

ちびまる子ちゃんに出てくるたまちゃんのお父さんばりに写真好きだった父親からカメラを向けられると一目散に逃げまどっていた自分のことを少し後悔(笑)。

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湯を沸かすほどの熱い愛

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出演:宮沢りえ、杉咲花、伊東蒼、篠原ゆき子、駿河太郎、松坂桃李、オダギリジョー

監督・脚本:中野量太

(2016年・日本・125分)WOWOW

内容:銭湯を営んでいた幸野家。しかし、1年前に旦那の一浩が失踪してからは休業状態になり、妻の双葉は女手一つで中学生の娘・安澄を育てていた。そんなある日、双葉は末期ガンで余命2か月の宣告を受けてしまう。絶望に沈みながらも、家業の銭湯の再開やイジメにあっている安澄のことなど、死ぬまでに解決しなければならない問題が山ほどあると思い立った彼女は、すぐさま行動に移していく・・・。

評価★★★★/80点

冒頭、銭湯の入口に貼られた“湯気のごとく店主が蒸発しました。当分の間、お湯は沸きません”という張り紙のユーモアセンスがとにかく秀逸。

これを書いた双葉さんって人のパーソナリティに多大な魅力を感じさせるとともに、このてのジャンル映画お得意の涙の安売りというアウトラインを良い意味で裏切ってくれるのではないかとさえ期待。

で、結局泣かされちゃったけど(笑)、泣かせのポイントが死にゆく者の喪失によるセンチメンタルな悲しみではなく、残される者の絆の回復による救済の喜びにあるところが白眉。

しかも、その絆をつなぐのが先立つお母ちゃんの偉大な愛というのが良いし、作為的にもほどがある疑似家族描写のミルフィーユ状態が“ごっこ”に見えず納得させられてしまうのも、宮沢りえ=双葉さんの太陽のような存在感あってこそだったと思う。

総じて男はボケーッとだらしなくて、女は現実に立ち向かう強さを持っているんだよねw

その中でも、娘役の杉咲花には瞠目!助演女優賞です。

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おおかみこどもの雨と雪

Mainvisual声の出演:宮崎あおい、大沢たかお、黒木華、西井幸人、染谷将太、谷村美月、麻生久美子、菅原文太

監督・脚本:細田守

(2012年・東宝・117分)DVD

内容:都内の大学に通っていたわたしの母親・花は、学内でもぐりの学生だった父と出会い恋に落ちた。父は自分が二ホンオオカミと人間との間にできた末裔“おおかみおとこ”であることを打ち明けたが、母の気持ちは変わらなかった。やがて一緒に暮らし始めた2人の間には、雪の日に生まれたわたし・雪と、雨の日に生まれた弟の雨という2人の“おおかみこども”を授かった。しかし、雨が生まれて間もないある日、父親が突然亡くなった。そして母はわたしたちを一人で育てていくと決め、遠い田舎の農村に移り住んだのだった・・・。

評価★★★★/75点

母が好きになった人はオオカミ男でした、という突拍子もない一言から幕を開ける今回の作品。

ところが、人と獣が混じり合うというのは「トワイライト」のようなアメリカンファンタジーなら何の抵抗もなく見られるのだけど、ことこれが日本となると若干のアレルギーを催してしまうのはなぜだろう・・。

って考えると、手塚治虫がさんざん描いてきた異形と変身の系譜、あるいは今村昌平がイヤというくらい暴き立てた日本に深く根付く土着の自然信仰(オオカミの場合は山神信仰といっていいかもしれない)と近代化の間にはびこる差別、そしてなにより両者の作品に潜む特異なエロスの匂いを想起してしまうからかもしれない。

要は、差別という言葉を用いたように、ジブリ的な人と自然の対立の構図とは異なるもっと生々しい現実=タブーを避けては通れないということだ。

母が好きになった人はオオカミ男でした、という開巻宣言にはそういう命題が否応なく含まれてくるわけで、そこを見せられる怖さみたいなものを違和感というかアレルギーとして感じてしまうのかもしれない。

が、、フタを開けてみたら、それはほぼ杞憂に終わった

避けては通れない要素をさわりだけなぞってはいるものの、純然たる母性愛讃歌に特化することで、そういう描写を周到に回避しているのが本作の特徴といえるだろう。

まず、異形への恐れという点では、雪の変身シーンを見れば分かるように非常に漫画チックで愛嬌のあるものになっていてグロテスクさを排除しているし、花と彼氏が結ばれるくだりでも狼男と交わることに花は何ら逡巡することなく受け入れていることから異形というキーワードはかなり薄められているといってよい。

また、差別という点でも花の親や友達を登場させず、人里離れたド田舎に早々引っ込むことで差別に対し無自覚なマジョリティを排除しているし、それどころか人目を避けて引っ越してきたのにいつの間にか周りの人達にお世話になっていると花が言うように、外部との交流を前提としない村社会に簡単に受け入れられていて、もはやただの「北の国から」状態ww

そしてエロについては、ファミリー向けアニメをして排除されるのは当然なこととはいえ、狼男とのベッドシーンを描くこと自体すでにチャレンジャーだと思うけど、そのシーンで男の姿をオオカミの影として描いたことまでがギリギリのラインだったか。

ということで、何もそこまで難しく考えることはない。

“その程度の”作品なのだ(笑)。

しかし、その程度であることに失望よりも安心感の方が大いに上回ったのが正直なところで。。

自分はこの程度で良かったと思う

ただ、この映画のビジュアルポスターで両手に雪と雨を抱いてすっくと立っている花の力強い母としてのイメージを劇中の花から感じられなかったのは唯一の失望ポイントで、やっぱ結局線の細い10代少女キャラから抜け出せてないじゃんっていう思いは強く持った。

その点では宮崎あおいの声もいただけない。可愛すぎる宮崎あおいとしか聞こえないことがその違和感を増幅させてしまっているからだ。

清純な良き妻をイヤというほど演じてきても、なぜかほとんどの作品で子を育てる強き母親にはなれずじまいの宮崎あおいとダブって見えてしまうのは痛い。

まぁ、演出力は図抜けているし、背景画の細密さとかも良いし、一筋縄ではいかない作家性も出してきて、次回作が待ちきれない監督になったことは確かだ。

Posted at 2013.7.12

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人魚の眠る家

174949_02出演:篠原涼子、西島秀俊、坂口健太郎、川栄李奈、山口紗弥加、田中哲司、田中泯、松坂慶子

監督:堤幸彦

(2018年・松竹・120分)WOWOW

内容:娘・瑞穂の小学校受験が終わったら離婚する。播磨薫子と別居中のIT機器メーカー社長の夫・和昌はそう決めていたが、ある日、瑞穂がプールで溺れて意識不明になってしまう。医師から脳死と告げられ、臓器提供を一旦は受け入れる薫子だったが、直前になって翻意。和昌の会社の研究員・星野が開発した最新技術を取り入れて延命措置を取るのだが・・・。

評価★★★/65点

科学の力を駆使して死を操作してしまう神の領域に踏み込んだある種クレイジーな人間のエゴを描き出している今作。

そのエスカレートしていくベクトルが、逆に脳死や臓器移植という他人事のように考えていた難しくて重いテーマに対するハードルを下げることに繋がっていて、自分の無知に気づかされるとともに、常に自分の価値観と対峙させられて、なかなかに考えさせられる映画だったと思う。

まぁ、母親(篠原涼子)に感情移入するのは難しかったけど、母娘の愛情という普遍的なテーマに落ち着かせるのはグウの音も出ない展開ではあった。ただ、当たり前すぎてちょっと淡泊だった気もするけど。。

あと、もうちょっとホラーテイストを含んでるかと思ったら、エンドクレジットで東野圭吾原作と知ってビックリ!堤幸彦の演出スプレー臭だけは相変わらずだったのに(笑)

しかし、日本は臓器移植が極端に少なかったり、死の境界線があいまいだったり欧米のように合理的にならないのは、日本人の死生観が独特だったりするからなのかな。ホントに難しい問題。。

2022年1月 1日 (土)

夢のシネマパラダイス613番シアター:スターウォーズ・アンソロジー

ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー

168782_03出演:フェリシティ・ジョーンズ、ディエゴ・ルナ、ベン・メンデルソーン、ドニー・イェン、マッツ・ミケルセン、フォレスト・ウィテカー

監督:ギャレス・エドワーズ

(2016年・アメリカ・134分)フォーラム盛岡

内容:窃盗暴行ひとりで生き抜くためには何でもしてきたアウトローの女性ジン・アーソ。ある日、反乱軍が彼女に接触してくる。それは、ダース・ベイダー擁する帝国軍が開発中の究極兵器デススターの設計に、かつて帝国軍に拉致された彼女の父親ゲイレンが関わっているということだった。しかも、ゲイレンはデススターにとある致命的欠陥を仕込んだのだという。しかし、その工作を実らせデススターを破壊するには設計図を奪取する必要があった。そこでジンは、ならず者ばかりで構成された極秘チーム“ローグ・ワン”の一員となり決死のミッションに挑む・・・。

評価★★★★/80点

マーティン・スコセッシの「沈黙ーサイレンスー」のレビューで、英雄を描いた大河ドラマもいいけど歴史から抹殺された弱者たちを描いた歴史ドラマをこそ見たいと書いた。

まさかスターウォーズサーガでそれを目の当たりにすることになるとは思いもよらなかった。

しかも、「七人の侍」でも「プライベート・ライアン」でも生き証人くらいは残したのに、それすらしない容赦ない展開、そしてその絶望が希望に昇華する結末に激しく心揺さぶられた。

こんな“ハッピーエンド”映画は今まで見たことがない。

しかし、それもこれもエピソード4(1977)でのルークによるデススター破壊作戦の成功あってのこそで、それがなければこんなのテストクリーニングでボツになっててもおかしくないくらいのただの悲劇映画だw

やはりこれはスターウォーズ40年の歴史がなせる業なのだろう。

あと、今回の映画で最も印象に残ったのが、惑星破壊兵器デススターの圧倒的存在感。

エピソード4でデススターが惑星オルデランを破壊した場面は、まるで風船が割れるように一瞬でこっぱみじんになるだけだった。

しかし、今回ジェダの聖都を消滅させるシーンは、爆発の衝撃波が惑星全体に広がっていく上空俯瞰図や巨大な火炎が宇宙空間にまで噴き上がる様子など、リアリティあふれるスケール感で描かれているし、何よりゾッとしたのが大団円で惑星スカリフの水平線の彼方にうっすらと浮かぶ真昼の月のようなデススターが、ゆっくりとこちらに照準を向ける風景の絶望感w

子供時分にはあまり感じることができなかったデススターの恐ろしさをまざまざと実感できただけでもこの映画を見る価値はあった。

でも本当の恐怖は、その後のダース・ベイダー降臨というのが心憎い。

難点を挙げれば、ジンの育ての親ソウ・ゲレラの心の繋がりがいまいちよく分からず消化不良だったことだけど、1作で終わらせるにはもったいないほど“名もなき戦士”の物語をまだまだ見たいと思わせられた。

そうだ!エピソード4見よう!

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ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー

171407_03出演:オールデン・エアレンライク、ウディ・ハレルソン、エミリア・クラーク、ドナルド・グローヴァー、タンディ・ニュートン、ポール・ベタニー

監督:ロン・ハワード

(2018年・アメリカ・135分)WOWOW

内容:銀河帝国支配の時代。辺境の惑星でストリートチルドレンとして路上生活を送ってきた青年ハンは、幼馴染キーラと故郷からの脱出を図るが、彼女だけが置き去りになってしまう。パイロットになってキーラを救い出すため帝国軍に入隊するも、歩兵として泥沼の戦場に駆り出される日々。そんな中、上官のベケットが実は兵士ではなく盗賊であることに気づき、その一団に加わることになるが・・・。

評価★★★/60点

ハン・ソロの名前の由来、チューバッカとの出会い、ミレニアムファルコン号を手に入れた経緯など最低限の押さえどころはしっかり描きながらも、基本自由気ままにSF西部劇として仕立てあげられたかんじ。

ただ、ローグ・ワンがスターウォーズサーガとかなりリンクしていたことを踏まえれば、今回の脱線ぶりは個人的にはややマイナス。

レイアのレの字でも出てくればグワッと前のめりになって見れたものを(笑)。ダースモールじゃなぁ・・。

あるいは腹にイチモツあるようなキャラクターの裏切り裏切られという展開にマカロニウエスタンの傑作「続夕陽のガンマン」を思い浮かべたんだけど、ハン・ソロがイーストウッドでベケットがリー・ヴァン・クリーフとすると、品がないけど憎めない愛すべき悪役イーライ・ウォラックが不在なんだよね。ランド・カルリジアンはそういうタマじゃないし。

そう考えると、ハン・ソロと行動を共にする強烈なキャラをもう1人出してもよかった気が。。で最後は三つ巴の決闘とwそこまで徹底的にやってくれればプラスに転じたかも。

まぁ、とはいえキーラの謎もあるし続編見たいかと言われれば~、、見るしかないっしょww

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