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2006年11月26日 (日)

夢のシネマパラダイス101番シアター:A.I.

Jude_law_ai 出演:ハーレイ・ジョエル・オスメント、ジュード・ロウ、フランシス・オコナー、ウィリアム・ハート

監督・脚本:スティーブン・スピルバーグ

原案:スタンリー・キューブリック

(2001年・アメリカ・143分)初見2001/07/19・MOVIX仙台

評価★★★★/75点

内容:近未来、地球温暖化で両極の氷河は溶け、世界中の都市が海面下に没している。そして、人類の新しいパートナーとして高性能ロボットが開発されている。そんな中、子供を失った夫婦が新型ロボット「デイビッド」を引き取るのだが、、、。

“ふとイチローのinterviewを思い出した、、、”

イチローがテレビのインタビューで、アメリカ人と日本人で野球に対する取り組み方って違います?という問いにこう答えていた。

「一番違ってビックリしたのが、アメリカ人はバットやグローブに何の思い入れもないこと。日本のプロ野球選手は自分でちゃんと手入れしたり何らかの思い入れがある。けど、メジャーリーガーは平気でバットをぶん投げ、平気で他人のバットを持っていき使って、そこら辺に無造作に放り投げる。思い入れも何もない。手入れしてるところなんて一度も見たことない。一番ビックリしました。」と。

この映画、アメリカでは意外に興行的にも低調だったと聞き、ふとこのインタビューを思い出したわけです。

以前朝日新聞でロボット特集なるトピックが掲載されていたのを覚えているのだけど、それによると、もともと欧米では人型ロボットという概念自体がほとんどないのだという。

例えば鉄腕アトムみたいな人の形をしたロボットというのは、欧米の発想からは絶対生まれてこないのだそうだ。

アトムは自分を犠牲にしてまで人類を助けるわけだが、それは行き過ぎとしても、ロボットが感情を持つということ自体も欧米ではほとんど想像されてこなかったという。

日本人はロボットに人間らしさを創造してきた一方、欧米ではあくまでロボットは家事労働に従事する単なる機械に過ぎない、と。

この記事の締めくくりは、これからのロボット産業における日本の独自性と優位性を強調して終わっていたけど、あながち間違っていないのではないかなと思いました。

はたしてアニミズムというものが世界中の民族に共有できるものなのか、はたまた日本や一部ヨーロッパ地域特有のものなのかというのは勉強不足ゆえ分かりませんが、日本と欧米のロボットはたまた野球のバットに対する考え方の違いには少なくともそういう民族学的、文化人類学的な宗教観や霊魂観が影響を及ぼしていることは確かだとは思います。

例えばこの映画でいえば、ジャンク・ショー。

これは日本人の発想ではおそらく描くことができないのではないだろうか。デイビッドは子供だからという理由でショーの観客に反対されるが、日本人であればそれ以前の問題で反対となるはずだ。

ともかくこの映画が日本の方でウケが良いのはこういう背景もあるのではないかと思います。

そして、当の映画の話にいくと、つまるところこの映画は輸出されたアトムがスピルバーグというフィルターによって濾過され、デイビッドとして逆輸入されたものともいえるのではないか。

デイビッドに主観を付与して描いているのはそのことを如実に示していると思うのだけど。

しかし、この映画が★5つになり得ないのは、アトムというものを拝借し、別次元のもの、高品質なものにアレンジして逆輸入するのはいいとしても(*)、この映画は海賊版に品質を落として逆輸入してしまっている点にある。先ほど濾過されていると書いたのはそういう意味です。

最も重要なはずなのに、スピルバーグにとっては余分な要素―ロボットとしての自覚あるいは葛藤、そして人間としての憎悪―が取り除かれてしまっているという物凄い欠陥を抱えているのです。

それなのにこの映画、デイビッド以外のロボットは従来のアメリカ型として客観的に描いている。

ますます最初から主観を与えられているデイビッドとのギャップを感じてしまうのだ。

はっきりいってこれはロボットの性能の良さ云々を超えてしまっている。欠陥品としてはデイビッドの方が重症なのだから。

これはどのように考えればいいのか。スピルバーグ自身の投影なのだろうか。彼に小一時間問い詰めてみたい。。。

まぁこれだけは言えるでしょう。

キューブリックが撮っていたら欠陥の無い完璧な作品になっていただろう、と。

<注意>個人的には、欠陥をいつも抱えているスピルバーグの方が好きです。

(*)その好例としては、「ターミネーター2」や「ブレードランナー」が挙げられるでしょう。

また、逆のパターン、アメリカ型の概念を日本に持ち込みアレンジした傑作に、コミックではあるけど手塚治虫の「火の鳥復活編」が挙げられる。ここではロボットになりたい1人の青年と、自分たちの先祖は人間であったという信念が生まれてくるR2-D2ばりのただの生産労働に従事するロボット(人型ではないところがポイント)の物語が交錯して描かれていくという、「A.I.」なぞ足下にも及ばないもの凄い作品です。考えてみりゃSEXロボットも出てたな・・・。

また、アメコミの流れを汲みながらアトムの影響を色濃く反映している日本マンガには、「8マン」などが挙げられるかと。「ブレードランナー」とか「ロボコップ」なんてのはアトムという源流を求めることもできるけど、この8マンを下敷きにしていると言った方が正しいかも。

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