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2010年10月12日 (火)

夢のシネマパラダイス484番シアター:グラン・トリノ

グラン・トリノ

Img267_poster2 出演:クリント・イーストウッド、ビー・ヴァン、アーニー・ハー、クリストファー・カーリー、コリー・ハードリクト、ブライアン・へイリー

監督:クリント・イーストウッド

(2008年・米・117分)WOWOW

内容:長年勤め上げたフォードの工場を引退し、妻にも先立たれたウォルト・コワルスキー(イーストウッド)は子供たちにも煙たがれる頑固ジジイで、昔なじみさえいない住宅街で一人暮らしていた。バリバリの人種差別主義者でもある彼は、隣に住むアジア系一家も大嫌いで、そこの息子タオが不良グループにそそのかされてコワルスキーの愛車グラン・トリノを盗みに入った時も銃を向けて追い返す。しかし、そこの娘スーを不良から救った彼は、隣家と交流を持つようになり・・・。

評価★★★★/80点

“これはイーストウッドの遺書なのか・・・。”

イーストウッドの稀有なところは、晩年になればなるほど作品の質が上昇していくことで、黒澤、ゴダール、フェリーニなど巨匠といわれる監督のほとんどが晩節を汚してしまうほどのレベル低下を見せるのに対し、正反対のベクトル=映画の果てなき地平に向かって変わることなく邁進しつづける監督というのは、イーストウッドを除いて他にはいないのではないか。

例えば今回の作品。

いたってシンプルで取り立てていうべきこともないような筋立てなのだけども、オーソドックスであればあるほど監督としての力量が問われるという点でいえば、これほどイーストウッドの才が如実に示された作品もないだろう。

各エピソードのつながりは決して滑らかとはいえない朴訥とした語り口なのだけど、主人公ウォルト・コワルスキーの偏屈キャラと合ってるし、なによりも一つ一つのシーンの切り取り方、描き方の選択肢にブレがなく、まさに完璧ともいえる仕上がりになっている。

かといって、決して格式ばっているわけでもないのがイーストウッド演出の極みで、良い意味で角が取れて優しく柔らかい感触になっていて、わざわざ襟を正したり肩ヒジ張ったりすることなく見られるのがイイ。

そしてその上で“プライド”“贖罪”“後悔”といった人生を重ねていく上でこびり付いてくる痛みを静かに描き出し、それを重しとして精神世界へ深く沈降し入り込んでいくことができる。それがイーストウッド映画といってもいいだろう。

さらに今回の作品は、「荒野の用心棒」(1964)、「ダーティハリー」(1971)、「ペイルライダー」(1985)などでイーストウッドが演じてきた暴力の応酬を是としてきたキャラクターを踏まえた上での「許されざる者」(1992)から「ミリオンダラー・ベイビー」(2004)へとつづく人生の決着のつけ方というテーマ。また、「アウトロー」(1976)や「センチメンタル・アドベンチャー」(1982)、「パーフェクト・ワールド」(1993)で描き出してきた疑似家族形成の物語というテーマなど、今までのイーストウッドの連綿とつづいてきたキャリアを様々な形で想起させる展開にもなっている。

また、たなびく星条旗が印象的に映し出されるように、西部劇から戦争劇(「父親たちの星条旗」2006)へとつづくアメリカの歴史という俯瞰的視点をも内包していて、まさにイーストウッドの集大成ともいえる作品になっている。

それらが重層的に折り重なった上でのラストの幕引きは思わずあっけに取られてしまうのだけども、なんとも一言では言い表せないような余韻にくるまれてしまう・・。

これはイーストウッドの遺書なのか・・・。

何も難しくはない奇跡。

シンプルなつくりの中で映画の豊穣を間近に感じられ味わえる。

オイラの映画史に完璧に刻まれる一品だ。

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チェンジリング

Changeling_poster2_b212x300 出演:アンジェリーナ・ジョリー、ジョン・マルコヴィッチ、ジェフリー・ドノヴァン、コルム・フィオール、エイミー・ライアン

監督:クリント・イーストウッド

(2008年・アメリカ・142分)WOWOW

内容:1928年ロサンゼルス。電話会社で働くシングルマザーのクリスティン・コリンズは、9歳の息子ウォルターを女手ひとつで育ててきた。が、そんなある日、ウォルターが失踪する事件が起きてしまう。5ヵ月後、ウォルターがイリノイ州で見つかったという朗報が入るが、再会したウォルターは全くの別人だった。しかし、再捜査を申し入れるクリスティンに対し、LA警察は取り入ってくれず・・・。

評価★★★★/80点

どこの国にも往々にして暗黒の歴史ってあるものだけど、これはヒドイ。

ったく北朝鮮はこれだから、、、ってアメリカかよっw!!

子供が姿を消したのに初動捜査もろくにしてくれず、腹を痛めて生んだ我が子のことを一番よく知っている母親の言うことに耳も傾けず、あげくの果てに邪魔だから精神病院に強制送りにしてしまうなんて、、、ホントに実話なのかよ!?と思わず目を疑いたくなるような、腐敗した警察権力のおぞましい剥き出しの姿はあまりにも恐ろしいものがある。

7cmも背が低くなってるんでっせ。今だったら三文記事にもなりはしないレベルだろ(笑)。

なんか見てるこっちが途中からどうでもよくなってくるというか観念して投げ出したくなっちゃったんだけど、、ただ一人、我が子を探し出してこの手で抱きしめたい、という曇りのないただ一点の思いにおいて闘いつづけるクリスティン・コリンズ(アンジェリーナ・ジョリー)の執念の姿に引きずられるように見入ってしまった。

彼女のキャラクターがアンジーと重なって見られたのは大きなポイントだったと思うし、いつものアンジーより抑え目の静かにみなぎってくるような芯の強い闘志と石のように固い忍耐力をバランスよく表現していて、彼女のキャリアの中でも最高の演技だったと思う。

そして、なんといってもイーストウッド演出の極みを堪能できるのもこの映画の強みだろう。

社会派の告発調にも、猟奇殺人のサスペンスミステリーにも、女性の強さを前面に出したフェミニズム調にも、いかようにもかじ取りができるテーマの中で、決して扇情的なペースに陥らずに母親の切実な内面に主軸を据えて丹念に描いていくイーストウッド調は至極緩やかだ。

それはロスの風景から幕を開けるオープニングに出てくるフォード車やチンチン電車のゆったりとした歩みの調べであり、イーストウッド自身の手による美しく優しい音楽とともに映画を丁寧にくるんでいる。

死刑執行までをもことさらに見届けようとする描写は容赦がないともいえるけど、見終わって思うのはこの映画にはムダな描写などひとつもないのだということ。

スマートかつ骨太で、心の髄まで余韻が染み渡ってくるような印象深い映画=傑作といってさしつかえないだろう。

21世紀に入ってからのイーストウッド映画はハズレなし、どころか全てが傑作といってもいいくらいに充実しまくっていて、しかも年を追うごとにそのレベルは上昇し、円熟の境地のさらに上のレベル、例えば黒澤明と同列に序せられるところまでイッちゃってます。

真の巨匠、、今イーストウッドに死なれたら困るわ(笑)。。

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コメント

父親たちの星条旗 は見ました。
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