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2016年8月21日 (日)

夢のシネマパラダイス484番シアター:ノーカントリー

ノーカントリー

51awagswsfl 出演:トミー・リー・ジョーンズ、ハビエル・バルデム、ジョシュ・ブローリン、ウディ・ハレルソン、ケリー・マクドナルド

監督・脚本:ジョエル&イーサン・コーエン

(2007年・アメリカ・122分)DVD

内容:メキシコとの国境沿いにあるテキサスの荒野でハンティング中に、死体が転がっている麻薬取り引き現場に出くわしたルウェリン・モス(ジョシュ・ブローリン)。彼はそこで200万ドルの大金を見つけて家に持ち帰る。しかし、そのため冷血非情な殺人者シガー(ハビエル・バルデム)に追われる身となってしまう・・・。

評価★★★★/80点

デヴィッド・フィンチャーの「セブン」(1995)で、「こんな世の中に生まれてきた子供は可哀想だから生みたくない」という残酷なセリフが出てくるけど、コーエン兄弟の今回の映画を見てこのセリフをふと思い出してしまった。

「セブン」を見たときは、なんつー現実離れした悲観論だと思ったものだけど、今回の映画を見てなんか妙に納得できちゃったというか、、それくらい救いも何もない映画だったなと。。

と同時にこれほど緊迫感を持って画面にじっと釘付けになった映画もついぞ久方ぶりに味わったような気がする。

面白いか面白くないかという枠ではとらえきれない、まるで研ぎ澄まされた生存本能が決して映画から目をそらすなと警告しているかのような、自分の五感を全開にして見入ってしまった。

それはなにより酸素ボンベを片手にルール無用の非情を通り越した殺戮を繰り返していく怪物アントン・シガーの不気味なおかっぱ頭と感情の見出せないギョロ目から片時も目を離せなかったことが大きく、悪役造型としては「ターミネーター」(1984)以来の衝撃を受けたといってもいい。

例えば史上最強の悪役とうたわれる「羊たちの沈黙」のハンニバル・レクターや、それこそ「セブン」のジョン・ドゥの雄弁さを見るまでもなく、どんな残忍な悪役でも対話=ダイアローグがある程度通用するものだけど、このアントン・シガーの何が恐いって、対話そのものすら通じないことが恐いのだ。

雑貨店の店主との会話にならない会話とか、相手の投げかけてきた対話のボールをそのままエアガンでブッ放して返したりと、まさに感情のないターミネーターでも見ているかのような、こいつに睨まれて追っかけられたら100%命はないと観念せざるをえない最凶レベルのシリアルキラー、アントン・シガー・・・

しかしてこの感情のないターミネーター、重傷を負って足からボトボトと赤黒い血を滴らせ、あげくの果てには交通事故に遭い、白い腕の骨がむき出しになったりと生の身体性を痛いほどに見せつけもし、これは現実の世界なのだと虚構という安住の地へ逃げることを許してくれない。

それでいて傷を負っても表情ひとつ変えずに黙々と処置していくその姿はやっぱりターミネーターとダブってしまうww。

いずれにしても恐すぎるのだ。。

そんな怪物の前では、しゃべくりまくりのウディ・ハレルソンも、追跡にかけては右に出る者がいないトミー・リー・ジョーンズも全く出る幕はない。

「逃亡者」(1993)、「依頼人」(1994)、「追跡者」(1998)などで現代アメリカの保安官の模範像を体現してきたといってもいいトミー・リーだからこそ、老兵となった彼の諦観の姿からはよりいっそうの救いのなさを痛感してしまう。

例えば、勝ち目のない戦いにひとり敢然と立ち向かった「真昼の決闘」(1952)の保安官ゲイリー・クーパーとはあまりにも対照的なのだけど、あの映画にあった正午きっかりにならず者たちが保安官に復讐しにやって来るという単純なルールの通用しない複雑怪奇なめまぐるしい時代の移り変わりの中で、老保安官はただ立ちすくむしかないのかもしれない。

その中で彼は「昔はこんな理解できない事件はなかった、、、昔はまだ良かった」と嘆くが、しかし、アメリカ西部の伝統的なロケーション、ひいてはアメリカそのものを貫いてきたのは銃と暴力以外の何ものでもないわけで。

そして、それを不条理なレベルにまで具現化したのがおかっぱの怪物だったとするならば、その怪物を生み出したのは映画の原作の題名である「血と暴力の国」=アメリカに他ならず、自分たちが築き上げ培ってきたフロンティア・スピリットの矛盾と闇にウエスタンハットをかぶった西部の男が追いつめられていくというのは痛烈な皮肉だろう。

また、ウエスタンハットの男モスが真夜中に何を思ったのか、瀕死のメキシコ人に水をやるために殺戮現場に舞い戻ったがゆえに墓穴を掘ってしまったり、ルール無用の殺人鬼が信号無視の車に追突されたりと、シニカルな視点が随所に見られるのもこの映画を印象深いものにしている。

モスがベトナム帰還兵だったり、トミー・リーのラストの夢の独白など、アメリカ人の皮膚感覚でしか分からないようなメタファーが含まれていると思うのだけども、そこまで深読みするにはもう2回くらい見ないとダメかも・・w。

しかし、そういう難しいことはさておき、追う者と追われる者の死にもの狂いの逃走(闘争)劇だけでも十二分にインパクトのある作品であることはたしかだ。

自分の生存本能を刺激する映画を見る、これほど至極の映画体験はない。

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バーン・アフター・リーディング(2008年・アメリカ・93分)WOWOW

 監督:イーサン&ジョエル・コーエン

 出演:ブラッド・ピット、ジョージ・クルーニー、ジョン・マルコヴィッチ、フランシス・マクドーマンド、ティルダ・スウィントン

 内容:アル中が原因でCIAをクビになったオズボーン(ジョン・マルコヴィッチ)は、暴露本を執筆中。一方、連邦保安官ハリー(ジョージ・クルーニー)と不倫中の妻ケイティ(ティルダ・スウィントン)は、離婚を有利に進めるべくオズボーンのPCからデータをコピーする。ところが、そのCD-ROMがひょんなことからスポーツジムのインストラクター、チャド(ブラピ)の手に。彼は整形費用が欲しくてたまらない同僚のリンダ(フランシス・マクドーマンド)と組んでオズボーンを脅迫しようとするが・・・。

評価★★★★/75点

地球の衛星画像からCIA本部にズームアップしていく仰々しいオープニングだけ見ると、トニー・スコットあたりが撮るようなスパイもののハイテクアクションみたいなのを想起させるけど、フタを開けてみたら、ハイテクどころか保険会社への問い合わせ電話もろくに繋がらないようなローテク極まりない映画だった・・・。

しかも、CIAの機密情報が入った(?)CD-ROMをいわゆるマクガフィンとして事は進んでいくわけだけど、それを取り巻く連中が、全身整形が悲願の40女にセックスマシーンの色ボケに、ipod好きの筋肉バカにアル中のイカレ親父という米ロが見向きもしないようなド素人というのもこの映画をよりいっそう“残念な”ものにしているww。

いやぁ、、こういう映画大っ好きなのよね(笑)。

アカデミー賞獲った後に原点に立ち返ったようなおバカ映画をサラリと作ってしまうコーエン兄弟はやっぱりさすが。

しっかし、役者陣だけ見るとなんとも贅沢な映画だけど、後味が何にも残らないっちゅうのもある意味スゴイ話だわな(笑)。。

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凶悪

Poster出演:山田孝之、ピエール瀧、池脇千鶴、小林且弥、白川和子、吉村実子、リリー・フランキー

監督:白石和彌

(2013年・日活・128分)WOWOW

内容:ある日、死刑囚の元ヤクザ・須藤から雑誌社の編集部に手紙が届いた。それは、まだ世間に知られていない3件の殺人事件についての告白だった。須藤曰く、「先生」と呼ばれる首謀者の不動産ブローカーの男が自分を裏切りのうのうと生きていることが許せず、雑誌で告発記事を書いてほしいという。須藤の記憶はあいまいで真偽も定かでない中、記者の藤井は裏付け調査に没頭していくが・・・。

評価★★★/65点

数年前、自分の中学校の同級生が金づちで妻を殴り殺してしまう事件が起こった。

中学を卒業してから約20年、TVニュースで容疑者の名前を見た時に仰天すると同時に、あぁ~やっぱりなぁと納得してしまった自分もいて。。

それは、自分の転校の事情もあり、小学校2,3年と中学校2,3年の4年間同級生だったのだけど、「山猿」と呼ばれるくらい当時から手のつけられない問題児で、理性よりも野性の方が勝ってしまうような、暴力的な行動に自制がきかなくなる恐さがあったからだ。

この何をしでかすか分からない野蛮な体臭を常に発散していたかんじが、何食わぬ顔で暴虐のかぎりをつくす須藤(ピエール瀧)と重なって見えて気持ち悪くなってしまった。

しかし、善良そうな普段着でありながらさらにその上をいく嗜虐性をみせるリリー・フランキーの凶悪ぶりもさることながら、家庭を省みない藤井(山田孝之)を尻目に義母の介護に疲弊して暴力までふるっていたという妻(池脇千鶴)の告白の方が日常と地続きな、いずれ訪れるであろう親の老介護において、なにか自分もある一線を超えてしまわないともいえないような怖さがあったように思う。

ただ、藤井の家庭を破綻に追い込むに至る老人介護の現実と、時計を質屋に預けるくらいの心持ちで老人を焼却炉で焼き殺すような凶悪犯罪とが映画としてうまく連関していたかというとちょっとビミョーで、正直いって前者は付け焼き刃的なかんじが否めなかったと思う。

まぁ、それだけ後者の悪が突き抜けちゃってるわけだけど、人間生活の表(善)と裏(悪)という点ではリリー・フランキーのとこを掘り下げるだけで十分だったと思うし、ちょっと作劇が狙いすぎというか生真面目というか、もっと図太くてもよかった気がした。

でも、これ見ちゃったら不動産ブローカーは一生信じられないなw

うわー、うちアパート持ってるんだよなぁ

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