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2008年3月29日 (土)

X JAPANならぬ岡田JAPANに思うこと。

2008032700000096maisoccthum000 最近なぜか日本代表戦を見ても力が入らない。

いや、最近というよりもそれはジーコジャパンのドイツW杯頃から顕著になっていったのかもしれないけど、最近は特にヒドイ。

オリンピック代表になるともっとヒドイ(笑)。

先日のアンゴラ戦も、見たような見てないような(笑)。代表戦というコンテンツが不動のチャンネルではもはやなくなったのだと思う。自分の中で。

なんか世間もそういう傾向らしく、視聴率は振るわず、観客も入らず・・・。

オイラの場合は、なんだろ、ハンス・オフトが就任し、アジア杯初優勝を成し遂げた1992年頃からサッカー熱に火がつきはじめ、1993年のJリーグ開幕、そして同年10月28日“ドーハの悲劇”(当時オイラは高校1年生だった)でそれは決定的に。

96年7月22日、アトランタ五輪での“マイアミの奇跡”。

97年11月16日、フランスW杯アジア第3代表決定戦“ジョホールバルの歓喜”。

98年フランスW杯3連敗終戦。

99年U-20ワールドユース準優勝。

00年シドニー五輪、決勝トーナメント1回戦アメリカとの死闘と中田ヒデのPK失敗。

01年フランス相手に0-5の大敗を喫したサンドニの虐殺と、その後のコンフェデ準優勝。

02年日韓W杯、グループリーグ首位突破。

02年6月18日雨降る宮城スタジアムで行われた日韓W杯決勝T1回戦、トルコに0-1で敗戦。

この02年6月18日、オイラの中で何かが終わった、、、のだと思う。

奇しくも中田ヒデなどのアトランタ・シドニー世代と同世代だったオイラは、彼らの成長とリンクした日本代表の急速な進歩を目の当たりにすることができたわけだが、それを見ていたオイラの熱狂、その頂点がこの日韓W杯だったと思うのだ。

日韓W杯後に、神様ジーコが招聘され、トルシエジャパンとは真逆のフィロソフィーに基づいたサッカーを標榜していくのだが、そこにあった熱狂というのは明らかにそれまで抱き続けてきた熱狂とは質が異なるものだった。

それまでの熱狂が怒りや、歯ぎしりするほどの悔しさ悲しさ嬉しさの入り交じった「死ぬか生き残るかの圧倒的緊張感の真剣勝負」だったとすればジーコジャパンのそれは、一言でいえば「お祭り」だった。

04年、中国の大ブーイングの中で勝ち取ったアジア杯は確かに熱かったけど、もはやその熱の異質さを拭うことはできなかった。

06年ドイツW杯での惨敗。もはやそこに歯ぎしりするほどの悔しさを感じることは、、なかった。

出られるかどうか紙一重だったW杯から、出れて当然のW杯へ。。

それだけ死ぬか生き残るかの真剣勝負が少なくなったということだと思うのだけど、その死ぬか生き残るかの真剣勝負が毎週のように見られるコンテンツが00年代になってオイラの前に現れることになる。

そのオイラの熱狂がどこに向かったのかといえば、海外リーグ、ことにスペインのレアル・マドリーだった。。

中田ヒデが98年フランスW杯後にイタリアに渡り、センセーショナルな活躍を披露した頃からイタリア・セリエAやスペイン・リーガエスパニョーラ、イングランド・プレミアリーグなどの欧州リーグがテレビで見れるようになり、00年代になるとヨーロッパチャンピオンを決めるUEFAチャンピオンズリーグといったカップ戦がここに加わる。

世界の名だたるプレーヤーが集まる欧州リーグに目が向き、さらにそこでプレーする日本人選手の活躍に一喜一憂する。

その中で、オイラはスペインの白い巨人レアル・マドリーにハマッていった。

日本代表への冷めていく視線とレアル・マドリーへの熱狂度、Jリーグ熱(ちなみにオイラはアントラーズファン)への落ち着きとリーガエスパニョーラやチャンピオンズリーグへの熱狂度はまさにシンクロしている。

こんなこと言ったらあれだけど、今では日本代表よりもスペイン代表が好き!と言えちゃうくらいまでに入れ込んでいるのだから、、、まぁメジャーリーグと日本のプロ野球人気の不振と同じ構図なのかもしれないけど、サッカーの本場を毎週のように見せられちゃうとね・・・。

おそらく南アフリカW杯アジア最終予選くらいから炎がメラメラと一応は燃え上がっていくのだろうけど、今は我が愛しのレアル・マドリーがリーガで優勝できるか否かの方が気が気ではない!

というのが本音。

70013_t50 ところで、日本は先日バーレーンに良いところなく負けたけど、なんか日本の現時点での限界を見せつけられたような印象を受けちゃったね。

中盤であれだけボールを奪ってるのに、攻めの形を作れない。相手自陣25メートルより前でのアイデアが絶対的に乏しい・・・。

スペイン×イタリアの親善試合でのスペインを見ると思うんだけど、やっぱボールを受ける、ボールを出すという基本的なボールタッチが全然違うんだ。レベルが。

よく日本を海外の選手や監督が褒める時に使う日本人選手はテクニックがあるという言葉があるけど、、、基本がなってないのにテクニックがあるというのは一体どういうことなんだろう?アハハ・・・。

あと、テレビ解説の松木安太郎さん。

アンタみたいなバカ解説が日本をダメにするんじゃボケ!

相手の得点がハンドによってもたらされたことが残念でならない、とアホみたいに何回も言っとったけども、あれは明らかに川口能活の凡ミスだろうがよっ!!

なぜ、それを指摘しないんだ。

解説者としては最っ低レベルだな。ホンマ冷めるわ。

、、となぜか怒りがこみ上げてくるオイラなのだった。

実は熱い?オレ。。

うたばん狂想曲第22番:X JAPAN 攻撃再開・・・不発。。。

70519_c160 昨日、10年ぶりに復活したX JAPANの東京ドーム公演のWOWOW生放送を、なんとか四苦八苦してDVD録画することに成功した・・・。

まさに精神的に破滅の夜になってしまった。。

WOWOWでは18:30~0:00という約6時間もの大枠を取っていたので、まさかこんなに長くライブやるのかなぁとは疑問に思ってはいた・・・。

まぁ、、やるんだろう(笑)ということで、自分の部屋でHDDに18:30から予約録画しといて、1階の居間の方で裏の中日-広島(ファンなんです)を見ていたんだ。

んで夕飯食って、部屋に戻ったのが20:00頃。

さ~て、ライブ盛り上がってんのかなぁとチャンネル合わせてみたら、、、、

アータ、のん気にドーム内の客を写しとるだけやないけーーっ!

まだ、、、、始まってないの???

1時間半何やってたの???

速攻2chへ行き、状況を確認。

中止だぞこれは!訴訟起こしたら勝てる!だとかとにかく2chも秒速単位でスレを伸ばしていく。

20:30回っても始まらず、、これはHDDに録っても意味ないなと思い、録画を中止して、DVD予約に急遽変更。。

20:35に予約、、しかし始まらず。予約キャンセルして5分後に設定、、始まらず。。

ザケンナー!!!

ていうか、これもしかしてバンドにありがちの内輪揉めが楽屋で起きているのかも?TOSHIとYOSHIKIの殴り合い?それともラリッて出てこれない?とかフツーに考えちゃったんだけど、20:47頃に、、、始まった。。

しかし、さんざん焦らした挙句幕を開けたライブ内容も、すこぶる人を小馬鹿にしたようなものだった(笑)。

いや、X JAPANJAPANJAPAN・・・だから許されることなのかもしれないけど、ライブ時間よりも待ち時間の方が長いコンサートって、、、。。

YOSHIKIの遅刻が2時間20分もの遅れの原因だった(TOSHIがオープニングMCで言ってた)ようだけど。

YOSHIKIは1月20日に行われた復活ライブの記者会見で、「何が起こるか分からない、緊張感のある、危険な危ないコンサートにしようと思っている」と言ってるけど、文字通りの伝説ライブになっちゃったかもね。

映像とライブの完璧な融合で甦ったHIDEの勇姿、癒し系TOSHIの素っとん狂に引っくり返った声、そしてYOSHIKIの失神。

まさか自作自演じゃねえよな・・・。

2008032900000943barkmusithum000 正味1時間50分、うち休憩、模様替えなどの中断を除けば1時間35分くらいか。。

ドリカムワンダーランドを見習え!

ていうか客ももっとナーバスになってるかと思いきや、なんか不測の事態も受け入れる寛容さが見受けられてちょっと驚いた。

そりゃあ考えてみりゃ2時間20分待ちなんて10年の月日を考えればどうってことないよなぁ(笑)。

ま、このライブ見たかんじではX JAPANの再結成も長続きはしないように思うけどね。おいおい。。

2008年3月17日 (月)

夢のシネマパラダイス406番シアター:シネマで巡る中華圏

最後の恋、初めての恋

Ururgdikul 出演:渡部篤郎、シュー・ジンレイ、ドン・ジェ、チェン・ボーリン、ニィウ・ベン、津田寛治

監督:当摩寿史

(2003年・松竹・118分)2003/12/25・シネ・リーブル

評価★★★☆/70点

内容:2003年、中国上海。日本の自動車メーカーに勤める早瀬は、東京本社から上海支店に転任する。彼は半年前、婚約者を自動車事故で亡くし、心に深い傷を負っていた。赴任初日にホテルの部屋で酒と睡眠薬により昏倒した早瀬だったが、フロント係の女性ミンの迅速な対応で大事に至らずに済む。それが2人の出会いだったが、ミンもまた不治の病に冒されているという悲しい秘密を抱えていた・・・。発展著しい上海を舞台に、互いに秘密を抱える男女の切ない恋を描いた日中合作のラブストーリー。

“渡部篤郎の上海でダラダラいかせて!”

ほんとダラダラ進んでいく感が強いのだけど、ラストのまとめ方にうまく逃げおおせられたかんじ。

ズルイっすよ、この難病ネタは(笑)。

はっきりいってこの映画には必要なかったんじゃないかな。先制逃げ切りのまとめ役として使われた感が否めない。

しかし、ダラダラ進んでいくし、その語り口も不器用なのだけど、それを補ってあまりある誠実さがあるのもまた事実。

例えばリンのボーイフレンドのトラックが事故って早瀬が手伝うシーンで、早瀬は「いち、に、さん」と日本語の掛け声で土嚢を積み上げるのだけど、ラストの方で早瀬がミンたち家族の写真を撮るシーンでは、「イー、アー、サン」とフツーに中国語の掛け声で写真を撮ってるんだよね。そういう印象的で上手い描写も多い。

だから、好きな映画か嫌いな映画かと言われれば、なんだか好きな方になっちゃうんだよね。

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北京ヴァイオリン(2002年・中国・117分)NHK-BS

 監督・脚本:チェン・カイコー

 出演:タン・ユン、リウ・ペイチー、ワン・チーウェン、チェン・ホン

 内容:中国北部の田舎町。13歳のチュンは母の形見のバイオリンを弾きこなし、天才と呼ばれていた。息子の音楽の才能に気づいた父は、北京へ移り住むことを決意する。。少年の成長と、息子をサポートしようと必死に生きる父の情愛を描いた感動ドラマ。

評価★★★★/80点

隠れた名曲を発見した時のような、そんな至福の時を過ごすことができました。謝謝!

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こころの湯(1999年・中国・92分)WOWOW

 監督:チャン・ヤン

 出演:チュウ・シュイ、プー・ツンシン、ジャン・ウー

 内容:北京の下町で銭湯「清水池」を営むリュウは、知的障害のある次男アミンと暮らしている。ある日、南部でビジネスマンをしている長男ターミンが、アミンから送られてきた絵葉書を見て父親が倒れたのではないかと心配して帰郷してくる。全くもって元気な父の姿を見てひと安心したターミンだったが、付近一帯で再開発計画があり、銭湯も近く取り壊される予定であることを知る・・・。

評価★★★/60点

オイラ、ぬるま湯ってあまり好きじゃないんだよね。だから映画自体がぬるま湯にどっぷり浸かっているようなこういう映画を観ると、めちゃくちゃグッタリきちゃうんだよね。逆に疲れが溜まっちゃうていうか。。

しかも、こぶ平改め林家正蔵が所狭しと動き回るし・・・(笑)。スゴイ似てたな。

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きれいなおかあさん(2001年・中国・90分)NHK-BS

 監督:スン・チョウ

 出演:コン・リー、カオ・シン、シー・ジンミン、リュ・リーピン

 内容:スン・リーインは聴覚に障害を持つ息子ジョン・ダーと北京で二人で暮らしている。夫は息子の障害のことが原因で彼女のもとを去っていた。そんな彼女は少しでも息子との時間が持てるようにと新聞配達や家政婦の仕事に就く。そして、息子に対して言葉を教え、学校も聾唖学校ではなく普通の学校に通わせようとする。が、彼女の思いとは裏腹に、聴覚障害をもつ子供に対して世間の風は冷たいものだった・・・。

評価★★★★/80点

この邦題見ると、どうしても某電機メーカーの女性美容商品CM「きれいなお姉さんは好きですか」シリーズを思い浮かべてしまうが、このコン・リーはハナマルキのCMに出てくるお母さーんシリーズを思い浮かべてしまう。

それで良し。

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ヤンヤン 夏の想い出(2000年・台湾/日・173分)NHK-BS

 監督・脚本:エドワード・ヤン

 出演:ウー・ニエンジェン、エレン・ジン、イッセー尾形、ジョナサン・チャン

 内容:ヤンヤンは祖母や両親、姉と台北に住んでいるごく普通の家庭の少年。ところがありふれた家族の生活は、叔父の結婚式を境に一変。祖母が脳卒中で昏睡状態になるわ、母は新興宗教に走るわ、父は初恋の人に胸キュンになるわ、姉は隣家の少女のボーイフレンドを横取りするわ、様々な問題が沸き起こる・・・。2000年のカンヌで監督賞を受賞した他、NY、LA批評家協会賞、外国映画賞を受賞。07年に他界したエドワード・ヤン監督の遺作となった。

評価★★/40点

肝心のヤンヤンが全然出て来ねえっっ!

邦題から勝手に連想していたのとは相当かけ離れたものだった・・・。

プロットがうっすらと頭に残っているであろう何年後かにまた観てみたいかな。

2008年3月15日 (土)

20世紀少年再読⑪

2ヵ月半ぶりに再開しました。20世紀少年再読。

今日は第11巻です。

2014年、、、

春川校長から父親は“ともだち”だと知らされ愕然とするカンナは、知らぬ間に超能力を発動させ、その念力によって校長は窒息死してしまう。

2002年夏、、、

モンちゃんが、小学校の先生をしているサダキヨを訪ねてくる。ともだちの正体を教えてもらうために。。。

魚心亭という飲み屋でサダキヨの全証言をメモに書き連ねるモンちゃん。「全部しゃべってくれて感謝するよ。」

が、しかし、店を出た道すがらともだちと繋がっていたサダキヨは、モンちゃんを殺害してしまうのだった・・・。遺体から血にまみれたメモを取り出すサダキヨ。

再び2014年、、、衆議院会館。万丈目と高須。

高須「サダキヨはモンちゃんの遺したメモを持っている。メンバーが再集結し、万が一サダキヨに会い、メモを見てしまったら・・。“1970年の嘘”が暴かれてしまう。私たちがあのことを知っているのをともだちが知ってしまうことになる。。。」

関口先生の居る老人ホームにサダキヨと小泉響子がいることを知らされた高須らは老人ホームを取り囲む。

「このホーム全体を絶交するのよ!」

、、と、カンナが老人ホームに駆けつけ、上空からはヘリに乗ったヨシツネが助けに来る。そして屋上でカンナ、サダキヨ、響子、ヨシツネが一同に会した。

サダキヨは、黒ずんだ血のシミで覆われたモンちゃんメモを響子に渡し、自分がモンちゃんを殺したこと、メモにカンナの母キリコの2002年当時の居場所が書かれてあることを告げ、トヨタ2000GTでひとりでともだちの居所へ向かう。

カンナたちはヘリで脱出するが、翌朝のニュースで、車が炎上し中から中年男性の焼死体が発見されたことを知る。2000GTの無残な姿が映し出される・・・。

羽田の秘密基地でユキジとも再会、モンちゃんメモの解読にあたる。変色しペンも消えかかっていて読み取りが困難な中で、鳴浜町、、オデオン座という文字を見つける。

カンナはひとりで母親捜しへ向かう。

映画館オデオン座、、、

そこにいたジイさんによると、鳴浜町で1995年くらいに原因不明の全身から血が吹き出す病気(2000年血のおおみそかの時の病気と同じ)が発生し、町の岸壁の上にあった今は閉鎖されている鳴浜病院に勤めていた女医(キリコ)が必死で治療にあたり、3人の死者を出して沈静化したという。

ところが、2002年夏、ひょっこりその女医がやって来て、廃墟となった鳴浜病院で何か捜し物をしていたという。

病院に入ったカンナ。院内にDr.ヤマネのネームプレートが。

細菌研究棟へ行ったカンナは、そこでキリコが病気のワクチン培養に成功していたことを知る。

“なぜ、2000年血の大みそかの時にワクチンをすぐ使わなかったのか・・・”というカンナの疑念。

さらに細菌研究棟の入口に友楼会(トゥモロー会)鳴浜病院とともだちマークのプレートを見つけたカンナは、キリコがともだちと関係していたかもしれないと愕然とする。

鳴浜の病院および町は“ともだち”の実験場だった!?

そしてキリコの研究室で“わたしはゴジラ、わたしは15万人を踏み潰した”というメモを見つけてしまう。

「母さんが、、、母さんが、、、やった、、、」

ジイさんがオデオン座に残っているフィルムにキリコが映っていることを教えてくれる。

その映像の中で、キリコは言う。

「私は皆さんに顔向けできません。私はゴジラのような悪魔になってしまった。私のこれからやろうとしている行動は、せめてもの償いです。今からDr.ヤマネに協力をお願いしに行きます。もしも、2002年以降彼らがまだ力を持っているようなら私の行動は失敗したと思って下さい。その時は誰か彼らを止めてください。さもないと、2015年で西暦が終わってしまうの。。」

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2014年12月28日、西アフリカで全身から血が吹き出す伝染病が発生する。

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その頃、、、

2000年血の大みそかで友民党と組み、細菌のワクチン製造で一躍世界のトップ企業に躍り出て株が急騰した大福堂製薬。今回も同じことが起こる噂を神さまから聞いたオッチョは角田とともに大福堂製薬の役員・戸倉を拉致し、Dr.ヤマネの住所を聞き出すために戸倉の家に押し入る。

戸倉は今から14年前(2000年)、大福堂製薬の細菌研究所で副所長だった。所長はヤマネ。

戸倉によれば、ヤマネとはその前から一緒で、2人とも同じ病院(鳴浜病院)で勤務していた。その病院が閉鎖される時、2人とも大福堂製薬からヘッドハンティングされたという。

そしてある時、ヤマネはこう言ったという。「小学校のとき、仲の良かったコが死んだ。そのコは理科が大好きで、解剖実験を楽しみにしていたのに、その前日に死んじゃった(=カツマタくん)。でも夜ごと学校に忍び込んでは理科室でそのコの幽霊と実験を繰り返していた。」と。

一方、秘密基地では、ともだちの子供の頃の写真をともだち博物館でサダキヨに見せられていた響子に卒業アルバムを見せてなんとか思い出させようとするユキジたち。そこでヨシツネはヤマネを思い出す。

ユキジがヤマネ君のことで覚えているのは、フナの解剖があった日。理科室にハンカチを置き忘れ、放課後ひとりで取りに行ったユキジだったが、理科室にはひとりで水槽を見つめているヤマネがいた。ヤマネは自分ひとりしかいない生物部へ勧誘するが、ユキジは拒否。そこでヤマネは水槽の中で泳いでいるクマノミ(魚)に“キリコ”という名前を付けていることを不気味な笑顔で教えるのだった・・。

ヨシツネはモンちゃんメモの中にヤマネという文字を見つける。

2008年3月 5日 (水)

欧蹴球狂想曲第30番:ミラン成す術なし。。

チャンピオンズ・リーグ決勝T1回戦2ndleg!

オイラが今日観た試合は、ミラン×アーセナル(1stleg0-0)とセビージャ×フェネルバフチェ(1stleg3-2でフェネル)。

まずはサンシーロで行われたディフェンディング・チャンピオンのミランと、現在欧州で最も美しく流麗なサッカーを披露しているアーセナルの1戦からだが、ミランホームにもかかわらず、耐えるミランと攻めるアーセナルという構図は第1戦と変わらなかった。

080305_soc_cesc230 アーセナルはセスク&フラミニの中盤センターが攻守両面で機能しまくり中盤を制圧。

前線のアデバヨールのくさびのボールキープ、フレブの2列目からの飛び出し、クリシ、サーニャの両ラテラルの果敢なオーバーラップなどミラン陣内で基点を作ることが多かったし、守備面でもセンデロス&ギャラスの最終ラインはもとより前線からのフォアチェックも90分衰えることがなかった。

なかなかゴールを割れないこと以外はほぼ完璧なサッカーを展開したといってもよく、しかもサンシーロでああいうサッカーを披露できたというのはやはりアーセナルの強さはホンモノだといえるだろう。

一方のミランは、1stlegのクリスマスツリー型を変え、ヨーロッパカップ戦の最多ゴール数記録を保持するインザーギ&新星アレッシャンドレ・パトの2トップできた。

が、アーセナルのボール回しに守勢にまわり続け、攻撃面ではカカのドリブル突破以外に攻め手を見出すことが結局最後までできなかった。

次から次へとスペースに入り込んできて数的優位を作り出すアーセナルと、ポジショニングバランスを崩さずリスクを犯さないミラン。

アーセナルが素晴らしかったゆえに、ミランの今日のサッカーははっきりいって非常に貧しいものに見えてしまった・・。

しかし、ミランのミランたるゆえんである粘り強い守備力はさすがで、老練な守備陣がなんとかアーセナルの波状攻撃を食い止める。

オイラ的には、これだけイイサッカーを展開しているヤング・アーセナルが貧しく保守的なオッサン・ミランに負けたら今後のサッカーシーンの上ではマイナスだなぁと思ってたので、是が非でもアーセナルに勝ってもらいたかったのだけど、これがなかなかどうして点が入らない。

これはミランの術中にハマッたらヤバイぞ。。と思っていた矢先、、、

後半39分、セスクがハーフウェーライン付近からボールを持ち込み、ゴールから30~35メートル付近からミドルシュートを放ち、絶妙のコースを走ったボールはそのままゴール左隅に突き刺さった。素晴らしいゴールでした。

後半ロスタイムにもウォルコットの右の崩しからアデバヨールが押し込み、ジ・エンド。

終わってみればアーセナルの正当な勝利となったけど、ミランは2試合戦って1点も決められず・・・。

今日はセードルフが出られなかったことは大きかったとはいえ、カカ頼みオンリーのサッカーを根本的に変える必要があると思うね。

18歳のパトに頼らざるを得ないジリ貧のFW陣、完全なマンネリ化のMF陣、老朽化久しいDF陣と各セクションに一大改革を加えなければならない時期はとうに過ぎていると思うのだけど、アンチェロッティの進退も含めて今季終了後は相当に動かないとダメだと思うけどね。

それにしても何度も言うようだけど、アーセナルは素晴らしいサッカーを披露してくれた。

マンUと並んで優勝候補筆頭といってもいいのでは。攻撃面ばかりに目がいきがちだけど、守備面でも素晴らしくて、ビッグイヤー獲るのに必要な全ての要素を十全に備えていると思う。

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もう一方の試合は、セビージャ×フェネル。

2008030500000536reuspoview000 第1戦はフェネルが終了間際に勝ち越して3-2の打ち合いを制したけど、アウェイゴールを2つ取ったセビージャが有利かなとは予想していた。

なんといっても我が愛しのレアル・マドリーでさえ勝てないセビージャの本拠地サンチェス・ピスファンの地の利は大きく、セビージャが勝つだろうと。

しかしまさか3-2というスコアまでは予想できなかった。。。

前半10分までにダニエウ・アウベス、ケイタのスーパーゴールで2点リードし、前半40分過ぎにカヌーテの技ありゴールで3-1とした時はセビージャの完勝かと思ってたのだけど、後半は一転してフェネルが攻勢に出て形勢が逆転してしまった。

さらにセビージャは点取り屋のルイス・ファビアーノを下げてレナトを入れ、守備固めに入った1分後に3-2とされたのも誤算だったわなぁ・・・。ここが分岐点だったな。

まあ守備固めに入るのは時間帯としても、ジーコ・フェネルが中盤を1枚削って前線を1枚増やしてきたことからも当然といえば当然ではあったのだけど、ルイス・ファビアーノを下げるのは、観てたオイラとしてはえっ?てかんじではあったんだよね。

例えばヘスス・ナバスかカデル・ケイタに代えて、レナトをサイド気味に置いてトリプルボランチにしても良かったと思うんだよね。ていうかその方がしっくりくる。なんつったってセビージャのチームカラーは守りに入るというチームではないからね。

ドイツW杯の日本代表監督時代は経験不足を露呈したジーコだったけど、今回ばかりは采配がズバリ的中したかんじ。しかもサンチェス・ピスファンでセビージャをうっちゃったというのはなかなか出来る芸当ではない。特にあのセビージャ優位の前半を後半盛り返してPKにまで持っていくのだから。まぁブラジル人が多いというのはあるけども、相当なクセモノだな今回のフェネルは。

個人的にはセビージャを応援していたんだけどな。ちょっと悔しかった。

さあ、明日は我が愛しのレアル・マドリーが出陣です。

絶対勝って、ベスト8に進むぞーー!

アッラ・マドリー!!

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