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2007年6月28日 (木)

夢のシネマパラダイス269番シアター:グラディエーター

Gladiator 出演:ラッセル・クロウ、ホアキン・フェニックス、コニー・ニールセン、オリヴァー・リード、リチャード・ハリス、ジャイモン・ハンスー

監督:リドリー・スコット

(2000年・アメリカ・155分)2000/06/26・仙台第1東宝

評価★★★★★/100点

内容:西暦180年のローマ帝国を舞台に繰り広げられるスペクタクル巨編。ローマ帝国皇帝マルクス・アウレリウスの信頼を得ていたマキシマス将軍。しかし、新帝となったコモドゥスは自分の地位を確かなものにするため、旧勢力一掃を図り、その1番手としてマキシマス暗殺を企て、マキシマスの家族や領民を皆殺しにしてしまう。なんとか逃れたマキシマスはコロッセウムで見世物として殺しあうグラディエーター(剣闘士)に身をやつしながらも仇敵コモドゥスへの復讐を虎視眈々と誓うのだった。。アカデミー賞では、作品・主演男優など5部門で受賞。

“悠久に流れる歴史の変遷の中で人の命は影と塵にすぎないものなのかもしれない。しかしだからこそその一瞬一瞬の命の燃えたぎる鼓動が観る者の胸を熱くする。必死に生きようとする者たちの思いがひしひしと伝わってくる映画がオイラは好きだ。”

この物語は完全なフィクションといってよい。

しかし、マキシマスもコモドゥスもルキアもプロキシモもジュバも確実にそこに存在した。ある者は愛に、ある者は復讐に、またある者は野心に燃えたぎり苦悩しながら必死に“生きた”。豊穣な緑の大地、風にそよぐ麦の草原、焼け果てた戦場、灼熱の大地、荘重たる紺碧のローマ、蒼天の下にそびえ立つコロッセウムに、彼らは存在した。CGも吹き飛んでしまうほど、、、そう思わせてくれる映画だった。

プロキシモはマキシマスに向かって人の命は影と塵に過ぎないんだ!と叫ぶ。

たしかに偉大なローマという夢と歴史、そしてその壮大な世界においてはそうともいえるのかもしれない。蛮族への勝利を重ね偉大なローマという夢を体現していきながらも、その勝利に常にむなしさを感じながら死んでいったマルクス・アウレリウス帝のように・・・。

また、それを暗示するように、流れる稲妻や早く流れる雲といった時空が流れていくシーンもいくつか挿入されているのも見逃せない。

しかし、マルクス・アウレリウス帝にしても一方では、後世の歴史にどのような評価を下されるのか苦悩しながらローマのために一生を捧げ闘った。そしてその命は燃え尽きた。

同じようにマキシマスも、そしてコモドゥスも闘った。家族のために、野心のために。

そして、あしたのジョー風にいえば、真っ白な灰になって燃え尽きたのだ。2人の燃えたぎる燃焼力が尽きるまで。

その燃焼力はすさまじいものがあった。まさに命がメラメラと炎を上げて燃えていた。

CG吹き荒れる映画に飼い殺されるのではなく、確実にその中で“生きて”“存在して”いた。そう思えた。

そう思えたのは、まさに映画的かつ舞台的ともいえるようなオーソドックスな演出に拠るところも大きい。

例えばラストのマキシマスとコモドゥスの決闘シーン。

青い空の下。赤い薔薇の花で埋めつくされたコロッセウムの場内。黒い鎧を身に纏った皇帝親衛隊が円形に取り囲む。その中で黒味のマキシマスと白服を纏ったコモドゥスが闘う。

この壮大な舞台と色の対比が実に素晴らしかった。ベタベタなんだけども。

マキシマスとジュバが、家族が待っている天国へといつかオレたちも旅立つんだろうな、と語り合っているシーンの言葉、、「いや、まだ(天国へは)行かない。」「そうだな。まだだ。」「そう、まだだよ・・・」「まだだな。」「まだだ・・・。」と噛み締めるように発した言葉と表情が忘れられない。

俺も、、まだだ。

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スパルタカス(1960年・アメリカ・198分)NHK-BS

 監督:スタンリー・キューブリック

 出演:カーク・ダグラス、ローレンス・オリヴィエ、チャールズ・ロートン、ピーター・ユスティノフ

 内容:ローマ帝国時代、反乱軍を組織して大将軍クラサスに立ち向かった奴隷スパルタカスの物語を、奇才キューブリックが映画化した歴史ドラマ。ローマ正規軍との戦いに敗れたスパルタカスは、捕らえられて磔にされてしまう。だが、スパルタカスはクラサスの強圧的な権力に逆らって逃亡し、奴隷たちによる反乱軍を組織して政府軍と戦い、勝利を収めていくのだった・・・。権力に反発し、のし上がっていくスパルタカスの姿が、カーク・ダグラスの不屈の俳優人生と重なり話題を呼んだ。

評価★★★★/80点

“I’m SPARTACUS!”

エンドロールが流れるまでキューブリックが監督してたとは思いもよらなかった。

それもそのはず、70ミリの歴史大作の王道もので、なおかつその内容は自由を求める反権力を真正面から描いた分かりやすすぎるくらい分かりやすい正統派作品ときたもんだ。

たしかに反権力や反骨精神というのはキューブリックを貫く思想ではあるのだけど、シニカルで冷ややかな視点というフィルターを常に通しているのがキューブリックのキューブリックたるゆえんなのであって、そのフィルターを完全に取っ払ったこの作品は、キューブリックの他の作品からすれば完全な異端といえるだろう。

そういうこともあってかキューブリック自身が、この映画は自分の監督作ではないとまで言い続けていたらしいけど、キューブリック映画につきものの難解さとは真逆の分かりやすい映画という点でオイラ的には見やすくて面白かったし、完成度も非常に高く見応えも十分で200分があっという間に過ぎていった。

スパルタカスをはじめとする奴隷たちが延々とアッピア街道の両脇に生きながら磔にされている光景、そして虫の息のスパルタカスに対し妻が「お願いだから早く死んで。」とせがみながら馬車で走り去っていくラストシーンだけが唐突にキューブリックらしかったが、なんとも無常観漂う締め方で印象的だった。

「I’m スパルタカス!」「I’m スパルタカス!」と叫んで立ち上がる仲間たち。映画史に残る名シーンだったな。

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ベン・ハー

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出演:チャールトン・へストン、ジャック・ホーキンス、ヒュー・グリフィス、スティーブン・ボイド

監督:ウィリアム・ワイラー

(1959年・アメリカ・240分)リバイバル上映2002/02/05・テアトル銀座

評価★★★★★/100点

内容:キリストが誕生した頃、ローマ帝国の支配下にあったエルサレムで、ユダヤ人名家の長男ベン・ハーはローマ軍の指揮者となった幼友達メッサラと再会する。が、ベン・ハーは赴任したばかりの総督へ反逆したという冤罪を着せられ、メッサラに口添えを頼むがかなわず遺恨を残して決別。一家もろとも反逆罪に問われ、奴隷となってローマ軍船へ送られたベン・ハーは、その後艦隊司令官の養子に迎えられローマきっての剣闘士となるまでにいたる。そして彼は宿敵メッサラへの復讐に挑むのだった。。。古代ローマの大競技場を再現した実物大セットで繰り広げられるベン・ハーとメッサラの命を懸けたチャリオット(二輪戦車)競争シーンは圧巻!アカデミー賞では、作品、主演男優、監督賞など11部門を受賞。

“この映画のスゴイところは壮大なスペクタクルだけではない。そのスペクタクル要素が宗教的な深遠の淵にまで行き着くことこそが最も衝撃的な凄さだといえる。それがこの作品を偉大というべき位置にまで高めているのだ。”

非情な憎悪、激烈な苦難、数奇な運命、仁義なき戦い、壮絶な勝負、神の奇蹟、これらを壮大なスペクタクルの中に描き出すことはそこら辺にある凡百の史劇でもできる。

しかし、この映画はそれに加えてキリストの誕生から救済・復活までの物語をうまく織り交ぜていき、それをラストで一気に収斂させる。

それまでのベン・ハーの物語に厚みを持たせる程度の、あるいは従属するくらいの飾り物程度の物語だと思っていたキリストの物語に、ベン・ハーの物語が終盤完全に吸収されてしまうのだ。

まさに聖書の域にまで達しているといっても過言ではない出来であると思う。

思えばこの映画の冒頭はキリストの誕生を暗示する夜空に輝く1つの光る星であった。そしてラストはゴルゴダの丘の十字架を写して終わるのだ。

これは凡百の史劇にそう容易くできる芸当ではない。

確実に言える!これぞ映画だ!と。

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