夢のシネマパラダイス478番シアター:許されざる者
許されざる者
出演:渡辺謙、柄本明、柳楽優弥、忽那汐里、小池栄子、近藤芳正、國村隼、滝藤賢一、小澤征悦、三浦貴大、佐藤浩市
監督:李相日
(2013年・日本・135分)WOWOW
内容:明治維新から10数年経った1880年の北海道。かつて人斬り十兵衛と恐れられた旧幕府軍の殺し屋・釜田十兵衛。彼は落ちのびた最北の地で所帯を持ち農夫として暮らしていたが、3年前に妻を亡くし、残された2人の娘との生活は極貧の有り様。そんな時、昔の仲間だった馬場金吾が現われ、賞金首の話を持ちかける。もう人殺しはしないという亡き妻との約束を心に留める中、十兵衛はその話に乗るのだが・・・。クリント・イーストウッドが監督・主演したアカデミー賞受賞作のリメイク。
評価★★★★/75点
はたしてイーストウッド西部劇を時代劇としてリメイクしたらどうなるのか。
昔は黒沢映画の「七人の侍」や「用心棒」が西部劇にリメイクされたけど、今回はその逆、しかも「用心棒」のリメイク版「荒野の用心棒」で主役を張ったイーストウッドの作品ということで、歴史がひと回りしたんだなと感慨深くなった。
そして、そのバトンを受け継いだのは李相日。
ロマンや勧善懲悪とは一線を画すリアリストで、清濁のきれいごとではない荒んだ負の部分をしっかり描ける骨太演出が真骨頂の正統派監督だけに、三池崇史のスキヤキ・ウエスタンジャンゴのようなハチャメチャな娯楽映画にはなりようがないなと安心できる人選w
しかも、前作「悪人」では人間の奥底にある善悪のあやふやさを描き出していて、これは「許されざる者」に通底するテーマでもあり、李相日にとってはチャレンジ精神を大いにかき立てられる企画だったに違いない。
そしてその大胆な挑戦は、借り物ではないれっきとした日本映画として見事に結実していたように思う。
なにより北海道という大地がこれほど和風西部劇にマッチしているとは思いもよらなかった。まるでダンス・ウィズ・ウルブズに出てくるサウスダコタの平原かと見まがうばかりで、まさに目からウロコだったけど、本場西部劇のドライな風土とは異なる日本ならではのウェットな気質が反映されていたのはまた趣が違って面白かった。
陽気な空っ風に巻き上がる砂じんではなく陰うつな寒風に粉雪が舞う北の大地、そこはあくまでも“辺境”であり、そこに赴任するということは“左遷”を意味することは自暴自棄になっている警察署長(佐藤浩市)をみれば分かる通り。さらに、「賞金を元手に石炭でひと山当てるという話はウソで自分には行く場所がもうない。」という金吾(柄本明)の告白は決定的で、そこには無限の可能性を持ったフロンティアスピリットなど欠片もないことが明示される。
まさにそこは本土では生きていけない逆賊、敗残者、行き場のない人々がいやいや流れ着いた最果ての地なわけで、北海道=蝦夷地のもつ歴史性がイーストウッドのオリジナル作にはない閉塞感を醸成している。
しかし、アメリカの西部開拓史が先住民を暴力で駆逐し、土地を奪い取っていった暗黒史の一面を持っているように、蝦夷地開拓もアイヌ民族を迫害し駆逐していった歴史があり、その点をアイヌの血を引く青年・五郎(柳楽優弥)に仮託して描いているのも上手い。
総じて穴のないよく出来た作品だったと思う。
しいていえば、冒頭で佐藤浩市が森で熊と出くわす話を引き合いに出して、自分が殺されると分かれば人も獣も死に物狂いで向かってくると生存本能の強烈さを語っていて、死にたくない&生き残るためには何だってするという映画の開巻宣言と捉えたのだけど、そのわりにその点が思ったほどではなかったのは不満点だったかな。
結局、十兵衛も署長も自ら望んで彼岸に片足を突っ込んでいるようなキャラクターなので生きることに懸命じゃないんだよねw
少なくとも署長をその立ち位置に置いたのは失敗だったと思う。
その点では、死んだフリして生きるのはもう飽き飽きしたと吐き捨てる女郎や、初めて人を殺したことに後悔の念に駆られる五郎の方が生きることに執着しているわけで。一方、金吾は葛藤の末に脱落して去っていくけど、それはイコール生への執着からも脱落したことを暗示していて、あの後どこかで野たれ死にしたのではないかと思う。
そういう意味ではラストの十兵衛が涙をこぼしながら雪原を彷徨するシーンは強烈で、自分なんかは思わず仲代達矢が満州の雪原をひたすら彷徨し力尽きていく「人間の条件」のラストを想起してしまったけど、このラストになんか上手いこと言いくるめられてしまった感もするな
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夕陽のガンマン
出演:クリント・イーストウッド、リー・ヴァン・クリーフ、ジャン・マリア・ヴォロンテ
監督・脚本:セルジオ・レオーネ
(1965年・イタリア・132分)NHK-BS
評価★★★★/80点
内容:2人の賞金稼ぎ、モンコと初老の元南軍“大佐”は、凶悪な強盗殺人犯インディオを追いかけてエル・パソにやって来た。インディオの銀行襲撃を待ち伏せた彼らは、裏をかかれて逆にリンチに遭ってしまう。ようやく命が助かった大佐は、自分の弟を惨殺した犯人がインディオであることを知り、彼に決闘を挑む。。
“能ある鷹は爪を隠さない!”
この映画はどこからどう見たってモーティマー大佐が主人公だろう。
汽車の中で聖書を読んでいる登場シーンから、停車しないはずの駅で無理やり汽車を止めて悠々と馬で降りるシーン、そして街でお尋ね者を確実に仕留めるシーンとつづくオープニングは前菜からいきなり黒トリュフを使ってきやがったといってもいいくらい魅力満載なお腹一杯状態にさせてしまう。
そして猛禽類の風貌と、追う獲物は決して逃がさない鋭い眼差しに思わずゾクゾクしてしまうのだ。
さらに彼の秘められた過去と心の傷が明らかになってくるや、もうイーストウッドなんかどうでもよくなってくる。
そしてラスト、妹の思い出とともに響くオルゴール時計を耳に当てながらひたひたと夕陽に向かって去っていくモーティマー大佐の姿がなんとも印象的。イーストウッドの姿はもはやそこには、なかった。。
いやはや「夕陽のガンマン」という邦題はズバリこの映画の真実を見抜いていてよろし。
原題“For a Few Dollars More”はおそらく荒野の用心棒の原題“For a Fistfull of Dollars”からモジッたんだろうけど。金のために、というのはあまりにも味気ない。
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続・夕陽のガンマン(1966年・イタリア・155分)NHK-BS
監督・脚本:セルジオ・レオーネ
出演:クリント・イーストウッド、リー・ヴァン・クリーフ、イーライ・ウォラック
内容:お尋ね者の懸賞金をだまし取っていたジョーとテュコ。2人はある日、逃走中の強奪犯から20万ドルもの大金を奪う。だが、その金を狙ってセテンサという凄腕のガンマンがやって来て・・・。3人の男たちの虚々実々の駆け引きをユーモラスに描いた痛快ウエスタン。ちなみに原題は「いい奴、悪い奴、醜い奴」。
評価★★★★☆/85点
“実は「荒野の用心棒」よりも黒澤臭の濃度が高いセルジオ・レオーネのマカロニウエスタン集大成!西部劇史上最強のエンターテインメントだ!”
黒澤が娯楽作をつくる際に「カツ丼にカレーとソースをぶっかけて思いっきりかき込む」というコンセプトを提示したことは有名だが、この作品はまさにこのコンセプトを具現化した作品ではないだろうか。
質量ともに見どころ満載、善玉・悪玉・卑劣漢という3人のキャラクターの造形力の魅力も凄まじい。
ハゲタカそのものの鋭い目を持ったリー・ヴァン・クリーフにエンジェル・アイという名前を付けたのには度肝を抜かれるとともになんとも乙だなぁと感心したし、あとは特にイーライ・ウォラック。
あの汚っねえ歯を前面に出してくる笑顔の憎めなさといったら(笑)、ホントいい味出してる。黒澤映画に出てくるよね、ああいうストーリーの道先案内人キャラ。
そしてラストの衝撃の三角形には思わずめまいが・・・。
西部劇って、すぐに分かる定型パターンがあって、自分の中で西部劇を見るというのはある種のダルさとユルさとのお付き合いでもあったのだけど、この作品は180度違っていた。
倦怠とは無縁の最高エンタメだ。
もう、今の自分はぶっちゃけ首に縄を掛けられてもいい気分だね。誰か、椅子の足を銃で撃ってくれ!
エンニオ・モリコーネにも乾杯!
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アウトロー(1976年・アメリカ・137分)NHK-BS
監督:クリント・イーストウッド
出演:クリント・イーストウッド、チーフ・ダン・ジョージ、ソンドラ・ロック
内容:南北戦争末期、たった一人で北軍に抵抗を続ける7丁の銃を持つ男がいた。妻子を北軍のゲリラに惨殺され、復讐に燃えるその男の名はジョージ・ウェルズ。北軍は彼にアウトローの烙印を押し、多額の賞金をかけた。賞金目当ての殺し屋たちが次々と狙ってくるが、ジョージは彼らを早撃ちで倒し、開拓者たちを見方につけて北軍部隊との戦闘を繰り広げる。。
評価★★★☆/70点
“旧来の伝統的な西部劇では決して描かれることはなかった人々を描くというイーストウッドの性格と作家姿勢が表れていてヨロシイ。”
妻子を殺された農夫の復讐劇でありながら、まるでドラゴンクエストのパーティのごとき疑似家族を呈していく不思議かつ温もりのある旅を描いていて、なかなか見どころの多い作品だったと思う。
しかも仲間になるのが、老インディアン、宿場で虐げられていたインディアンの女性、南軍ゲリラ、犯されそうになるソンドラ・ロック、あげくの果てに婆さんときたもんだ。
さらに、その彼らが一丸となって銃で闘う大団円もフツーなら非現実的なんだけど、そこまでのストーリーの転がし方だとか描写力といったイーストウッドの手腕に加えて、孤高のジョージ・ウェルズのキャラクターにも確かな説得力があって一気に見させてしまう。
いわば、それまでの伝統的な西部劇では決して描かれてこなかった人々を描いているという点でも新しいし、ガトリング砲をブッ放すところなんかはやはりイーストウッドの原点であるマカロニ・ウエスタンの系譜を見て取れるという点でも、それまでの西部劇とは異なる匂いのする映画だと思う。
奇しくも、同じ年にジョン・ウェインの遺作となった「ラスト・シューティスト」が公開されているが、いわばこの作品をもって西部劇のもつ神話性は消滅し、西部劇=時代遅れという図式が成立してしまった。
ジョン・ウェイン&ジェームズ・スチュワートの「リバティ・バランスを射った男」(1962)で、“西部は事実よりも伝説を選ぶ”というセリフが語られたのは有名だけど、西部劇のもつ伝説や神話性はアメリカン・ニューシネマの台頭で完全に打ち砕かれることになるのだ。
そういう観点でみると、イーストウッドの作る西部劇というのは、決定的にオールド・ウエスタンのノスタルジーに欠けるし、伝統的な西部劇の醍醐味とはやはり異なる味のする西部劇なのだと思う。
なんかこの映画のジョージ・ウェルズが16年経つと「許されざる者」のアウトロー、マニーに繋がっていくのかと思うと、それもまた感慨があっていいね。
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許されざる者(1992年・アメリカ・131分)DVD
監督:クリント・イーストウッド
出演:クリント・イーストウッド、ジーン・ハックマン、モーガン・フリーマン
内容:1880年のワイオミング。列車強盗や殺人で悪名を轟かせたマニーは、今では農場を営みながら2人の子供と静かに暮らしていた。しかし家畜や作物は順調に育たず、妻にも先立たれたマニーは、2人組の強盗にかけられた1000ドルの賞金を得るために一緒に組もうという若いガンマン、キッドの誘いにのり11年ぶりに銃を手にする。マニーのかつての相棒ネッドも加わり、3人は保安官ダゲットが牛耳る町へ足を踏み入れるが・・・。アカデミー作品・監督賞受賞。
評価★★★☆/70点
この映画が当時公開された時は高校に上がったばかりだったけど、今どき西部劇なんて古臭くない!?みたいな認識を持っていて、それはいわば水戸黄門みたいな型にはまった勧善懲悪を見てスカッとする感性はジジババ連中しか持ち得ていないと思っていた
しかし、ふたを開けてみると、主人公はジョン・ウェインとは程遠いかつての凶悪な無法者、対する保安官もゲイリー・クーパーとは程遠い権力欲の強い偏見に満ち満ちた人物で、単純な勧善懲悪から脱したあやふやな設定になっていて、一筋縄ではいかない作品になっていた。
イーストウッドはこの映画を“最後の西部劇”と銘打ったけど、実際のところは“現代の西部劇”と言った方が正確なのかもしれない。
加害者、被害者、傍観者みんな罪びと。それが如実に垣間見える今この時代だからこそ鋭い印象を残す映画になったのだと思う。
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