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2011年10月27日 (木)

夢のシネマパラダイス116番シアター:ザ・サウンド・オブ・ミュージカル!

ウエストサイド物語

Westsidestory 出演:ナタリー・ウッド、リチャード・ベイマー、ジョージ・チャキリス

監督:ロバート・ワイズ、ジェローム・ロビンス

(1961年・アメリカ・152分)初見2003/01/10・テアトル銀座

評価★★★★/80点

内容:ブロードウェイで2年間に743回上演された大ヒットミュージカルの映画化で、ニューヨークを舞台に繰り広げられる現代版「ロミオとジュリエット」。NYのスラム街では、イタリア系の若者グループ・ジェット団と、プエルトリコ系のシャーク団が常に対立していた。ジェット団の首領リフの親友であるトニーは、ダンスパーティでマリアという少女と知り合い恋に落ちるが、彼女はなななんと宿敵シャーク団の首領ベルナルドの妹だった!トニーは両者の対立を解こうとするが、逆に火に油を注ぐ結果に・・・。アカデミー作品賞など10部門を受賞。

“若者たちの愛、灼熱の青春、苦悩、憎しみ、ダークサイドをこれほどアツく謳い上げたミュージカルが他にあろうか。何の変哲もない広場、駐車場、路地裏、壁の落書きまでもがリアルかつ効果的なミュージカルシーンを演出し、若者たちの閉塞感まで表現することに成功している。現代の地上に降り立った青春ミュージカル最初で最後の作品。これを金字塔という。”

オープニングシーン。

シミみたいな画面が5分程つづく・・・(後で分かったんだけど、このシミってマンハッタンのイラストだったのね)。

何なのこれ、いつ始まるの?とやきもきしているところにいきなりニューヨークの空撮。

あ、ヤンキースタジアムだとか思っているうちにカメラがとある一角に降り立つ。と、若者集団が指をならしながらオーバーアクション気味に歩いているではないか!

ジェット団参上!

しかも道路に白いペンキかチョークでJETSとただ書いてるだけってのがなんとも単純(ちなみにシャーク団もSHARKSと書いてあった)、、、道路標識かよっみたいな。

この冒頭には相当違和感を感じてしまった。

それは逆にいえば、今まで見てきたミュージカル映画と呼ばれる映画がいかに型や枠にはまった作り方をされているのかということでもあるのだけど。

しかもここで1つ指摘しておかなければならないことは、オイラが生きてきた80年代以降、つまりこの映画から20年後の時代、はミュージカル映画そのものが下火になってしまい、急激にその歩みを止めることになってしまったということである。

つまり自分がミュージカル映画をみる判断材料が70年代以前にしかなかったという悲しい現状があった。それゆえこの映画から20年経とうと30年経とうとこの違和感は変わらないのだ。

さらにこれまた悲しいことにこの映画の正当な後継者はいまだに現れていない。

ゆえにこの違和感は決して消えることはないと思う。

さて、ここでミュージカル映画の型、枠とは何かを考えると、それはまずセット撮影であること。ジャンルは総じてコメディ、ラブコメディ、ラブロマンスものに限られる。さらにその中のバックステージものやレビューものに限られるといったぐあい。

NYのロケーションを行ったことで有名な「踊る大紐育」はドタバタコメディだし、ミュージカルにドラマを取り入れた最初の作品といわれる「ショウボート」でさえバックステージものだし、絶対ミュージカル映画の枠から逸脱しないわけだ。

そんなところにこの「ウエストサイド物語」が斬りこんできた!

セット撮影も至るところで使われてはいるけど、それを全く気にさせないほどのロケーション撮影のリアルさと力強さ。

そして何といっても物語自体の力強さ。

冒頭の違和感は物語が進んでいくにつれ、その力強さに完全に取り込まれてしまう。

物語のベースはあくまで古典的なものだが、そこに若者たちの熱くなって破裂してしまいそうな青春の漲る力、人種差別といった現実のリアルな社会問題の重さまで取り入れることでより強固な物語にしているといえる。

この映画はミュージカル映画の枠から幾分かけ離れた所にあるといっていいと思う。

最初にこの映画は金字塔であるといったけど、孤高であるといった方が正しいかもしれない。

21世紀に入り、「ムーラン・ルージュ」「シカゴ」といった作品が少数精鋭的に現れ始めているが、それらは多分にミュージカル映画の従来の枠の中で比べられるべき作品。

孤高を持する「ウエストサイド物語」と比べられるべき映画がそろそろ出てきてほしいと願わずにいられない。

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サウンド・オブ・ミュージック

Pa_sound 出演:ジュリー・アンドリュース、クリストファー・プラマー、リチャード・ヘイドン、エリナー・パーカー

監督:ロバート・ワイズ

(1965年・アメリカ・174分)DVD

内容:舞台は1938年のオーストリア。トラップ大佐の家へ家庭教師としてやってきた修道女マリアは、母を亡くした7人の子供たちと音楽を通じて心を通わせていく。最初は彼女をこころよく思っていなかった厳格な大佐も、やがてマリアへ感謝の意を表すようになり、、、。アカデミー作品賞、監督賞など5部門を受賞し、ミュージカル映画史に金字塔を打ち立てた、ロバート・ワイズの名作。

評価★★★★/85点

下界で繰り広げられる軽快なステップと歌声、それを見下ろす壮大という言葉を超越した荘厳さでそびえ立つアルプスの峻嶺。

規律と厳格を重んじるトラップ大佐と、同じことを重んじる修道院のはみ出し娘でおてんばかつ天真爛漫な修道女マリア。

これらのコントラストが見事な調和へといざなわれていく妙なる調べに、心も弾み引き込まれていくのだ。

それに加えて、自由を侵食してくるナチスの影というものが、実話ならではの重さを与えており、良くバランスの取れている作品であるといえる。

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シカゴ

T0001284_2 出演:レニー・ゼルウィガー、キャサリン・ゼタ=ジョーンズ、リチャード・ギア、クイーン・ラティファ

監督:ロブ・マーシャル

(2002年・アメリカ・113分)プラゼール

評価★★★/65点

内容:1920年代のシカゴ。人気スターのヴェルマ・ケリーのような輝くスターになることを夢見る主婦ロキシー・ハートは、愛人を殺害したかどでたちまち刑務所送りになってしまう。しかし、今まで女性弁護で一度も負けたことのない悪徳弁護士ビリーが颯爽と現れ、事は思いもよらぬ急展開をみせていく・・・。ボブ・フォッシーの名作ミュージカルを映画化し、アカデミー作品賞など6部門を受賞。

“絶滅危惧種「凡庸」ミュージカル復活ののろし!?”

ミュージカル、ミュージカル、ミュージカル。

それはオイラにとっては完全に遺物だった。

サウンド・オブ・ミュージック、ウエスト・サイド物語、王様と私、ジーン・ケリー、アステア、、、、全部オイラが生まれるずっと前の映画たち。

いったいオイラが生まれてからミュージカル映画と呼べる映画は何本世に出たのだろう。

少なくとも公開と同時に観れたのは、1996年の「世界中がアイ・ラブ・ユー」が最初だ。その後メジャーと呼べるものは同年の「エビータ」「ムーラン・ルージュ」くらいか。あとはケネス・ブラナーの「恋の骨折り損」といった小品や一応「ダンサー・イン・ザ・ダーク」も入れておくか。

それでも思いつくかぎりたった数本である。「コーラスライン」といった80年代の作品を入れても微増にしかならないはずだ。

そして、そのたった数本の中に「シカゴ」が加わった。

結論からいうと、“凡庸”シカゴより、“オマージュ”世界中がアイ・ラブ・ユーの方が個人的には好きだということ。

といってもここでちょっと個人的に断っておきたいことを述べておこう。

それはミュージカル映画の個人的な評価がまるで固定相場制のごとくほとんど変わらないということである。

ほとんどのミュージカル映画にオイラは★3っつを付けていると思う。

なぜか。。

その最大要因は、とってつけたような似たり寄ったりのシナリオとストーリー展開にある。

特に3,40年代ものはその印象が強いと感じる。

いわゆるバックステージものとかミュージカル・ラブコメディが雨後のタケノコのごとく吐き出された時代。

はっきりいってストーリーなんかどうでもよくミュージカルナンバーとダンスが前面に出る作品たち。

ドラマ性が重視されている作品もないわけではないが、要はほとんど似たり寄ったり、“凡庸”なのだ。

だから自分の中での評価も変わりようがないわけで。

「シカゴ」にしてもバックステージものの流れをくんでいるし、「世界中がアイ・ラブ・ユー」にしてもラブコメというように決してミュージカル映画の型からはみ出してはいない。

しかも両者とも吹き替えなしで役者本人が歌いダンスを披露している。

では、評価の変わりようがほとんどない中、なぜ“凡庸”シカゴで、“オマージュ”世界中がアイ・ラブ・ユーなのかというと、それはつまり“遊び心のない”シカゴと“遊び心のある”世界中が~というふうに言い換えて表すことができると思う。

そう、「シカゴ」には遊び心がない。

たしかに映像はスタイリッシュかつパワフル。キャサリン・ゼタ・ジョーンズをはじめとする役者陣もさすが。

なのだが、あまりにも王道を行きすぎている。

舞台となった1920年代という時代性も合わせて、ここまで本格的なミュージカル映画はおそらく何十年ぶりではないかと思われるが、この本格的という言葉、聞こえはよいが、ことミュージカル映画にかぎってはそれは個人的には凡庸であるということと同義語をなす。

王道の中の王道、それは凡庸の中の凡庸とでもいえばいいか。

ストーリーははっきりいってどうでもいいとしても、徹底して舞台上でのパフォーマンスにこだわるあたり、正直閉塞感を覚えずにはいられなかった。

しかもいちいち曲紹介を付けてドラマ場面とミュージカル場面を区切るんだもん。。今の観客にはそっちの方が分かりやすいのかもしれないけど、どうも狭っ苦しいというか固っ苦しい。そうでなくとも檻の中だし・・・。

犯罪大都市シカゴの街並みの雑踏の中でいきなり歌い出すなんてことをしないんだよねぇこの映画。その雑踏集団まで踊り出しちゃうみたいな、そんな思い切った開放感もあってよかったと思うのだけど。

ま、ミュージカル映画というジャンルは、“凡庸”なのにアクション映画なんかとは違って、人それぞれの見方や楽しみ方ができてしまうジャンルだからね、ま、いいんじゃないスか。って何がやねん・・・(笑)。

あ、あと“オマージュ”世界中がアイ・ラブ・ユーについては、遊び心がある映画だと考えております。

現代のNYとパリという舞台に往年のミュージカル映画を甦らせたことが端的にそれを表しているのではないだろうか。そこに意義があるのだし、だからこそ“オマージュ”なのです。

一方「シカゴ」はというと、これは過去から現代というミュージカル映画史の流れの中だけで甦らせた、再現したというしかない。

スタイリッシュな味付けという新しい遺伝子を有してはいるが、あくまでもオーソドックスな形式は徹底して継承している。まさに正統派の王道すなわち=“凡庸”なのです。

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ムーラン・ルージュ(2001年・アメリカ・128分)ジョイシネマ

 監督・脚本:バズ・ラーマン

 出演:ニコール・キッドマン、ユアン・マクレガー、ジョン・レグイザモ、リチャード・ロクスバーグ

 評価★★★☆/70点

 内容:19世紀末のパリ、ナイトクラブ“ムーラン・ルージュ”には毎夜大勢の男女が集っていたが、経営状態は火の車。オーナーは資産家からのカンパを目当てに、女優を目指すサティーンをショウの主役に抜擢。しかし、彼女は舞台作家の青年と恋に落ち・・・。バズ・ラーマン監督の麻薬的なスピード感に溢れるミュージカル。

“オイラは自信をもってここに告白する。ジドラー、侯爵と一緒に「Like a Virgin♪」を熱唱したことを。”

ちょっと自分好みのアレンジではなかったのが玉に瑕だったけど(やっぱ断然「レオン」のN.ポートマンバージョンだろ)、自分から歌っちゃうようなハイテンションで臨まないとこのミュージカル映画にはついて行けん。。

20世紀FOXのロゴマークのしゃれた登場の仕方とパリの街をすり抜けていくカメラの長回し、そしてクリスチャンが高らかに“サウンド・オブ・ミュージック♪”を歌うに至る冒頭は、ホントつかみはOKてなかんじで、ワオー良いんじゃないのこの映画はと思っちゃいましたよ。TVCMなどでもお馴染みの“サウンド・オブ・ミュージック♪”、意気揚々とオイラも口ずさんでしまった。

、、、が、この冒頭はジェットコースターでいうところの最初の上り坂にすぎなかったわけで、緑色の妖精が現れてからサティーンがブランコから落ちるまでまさに急転直下で息つくひまもなし。

正直どころじゃなくマジでビックリしたけどね、ここの演出は。

パティ・ラベルの“レディ・マーマレード♪”がこうなっちゃうんだぁ・・・と、まあ巧いっちゃあ巧い使い方ではあったけど。

でも、ジェットコースター嫌いな人がいるように、ここで一歩引いちゃう人もいるのだろうけど、ここで引いちゃうと一巻の終りというのがこの映画のなんともイヤらしいところ。

ここで引いちゃうと映画に入っていくのはほぼ不可能だからね。

この映画は、この急転直下の勢いそのままでラストまでイッちゃうわけだから。

ジェットコースター乗ったが最後、途中乗車も途中下車もできない!ラストまでとにかく付き合うしかないわけで。

つまりこの映画って途中乗車できないばかりか、途中下車もできないんだよね。そういうパワーというか最後まで見せきる力というのはある。なんとも性質が悪いというかイヤらしい映画です・・・(笑)。

かくいうオイラも“レディ・マーマレード♪”の倍速シーンが出てきたときはさすがに、、、これもありなの?と引いてしまったわけで。

だからなんか映画に入り込めずに傍から見ているようなかんじになってしまった。

緩急が全く無いから、もうどうにもならんですよ、このジェットコースター「ムーラン・ルージュ号」に一度乗っちゃうと。

たださっきも言ったように、最後まで見せきる力ずくのパワーというのはホントすごいものがあるとは思う。

別にストーリーが凄いというわけでは決してなくて、はっきりいって全然乗りきれないちゃちいストーリーなのだけど、それをも強引な力技で押し通してしまうようなもの凄いパワーがこの映画にはある。

それはいわばこの映画の作り手のパワーだと思うのだけど、このパワーが尋常じゃないなと(笑)。

アドレナリン注射か何か打ってるんちゃうのと思うくらい全くテンション下げずに映画を作っているかんじ。それがスクリーンに狂おしいほど現れてる。

まあ中盤以降はさすがに息切れしてきて冒頭の勢いの余力の助けを借りて惰性走行のようなかんじになってるけど、それでももの凄いハイテンション。

この点に関してはバズ・ラーマンをはじめとする映画の作り手たちに頭の下がる思いだわ。

とにかくオレたちゃこういう映画つくったゼ!!テメーら、しかと観やがれ!ついてこれねえ奴は関係ねえ!ついてこれる奴だけ勝手について来い!みたいな、はっきりいって独善的ともいえるような映画の作り手の自己主張の声が聞こえてくるようでしかたがない。

しかも、結果としてついて来れない奴らまでもろとも根こそぎ引き連れていくという凄まじさ。

最近こういう映画にはあまりお目にかかれない。

なんだか分からないけど、とにかく凄い映画だなとは真っ先に思った。

今思い返してみると、「蒲田行進曲」とテンションとかアツさがすごくかぶるなぁとふと思ってしまった・・w

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シェルブールの雨傘(1964年・フランス・91分)NHK-BS

 監督・脚本:ジャック・ドゥミー

 出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、ニーノ・カステルヌオーヴォ、マルク・ミシェル

 内容:雨傘屋の娘ジュヌビエーヴは、ガレージで働くギイと結婚を約束していたが、ある日、ギイに召集令状が届く。その夜、2人は結ばれ彼女はギイの子供を身ごもった。しかし、戦争に行ったギイからは何の音沙汰もなく、諦めた彼女は宝石商のもとに嫁いでいくが・・・。すべての台詞をオペラ形式でそのまま歌わせるという大胆さが売りのミュージカル。カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞。

評価★★/45点

“カトリーヌ・ドヌーヴのドツボにハマる美しさのみに引きずられて観た90分。。”

全編ミュージカル調である必然性のあるシナリオなのかがまずは理解不能だし、カトリーヌ・ドヌーヴ扮するジュヌビエーヴが戦地から帰ってこない最愛の恋人ギイに見切りをつけて宝石商のもとに嫁いでいくくだりも底が浅い。

ていうかギイの子をお腹に宿していながらそれかよ(笑)。カワイイ顔してある意味スゴイ女だぞ・・・。

例えば、ナタリー・ウッドのような苦悩と苦悶に引き裂かれ苛まれるような姿の1つや2つは見せてくれてもよかったんでないかい?

ま、ジュヌビエーヴが16歳という設定だからそこらへんは若気の至りってやつで軽く考えちゃうのかもしれないけど、、ってなんじゃそりゃ。

とにかくあれだな、耳にいちいち引っかかるフランス語のミュージカルはオイラには合わないってことだな。ウン。

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ダンサー・イン・ザ・ダーク

Dancerinthedark 出演:ビョーク、カトリーヌ・ドヌーブ、デビッド・モース、ピーター・ストーメア

監督・脚本:ラース・フォン・トリアー

(2000年・デンマーク・140分)ワーナーみなとみらい

評価★★★★/80点

内容:女手ひとつで息子を育てるセルマ。だが、彼女は病のために視力を失いつつあった。同じ運命の息子を救うために必死に働くセルマだったが、ある日大事な手術代が盗まれてしまう。カンヌでパルムドールと主演女優賞をW受賞。

“映画を観る側の逃げ場所がどこにも無い。あるとすればそれは観る側の現実世界しかない。ファンタジーたりえない現実世界に逃避させてしまうような映画を観るのも良い経験値かもしれないが。。ただその中でもこの映画は完全にたちの悪いボスキャラ。2度は戦いたくない・・・。”

さすがに2度目観る気にはなれません。。

しかし、ミュージカルをセルマの現実逃避の道具に使うとは盲点をついてきたなあというかんじ。

ミュージカル映画の持つ普遍性と常識を逆手にとってメスを入れ・・・こんなん出ましたぁ、、ってか。にしたってとんでもないもんが出てきちゃったなあ。

今までいわば歌って踊ってハッピーエンドというミュージカル映画の持つテーマに逃避してきた観客が逆に現実世界に逃げ帰らなければならないような掟破りのシロモノ。もうこれ以上落ちるところもないとこまで落ちるとはこのことよ。

そこに何か意味を見出すとするならば、アメリカ、そしてハリウッドが独自に生み出したミュージカルとミュージカル映画を、異国人のラース・フォン・トリアーがこれまたエキゾチック漂うビョークを据えて撮ったという点か。そう考えると、アメリカを舞台にしたのも頷ける。

よくアメリカ映画で描かれる日本ってどこかオカシかったり抜けてたりすることがあるけど、これもそうだったりして・・・。んなこたあないか。にしてもブレ幅が凄すぎるよな。

ま、後にも先にもオンリーワンには違いないということで★4つあげちゃうけど。。

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プロデューサーズ(2005年・アメリカ・134分)盛岡フォーラム

 監督:スーザン・ストローマン

 出演:ネイサン・レイン、マシュー・ブロデリック、ユマ・サーマン、ウィル・フェレル

 内容:1959年NY。かつてはブロードウェイで名声を極めたものの今やすっかり落ち目のプロデューサー・マックスと、ショウビズ界に憧れる異様に気弱な会計士レオ・ブルーム。彼らは大コケ確実のショウを作って、初日で打ち切って出資金を丸ごと持ち逃げするという計画を立て、史上最低のミュージカルを作るべく動き出すが・・・。メル・ブルックス監督による1968年のコメディを2001年にブロードウェイでミュージカル化し、トニー賞史上最多の12部門を獲得した舞台を、映画版として完全リメイク。

評価★★★/60点

“全編ハイテンションでつづく西川のりおのノリにやや疲れる。。お口直ししたい気分。。”

西川のりお&ルー大柴&竹中直人を2時間以上見つづけるのはツライものがあるのと同じようなかんじ(笑)。

3人揃ってツクツクボーシツクツクボーシ!ツッタカター、ラッタッター!ビックリ、クリクリ、クリックリー♪、、って疲れるわなぁ・・・。

ミュージカルシーンは硬軟織り交ぜられ、往年のミュージカルとユーモアたっぷりのキワモノミュージカルが手際よくまとめられていたので良かったのだけど、やはりブラック満載の笑いの部分でチョット・・・。

唯一、“ウーラ”・サーマンのゴージャスさと、ウィル・フェレルのヘンテコ訛り英語はツボにハマッた。

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エビータ

Mp180 出演:マドンナ、アントニオ・バンデラス、ジョナサン・プライス、ジミー・ネイル

監督・脚本:アラン・パーカー

(1996年・アメリカ・135分)CS

内容:記録的なロングランを重ねた同名舞台の映画化作品で、アルゼンチンの歴史を変えた伝説の女性エヴァ・ペロンの生涯を描くミュージカル映画。

評価★★★/65点

たしか映画公開7年後にVideoで初めてこの映画を観たのだけど、しかしなぜかサントラだけは映画公開数ヵ月後にソッコーで買ってたんだよな。。

マドンナが“エビータ”というニューアルバムをリリースすると雑誌かなんかで見て、まさか映画のサントラとは露知らずに買っちゃったんだっけ。

買ってはじめて、えっ、これってエビータっていう映画なの?とビックリというか買って後悔というか。。

しかし、それから6,7年も経ちゃあイヤでも口ずさめるまで聴いちゃってるからね(笑)。

おかげで映画観ながら自分でリズム取りながら口ずさんじゃってたわな。次にかかる曲も分かっちゃうし。

映画を鑑賞するというよりマドンナのアルバム“エビータ”のプロモを見てたという感覚だった・・・。

だから内容は・・・ようするに・・・エヴァ・ペロンはすごかったってことでしょww??

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クリスマス・キャロル(1970年・イギリス・111分)NHK-BS

 監督:ロナルド・ニーム

 出演:アルバート・フィニー、アレック・ギネス、イーディス・エヴァンス、ケネス・モア

 評価★★★☆/70点

 内容:クリスマス・イブの晩、意地悪な老人スクルージのもとに、死んだ共同経営者マーレイの亡霊が現れる。その亡霊はスクルージに、過去、現在、未来の幽霊を紹介し、スクルージの行く末を見させるが・・・。チャールズ・ディケンズの同名小説のミュージカル映画化。

“自分の良心はこう叫んでいる。「素晴らしきかな、人生!」一方でダークサイドでは「地獄に落ちると分かりゃ誰だって改心するがな」と冷ややかな視線を浴びせている自分がいる・・・。”

しかし、それでいいのだ。人間ってそんなもんだろ。良い部分もあれば闇だって必ずある。

それが人間ってもんだ。

その意味で見ればこの映画はよく描けていると思う。

至極善人である男が主人公の「素晴らしき哉、人生!」よりもケチケチマンが主人公のこの映画の方が妙なリアルさがある。

良心のままに行動し続けることの難しさは誰だって実感がわくからだ。

でも、実は簡単なことなんだよね。要は実行に移せるかどうか。自分に正直になれるかどうか。

しがらみなんて吹き飛ばせ!せめてクリスマスくらいはみんな良いサンタクロースになろうや。

そう思わせてくれました。

夢のシネマパラダイス41番シアター:往年名作劇場12番館

明日に向かって撃て!

1909 出演:ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード、キャサリン・ロス

監督:ジョージ・ロイ・ヒル

(1969年・アメリカ・112分)DVD

評価★★★★/80点

 

内容:アウトロー集団を率いるブッチ・キャシディ(P・ニューマン)とその相棒サンダンス・キッド(ロバート・レッドフォード)は、同じ列車を往復で襲うという、列車強盗史上画期的な計画を成功させるが、鉄道会社の執拗な追っ手から逃げ切れず、ついに国外脱出を決意する。キッドの恋人エッタ・プレイス(K・ロス)を伴ないボリビアへやって来た3人は、なんとか強盗で生計を立てようとするが、とうとう軍隊に取り囲まれてしまう。。。「俺たちに明日はない」や「イージー・ライダー」に続くアメリカン・ニュー・シネマ台頭の中から生まれた傑作西部劇。アカデミー賞では、脚本賞、撮影賞、作曲および主題歌賞を受賞。

“ドデカイくそガキ2人組とかわいいオネエさんの大ざっぱでちょっとカッコいいお話。”

この映画は冒頭のセピア調の画に入っていけるかどうかでこの映画が好きになれるかどうかが決まっちゃうんじゃないかなと思う。

ここで、あっ、この映画好きだなーと一気に思えるか、感じられるかどうか。この冒頭でダメだなとなるとこの映画に入っていくのはまず無理っしょ。

なぜならこの映画は冒頭のセピア調の空気や薫り、雰囲気、ムードといったものが全編を通して漂っているからで、いや漂っているというのははっきりいって言葉としては弱くて、この映画を根底から支えている、映画として不可分なものといった方が正しいか。

「タイタニック」の冒頭もセピア調だったけど、この映画におけるその意味合いと重要性は全く異なる次元にあるといっていい。

例えばコーヒー店に入ったらコーヒー豆の薫りがする、花屋に入ったら花の香りがする、ワインを飲む時に香りを楽しむといったことと同じだと思うんです、この映画って。

ようするに薫りと切っても切り離せない関係にあるのではないかなと。ま、この映画では雰囲気といった方がいいけど、薫りを切り離しちゃったらすっごい陳腐な映画になっちゃうんじゃないかなあと見てて思ったんだけど。

はっきりいってストーリー展開は大雑把だしすごく単純で、特にエピソードとエピソードの間がすっごく雑なのね。なんか1つ1つの使えそうな持ちネタをただ繋げてみましたというかんじに見えちゃう。

しかもキャラクターの説明がほとんどない。ブッチとサンダンスは、ハイ、俺たち強盗ですってだけで背景なんてないし、エッタなんてほんと映画の後半になってからやっとで26歳の独身教師ということが分かる。

それなのに何とも不思議なことに見入っちゃうわけで。

それはなぜかと考えてみると、やはり冒頭のセピア調の画面に行き着いちゃうわけで。

トーキーっぽい画面からセピア調に変わってすぐのカット、銀行を下見しようとしてドアの外から中をのぞくブッチ=ポール・ニューマンの顔がクローズアップされるところでもうすでにビビビッときたからね。あっ、これ好きだわと、自分好みの映画だなと。

ちょっと言葉で言い表すのは難しいけど、とにかくこの1カットがすごく好きなのです。画面の雰囲気とポール・ニューマンのピシッとした表情が見事にマッチ。マジでカッコいいっス。そして珍しいヒゲ面レッドフォードの賭けトランプシーンへとつづいていく。このシーンも「スティング」を彷彿とさせていて好き。

と、やはりこの映画はオープニングに尽きるのかなと思ってしまうわけで。

ほとんどこのプロローグっぽい冒頭で2人のキャラ設定が簡単に終わっちゃってるし。

この2人はこういうかんじのこういう雰囲気の男たちです、ハイ、というわけであとは観てけば分かるからみたいな。

よく考えるとすごい無責任なやり方なんだけど、いったんこの映画の雰囲気、薫りに衝かれちゃうと全く気にならないんだよねぇ。不思議。

ま、冒頭カッコよかったお二人さんも話が進むにつれて化けの皮がはがれてきて、もうホント少年の心を持った悪ガキ2人組てかんじに見えちゃうわけだけど。カッコいいというよりなんかカワイイというか・・・。

一方、エッタはサンダンスに「泣き言を言ったらその場で捨てるぞ。」とか言われたりしてるけど、どうみても1番の大人はエッタ。2人に弄ばれてるかというと全く逆で、エッタの方が手玉に取ってるかんじだし、ボリビアに一緒に行きはしたものの結局は、「家に帰るわ」と捨て台詞を残してとっととアメリカに帰っちゃうし。もうガキの相手はしてらんないってかんじでしょたぶん。

泳げない、撃てない、話せない、しかもバカな言い争いばかりしてるんだもんw

ほんとガキそのもの(笑)。

基本的にガキってのは、今1番興味があること以外は興味が失せちゃうから、エッタが「家に帰る。」と言っても「お好きにどうぞ。」と簡単に言えちゃうわけだ。

でも、はたから見てると憎めない奴らなんだけどね。

そしてこの映画自体も憎めないんですよ、ええw

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卒業

Sotugyou出演:ダスティン・ホフマン、キャサリン・ロス、アン・バンクロフト

監督:マイク・ニコルズ

(1967年・アメリカ・107分)NHK-BS

評価★★★☆/70点

 

内容:学問にスポーツに、賞と名のつくものは全て取って東部の大学を卒業したベンは、そういう評価自体に疑問を覚え、説明のできない焦燥感を抱いていた。嫌がる彼を無視して両親が開いたパーティで、ベンは年上のロビンソン夫人と知り合う。ベンは、成り行きで彼女と情事を重ねるが、大学の休みで帰ってきた彼女の娘エレーヌと出会ったことで、真実の愛に目覚めていく。。。同年製作の「俺たちに明日はない」とともにアメリカン・ニューシネマの到来を告げる作品となったことでも有名。

“ユーモアかつ皮肉たっぷりに描かれるベンのハメはずし青春冒険譚。しかし、ラストのラストで一気に冷める作り手の視線が、コメディから現実へと引き戻す。”

そもそもこの映画をコメディとして見てしまう自分の感覚もどうなんでしょう、、ってところなのだろうけども。

ただベンとロビンソンの関係ややり取りはもちろんのこと、今見ても妙に斬新なモンタージュが多用されている点などコメディ要素は十分あると思う。

さらに自分の場合、映画見る前から有名なラストのことは知ってたから、、その辺のことも関係しているのかも。。

さて、ということで冒頭で述べた、映画のラストで冷める作り手の視線について。。

これもまた自分が抱いた一方的な印象ということであればそれまでなのだけど、ラストでバスに乗り込んだ後のベンとエレーヌの表情をカメラは意外に長く観察しているわけ。しかも何か一歩退いたかんじになっているばかりか、はしゃいで乗り込んできた2人も熱いキスとか抱擁でもするのかと思いきや次第に笑顔も消えて、アツさのほとぼりが冷めていく様子が見て取れる。

この直前シーンでバスの最後尾に座った2人をバスの乗客が皆振り向いて凝視しているわけだけど、このときのカメラの視線は乗客たちの視線と重なっているともいえる。さらにいえば、ベンとエレーヌを取り巻く社会の視線ともいえる気がするわけで。

そんなに人生甘くないぞ!お二人さんというような何か社会の冷徹な視線が、あの時2人に注がれていたかんじがした。

しかし、それでも2人を乗せたバスは走っていくというところでこの映画は幕を閉じる。

とにかく新たな2人の人生はスタートを切った。

本当にハッピーエンドといえるかどうかは、あの後に待っている様々なデコボコ道を2人が一緒にどう乗り越えていくかにかかっているのではないだろうか。

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サンセット大通り(1950年・アメリカ・110分)NHK-BS

 監督・脚本:ビリー・ワイルダー

 出演:グロリア・スワンソン、ウィリアム・ホールデン、エリッヒ・フォン・シュトロハイム

 内容:B級映画の脚本家ジョーは、借金取りから逃れようと荒れ果てた邸宅に逃げ込んだ。そこには、かつての大女優ノーマ・デズモンドが、過去の栄光にすがりつきながら暮らしていた。ジョーの仕事を知ったノーマは、再起を計るために自ら書いた脚本「サロメ」の手直しを頼み、邸宅に住まわせる。

 評価★★★★/75点

“ノーマの目線ジャブ攻撃に見震いした後、クローズアップで12回KO負け。夢に、、、出た・・。”

トーキーの波に乗り一世を風靡したグレタ・ガルボ、トーキーの波に飲み込まれたノーマ。

グリフィス、デミルそしてマックス。

容赦のない光と影。

エリッヒ・フォン・シュトロハイム、バスター・キートンの痛烈な起用。

ワイルダー、、あんたって人は、、、見事だ。

また、「アパートの鍵貸します」の原案がすでにこの映画で語られていることも非常に興味深い。

さらに、この映画、グロリア・スワンソンの実人生ともダブって見えて興味深かったが、実際の撮影現場はワイルダーと意見交換しながらアイデアを出し合い、ユーモアあふれる和気あいあいとしたものだったと聞いてちょっと安心した。

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情婦(1957年・アメリカ・117分)DVD

 監督・脚本:ビリー・ワイルダー

 出演:タイロン・パワー、マレーネ・ディートリッヒ、チャールズ・ロートン

評価★★★★/80点

 内容:ロンドン郊外に住む金持ちの老未亡人が殺害された。容疑者として逮捕されたレナードは、法曹界の長老ロバーツ卿に弁護を依頼。ロバーツ卿はレナードが無実であると確信して裁判に臨むが、検察側の証人として現れたレナードの妻クリスティーネが、夫が未亡人殺しを告白したと法廷で証言する、、、。アガサ・クリスティの短編「検察側の証人」の映画化。

“とにかくこのジジイはムカツク。。”

メガネのレンズとか筆箱に太陽光を反射させて他人の顔に向けてくる奴って1番ムカツクんだけどさ、、アンタだよ!ロバーツ卿

なんだかこのジイさんって嫌いなタイプなんだよなぁ(笑)。

最初の50分、このいけ好かないジイさんの家が舞台となるわけだけど、ジイさんの性格の好き嫌いは別としても、導入部としてはちょっとキビしいものがある。冗長だし、ジイさんの人物描写がクドイ。

そこは良くも悪くもワイルダーらしいのかもしれないけども、ひとつ所が舞台ゆえ求心力に欠けるのだ。

時速10kmで50分走り続けるといったかんじか。

しかし、それとは打って変わって後半の1時間はテンポ良く法廷劇が進み、残り10分は雪崩なみの展開をみせる。

だからこそ前半部分の冗長さが引っかかってしまうのだ。

前半と後半との差が激しいというべきか、つながりに欠け前半が活きてこないと感じたわけで、要は前半に関しては余分な贅肉が多いかなと。

う~ん、、ヒッチコックだったらなぁと思うと・・・。

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アルカトラズからの脱出(1979年・アメリカ・112分)NHK-BS

 監督:ドン・シーゲル

 出演:クリント・イーストウッド、パトリック・マッグーハン、ブルース・M・フィッシャー

 評価★★★★/80点

 内容:1963年に閉鎖されるまで、脱出不可能といわれていたアルカトラズ刑務所からの脱出を試みた男たちの実話をサスペンスタッチで描く。サンフランシスコ湾内のアルカトラズ島へ、囚人フランク・モリスが送り込まれた。今まで各刑務所で脱獄を繰り返してきた彼は、アルカトラズでもある兄弟と協力して周到な脱獄計画を進めていく・・・。

“しまりのない裸をさらけ出すオヤジ臭団に女っ気ゼロ、セリフ極少、音楽控え目、山場特に無しのあっという間の120分!”

とにかく地味~な映画。派手さは皆無。

ところが、なぜかこの映画は自分を惹きつけてしまう。なぜなのか。。

それは一言でいえば、職人技ということに尽きるのではないかな、と。家のリフォーム番組に出てくる職人、匠を見ているようなかんじ。

脱走の名人モリスは脱走の職人であり、言い換えればそれは仕事なのだ。脱走という職人のお仕事を120分間観客は見せられるのだ。

そして脱走という先にある目的は、自由を勝ち取るということ。

この映画で描かれるのは、脱走という職人技と自由を勝ち取るという執念ただそれだけだといえる。そこに下手なドラマチックさはないし、必要もない。

この映画は実話らしいが、映画を作る際に、実話から何を取捨選択して描いていくかということに関してドン・シーゲル監督は、何を描き何を描かないかをきっちりと区別して作ることに徹しているといえる。

この監督もまさに職人技を披露してみせたのだ。

2011年10月24日 (月)

夢のシネマパラダイス502番シアター:南極物語

南極物語

Nankyoku2 出演:高倉健、渡瀬恒彦、萩野目慶子、15匹のカラフト犬

監督・脚本:蔵原惟繕

(1983年・東宝・145分)WOWOW

評価★★★/65点

内容:1958年、南極探検隊の第1次越冬隊で犬係を務める潮田と越智は、15匹のカラフト犬を鎖につないで残したまま昭和基地を後にしたが、悪天候で第2次越冬隊員が送り込まれず、犬たちは置き去りとなる。帰国した潮田は犬の飼い主に謝罪して歩くが、犬を見殺しにした彼らに世間の目は冷ややかだった。が、その頃南極では、8頭の犬が首輪からの脱出に成功していた・・・。

“犬好きの聖地、それは小さい頃にこの映画を観たときから南極だと信じ込んでいた・・・”

が、20数年ぶりに見返してみて、実は犬好きにとってのアウシュビッツだったということが分かって愕然とした。

子供のときの記憶って、いいようにすり替えられるねんなぁ(笑)。こんな暗くて重たい淡々とした映画だったっけ・・。

なんか犬がちゃんとしゃべって物語を進めていくマンガ本の方の記憶と混同しちゃってるらしい。

でもオーロラのシーンは子供心にゾッとしたことがありありと甦ってきたけども、そのくらいかなぁ当時の記憶と見事にダブったのは。

とにかくちょっといろいろな意味でショックだったかも。。

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南極料理人(2009年日本・125分)WOWOW

 監督・脚本:沖田修一

 出演:堺雅人、生瀬勝久、きたろう、高良健吾、豊原功補、西田尚美

 内容:海上保安庁の調理人・西村は第38次南極観測隊の調理師として南極ドームふじ基地に1年以上派遣される。そこで7人の隊員の胃袋を満たすべく奮闘する西村であったが、平均気温-50℃以下という陸の孤島しかも男しかいない過酷な環境の中で隊員たちのフラストレーションは溜まっていく一方なのだった・・・。

評価★★★★/80点

南極基地で越冬隊員たちの食事を朝昼晩毎日作るって、、こんな地味ィ~なお話がはたして映画になるのだろうかと思ったんだけど。

しかし、どんなテイストなのか皆目分からずに恐る恐るフタを開けてみたら、これが今まで味わったことのないような摩訶不思議な、しかしすこぶるやみつきになりそうな美味で、幸せな満腹感に浸れることができた。

気温マイナス54℃という、動物はおろかウイルスさえ生存できない真っ白な地に舞い降りたオッサン8人組。

太陽が4ヶ月も上らないような“地球最後の日”に誰がすき好んでむさっ苦しいオッサン共と過ごしたいと思うだろうか。1年半も・・・。

そんな網走も遠く足下に及ばない隔絶された酷寒の監獄wという非日常的空間が、次第に人間を圧迫していく様子がユーモラスに描かれていて終始笑いっぱなし

さらにその中で3食の美味しい食事が並ぶ食卓がストレス充満空間を解消していくとともに、非日常的日常を生き生きとあぶり出していく視点も新鮮で面白い。

しかし、この監督って劇場デビュー作らしいけど、控え目な日本人の突発的に暴走する姿、そして微妙な空気感と絶妙な間のアンサンブルはドツボにはまりまくりで、この人の笑いのセンスってズバ抜けてる。

次回作が楽しみッス。

あ、あと触れないわけにはいかないのがジブリアニメのお株を奪うボリューム満点料理の数々。

伊勢エビフライにカニ三昧に肉厚ビーフにフランス料理に中華に、、どんだけグルメやねんww

しかもそのボリューム度がハンパなくてめっちゃ美味そうなのね。実写でこれを撮れたってのはスゴイよ(笑)。

ローストビーフ松明を持っての鬼ごっことかホント笑えて、抱腹絶倒のシュールコメディに舌鼓を打たさせていただきますた

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南極日誌(2005年・韓国・115分)DVD

 監督:イム・ピルソン

 出演:ソン・ガンホ、ユ・ジテ、カン・へジョン、パク・ヒスン

 内容:チェ・ドヒョン隊長を中心に6人で構成された韓国の南極探検隊。彼らは、最低気温マイナス80度、ブリザード吹き荒れる海抜3700mの“南極到達不能点”を目指して歩みを進めていた。残された時間はあと60日で、それを過ぎると南極は半年間闇に閉ざされてしまう。しかし、21日目、80年前に遭難したイギリス隊によって書かれた日誌を発見したことから、彼らに不可解な出来事が立て続けに起こり始める・・・。

評価★★/40点

オゾンホールから直に紫外線受けて頭おかしくなったんちゃうか?

そうとでも考えないと、この中途半端な狂い方は説明がつかんぞ。

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南極物語(2006年・アメリカ・120分)2006/03/27・MOVIX仙台

 監督:フランク・マーシャル

 出演:ポール・ウォーカー、ブルース・グリーンウッド、ジェイソン・ビッグス

 内容:高倉健主演の「南極物語」のハリウッドリメイク。

評価★★★★/75点

“ハリウッドの鉄則その1.基本的にアメリカ映画は度を越した人間のサバイバルは嬉々として描けるが、いざ動物、特に犬となると俄然お優しくなる。。”

しかも動物映画の王道ディズニーだもん。

その王道を踏み外さない予想通りの出来上がりで個人的にはスッキリ。

日本のオリジナルの方は淡々と犬たちの悲劇をドキュメンタリータッチで追い続け、申しわけ程度に高倉健の飼い主詫び状めぐりが挿入される。なんか高倉健だけにすごくお硬く不器用な印象というのが強くて。。

それが今回のリメイク版は容易に感情移入できてしまうんだよね。ま、ディズニーお決まりのパターンなんだけども。

しかし、オリジナル版がマイナス30度の冷たさと寒さを厳格に表現していたのに対し、今回のリメイク版はせいぜいマイナス5度くらい・・。

そういう温度差は確実にあったけどディズニー映画の場合はそれでちょうど良いのだね。。

2011年10月23日 (日)

立ち会いたい歴史的瞬間

ブログネタ: 【賞品付き】立ち会いたい歴史的瞬間は?参加数

9.11テロとか、01-02CL決勝でのジダンのスーパーボレーとか、WBC決勝のイチロー決勝タイムリーとか挙げたいけど、一応リアルタイムで見てるので、見たことないやつ限定で。

      第10位!!岩手山大噴火!       

岩手山の眼前に住んでる者としては、岩手山が噴火したら一体全体どうなっちゃうのかてことはかなり興味があるわけで、江戸時代1732年に大噴火した時は北上川が土石流であふれかえり、灰も相当積もったらしく・・。今後の傾向と対策として一度見ておきたいのでッス。

     第9位!!6500万年前の隕石衝突!    

恐竜絶滅の原因とされている隕石衝突を見てみたい!

メキシコのユカタン半島に直径10キロの隕石が衝突!巨大津波が荒れ狂い、衝突で巻き上げられた大量のちりが地球全体を覆い日光の届かない世界になり、地球は急速に寒冷化したという。

恐竜絶滅の有力な原因とされているけど、将来隕石が衝突する可能性だってあるわけだしww、今後の傾向と対策として一度見ておきたいのでッス!

      第8位!!江夏の21球!      

広島カープファンを生涯ひとすじ続けているオイラとしては絶対に見たいシーン。

1979年11月4日、広島vs近鉄の日本シリーズ第7戦(3勝3敗)。4-3と広島1点リードで迎えた9回裏、近鉄最後の攻撃。7回からマウンドに上がっていた守護神・江夏豊が無死満塁のピンチを迎えるもそれを抑えきり、初の日本一となったシーンだ。

オイラが生まれてまだ9ヶ月のことだからw、話には聞いてても見たことはないんだよねぇ。ぜひ立ち会いたいッス!

  第7位!!卑弥呼の死の原因!?皆既日食!  

卑弥呼=アマテラス説を支持するオイラが見たい知りたいのは、いわゆる天の岩戸神話(アマテラスの天の岩戸隠れ)は皆既日食と関係しているのか、そしてその皆既日食が起きたのは霊力が弱まったせいだととられ、卑弥呼は殺害されたのか!?ってこと。

天文学において、紀元248年9月5日に皆既日食があったことは事実であるらしいのだけども、これは卑弥呼が死んだ年(248年頃といわれている)と重なる。

なので、この皆既日食に立ち会って、卑弥呼の死の顛末を見たい。邪馬台国の場所も分かるだろうしww

      第6位!!1945年8月15日!      

この日を境に日本は180度変わったわけだけど、敗戦・終戦の衝撃、その時の人々の反応、歴史の転換点というのを体感したい。

      第5位!!クフ王のピラミッド!    

ピラミッドは一体何なのか!?お墓?何か別の施設?果ては宇宙人が建てたとかまで諸説あるけど、いい加減知りたいわ(笑)。どうやって建てたのかとかも知りたいし。

紀元前2500年くらいだっけ・・!?

      第4位!!キリスト最後の晩餐!     

レオナルド・ダヴィンチの絵画で有名な「最後の晩餐」。キリスト処刑の前夜に12人の使徒と最後にとった夕食の席を描いたこの絵には様々な謎があるとされ、「ダ・ヴィンチ・コード」では、キリストの隣にいる人物はヨハネではなく、マグダラのマリアしかもキリストの妻だった!?なんて説まであり、やっぱ実際のところを知りたいよねw

ついでに「ベン・ハー」や「パッション」などでたびたび描かれてきたキリスト最期の日に立ち会ってホントに復活したのかまで見たい。

3泊4日くらいか(笑)!?

         第3位!!本能寺の変!       

オイラ、信長を助けます!

んで歴史変えちゃいますww

以上ですw!

        第2位!!川中島の戦い!       

武田の本陣に単騎突入した上杉謙信が信玄と槍を交えた戦国時代最高の名場面を我が物に!

        第1位!!ケネディ暗殺!        

ケネディ暗殺についての資料が2039年に公開されるらしいけど、そんなの待ってられるかっちゅうの!

オズワルドの単独犯行説はありえないというのがほぼ衆目の一致するところであるわけだけど、じゃあ一体誰がやったのか。

3方向から狙撃されたという説が有力であることから複数犯であることは疑いなく、、ダラスの現場でケネディ暗殺の瞬間を見て、犯人グループを尾行して、、、

消されちゃうか、そんなことしたらww 

2011年10月 2日 (日)

夢のシネマパラダイス238番シアター:家族、絆の物語

おとうと

Original 出演:吉永小百合、笑福亭鶴瓶、蒼井優、加瀬亮、小林稔侍、加藤治子

監督:山田洋次

(2009年・松竹・126分)WOWOW

内容:東京で薬局を営む吟子(吉永小百合)は、夫を早くに亡くし、女手ひとつで一人娘の小春(蒼井優)を育て上げた。その小春も医者との結婚が決まる。ところが、式当日、放蕩を重ね音信不通だった吟子の弟・鉄郎(笑福亭鶴瓶)が現れ、披露宴をメチャクチャにしてしまう・・・。

評価★★★☆/70点

田舎の農家出のオカンが子供の頃というから昭和30年代ごろだろうか、毎年田植えや稲刈りの時期になると親戚の叔父ちゃんがひょっこり現れて、農作業を手伝いながら1ヶ月くらい泊まると、またひょっこり姿を消してしまうんだそうな。

あの叔父ちゃんは普段どういう暮らしをしてその後どういう人生を歩んだんだろうと言ってたけど、そういう風来坊を受け入れる昭和の家族像というのはたしかにあったんだろうと思う。

まぁ、農家の繁忙期で人手がいるってことだったり、大家族で1人増えたくらいどうってことないとかあるとは思うんだけども。

そういえば近くの銀山から逃げ出した朝鮮人を1年くらいかくまったことがあるってのも聞いたことがあったけど、それはともかく、しかし平成の無縁社会においてはそういう昭和の価値観はもはやなく、風来坊は迷惑な存在でしかない。“寅さん”は完全にファンタジーになってしまったのだ・・。

そんな家族形態、家族像が変わった中で、風来坊をつまはじきにする家族に例え同情することはあっても糾弾することはできないだろう。今はそんな世の中なのだ。

世知辛い世の中といえばそうなのだろうけど、昭和53年生まれのオイラでも昭和の価値観というのは実際問題ファンタジーになってしまっているわけで、核家族社会どころか非正規夫婦家族社会にシフトしていかなきゃ家族すら持てないヨていうかんじなわけだから・・。

他者への寛容という大らかな価値観が心の片隅に追いやられてしまった現実の暮らしの中で“無縁社会”“孤独死”といったものがクローズアップされてきたシビアな現代社会。

その点でこの映画を見ると、これは完全に寅さんの山田洋次なりの終わらせ方、ケジメのつけ方と見てとれる。平成の世においてどこかでノタレ死にする以外なかったであろう寅さんの幕引きに他ならないのだ。

例えば吟子の薬局がある街は地域コミュニティがまだ存在しているし、吟子と小春の自立した対等な関係など、それこそNHKの朝ドラ的なつくりになっていて、そこにはまだかろうじて“寅さん”を受け入れる素地があるように見える。

そこはさすが市井の人を描くことにかけては天下一品の山田洋次だけのことはあり、演出にはソツがなく安心して見ていられる。

しかしこの映画のキモは、“寅さん”の最期を受け入れた民間ホスピスにあるといっていいのではなかろうか。

前述したシビアな現代社会において、家族でもなければ血もつながっていない人々が最期を看取ってくれる場が存在するというのは、それだけで1本まともな映画が撮れてしまうだけのテーマを内包していて、ていうかそっちの方が見たいって思ったんだけどw

でも、なんか久方ぶりに映画でホームドラマといえるものを見た気がする。それはそれで良しとしよう。

あとはなんといっても鶴瓶に触れないわけにはいくまい。

鶴瓶とゲストがぶっつけ本番&台本なしのスリリングな即興ドラマを演じるバラエティ番組スジナシを好きで見てるんだけど、200回を超える長寿番組を支えているだけのたしかな技量というのはスゴイものがあり、何を演っても収まるところに収まってしまう実存感は稀有なものがあると思う。

末期ガンの死に際とは思えない体型とつやの良さは気になったけどw、それもそれで良しとしよう。

山田洋次のこの後、よりも鶴瓶の役者としてのこの後が楽しみで仕方がない。そんな作品ですた。。

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母べえ

Kaabee000  出演:吉永小百合、浅野忠信、檀れい、志田未来、戸田恵子、大滝秀治、笑福亭鶴瓶、坂東三津五郎

監督・脚本:山田洋次

(2007年・松竹・132分)盛岡フォーラム

内容:昭和15年の東京。野上佳代(吉永小百合)は、文学者の夫・滋(坂東三津五郎)と2人の娘・初子(志田未来)と照美(佐藤未来)とともに、つましいながらも幸せな毎日を送っていた。しかし、ある日、反戦を唱える滋が治安維持法に引っかかり逮捕されてしまう。そんな中、滋のかつての教え子・山崎(浅野忠信)や滋の妹・久子(檀れい)、拝金主義にどっぷり浸かっている型破りな叔父・仙吉(笑福亭鶴瓶)らが一家のもとに駆けつけ、佳代たちを支えていくのだった。。

評価★★★★/75点

家族を描かせたら右に出る者のいない山田洋次。12貫足らずの痛々しい身体、ひび割れた瀬戸物のような身体で歯をくいしばって働く母親を描かせたら右に出る者のいない山田洋次の真骨頂が存分に発揮された佳品。

戦争反対の信念を貫き、思想犯として治安維持法違反でしょっぴかれた父べえ・滋の不在の中、野上家をひしと支え続ける母べえ・佳代の姿と家族の絆が描かれていくこの映画。

ドラマティックさを排除したようなありふれた日常を丹念に紡いでいくことで、かえって非日常的な世の中の空気―不合理なことに無神経にならなければ生きていけない銃後の世の中―というものがよく伝わってくる演出の妙はさすがで、例えば野上家によくしてくれる近所の炭屋のおじさんも、息子を兵隊にとられる不安を抱きつつ鬼畜米英を当然のように唱え、最終的にはドイツと日本が戦争して日本が世界を制覇するんだということをマジメに語ったりする。

また、母べえにしても、夫の反戦思想は間違っていないと元警察署長の父親には言うものの、代用教員として就いている小学校の教室では皇軍の勝利を祈ってくださいとしか言いようがない。

街頭では、婦人会の女性が道行く人々にぜいたくは敵だ!と呼びかけ、それに対しぜいたくは素敵じゃ!と言う仙吉叔父さんを非国民呼ばわりするのは戦前の皇民化教育の薫陶を最も受けた子供たち、、、。町内会の隣組も、しかし皆が右向け右!と一致迎合せざるを得ないような監視的な役割を担っている。

こういうホントのことを言えない世の中の空気というものを、決して声高に強調するわけではなく、日常の中にひっそりと、しかし確実に浸み込んでいるものとして描き出しているのはスゴイの一言だ。

また、和やかな風景から焼け野原に移ろっていく家の玄関から見た路地の風景も印象的で、まさに完璧ともいえる演出。

今、銃後をこんなにしっかりと描ける監督さんっていないだろうな。

戦争というのはすみやかにおっ始まるのではなく、国が一斉にそっちの方向を向いていく中で行われるものだと思うのだけど、そういう意味ではその下地として国民の総意が不気味に形成され誘導されていく流れというのはホントに怖いなと感じたし、母べえが言うところの「弱虫でぶきっちょで泳げもしない意気地のない」優しくて善良な市民に死ぬ覚悟をさせる国家の責任というのはホントに重く大きいのだということを実感できた気がする。

素晴らしい映画です。

、、、が、ここであえて難点を言わさせてもらえば、浅野忠信が実年齢で30歳近く離れている吉永小百合に恋慕を寄せるというのは、ちょっとムリがあるというか(笑)。。

それを描くんだったら、母べえ役はもうちょっと若手にしてもよかったんでないかいと思っちゃったな。

例えば、竹下景子、大竹しのぶ、黒木瞳だとか、もう1世代下げて沢口靖子とか宮沢りえ、松嶋菜々子あたりの方が自然のような、、、ねぇ。

まぁそれ考えたら映画の根幹に関わる大問題だと思うのだけども、60代になっても30代の妻を演じられる吉永小百合の“日本の母”ぶりもまたこれはこれで良かったのかもしれない。

そしてなにより御年77歳ながら精力的に映画を撮りつづける山田洋次には、“日本のジョン・フォード”としてまだまだ頑張っていって欲しいなという思いを強くしたのでありました。

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家族(1970年・松竹・107分)WOWOW

 監督・脚本:山田洋次

 出演:井川比佐志、倍賞千恵子、笠智衆、前田吟

 内容:桜の咲く長崎の島を旅立った労働者一家が、北海道の東端・根釧原野の開拓地にたどり着くまでを、ドラマ性を排除したシナリオとドキュメンタリーのようなカメラワークで綴った異色のロードムービー。2人の幼児を抱えた労働者夫婦は、祖父を連れて5人で長崎の小さな島を後にした。大阪に着いた一家は雑踏にとまどい、大阪万博会場の入口につめかけた群衆を見て茫然とする。さらに北へ向かった彼らは、途中で急死した子供の遺骨を抱えて北海道へ渡るのだった・・・。

評価★★★★/80点

“日本のジョン・フォード=山田洋次”

浦沢直樹の「20世紀少年」にハマっていたオイラにとっては、この漫画のカギを握っているといってもいい1970年―主人公ケンヂが秘密基地を作った少年時代と大阪万博―の日本列島の風土と街並みを、北から南まで満遍なく見られたのはかなりタメになって有意義だった。

特に話でしか聞いたことがない大阪万博を正面入口だけとはいえ見られたのはよかった。

あの雑踏の中で、オッチョやヨシツネが日射病にかかってぶっ倒れながら並んでたんだなぁと思うと感慨深くなっちゃったけど、一方では、あの雑踏の中でエスカレーターにたじろいで上手く乗れない笠智衆のような爺ちゃんもいたんだろうw

しかし、笠智衆はイイねぇ。ビールを美味そうに飲むところや、歌を口ずさむところだとか、一挙手一投足に思わず泣きそうになっちゃったわな。

また、九州弁でまくし立てる倍賞千恵子は堂に入ってたし、その倍賞千恵子と前田吟が義姉弟の関係というのはなんか違和感あったけど、「男はつらいよ」シリーズの面々がかなり正反対ぽい役柄で出てきたのは面白かった。

でも、わずか1週間足らずで赤ん坊と祖父を失うなんて、、、かなり唖然とする展開だったけど、高度経済成長と産業転換の真っ只中にあって、そこから置き去りにされた人々が大多数いたであろうことは想像にかたくなく、彼らを丁寧に見つめた山田洋次の視点は、経済成長の豊かさの代償として家族のあり方というものをポロポロと落とし喪失してきた今の時代だからこそ見直すべき視点なのかもしれない。

長崎から北海道へ命を削りながら縦断した家族の絶望と希望を、後世に残しておくべき映像とともに刻みつけたロードムービーの傑作といえよう。

「幸福の黄色いハンカチ」(1977)といい、「男はつらいよ」といい、旅と労働者と街を描かせたら山田洋次の右に出る者はおらへんな。

貴重な本当の日本の姿をこれからも描いていってほしいです。

余談、、、

北海道にたどり着いて酪農を営むことになったこの一家の物語が、今度は「遥かなる山の呼び声」(1980)に続いていくのだと考えるとまた感慨もひとしおだなぁ。

ということは、井川比佐志は亡くなっちゃって、そこに高倉健がやって来るっちゅうわけか。

人生いろいろやな(笑)。

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キューポラのある街(1962年・日活・100分)NHK-BS

 監督・脚本:浦山桐郎

 出演:吉永小百合、浜田光夫、東野英治郎、小沢昭一、吉行和子、加藤武、殿山泰司

 内容:埼玉県川口市。働いていた工場が大工場に買収されたためリストラに遭ってしまった鋳物職人の辰五郎は酒浸りの毎日。若い工員・克巳に組合入りを勧められても、アカの世話にはなりたくないと断る始末。そんな中でも中学生の娘ジュンは明るさを失わず2人の弟の面倒を見ていた・・・。

評価★★★☆/70点

なにはともあれ吉永小百合である。

まさに“ニッポンの妹”である!と豪語したくなるほどのまばゆさ、清冽さにただただ目を奪われるばかり。

日本が貧しく上を向いて歩くしかなかった時代が生んだ奇跡。それが吉永小百合なのだと実感した。

肝心の中身の方も、組合問題や在日問題など社会性を的確に織り込みながらも、ごく日常的な1コマとして描いているのが良い。あくまで貧しくも健気に生きる少女の視点、家族の日常を主眼に置いているのがかえって背景にある時代性を色濃く映し出していて心に残るのだ。

しかし、この酒飲みダメ親父どうにかならんのかw!?昔の頑固親父ってのはこんなんばっかりだったのかな。。

当時のパチンコ屋にもビックリしたけど・・。

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まぼろしの邪馬台国(2008年・東映・118分)CS

 監督:堤幸彦

 出演:吉永小百合、竹中直人、窪塚洋介、風間トオル、平田満

 内容:昭和31年、NHKアナだった和子(吉永小百合)は、島原鉄道の社長で郷土史家の宮崎康平(竹中直人)と出会う。そして、全盲でありながら超ワンマンな宮崎が新たに始めた観光バス事業のバスガイド指南役として雇われることに。しかし、宮崎は邪馬台国を探し出すことに熱中し始め、社長罷免もなんのその、妻となった和子とともに九州行脚の旅に出るのだった。。

評価★★☆/50点

“大女優・吉永小百合だけはまぼろしではなかったというオチ”

短気でワンマン、がさつで豪放、謙譲という精神を知らない尊大オヤジ、宮崎康平には共感する所がほとんどなく、映画だけ見ると単なる奇人変人としか見れない。

例えば、邪馬台国に対する純粋な憧れというようなエモーショナルな部分をもっと引き出してくれればこっちの理解もちょっとは進んだと思うし、同様に和子がいかようにして宮崎に寄り添おうとするまでの想いに至ったのかをもっと分かりやすく描いてくれればよかったと思うんだけど、ちょっと全体的に中途半端だったなと。

しかし、それをしても吉永小百合ひとりのオーラでまがりなりにも最後まで見られる形になっているのはスゴイの一言で、大女優の深みというものを堪能できる一品であることはたしかだ。

まぁ、卑弥呼に化けるのはやりすぎだったけどね(笑)。。

あと、卑弥呼の“卑”が干潟の“干”というのはちょっと賛同しかねるな。

やっぱフツーに“日”の巫女と考えるのが自然で、もっと突っ込んで言えば卑弥呼=日巫女=天照大神(アマテラスオオミカミ)だと思うんだけど。ちなみに場所は、昔は畿内にあるんじゃないかなと思ってたけど、最近では大分の宇佐ではないかと本とか読んで思ってる次第でッス。

、、それにしても、セリーヌ・ディオンはないんじゃないかな。。だって邪馬台国だよw

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愛を乞うひと(1998年・東宝・135分)NHK-BS

 監督:平山秀幸

 出演:原田美枝子、野波麻帆、小日向文世、熊谷真実、國村隼、中井貴一

 内容:東京で高校生の娘と暮らす照恵(原田美枝子)はある日、弟と数十年ぶりに再会する。その時、心の奥に封印してきた壮絶な過去の記憶が甦ってくる。この出来事をきっかけに照恵は、幼い頃死に別れた父親の遺骨を探すため娘と一緒に父の故郷台湾へ渡るのだが・・・。

評価★★★★/75点

今まで目にした鬼母といえば「鬼畜」(1977)の岩下志麻を真っ先に思い浮かべてしまうが、今回の豊子(原田美枝子)もかなりのインパクトがある鬼母だった。

しかも今回は虐待の動機付けが説明不足でかなり曖昧で、理解の範疇を超えた凄惨さにはただただ呆然とするばかり。

愛し方も愛され方も知らない女性豊子の過去と人間像に興味をそそられつつも、照恵と深草(野波麻帆)の母娘関係にその暴力が遺伝することなく強い信頼関係で結ばれていたのが唯一の救いだった。

しかし、理容店で豊子と照恵が再会する緊張感漂うシーンで照恵が何かを言いかけた時にマギー司郎がヒョコッと入ってきて、へっ!?と弛緩してしまったのだけど、ここでオッサンが入ってこなかったらどうなっていたんだろう・・。罵り合い?髪の引っ掴みあい?それも見たかった気がするけどw

まぁ、自分に子供ができたら、おもいっきり愛してやるけどね

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若者たち(1967年・日本・87分)NHK-BS

 監督:森川時久

 出演:田中邦衛、橋本功、佐藤オリエ、山本圭、松山省二、栗原小巻、大滝秀治、江守徹

 内容:技師である長男・太郎を筆頭に、トラック運転手の次郎、インテリ派の三郎、受験戦争真っ只中の末吉に一家を切り盛りする長女・オリエの5人兄妹。両親を早くに亡くした彼らは様々な問題に直面しながらもたくましく歩き続けていく・・。TVドラマ『ひとつ屋根の下』のネタ元にもなった青春ドラマ。

評価★★★/65点

ウチの親父は学生時代、この映画を何回も熱心に見に行ったもんだと懐かしんでいたけど、先日TVで40年ぶりに見たらしい。そしたら、あれっ?こんな映画だったっけ、、となかり肩透かしをくったようだ。おそらくフジテレビで放送されていたというTVドラマ版と記憶がごっちゃになっているのだろう。

しかし、高度経済成長や東京オリンピックでの華やかな雰囲気の裏にある時代の空気、豊かさの欠片を求めて歯を食いしばって上を向き続けて歩く人々の切実でアツい空気感というのがもろに出ていて、そんな時代ではない40年後に見たオイラはかなり面食らってしまった。

そのアツさというのが俳優陣にも乗り移っていて、まるで舞台劇のようなオーバーアクトは思わず笑ってしまうくらい。

エプロン姿&ちゃぶ台返しをする田中邦衛にはもっと面食らっちゃったけど・・

1963年(昭和38年)を舞台にした「コクリコ坂から」と同時代のお話だけど、追憶ファンタジーとでもいうべきコクリコではあまり感じられなかった食うのにも困るようないいことばかりの時代ではなかったという現実を見れて興味深かった。

とはいえ一方ではコクリコと同じく未来に希望を持てた時代でもあったわけで、幸せなラストもまた印象的だった。

「キューポラのある街」(1962)とあわせて見たい一作だ。

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